« 韓国の旅行から帰って | Main | 偏狭なナショナリズム »

2005.04.19

夢をたくせる存在

「サザエさんに出てくるカツオ君。彼って昔は「すてきなお兄さんで憧れの存在」に見えたんだけど、いつしか「仲はいいけど悩みは打ち明けられない友達」みたいな感じになっていて、次第には「一言多い後輩」、「結婚しても生みたくない子供のタイプ」って存在が変わってきたんだよ、とまじめに話す友人がいた。


至極あたりまえの話、である。こちらはわずかばかりでも成長をしているし、テレビの中の彼は基本的に成長がとめられている(?)存在だからだ。

中学生の頃、僕は高校野球が好きだった。報徳の金村、名電の工藤、早稲田の荒木、池田の水野ら全盛の時代、彼らはまさにスターだった。マウンドに、バッターボックスに立つ姿に僕はしびれまくった。


それがここ最近、高校野球を見ていても子供がシロウト野球をやっているような気がして熱狂的にはなれないのだ。


当時と比べて高校野球のレベルが落ちていることもあろう。が、根は冒頭のカツオ君と同じような問題をはらんでいるような気がするのだ。自分の憧れの対象として「一生懸命に部活動をやっている高校生」ではあまりにもものたりなくなっているのだ。


僕はプロレスも好きだった。特にアントニオ猪木さんに関しては熱狂的な信者の1人だった。


今日、4月19日は1984年に「アントニオ猪木VS長州力」の伝説の名勝負が行われた記念すべき日だ。蔵前国技館を埋め尽くした観客の異様なまでの興奮、卍固めが決まった時の感動、ギブアップしない長州に締め上げる猪木さんとのコントラストの美しさは今でも鮮明に思い出せる。


そのプロレスもここ最近は「カツオ君現象」がおきたのか、夢をたくせるレスラーが不在なためまったく見なくなってしまった。確かにプロレスの技術は猪木さん全盛時代と比べて格段に進歩している。演出もなかなかこっているようだ。しかし、何かがたりないのだ。それは今のプロレスラーの年齢が僕より若いから、といった単純な問題ではないような気がしている。


要するに、スポーツであれ、芸能であれ、プロフェッショナルの存在であれ、夢をたくせる人間が少ないのだ。(イチローや松井などはもちろん別ですよ)僕は人間って夢をたくす存在がいてはじめて精神的なバランスがとれるのだと思う。


歳をとると夢をたくせる人が少なくなってくる。逆に、突き上げられるように自分が夢をたくされる存在になってくる人もでてくる。そして夢をたくされる人間は、なかなか生きづらいのも日本という社会の特殊性だと言われている。ライブドアの堀江社長などはそのいい例だ。足を引っ張る人がでてくる。


それでも、僕は夢をたくされる存在でありたいし、自らが夢をたくす存在でもありたい、としみじみと思うのだ。ただ、夢をたくされる存在であるためには、高校生の部活動レベルであってはならない、とも思うのだ。


April 19, 2005 |

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 夢をたくせる存在:

Comments

確かに夢を託せる存在の人は、少なくなりましたね。何か皆こじんまりして来て豪快にだっちょネ節を歌う人などが居なくなったのは事実ですね。中学の先輩で隣の晩御飯のヨネスケ師匠くらいかな?
ちなみに私は今でもたまにひろみごーを歌います。
押忍。17年目に入りました。

Posted by: 燃えて国政へ | Jun 1, 2005, 12:37:25 PM

Post a comment