2021.11.05

【備忘録】2021年10月の読書録

Img_8226

 

202110月も無事にすぎました。

 

新しく文章も書いていますし(本とはまだいいませんw)、飲み会や会食もぼちぼち復活してきました。本を読む時間をもっと確保したいのですが、なかなかままなりません。

 

かくなる上は、「人生の優先順位の変更」をドラスティックにやることなんでしょうが、それさえもままならぬようなここ最近です。

 

以下、備忘録として。

 

・『イエスの生涯』(遠藤周作著)

・『キリストの誕生』(遠藤周作著)

・『沈黙の声』(遠藤周作著)

先月につづいて遠藤周作さんの著作です。最近、ブログのせいかキリスト教関連の団体から会社に勧誘があったらしいです。だとしたら、いろいろとチェックしてるんですね。ご苦労さまです!

 

 

・『シッタルダ』(ヘルマン・ヘッセ)

修行する東洋人の心のもようが格調高い文章で描かれています。手塚治虫の『ブッダ』を再読したくなるような本。求道者におススメです。或いはそういう世界に関心がない人がどんな感想を持つのか、聞いてみたい本。

 

 

・『悲しみのなかの真実 石牟礼道子 苦楽浄土』(若松英輔)

水俣病の被害を描いた名作『苦楽浄土』。この作品を描いた石牟礼道子さんを読み解く本です。本を読んでいると「読めない」という部分や瞬間がありますが、これに対しての示唆を与えてくれました。『苦楽浄土』は確か最後まで読んだことないないんだよね。今なら挫折しないで読めるかしら・・・

 

 

・『傷ついた癒やし人』(H.J.Mナウエン著)

牧師さんが読む本のようですが、何かしらのご縁でわたしのもとにやってきました。ただ、現代社会で傷ついた人にとっても光明となるような本です。キリストを信じない人でも、たくさんの示唆をもらえるかと。

 

 

・『思いがけず利他』(中島岳志著)

「利他」って最近よく聞きますが、「思いがけず」と「利他」との組み合わせは絶妙ですね。「あなたにとっていいと思って!」と行動するのは確かに「利他」。けど、そこには「おせっかい」だとか「自分のエゴを満たすため」ってのが入ってくる危険性もありますよね。「思いがけず」というキーワードから「利他」をとらえると、いろいろな気づきがあります。

 

 

・『キリスト教入門』(矢内原忠雄)

キリスト教を学びたい方の基本ガイドとして読みましたよ。日本史に出てくる「矢内原事件」のあの先生です。勇気ある行動の背景には、確固たる信仰があったのかもですね。

 

 

・『二コマコス倫理学』(アリストテレス著)

半年間、この講座に通っていました。人間に対する深い洞察が、こんな昔に行われていたなんて驚きですね。「倫理」ってとても実生活で役立つと思うのですが、どこか机上の空論みたいにとらえられてないでしょうかね。それを使える技術として現代にカスタマイズするのは、もしかしたら私の仕事なのかもしれません。

 

 

・『世界は善に満ちている』(山本芳久著)

今年の春に読んで、再読です。アリストテレスの哲学を通して再び読むと、見えてくる世界が変わりますね。先生と生徒との対談の体裁で書かれていますし、必要なポイントをわかりやすくお伝えする著者ですので、読みやすい本だと思います。せちがらい世の中ですけど、世界が「善に満ちている」ことがばっちり明らかにされています。下手な自己啓発の本にたくさん手を出すなら、この本がおススメ。

 

 

November 5, 2021 | | Comments (0)

2021.10.19

【備忘録】2021年9月の読書

 

20211019-121115

20211019-121131

 

最近の関心テーマは、キリスト教です。

 

「なぜ?」とか「どこが?」といわれると困るのですが、「アンフィニッシュドにしていた勉強テーマ」だったといえるかもしれないですね。

 

いつか勉強しよう、いつか勉強しようと思いつつ、どうしても後回しになっていたということです。ヨーロッパを旅していた時に「ああ、キリスト教がわかればなあ・・」と思ったことも一度や二度ではないですしね。

 

 

  • 『サラ金の歴史』(小島雇平著)

サラ金業の歴史を通して、「環境変化に陥ったとき起業はどう対応するか?」が学べる秀逸な本です。サラ金の経営者ってのは仕事の内容はともかくたくましく、頭がいいですね。

 

  • 『沈黙の力』

『悲しみの流儀』

『日本人にとってキリスト教とは何か?』(以上、若松英輔著)

今月は、若松先生の本をよく読みました。そこから派生して、若松先生がおススメする遠藤周作先生の本をひさしぶりに手に取りました。私この先生の「多く読むよりじっくり読む」って姿勢がとても好きです。速読って散々習いましたけど、ナンセンスだなと最近は思います。

 

 

  • 『聖書を読んだら哲学が分かった』(MARO著)

とてもいい本でした。トマス・アクイナスのキリスト教神学には、アリストテレスの哲学が土台になってますよね。そもそも、宗教と哲学って目指す世界が似ているような気も・・。

 

 

  • 『世界一ゆるい聖書入門』(上馬キリスト協会著)

入門者にはおススメですが、後述の山本先生の本の方が私は好きです。

 

 

  • 『バガヴァッドギーター3章』(スワミ・ダヤナンダ師)

英語の講義録の翻訳です。英語で読んでみたので、2か月ほどかかりました。ギーターの一詩節、一詩節ごと丁寧に解説してくださいます。3章はカルマ(行為の)ヨーガ。インド哲学を深めるにはお勧めです。

 

 

  • 『一人で生きる』(中野信子・荒川和久)

孤独担当大臣というのがイギリスにはいるらしいですね。そんなところから派生して、読んでみました。「孤独市場」ってのは将来、大きなビジネスになるかもしれないですね。アイデァがある人はぜひ。

 

 

  • 『コヘレトの言葉を読もう』(小友聡)

ここ最近の勉強テーマの一つが聖書。「なかなか分かりにくい」といわれコヘレトの入門ガイドです。

 

 

  • 『私にとって神とは』

『深い河』

『海と毒薬』

『沈黙』(以上、遠藤周作著)

キリスト教を勉強する流れで、遠藤周作先生の本をまとめて読みました。『深い河』は再読です。インドへ旅をしたくなります。バラナシにある安宿・クミコハウスがでてきているのもよいです。(わずかですけど)『沈黙』は映画にもなりましたね。映画と本と、衝撃が伝わってくる場所が違うように感じました。

 

 

  • 『キリスト教の核心を読む』(山本芳久著)

「キリスト教って何?」を示した本はたくさんあるけど、私が読んだ中ではぴか一の本です。著者は東大の先生で、キリスト教神学の研究家です。「分かりやすい」とはこういうことなのか・・・を感じさせる作品。めちゃ勉強になります。

 

 

  • 『沈黙』(TH・ナン著)

若松先生がおススメしているので読みました。仏教の有名な先生ですが、先生がまとめている他の本と代り映えしないような気がしました。まあ、教えというのはそんなものなのかもしれないですけど。。。

 

 

ビジネス書も何冊か手を出したのですが、どれもこれもビミョーな本でした。宗教や哲学の本に触れていると、どうしてもビジネス書の持つ「浅さ」とか「薄さ」みたいなのが気になるんですよね。

 

 

そもそも目的やテーマが違うことは承知しているのですが。。。

 

 

ともあれ、こんな一月でした。

 

 

 

 

 

October 19, 2021 | | Comments (0)

2021.10.14

言葉の限界が、世界の限界

 

「言葉の限界が、世界の限界」

 

 

これ、わたしがサンスクリットを習った先生の言葉です。

 

 

「サンスクリット語を習うということは、単に言葉を知るだけではない。世界の見え方を変えることなんだな・・・」と考えてもいなかった視点をいきなりもらいました。これ、私には衝撃でした。

 

 

もう一つ、この先生の言葉に「ブッダ(お釈迦様)の見ていた空の色をいつか見てみたい」というのもありましたね。

 

 

インドに行けば「お釈迦様ゆかりの地」というのはいまでもあるわけです。で、そこで数々の説法をした逸話も残っている。

 

 

じゃあ、インドに行って「ゆかりの地巡り」をしたらお釈迦様と同じ空が見えているか?というと、そうではないというわけですね。

 

 

令和の時代の、日本語という言葉を使う国民って視点からの「空の見え方」ができるだけで、「お釈迦様の見ていた空」とは全然別だろうという話でした。

 

 

言葉には、さまざまな概念やら思念やらがまとわりついているわけです。だからこそ、少ない言葉でコミュニケーションができるメリットもあるわけですが、物事を見たり、考えたりする際に「固着」が生まれてしまうデメリットもあるわけです。

 

 

自由にものをみているつもりでも、自由にものを考えているつもりでも、「日本語」って枠組みに束縛をされているということです。

 

 

自分が直面している悩みも、「日常的に使っている言葉(日本語)で考えているからこそ生まれる」なんてことがあるわけで、サンスクリット語に世界をみたら「悩む意味が分からないだけど・・・」なんてこともきっとあると思うのです。

 

 



 

October 14, 2021 in 感じたこと | | Comments (0)

2021.10.05

「新しい現実」がやってきた

 

 

うちの会社のHPが英語対応になりました。

 

20211005-121612

http://company.visionary-c.com

 

  

数年前から「いつかやらないと・・・」と思っていたのですが、ようやく海外に向けて情報発信の糸口ができたことになります。

 

 

いままでも、海外から突然メールがくることはままありました。たぶん、TwitterInstagramをきっかけにうちの会社を知って、メールを探してアクセスしてくるんでしょう。今後は、海外とのやりとりがもうちょっと戦略的に&頻繁になっていくと思います。

 

 

「いつか仕事をネタにして海外に行きたい」と創業時の事業計画書に書いていたのですが、ゆるゆると形になっている気がしていて、ありがたい限りです。

 

 

コロナ禍の前から兆しはみられていましたが、国をまたいだ「越境EC」(=海外にものを販売する)が、中小企業にもどんどんとオープンになってきていますね。

 

 

参入するためのハードルが日々刻々と低くなっているようです。同時に、海外から見たときの「日本語の壁」がどんどんと「ラクラクと超えられるもの」になりつつあるようです。

 

 

まさに、「新しい現実」がやってきている感じですね。

 

 

仕事をしていると、時々「新しい現実がやってくる時期」に巡り会うときがあります。で、そのチャンスを活かすと、仕事は一気に上向いていく。

 

 

この中小企業における「越境EC」って、そんな「新しい現実」なんじゃないかと私は思っていますよ。

 

 

ただもちろん、誰でも彼でもが「越境EC」でうまくいくわけがありません。

 

 

そこは、何のビジネスでもそうなんですが、「その事業を行うための条件が揃っているか、揃っていないか?」が大切なわけで。

 

 

この「条件」だけは、一朝一夕に揃えられるものではないとも思います。

 

 

「新しい現実」というチャンスは、誰にでも開かれている。

けど、実際には「条件」を準備してきたものにしか開かれていない

 

 

という世界なわけですね。ある意味では公平だし、ある意味ではシビアなものですね。ということで、今後、当社が行ってきた「準備」が十分であったか?独りよがりではなかったか?などが試されていくというわけです。

 

 

October 5, 2021 in 仕事のことについて | | Comments (0)

2021.09.24

本の企画案をまとめました



とあるご縁から、本の出版企画をまとめることになりました。

 

 

先日、出版社の窓口の方にメールをしました。現在、社内で揉んでいただいているようです。

 

 

数年前から「いつかやりたい」と思っていたテーマでした。でも、わたしがそのテーマで文章を書けるとは世界の多くの人が知らないはずで・・・

 

 

そんな状態で待っていても、ぜったいに声なんかかからないわけです。

 

 

なので編集者(出版社で本づくりにあたる人)と会ったら「このテーマなら書けるし、書きたい」とお伝えするようにはしていました。

 

 

でもちょっと小難しい分野の内容なんです。

 

 

なので、「うーん、何とも言えないですね」というレスポンスがあることがほとんどだったわけです。マーケット(本を購入してくれる人の数)も小さいでしょうから、編集者としてもちょっとリスキーな企画。

 

 

こちらも場面が替われば「カードをつくりたいんです!」という方に企画を売り込まれる側になりますから、編集者や出版社の論理はよくわかるつもり。なので、「いつかご縁のある出版社さんが現れればいいな・・」くらいの感覚でいたわけです。

 

 

それが今回、ちょっとだけ展開したわけですね。

 

 

今回の話が形になるかどうかはまだわかりません。出版は、さまざまな要因で企画がきまりますし、現時点では不確定要素はたくさんあることでしょう。

 

 

ただ、確実に「いつかこのテーマで書く方向へと向かっている感覚」がやってきているのは事実。

 

 

「感覚」ですから、理屈を抜きにした世界です。目には見えない世界ですから、もしかすると私の独りよがりな思い込みかもしれない。

 

 

けど、長く仕事をやっていると「感覚」がホンモノかニセモノかくらいの区別はつくようになります。

 

 

「ニセモノ」の感覚は、どこかつっかかりがあります。あえて言語化すると「すっきり」でなく「ざらついている」感じというんでしょうかね。

 

 

この感覚さえあれば、時間軸はそんなに気にならないわけで・・・早く企画がきまって本を出せればそれはそれでいい。けど、何年も先になったとしても、それはそれでいいって世界なわけです。

 

 

仕事をする目的っていくつもあるのでしょうが、「いい方向に向かっているホンモノの感覚」を手に入れることも大切な目的だと思うわけです。

 

 

「ホンモノの感覚」はおそらく、たんたんな日常の積み重ねの先にしかやってこないはずです。なので逆に言えば、この感覚があるときは、「日常の積み重ねを飽きることなくやっている」ことの何よりの証になるわけです。

 

 

企画をまとめながら、こんなことが頭をよぎりました。

 

 

September 24, 2021 in 仕事のことについて | | Comments (0)

2021.09.16

この会社ならなんとかしてくれそう

 

企業は、「頼まれること」で成り立っています。

 

・「この商品、売ってください」と頼まれる。
・「ノウハウがないので教えて」と頼まれる。
・「自分の代わりに手伝って」と頼まれる。


経営の世界では、「貢献」とか「用立て」という言葉も使われます。要は、「どこかの誰かの役に立つ」ということです。


「頼まれること」がなくなったら、企業はおしまい。なので、「自分(自社)は何をもって人様から頼まれるか?」を真剣に考えるのは、とても筋のいい質問だと思います。


「他人から『頼まれる』わけだから、べつに自分から考えなくてもいいのでは?


と思われるかもしれないですが、人は理由なく「頼む」という行為をしません。


・この人ならちゃんと解決してくれるかも
・この会社だったらこの情報があるかも


といった「ここなら何とかしてくれる予感」があるから、頼むわけです。我々の消費行動を振り返ってみても、「この店なら欲しい商品が置いてありそう」「ここでなら、いい美味しいお酒を飲めそう」といった「予感」から行動をしているはずですし。


こういった「予感」は、「自分が周囲に何ができるか?」をきちんと考えることなしにつくることはできないと思います。

 

逆に言うと、「自分が周囲に何ができるか?」を一生懸命考えた先に、「磁力」みたいなものを生み出すのかもしれないですね。それが、仕事や人間関係を引き付ける、みたいな。

 

 

September 16, 2021 in 仕事のことについて | | Comments (0)

2021.09.10

「目には見えない世界」と「リアリズムな世界」

 

2020年は「オンライン講座」普及元年でしたね。

 

 

わたしも時間ができたので、たくさんの講座をうける機会ができました。

 

 

いま定期的に参加しているのは、

 

 

・キリスト教神学

・ヒンズー教の源流をさぐる

・大乗仏教の歴史

・アリストテレスの二コマコス倫理学

・法華経

 

 

あとは、毎年参加している國學院大学の神道講座と、なんだかんだで5年以上参加しているインド哲学。この二つもオンラインになりましたから、けっこうな数ですね。

 

 

「すべての講座に共通しているものって何だろう・・・?」

 

 

と改めて考えると、「人間を生きづらさから解き放つ知恵」みたいなことがあるような気がしくるわけで。

 

 

こうした知恵の中には「人間の生きる力を削いでいくもの」への理解と、それにたいしての対処法(または予防策)がふんだんに盛り込まれています。

 

 

で、それに触れていくと「目にはみえない世界への理解が深まらないと、人間は生きづらさから完全に解放されることはない」とさえ感じるのです。

 

 

たぶん、人間には「目には見えない世界に触れないと生きていても何かが物足りない」という種類の人がいるわけです。わたしはたまたま、そういう種類の人間だったという事なんでしょう。

 

一般的に「目には見えない世界」って会社経営だとかの「リアリズムな世界」とは、対極にあるように考えられがち。けど、たぶんそんなことはないわけです。

 

 

そんなことを私なりに解明していきたいのかもしれないですね。



 

September 10, 2021 | | Comments (0)

2021.08.30

【備忘録】2021年8月の読書

20210830-141822

 

本は借りずに、すべて買う派です。で、途中で「面白くない」とか「まったく集中して読めない」という本は次々と手放します。

 

 

かつては、「どれだけ沢山の本を読むか?」にエネルギーを注いだ時期がありました。ただ現在は、「読む必然性がある本とちゃんと向き合う」を読書の規範(?)としています。

 

 

ここに挙げた本は、今月(20218月)に一通りすべて読んだ本。備忘録としてコメントをつけてメモしておきます。

 

 

  • 『法然対明恵』(町田宗鳳著)

明恵という真摯な修行者と、南無阿弥陀仏の念仏で救われると説いた法然とを比較する面白い考察。異質な両者の対立軸は、現代の宗教界にも通じることがたくさんありそう。日本仏教再生へのヒントがたくさんありそうな本。

 

 

  • 『哲学の先生と人生の話をしよう』(國分功一郎著)

気鋭の哲学者による人生相談。相談に答えるというのは、相手の生を受け止めること。そして、語られていないことに想像を果たすこと。そんな事例となるような本でした。頭のいい方の話の展開方法は違うなあ。

 

 

  • 『天才 富永仲基』(釈徹宗著)

300年前、大乗仏教についての独創的な研究をした町人学者。「大乗仏教とは何か?」を考えるために読んでみました。

 

 

  • 『内村鑑三』(若松英輔著)
  • 『アウグスティヌス』(出村和彦著)

どちらも歴史の教科書に出てくるかのような偉大な人物ですね。共通するのは、キリスト教に生涯をささげたという点。キリスト教神学に最近ちょっとだけ興味があるので読んでみました。この本に限らず若松先生の著作は深い洞察を与えてくれるから好きです。

 

 

  • 『不要不急』

10人の僧侶による混迷の時代を生きるヒントです。本の企画はとてもいいと思うのですが、一人一人のパートが物足りず、ちょっと内容が浅い気が。5人くらいを選んで対談してもらえば深い話が展開されてよかったのに、と無責任な感想。

 

 

  • 『太平洋戦争への道』(半藤一利、加藤陽子、保坂正康)

日本が戦争に突入した6つの分岐点をめぐる対談。幅広く、ざっくりと昭和の歴史を知りたい方にはお勧め。国際連盟を脱退した時の外務大臣・松岡洋右について知りたくなった。卒論の時に調べたはずだけど(笑)

 

 

  • 『日本哲学の最前線』(山口尚著)

新進気鋭の哲学者の仕事がざっくりとわかる本。世界には、自分とまったく違う頭の使い方をする人がいるものだと改めて思う。哲学者と宗教者は、これからの時代で絶対に活躍するはず。てか、活躍しないと次の世界のグランドデザインができないとさえ思う。

 

 

  • 『運命と選択の科学』(ハナー・クリッチロウ著)

「人間はどれだけ自由意志があるのか?」を脳科学の点から解明した本。ヨガの先生がおススメしていたので読みました。「なるほど!」だけど、全面的に認めたくない自分もいます。自由意志ってのがあるってのが、自分のアイデンティティになってるからかしらね。

 

 

  • 『言志四録(4)』(佐藤一斎)

大河ドラマを見ていたら、久々に読みたくなった本。智慧ある隠者が語る、人生訓、処世訓。単なる道徳に聞こえないのはなんでなんだろう?と読むたびに思う本です。

 

 

  • 『ビジョナリーカンパニーZERO』(ジム・コリンズ著)

わたしが一番影響を受けたといっても過言ではないビジネス本『ビジョナリー・カンパニー』。シリーズを重ねるごとに、「ああ、最初のが一番よかったなあ」と思うのはどこかかなしい。この本もいい本だと思うよ。けど、『ビジョナリー・カンパニー』のシリーズとなると、物足りなさを感じてしまうのよね。偉大な作品の後は、難しいね。

 

 

ということで、9月もいい本と出合えますように。

 

August 30, 2021 | | Comments (0)

2021.08.20

新刊『いちばんていねいな、オラクルカード』が発売されます

 

久しぶりのブログになります。

 

 

今日はお知らせです。823日(月)に新刊が出版されます。

 

 

O1748248014988132903

 

 

テーマは、オラクルカード。会社を創業したのが20011月で、オラクルカードにかかわったのがその年の秋のこと。つまり、今年で20年目になるんですね。

 

 

当時は一部のアーリーアダプター(新しいものを進んで受け取る人)にしか知られていない商品でしたから、一軒、一軒とお店を開拓したのがはじまりのはじまり。

 

 

その頃を思うと、「まさかオラクルカードで一冊本ができるなんてね・・・」という心持ち。摩訶不思議なような、偶然に偶然が重なったような、必然の運命に導かれていたような気分です。

 

 

本についての詳しいことは私が書くよりも、会社の精鋭がまとめたこちらのブログが詳しいです。

 

 

https://ameblo.jp/oracle-tarot/

 

 

ぜひ、お手に取ってみてくださいね。

 

 

August 20, 2021 in オラクルカード&タロットカード | | Comments (0)

2020.08.18

私がインド哲学と縁ができたきっかけ(のひとつ)

 

「結果に執着せずに、行為に取り組む」

 

 

これ、インド哲学の大きな主題(テーマ)の一つ。俗に「カルマヨーガ」と呼ばれるものです。

 

 

我々の行為のほとんどは、「結果を意識してなされる」ものばかりです。

 

 

◎人間関係をつくるために(結果)、異業種交流会へ行く(行為)

 

◎他人からの「いいね!」を得るために(結果)、SNSに投稿をする(行為)

 

 

という具合ですね。

 

 

私は若い頃、数々の「成功法則」「自己啓発」の教えの洗礼を浴びました。セミナー行って、本やテープ(当時はカセットでしたw)を買って、とにかく食い荒らしました。

 

 

これらの「哲学」は、たいがいが「成功した姿をイメージすることの大切さ」が説かれます。ということは、「結果を意識しまくり」なわけです。

 

 

けど、インドの哲学ではそこにゆさぶりをかけるわけです。

 

 

自分が「これこそが正しい生き方だ!」と感じていたことが揺らされるので、人によっては「否定」や「疑い」といった形で反応してきます。当たり前といえば当たり前の反応ですね。

 

 

けど、中にはこういった話を聞くと「漠然とした質問」が頭の中にたちあがってくる人がいます。

 

 

Q:「結果を考えずに行動していたら、社会は成り立たなくないですか?」

 

Q:「結果を考えずに行動して、とんでもない未来になりませんか?」

 

Q:「結果を考えないのだとしたら、生き方が刹那的になりませんか?」

 

Q:「そもそもなぜ、こういう教えが大切だと説かれるのですか?」

 

 

たとえば、こんな反応ですね。

 

 

「否定するでも肯定するでもなく、自分の中に自然と質問がたちあがってきた」

 

 

これこそが、インド哲学のすべてのはじまりかと。

 

 

私は、31歳で会社をつくりました。運よく、数年後には会社は軌道に乗りました。最初は生活がカツカツでしたが、数年もすると倍々で収入は増えてきました。いままではいかないようなお店にいきはじめたのもこの頃ですね。

 

 

でも、いつしか自分の中に質問が立ち上がってきたのですね。

 

 

それは、「成功ってどこまでいったら成功なの?」というシンプルな質問でした。

 

 

「小さな成功をすると、次の成功が欲しくなる。で、さらにその次・・・」このループがずっと続くかと思うと、面白いような、チャレンジしたいような、うんざりするような、そのレースから逃げ出したいような複雑な気持ちが入り混じっていたことを今でも思い出します。

 

 

で、「この問いの答えはどこかにないか?」を探しにかかるわけです。

 

 

この世界、「問いが明確であれば、いつか答えはやってくる」摂理のようです。数年後、私は、インド哲学と巡り会うという僥倖に恵まれたというわけです。

 

 

August 18, 2020 | | Comments (0)