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2005.04.26

人生は甘くない、か?

「今、この不景気の時に会社を辞めてどうするんだ?人生はそんなに甘くないぞ」-退職を申し出た僕に上司が語る。大学を卒業して入社した会社を辞める時だから9年も前の話だ。


僕は感覚的に思った。この人は腹の裂けるような挫折を繰り返して「人生は甘くない」と悟ったのだろうか、と。その上で、僕に対して「人生は甘くない」と語っているのだろうか、と。

たかだか3年弱いた会社だが辞めるのは大変だった。毎日ルーティンで行っている仕事、そこには知らず知らずのうちに慣性の法則が働くからだ。日々、行っていることを止めるのは、新しい事をはじめるよりもずっと体力と耐力を使うものだ。


僕は上司とのやりとりを数回した。「なぜ会社を辞めるのか?」「これからどうするのか?」など聞かれたことについて思っている事を語った。しかし、それらは僕の中で漠然としたものでしかなかったので、第三者に分かりやすく伝える事は至難の業だ。


「なんとなく○○だと思ったんですよ」との言葉に上司がひっかかったようだ。「なんとなくで辞めてどうするんだ」と。「具体的なビジョンみたいなものはないのか」と。


それがないから困っているんだろう、と僕は思った。それを探したいから辞めるんだろう、とも思った。それが会社にないから会社を去るんだろう、とも思った。が、それは語る事はできなかった。


僕は辞めるモードにスイッチが入っていた。お世話になった会社の方、任せるよといって仕事をいただいたクライアントには不義理になるかとも思ったが、それらの方が自分の人生を最後まで面倒をみてくれるわけではない。ある程度の割り切りをする必要がある、と思った。


話は平行線をたどった。そして最後にだめ押しのごとく出てきたのが「人生は甘くない」だ。


上司の記号化された言葉は僕の決意を変えることはできなかった。当時の僕は「人生甘くない」という上司に、自己と妥協せずに戦うビジネスマンの姿を重ねることができなかった。


言葉だけなら場末のスナックのお姉さんでも語る。けど、「人生」について語る人が、人生というものとどっぷりと組み合っていない場合、聞き手はミスマッチを感じる。


僕は「人生が甘いか甘くないか自分の人生をつかって実験したい」と生意気に語った。僕は考えていた。例えば、人生をめちゃめちゃ楽しんでいる人がいる。それらの人にとって、「人生は甘い」ということが広がるとマズい。自分たちが甘受している蜜が減ってしまうからだ。だから、「人生は甘くない」という教育がなされた、と。


そんな風に考えると、たかだか26歳くらいで「人生は甘くない」としたり顔で語ることに極度の嫌気がさしてきたのだ。


あれから9年。人生が甘いのか、甘くないのかはまだ答えがでていない。ただ、人生には敗者復活があるし、裏口入学のようなものがある、とは思っている。これは、20代の僕には実感覚として分からなかったことだ。


もしかすると、人間が生きるということは、記号化された言葉の真意を自分で確かめる過程のことなのかもしれない、と思うのだ。

April 26, 2005 |

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