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2005.04.20

偏狭なナショナリズム

内モンゴルから蘭州という街に電車で向かった時のこと。食堂で飯を食べていると3人の中国が話かけてきた。僕が日本人だと知るや、そのうちの一人が紙に何かを書いている。見るとそこには、軍人と思しき人が鉄砲を担いで日章旗をかかげている。それを見てにやける二人がはやし立てる。筆談するに「お前の国の祖先は我が国を侵略した。それについてお前はどう思うのか?」といっているらしい。


僕は相手にせずにいた。それが無難だと思ったからだ。が、彼らは次第にエスカレートしてきたので頭にきた。「日本が50年前にやったことについて、その時代を生きていない私がどういう責任を負うのか?」と書きなぐった。

彼らの理屈は「祖先がやったことは日本国家として責任を負う」のだという。「では責任を果たす、というのは具体的に何をしたらいいのか?謝罪するのか、お金を払うのか?」と筆談を勧めた。まずは謝罪、だと彼らはいう。「人民的感情」の「総意」として納得できないのだそうだ。その後も、たらたらと「日本軍がどうの」、だとか「鬼人」だとか続く・・


「戦後の国際裁判で中国の判事官は日本の指導者を見せしめ的に絞首刑にしたでしょう。中国国内でも多くの日本人がBC級戦犯として処刑されたでしょう。サンフランシスコの平和条約知っているか?日本がODAでどれだけ中国にお金を援助しているか知っているか?そもそも靖国問題云々とお前らが日本の政治に対して侵略を今しているんではないか?」と感情的になった。いつのまにか3人だった中国人が10人くらいに増えている。それらに対しての明確な答えはなかった。あくまでも感情論での話ばかりだ。


僕はかなり頭にきていた。人に文句をいうのなら感情ではなく理論で勝負するのが筋だろう。やばいかな、思ったが筆談をすすめた。「チベットに対して、ウィグルに対して君らの国が今現在、何をしているか知っているか??彼らの基本的な人権みたいなものは守られているのか?日本が今現在、同じようなことをしているか?過去よりも現在が大事ではないか??」とすすめた。


正直、こういう理屈の展開はすきではない。そえが日本の過去の免罪符になるわけでもないからだ。ただ、彼らの感情ばかりの偏狭なナショナリズムにはうんざりしていた。日本=鬼畜とステレオタイプに決めつけられて反発しないほど僕はヤワではない。その日本という言葉には、僕自身もそうだが、家族や友人、祖先などが含まれるからだ。


その瞬間、食堂にしらけた空気が流れた。数分後、警察官がやってきてパスポートを見せろ、という。「なぜだ?」と聞いてもいいから、となかば強引にだ。政治的な発言はやばかったな、と背中に冷たいものが走った。僕は逃げるように自分の座席に逃げた。


すると一連の経緯をみていた中国人のおばさんが自分の寝台車にこい、と手招きをしてくれた。片言の日本語で「しばらくここにいるとよいよ」といってくれた。捕まることはないだろうが・・何がおきてもおかしくない国だけに不安になった。結果的に何もなかったが・・・。


最近の中国の一連のデモを見ているとこの時のことを思い出す。中国の反日教育は有名だが、上海や北京などの都市部の人は冷静に対日問題を考えている、と聞いていただけに驚いた。近隣諸国を敵や悪としてとらえた偏狭なナショナリズムは、ナチスの例を出すまでもなく大きな不安をはらんでいる。それは現在、着々と進行している。

April 20, 2005 |

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