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2005.06.30

アメリカ人はいい加減??

「お前、早くしろよ!間に合わなかったらどうすんだよ。ええ〜!」と屈強なアメリカ人が僕を罵倒する。それに連られ数人がはやしたてる。「子供はこんな所にくるんじゃねえ!」だとか「買えなかったら責任とれよな!」だとかいってるようだ。


彼らのいっていることはもっともだった。時は5年前、アメリカはケンタッキー州での話。ブリーダーズカップという世界でも有数の競馬の馬券売り場に並んだ僕は買い方がよく分からなかった。


「あと、2分で締め切ります」のアナウンスに僕の後ろに並んでいたお兄ちゃんが痺れをきらした、という訳だ。

その時、窓口のお姉さんが座席をたった。「ちょっと待ってあなた達!競馬を楽しみにしているのは彼も一緒なの。アメリカ人として恥ずかしくないの?あんた達そんなに偉いの??黙りなさい!」とぶちまけた。二十歳そこそこの若い女性だ。


「しょうがねえなあ〜」とおとなしくなる男達。「ごめんね遠いところから来てるのにイヤな思いさせて。当たるといいわね!」と微笑んだお姉さん。僕はこの瞬間、アメリカのファンとなった。


「僕は(私は)この国が好き」と人はいう。けど、たかだか数日や数ヶ月の旅行を通して訪れた国を深く知ることなどできない。僕らが持つ好き嫌いの感情は案外と些細なことが原因であることが多い、と思う。


飯がうまかっただとか、人に親切にされただとか、天気がよかった、だとか‥‥旅先で直面した限られた現実の中からその国のイメージは形成されていく。逆もまた然り。旅先で知り合った異国の人は僕らとのやりとりを通じて、日本の印象をつくっている、のだと思う。それは、多くの場合一人の人間が経験できるごくごく僅かな情報や印象でしかない。「もっと日本を知ってくれれば良さは分かってもらえる」というのは単なる傲慢だ。


僕は3泊5日でコロラドのデンバーにいってきた。仕事を兼ねた短い旅行だったが、アメリカ再訪を通して、あの国の持つ「おおらかさ」をちょっと感じて帰ってきた。


バスや電車は遅れるし、レストランでもステーキのぶつ切りだとか、おおらかな(?)料理がでてくる。ご承知の通りバーにいけばみなよく飲んで、よく話す。日本人からしたら、「いい加減」と思われるようなこともままあるが、でもそれは「いい、加減」なのではないかと思うのだ。別に僕は米国礼賛主義者ではないけど、日本が抱えている閉塞感を打破するのは、こうした気の持ちようではないか、と思うのだ。


タイ人がいう「マイペンライ」(なんとかなるさ)みたいな感覚に共通するようであり、それでいてタイ人みたいに現実離れしていないような‥‥。あくまでも僕の経験した僅かな現実の中での話だけど今回の旅行を通じてそんなことを感じて帰ってきた。

June 30, 2005 | | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.06.25

会社と働く時代

旅を終えて社会復帰した僕は歩合の営業マンとして住宅メーカーに入社した。歩合、とはやればやっただけ給料が入るシステムだ。逆にいうと、実績が挙がらなければ大学卒業したての新入社員より給料は低い。


採用の時に「給料の希望は?」と聞かれ、こりゃいいすぎかなと思いながら「500万円です!」といったら、面接した支店長に「えっ!?それだけですか。せめて1,000万円くらいは思ってもらわないと」といわれた。話半分でも500万円だ。別にお金には執着しないが、旅からのリカバリーにはなにかと入り用だ、僕はこの会社にお世話になった。

営業社員はすべて実績で判断される。遊ぼうが何しようが、売上があがっていれば何でも通る。売上が3ヶ月間ゼロだと「ゼロ社員」と呼ばれる、4ヶ月くらい続くと社員研修と称した草むしりをやらされる。半年近くなると「そろそろ退社を」という雰囲気になっていく。


そんなんだから社員は次々と辞めていく。実際、僕が在籍していた1年近くで、14〜5人は辞めたのではなかろうか?わずか、10人近くしかいないの一支店での話だ。「辞めます」と話を切り出したいったその日が退職日になる-これは驚きだった。もちろん、送別会もあるわけではない。そんな中から「優秀な」営業マンだけが残っていく仕組みだ。


この時の経験から僕は「社員が辞めない会社」を創ろうと思った。社員が次々と辞めていくと会社がすさんでくる。会社に残った社員は自覚するとしないにかかわらず思う、「明日は我が身?」と。次々と中途社員が入社して、次々と辞めていく、そんな会社に誰がロイヤリティーを感じるだろうか。だから創業以来、「やる気のある社員の雇用は最後まで守る」といい続けてきた。


社員が辞めるのにはいくつか理由がある。待遇、人間関係、仕事の内容、将来性・・・僕はそれらを含めて「社員が辞めない会社」を目指そうと思った。でも最近は「社員が辞めない」というのを目的にするのはちょっと違うのではないかと思うようになっていった。


実際、創業以来、何人かが退職していった。いろいろと話は聞いたつもりだが、本当の本音の部分はわからない。僕は今まで、その本音の部分まで含めて、「社員が辞めない会社」を目指そうと考えた。それが結果的に、会社のブランドになるのではないか、と思ったからだ。


けど、そんなことは神様でもないから無理なのだ。社員は、辞める時は辞めていくのだ。そのために経営者は「辞めます!」といわれても後悔しないだけの日常業務と心づくり、そして何があっても会社運営に支障をきたさないシステムづくりをしておかねばならないのだと考えたのだ。


僕は最低限として、社員が辞める要因のうち以下の2つだけは気をつけよう、と思った。


一つは、社員の成長スピードを常に僕が超えること。社長の成長スピードを社員のそれが越えていく、これはで社員がバカバカしくなっていく。「こんな人の下では将来性がないな」と思って辞めていく。だから、自分の成長スピードを高める。


もう一つは、僕の考え方や姿勢が、社員のそれと明らかに違ってこないようにすること。例えば「儲かるのであれば手段は選ばない」と考える経営者の元では、クライアントに対して良心的な社員はやっていけない。「社長についていけない」といって辞めていく。だから、自分の仕事観を社員に明確にする。それと、自分の仕事観にブレがないか常に考える。


これだけは最低限気を付けていこうと思ったのだ。あとは僕の予知できない部分だ。良い意味で僕は割り切ったらちょっと楽になった。


これから、「会社で働く時代」から「会社として働く時代」へと企業人の働く形は変わっていく。


「自分は一人でも大丈夫です」「転職してもやっていけます」といった職業人としての自信を持った一個人。そしてその個人に対して「この会社にいればいいなあ〜」「将来性があるなあ〜」と思ってもらえるような会社を目指す経営者。そんな両者の緊張状態の中で運営されていく会社がこれからの時代を切り開くのだ。


僕が志向するのはそんな会社だ。

June 25, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.06.24

今日は研修会

日経ベンチャー主催の原田隆史先生(天理大学講師)の研修会(3ヶ月コース)が本日10:00からスタート。その名も、原田隆史の成功学研修「仕事と思うな!人生と思え!!」(ちょっと恥ずかし!)と仰々しい。


ユニクロやワタミといった会社で社員研修を実施しているカリスマ教師。中学陸上指導で、7年間で13回の日本一を誕生させ、現在では教職員の教育やスポーツ選手のメンタルトレーニングを指導している。


いきなりだが僕は、「成功」という言葉が嫌いだ。なんか傲慢で、偉そうで、成長がストップしてしまったような語感がどうもいただけない。成功哲学の本は一通り読んだが、成功という概念にせき立てられるような生き方は嫌だ。成功本は読むが、あまり参考にはしない。いや、最近はむしろ否定している自分がいる。


僕が志向したいのは、成功ではなく、自分の成長だ。自分の能力が伸びていくだけいろんな可能性が広がっていく、人のために役立てることが増えていく。今までみえなかったものがみえてくる。それでいて、成功を求める人にありがちな、勝ち組負け組といった人と競争するような概念とは無縁で、自分との戦いに力を注ぐ事ができる。


その結果として「いろいろとあったけど、いい人生だったわな」と死ぬ時に思えれば最高だ。そんな生き方ができればいいな、と思う。

成功、と銘打った研修にいくのにこういうこというのも何だけど。とまれ、原田先生は一度研修を受けたが、そこぞのコンサルタントとは一線を画している。僕の「この人は凄ええ〜」の感性に完璧にひっかかった。先生の生きざまから、僕自身の成長のネタを探せるように今日一日ちょっといってきます。

June 24, 2005 | | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.06.23

週末からアメリカへ

週末からコロラドのデンバーに行く事になった。何でもヒーリンググッズの見本市みたいなものがあるとのこと。この業界、10年はアメリカが進んでいる。ま、何でもみてこようと軽い思いだ。

僕のアメリカ暦は、仕事がらみでケンタッキーに競馬を見に行った1回だけ。「旅行をしながら仕事ができたらいな」とかつて思ってた夢にちょっと近づいたかな。とまれ、いままでの僕の出張は見える成果が少ない。単に見聞を広げるだけでなく、仕事になるよう頑張ってきます。

不在中はメールなどが遅れますので、関係各位はご了承ください。

June 23, 2005 | | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.06.22

本を読むということ

「広告会社をやっていく上で大事な事?? そりゃ本をきちんと読む事だな。広告は文章を扱う仕事だから年間で100册位は当然のように読まないとね」


僕は会社をつくるにあたって「会社をたちあげるために、軌道にのせるために何が大事だったと思いますか?」と業界の先達、上司、先輩にききまくった。

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前職の上司からは「早起きをして一番に会社にくること」と言葉をいただいた。夜が遅くて潰れる会社はあるが、朝が早くてダメになる会社はない、とのことだった。


同業の経営者からは「創業して8〜9ヶ月目の資金繰りには気をつける」といただいた。売上があがるとそれだけ資金繰りも大変になってくる。その経営者の場合、8ヶ月目は相当にしんどかったとのことだった。


ある企業家からは「お人好しはほどほどにすること」と、ある経理畑の人からは「下手な節税を考える時間があったら営業に力を注ぐ事」といわれた。すべての言葉がありがたかった。そんな中で、ある経営者からいただいたのが冒頭の言葉だ。


仕事には、「緊急性が高くて重要なもの」と「緊急性が低くて重要なもの」がある。前者を重要顧客からのクレームだとしたら、後者はさしずめ読書といったところか。読まないとね、とは思っていても今すぐに必要でないがために、後回しにしてしまう。


ただ、仕事人のスキルとして考えた時、読書をしないツケは確実に回ってくる。特に僕の場合、広告業にいるだけになおさらだ。お客さんの「こんな感じ」だとか「ああいったイメージ」だとかを言葉にできなくては僕らの仕事はなりたたないからだ。


僕は「年間で100册」という経営者の話を聞いて、「自分は、年間で150册を読もう」と決めた。先輩を抜く事が後輩の使命だとしたら、同じ数だけの本を読んでいてもしょうがない。もちろん、数が多ければいいというものではないだろう。けど、良書と出合うのは偶然の産物だ。偶然を呼ぶためには、絶対数を増やさなければならない、と考えた。


以来、5年で数々のいい本と巡り合えた。「この本がなければ、大変だったな」というマーケティングの本にもであった。自分がブレそうな時に、軸となるような本とも出合った。この間、速読を習い、僕の読書スピードは飛躍的にあがった。現在では1年に300〜350册のペースで読めるようになった。


そんな僕が昨日であったのが、『この本が、世界に存在することに』(角田光代著)だ。ふつうの人の本をめぐる9つの短編集、女性著者の短編集など普段ならあまり読まないようなジャンルだが何となくタイトルが気にいった。


著者が最後にこう書いている。

あんまりにおもしろい本に出合ってしまうと、読みながら私はよく考える。もしこの本が世界に存在しなかったら、いったいどうしていただろう。世界はなんにも変わっちゃいないだろうが、けれど、この本がなかったら、その本に出合えなかったら、確実に、私の見る世界には一色足りないまんまだろう。だからこの本があってよかった。助かった。


うーん自分にもそういう感覚あるなあ〜。本との出合いをすごく大事にしている著者なんだろう、ひとつひとつの短編が本に対しての愛情と感謝で満たされているようだった。


本を読むと考えてばかりで行動が鈍る、という人がいる。他人の考えを受け売りにしてしまって主体的に考えられなくなる、という人もいる。


それらは、一面は真理かもしれないだろう。けど僕の場合、本を読まないと確実に行動は鈍る。また、本を読まない上での主体的な考えは、とても独善で独りよがりでエゴまるだしになる。


最近は誰でも本を出版できるようで、正直、読むに耐えられない本も多い。いたずらに不安をあおったり、ものすごく個人的なことを一般化したり、単なる著者の営業のツールだったり・・・けど、そんな中にも自分の生き方をドラスティックに変えてしまうような作品が書店にば溢れている。見つけるも見つけないも自分次第なのだ。


June 22, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.06.21

不安感と向き合うということ

「売上は順調だ、社員も成長している。外注先も増えて仕事が回るようになってきた」けど、なんか不完全燃焼でモヤモヤしているような・・・


創業以来、走り続けたツケだろうか、かつてこうした思いにかられる事があった。安定こその不安定のようなもの、創業の頃から比べたら贅沢だけどそうなってしまったのだから仕方ない。

まずは仕事のスタイルを変えた。朝一番の出社は死守するが、夜は早く帰るようにした。土曜日と日曜日をきちんと休むようにした。未整理だった書類をすべて捨てた。スーツではなく私服で会社にくるようにした。


けど、働くスタイルを変えたところで何かが劇的に変わるわけではない。僕は本を読んだり、人の話を聞いたりした。けど、そこに何か抜本的な解決策があるわけではなかった。


そんな時に、僕が尊敬している岡本吏朗先生の合宿セミナーにでかけた。税理士であり、マーケティングの専門家である先生が、年に数回行っている経営計画セミナー。経営計画、といっても計画をたてるのではなく、ひたすら経営の現実をみつめていくという作業を行う。


2泊3日のスケジュールだが、現実を見つめるのはしんどい。人は誰しも現実を見つめたくないがゆえに、小手先の問題解決に走ってしまう。特に経営者という人間たちは、器用な人が多く、その場限りの問題解決で何とかしてしまう。先生曰く、まずは現実を見つめる事、それがあってはじめて経営の打ち手が打てるのだという。


言葉で書くと宗教チック(?)だが、僕は新年がはじまると毎年このセミナーに通っている。頭がモヤモヤし、無秩序状態のような感じになる。脳みそが疲れていく感覚と、それがリカバリーをしていく感覚は何回か経験をするとやみつき(?)になる。その上でたてた打ち手は非常にパワフルだ。


とまれ、そのセミナーに参加した時のこと。僕は先生と雑談をした。「最近、会社は順調なんですけど何か不完全燃焼なんですよ。本読んだり、人の話聞いたりとしてるんですけどね」と。


いくつかのやりとりがあった中、「そりゃ安易に答えを求め過ぎてるんじゃないの?」との先生の言葉に僕は衝撃を受けた。


僕は、不完全燃焼である自分をなんとかしたかった。そのため生活のスタイルを変えて、本を読んで、人の話を聞いた。けど、その背景には、どこかに正しい答えのようなものがある、と自分が考えていたことに気がついたのだ。


その時の僕にできることは、不完全燃焼を解消するノウハウを探す事ではなく、自らの現実を見つめる事、その中で自分自身が打ち手を考えることだけだということに気がついたのだ。


「このままだと将来が不安だ」といったモヤモヤ感、不安感は嫌なものだ。だから僕らはそこから逃げたくなってくる。宗教に走ったり、マルチ商売に走ったり、僕みたいに本だとか話に正解を求めたりする。けど、それはあくまで小手先の解決策だ。


自らのモヤモヤ感、不安感みたいなものと向き合って、自分が主体となって打ち手を考えることが何よりも大事ではなかろうか。本や人の話はあくまでもサポートであり、補助であり、参考でしかない。


逆にいうと、新しいアイデアや打ち手はすっきりと整理された思考からは生まれてこない。脳みそのカオス(混沌)から常にうまれるものだ。だからモヤモヤや不安を恐れてはならない。それは、人が次のステップに至る時に必ず訪れる通過点のようなものだからだ。

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混沌こそがアイデアを生む、と乱雑な机回り
それでも、昔に比べるとだいぶ整理された

June 21, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.06.20

うーん、歳とったな

「うおーめちゃめちゃ若いじゃん」と驚愕(?)した。昨日の夜、家の中を整理していたら会社を創った頃の写真がでてきた。


五反田にあるクライアントの事務所の一角、そこに置いた電話とFAXが会社のスタートだった。電話が鳴る度に「おっ!電話が鳴った!!」、FAXがくる度に「おぉーFAXが来た!」と一喜一憂していた。


電話がなるのがこれほどまでに有り難い、とは思わなかった。まだ30代の僕が昔を懐かしんでもしょうがないが、これが僕の原点だ。


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それにしても、若い。肌にハリがある。髪の量が多い。まだ5年ほど前のことでしかないのに「最近は歳とったなあ〜」と鏡に映った自分の姿を見て思う。


相応に歳を重ねているようでもあり、いろいろとあったなかで精神的に磨耗(?)したようでもあり、どうでもいいことに振り回されたようでもあり・・とまれ時が確実に流れていることだけは確かだ。


もし仮に、「今、創業の頃に戻れ」といわれたらゾッとする。創業した5年前に比べて、確かに仕事のスキルはあがった、経営について相応に実体験も積んだ。クライアントのやりとりの中でコツのようなものをつかんだし、本やセミナーから数多くの情報も得た。


けど、「とりあえず分からないからやってみる」みたいなパワーはあったんではないかな、昔の方が。「とりあえずむちゃしてでもやりきる」みたいな精神力もあったかもしれない。会社に寝泊まりして仕事をしていたあの頃のエネルギーが今の僕にあるだろうか、と考えると正直、心もとない。


仕事に馴れてくると小手先のテクニックで何とかなってくる。これはある意味、仕事人としての成長なのだが、そんな小ワザは長くは続かない。いつかボロがでてくる。その時に、「やばい!」と思ってももう遅い。小手先に走った人間は、なかなか元にはもどれない。


仕事や経営のスキルがかけていたからこそ持っていた何か・・・プロだけど素人のように振る舞える、そん仕事ができたら素敵だ、と考えた。

June 20, 2005 | | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.06.17

豊かな青春 惨めな老後

「豊かな青春、惨めな老後」ある安宿のトイレにこんな落書きが書いてあったとバンコクできいた。


当時は仕事もせずに旅をして「豊かな青春」、を謳歌していた僕にはなかなかこたえる言葉だった。好きな事を思う存分やっているつもりだった。けど、時として友がみな社会の構成員として着々とポジションを築いている中、取り残されるような感覚を覚えた。


けど、今「豊かな青春、惨めな老後」という言葉には何の危機感も感じない。へえー、うまいこというな、としか感じない。むしろ、「豊かな青春、豊かな老後」じゃないのとさえ思う。

「豊かな青春、惨めな老後」という言葉には、若い時にちゃんと将来設計しないといけませんよ、という意味がこめられている、と思う。きちんと働いて、スキルを身に付けて、将来に備えるための貯金をして・・


でもこれって僕らが子供の頃から刷り込まれてきた妙な価値観の一つではなかろうか、と思う。「今、きちんと先のことを考えて勉強(や仕事)をしとかないと後悔する」という価値観だ。


僕は、小学校の低学年の時は「高学年になったら勉強が大変になる」と、高学年になったら「中学に入れば中間テストだとかがはじまる」といわれて勉強をさせられた。


中学生になれば高校受験のことを、高校に入学すれば大学受験のことを意識せざるをえない環境におかれた。常に頭のどこかで将来に対してみえない不安にさらされている環境の中で僕らの多くは幼少〜青年期を送る。極論だが「将来にたいする準備」、これが学校教育の基本だ。


これは大人に近づいても変わらない。大学生は就職の事を考え、就職すれば出世の事を考える、出世したら退職後の事を考え、実際に退職すると健康のことが不安になる・・子供の頃に刷り込まれた価値観はなかなか変わらない。


将来に対しての準備は大切だ。そのために資格をとることも大事だし、スキルアップをすることも大事だ。けど、もし万が一、そういった人が「今現在を犠牲にして」という発想で今を生きているのであれば不幸だと思う。一体、いつ今を生き切るのだろう??


未来は現在の延長にしかない、「将来の為」という美名で現実から逃避してはならないと僕は考える。


友人に起業を目指している奴がいる。いつでも事業企画書を持って、綿々と話しを続けてくれる。けど、彼が何かをはじめたとは聞かない。「将来会社つくった時のための準備」ということで、本を読み、セミナーに参加している。準備、という言葉が彼に重くのしかかっているとしか思えない。


繰り返すが準備は大事だ。けど、今現在を生ききることがもっと大事だ。「準備の社会」の中で、僕は生きていることをたまには振り返りたい。そんな社会の中では「準備をしすぎない」、それが生きる処世術として必要となってくる。これが「豊かな青春、豊かな老後」のための僕の基本姿勢だ。

June 17, 2005 | | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.06.14

ビジョンは必要なのだが・・

「そんなんで社員を雇うなんていってんの?そりゃ甘いんじゃねえの!」創業の頃、僕はある人からこういわれた。


「3年後の経営ビジョンは??」尋ねられた時に「そんな先のこと分かりませんよ」と答えたことが気に入ってもらえなかったらしい。でもそれが僕の偽らざる気持ちだった。これは今でも変わらない。

自己啓発の本を読むと、「ビジョンをたてることの重要性」みたいなことが書いてある。なるほどごもっともだ。自分の将来を明確にイメージして、それに対しての不足点をひとつひとつつぶしていけば目標を達成できる、というのもよく分かる。


けど、人間には明確なビジョンをたてられる人と、そうでない人がいる、そして多くの人は後者ではないかと思う。


将来が見えにくい時代だ。その中で未来を自分なりに予測し、自分の生き方のポジションを明確にし、ビジョンに落とし込む、というのは僕はものすごい能力であり才能だと思う。これは野球選手になるだとか、文筆家になるだとか、パイロットになるだとかと同じレベルの能力ではないのではなかろうか。


それを自己啓発本の類いは、「誰しもビジョンは必要ですよ」とごまかす。誰もが「否」といえない論理で攻めてくる。そしてビジョンをたてられない多くの人は悩むのだ、「ビジョンがたてられない」と。


でも、それが普通なのではなかろうか?これが僕が仕事を通じて得た実感覚だ。


「それそろ社会復帰をしよう」とインドの地で考えた。将来のビジョンをたてようと、安宿のベッドで考えた。ただ、どんなに考えても自分の3年後は分からなかった。それが焦りでもあり、愉しみでもあるような複雑な心境だった。


とりあえず、その時にできそうなことを始めた。僕は資格の類も特別な能力もない。けど、当時は営業の仕事だったら人並みにできると考えた。「それなら一番高額の商品を販売する営業をしよう」と住宅メーカーに歩合の営業として入社した。でも1年で会社を辞めた。とりあえず「住宅で飯を食べていく事はできないな」という確信が持てた。


その後、縁あって広告代理店に紹介をいただいた。当時の僕には、「ライター(もどき)になる」「教員の試験を受ける」「編集プロダクションに入る」「ミャンマーで仕事をする」「また営業の仕事をする」などの選択肢があった。その中からたまたま、紹介いただいたのが広告の仕事であって、それがたまたま今でも続いているにすぎない。


目の前のことをやっていくと、何かしらの道ができる。多くのことをやれば、それだけ道が生まれていく。明確なビジョンをたてられないタイプの人は、その道の中からしか将来を設計できないのではないだろうか。


ビジョンがたてられない、と嘆く前に目の前のことに全力でとりくむ、それしか自分の将来の姿は生まれてこないと思うのだ。


June 14, 2005 | | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.06.13

先輩、後輩関係について

「お前強くなったよなあ〜」スパーリングで一本とられた後輩に先輩づらで語る兄弟子。


それを見ていたいつもは温和なジャイアント馬場さんが怒る。「先輩づらするな!おれたちの戦う場所はリングだけだ」と。その昔に読んだとあるプロレス漫画のワンシーンだ。


僕は、子供の頃から格闘技が好きだった。柔道、空手、体術(通信教育だけど)を習い、格闘家の本を貪り読んだ。そんなことだから、大学に入学した時も格闘技しか進む道はなかった。


1989年に國學院大学に入学してキックボクシング部に入ったのも、いろいろと曲折はあったが、格闘技が好きだったからだ。

僕は、格闘技と同様にその社会が持つ「タテ社会の文化」が好きだ。


大学の運動部は俗に「1年ゴミ、2年奴隷、3年人間、4年神様」といわれるが、そういうものを苦痛に感じない人間だ。逆に、先輩にヤキを入れられて同学年で飲みにいく。「早く4年になりてえなあ〜」と語りながら夜を明かす・・・そんな苦節(?)の日々があってはじめて、リーダーだとか、先輩になれるのだ、と思っていた(現在も思っている)。


格闘家の伝記にはこういった「ゴミ時代」の逸話がありふれているからだろうか、いつしか自然とそう考えていた。これはかなり特異だと思っていたが、同じ時代を過ごした同輩などは案外とこんな感性をもつ奴ばかりだった。同じような感性が集まるのが大学の運動部、だと思った。


大学時代の先輩、後輩関係は摩訶不思議だ。先輩は必ず先輩、だ。僕がどんなに落ちぶれようと、僕の後輩からしたら僕は先輩だ。後輩が僕を追いこすことはできない。そして、多くの場合それは一生続く。逆も然りで、僕がどんなに偉くなろうとも先輩、後輩関係は絶対に変わらない。


僕はタテ社会が好きだといったが、俗に体育会系学生にありがちな「先輩のいうことは絶対服従」という考え方が嫌いだ。そこには、先輩や上司のいういうことに従っていればいい、という安易な考え方が裏にあるような気がするからだ。「先輩=絶対」と思考省略をするのは大学の一時代だけで十分だ。


僕は、社会に出たら「先輩、後輩と区別する前に人としてどうか」を基準にした付合いをしたいと考える。僕の持っていない能力を持つ後輩はいくらでもいる、高いモチベーションで仕事をしている後輩もいくらでもいる。逆に、この先輩とは一緒に仕事ができないな、という先輩も残念ながらいる。


社会人であれば職場での昇進の早い遅いで先輩、後輩のねじれ現象が起こる。後輩が上司になることも、仕事を教えてもらった先輩が部下になることも、現在ではめずらしくないだろう。そこには、社会人としての能力云々が年次よりも優先される。これは組織として健全だ、と思う。


僕は、後輩の使命はお世話になった先輩を追いこすこと、だと思っている。大きな話になるが、生命は進化を続けている。後輩が先輩を追いこさないと人類の発展はないことになる。先輩!と畏縮しているヒマはない。


とはいえ、自分が先輩の立場ととらえると、後輩から追いこされるのは厳しいものだ。特に体育会の学生は先輩、後輩間に関してプライドが高い。「最近の学生はちょっとおかしいよなあ〜」という言葉で逃げたくなってくる。けど、ここは踏ん張りどころだ。


今の大学1年生は18歳だ。僕が大学生になった頃、生まれてきた。小学生の頃にバブルが崩壊し、中学生に入る頃には携帯もパソコンも普及していた世代。付き合いはあまりないのだが、正直、今の僕の考えではついていけない部分も多い。けど彼らが社会人として働きはじめた時、自分と違う感性が台頭していることに危機感を感じないだろうか、とも思う。そう、古い世代がホリエモンの登場に脅威を抱いたように。


なにかと面倒を見る立場だった後輩も、社会にでればライバルだ。その中には、ホリエモンのような逸材がでるかもしれない。そんな中で僕らの「先輩」としての立場は危うくなる。でも、だから僕らは仕事を頑張れるのではなかろうか。後輩に負けないために。たまにあった後輩から「先輩、元気ないですよね」だとかいわれないために。


そこで踏ん張れるのが体育会系学生がそうあるゆえんだろう、と思うのだ。

June 13, 2005 | | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.06.10

夢を語るということ

僕の友人に人並みはずれたラーメン好きがいる。ファッション、旅行、車にはほとんどお金をかけず、ラーメンばかり研究をしている。仕事は営業マンだが、決してやり手、という訳ではない。本人もそれを認めていて「出世するとラーメン食べ歩きに問題がでる」ときっぱりと言い切る。


僕は付き合いが長いので彼の偏屈(?)で口数少ない性格をよく知っているから付合っていてストレスには感じない。けど、周りからしたらちょっと変わっていて付き合いにくいタイプだな〜、と思う。(本人もそれを自覚している)


数年前、そんな彼と飲んでいて「ラーメンの素晴らしさ」についての話になった。彼自身が食べ歩いたラーメンの数々、出会ったラーメン職人さんとの邂逅、自分でラーメンをつくっている苦心談などなど、そして彼はぼそっとこういった。「将来はいままでにないラーメン屋をやりたいんだ」と。

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会社をつくった時の事業計画案(大塚所蔵)


人にもよるだろうが、僕はこういう一言でその人の見方が変わる。


「ラーメン好きで偏屈な友人」が「夢を追い掛ける友人」へとシフトする。「なるほど、だから食べ歩きをしているんだな」と、彼の行動に納得してしまう。偏屈なのも、夢へのこだわりがあるのなら、と思ってしまう。もし彼がすぐにでもお店を開きたいのなら、広告のお手伝いをしたり、人を紹介したりと具体的な形で関わっていける旨、話をすると思う。(もちろん、いままでの彼と僕との付き合いの中で生まれた信用があっての話だが・・)


僕は夢は語る事に価値がある、と思っている。夢を語ると、それに関連する情報や人間関係が集まってくると思っている。


2000年の秋、僕は会社を創ろうと考えた。会社のビジョンのようなものをつくり、これからの売上と支払の予測をたてて、戦うべき事業のポジションを明確にした。A4で7枚くらいの事業案をもとに、お得意先や印刷会社、デザイナーに協力をお願いした。


かねてよりのお取引先から「足りない分は出資してもいい」という話をいただいた。印刷会社から「本来は前金でお願いするのが筋だけど、会社に掛け合います」と支払いのサイトを2ヶ月に設定していただいた。デザイナーさんからは「出世払いでいいです」とデザインを受けていただいた。あとは、社員が一人「泥舟に乗ります(?)」と来てくれた。オフィスがなかっただが、ある出版社に「うちに居候すれば」としばらくお世話になった。ある雑誌社から「特別に安い金額だしますよ」と有利な条件で仕入れができた・・などなどいろんなありがたい動きが生まれた。これも僕が夢を語ったからだ、と思っている。


不言実行、は確かに格好よい。僕も憧れる。けど、今は自らが情報発信をしなくては企業も個人も情報や協力が集まりにくい時代だ。どうしても実現したい夢があるなら、自分を取り巻く環境を(いい意味で)巻き込むために有言実行が好ましい、と思う。


僕にとっての夢は精神の健全度のバロメーターのようなものだ。精神が痛んでる時に夢を語る事はできない。逆に、夢ばかり語りすぎる時は精神が病んでいる。現実を踏まえた夢を語るのはなかなか難しい、とも思う。

June 10, 2005 | | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.06.08

先祖の充たされない思い

『生命の暗号』という流行りの本を読んだ。「運命は生まれる前に決定され、人生の明暗は名前から読み解かれる」と帯の説明にあるように、名前を解読すれば私たが今生で果たす役割が分かる、というのだ。


僕はこの手の本は話半分で読む。確かに、人により今生での役割(魂の目的)は決まっていると思う。けど、僕らの目的や役割などは、日々の地道な生活の中から行動と反省、そして格闘を通じてつかむもので、名前を解読したり、霊能者に聞いたりして安易に目的を知ろうとする安直な姿勢はどうも共感できない。


そんな本だったが、ひとつだけものすごく共感できる部分があった。「先祖の無念なる思いが今の私たちを動かす」というくだりだ。

ある人が一代を生きて人生を終えた時「もっとこう生きればよかった」とか「あれが間違っていた」とか、いろいろと反省するのだと思います。そして、うまくいかなかった原因を探し出すと、「今度は逆の形でいきてやろう」と思うのかもしれません。”無念なる思い”が魂ゆらを生み出し、それが性を変え、が逆霊となって隔世してくるのはないでしょうか。(P66より)


ちょっと難しいが、先祖の無念な思いが自分の魂の目的に大きく影響しているのだということらしい。詳細は省くがそれは隔世で伝わるということだ。つまり私の場合は祖父と祖母の思いが影響しているということだ。


僕が生まれた時、母方の祖父だけが健在だった。晩年は好々爺だったが、かつては一代で事業をはじめ、一代で事業を潰したと聞いた。子供の頃、物置きからおどろおどろしい資料がいっぱいでてきて驚いた。それは倒産関係の裁判資料だった。内容証明や判決資料など膨大な数だった。


女性関係もはちゃめちゃだった、と聞いた。詳しくは書けないが、子供ながらに昔の事業家はやることなすことスケールが違う、と思った。


祖父は1994年に88歳で亡くなった。死の間際にどのような思いを持って亡くなったかは分からない。「あの時にああしておけば会社は大丈夫だったのに」とか「生まれ変わって会社をするのならこうしたい」と思ったのかもしれない。


その後、僕は2001年に会社をつくった。創業にあたりお世話になった会社が事務所を移転するという。その後に事務所を構えることにした。品川の五反田から5分くらいのところだ。


数カ月後、何かの用事で母が事務所にやってきた。事務所にくるなり驚いている。なんでも「昔おじいちゃんが会社をつくった場所のすぐ近く」だったからだ。道路を挟んで5分くらいの所に祖父の会社はあったというのだ。


当時は、これも何かの縁だなあ、位にしか思わなかった。が、会社をやればやるほど、祖父のDNAに影響を受けている自分に気がつくのだ。魂とか、人生の目的、だとか理屈では説明できないけど、祖父の思いが僕の事業に影響を与えているような感じが皮膚感覚でするのだ。


今回、自分の事業に「祖父の満たされなかった思い」というキーワードが結びついた。地に足ついて事業をしていこう、と改めて思うのだ。

June 8, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.06.06

プロ意識

「あなた華がないのよ!」と隣のテーブルで怒声が聞こえた。松浦亜弥にどことなく似たホステスさんが、後輩(部下?)の女性を叱っている。くわえタバコで、次々とグサリとくる説教が浴びせられる。


曰く「お客さんがあなたに夢を感じられる?」だとか「私はNO.1だったのよ。あなたが偉そうに物をいえる分際??」だとか「見てるだけでイライラする」だとか・・


週末、お客さまがみえて久方ぶりに繁華街へとでかけたその先でのできごと。もちろん、テーブルにはお客さんがついている。テレビドラマ『黒革の手帳』を彷佛させる激しいやりとりに僕は見入った。

後輩(部下?)も負けてない。天性の不思議キャラなのだろうか、あまりこたえていないようだ。それが、さらに先輩(上司?)を刺激する。僕にも経験がある。一所懸命話をして、それが暖簾に腕押しだとムカムカ度は飛躍的に向上する。


二人の間に一体どんなやりとりがあったか分からない、が僕は興味深かった。それは、先輩(上司?)がしきりと「お店No.1の自信」みたいなことを口にしていたからだ。


お客さんの面前で後輩を罵倒する事の是非はこの際抜きにしよう。それは当然すすめられるべきことではない。


けど、No.1の自信を持って仕事をしている人が少なくなった昨今、仮に口だけでもこういう勢いのある人がいるのは心強い。「私はシロウトですから」といって世の中をわたっているホステスさんにぜひ聞かせてやりたい、と思うのだ。


プロとアマの敷き居は分かりづらくなっている。俗に、「金を稼ぐのがプロ」と言われるが、夜の繁華街では案外と何も知らないようなシロウトが人気があったりする。けど、それがプロだと思ったら大間違いだ。それが、自分の実力だと思ったら大間違いだ。


アマは自分の好きなことしかしない、だから世界が広がらない。自分の世界観だけで判断をしようとする。結果、いつまでも同じ場所に留まり世界が広がらない。時として、同じ場所にいることすら気がつかない。


反対に、プロは自分の好きな事以外にもチャレンジする。嫌いなことにも手を出す。だから、次々と新しい世界が垣間見える。その結果、できることのキャパを次々と広げていけるのだ。アマチュアにはこの感覚は分からない、と思う。


一流の繁華街が引き付けて止まない何か、それは「自分はプロだ!」と思う人たちのエネルギーのようなものではないか、と僕は思うのだ。恰好だけでもいい、口先だけでもいい、「私は(俺は)プロだ!」といって仕事にとりくみたいものだ。

June 6, 2005 | | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.06.03

イチロー262のメッセージ

メジャーで活躍するイチローが少年球児を前に講演をした時のこと。


「野球をする上で大切なことは何ですか?」と聞いた少年に「練習をする時に汗を拭くタオルをもってくること。あとは道具の手入れをすること」といったそうだ。「足腰を鍛える」だとか「肩を強くする」前に、するべきことをきちんとやるのが上達への一番の道、ということなのだろう。


この場面を直接見たわけではないので事実かどうかはわからない。けど、彼ならサラッといいそうなことだ。

出張の車中で「夢をつかむイチロー262のメッセージ」という本を読んだ。メジャー挑戦後のメディアでの発言を編集、再構成した本、だという。


262のメッセージ、例えばこんな感じだ
●夢をつかむということは、一気にできません。ちいさなことをつみかさねることで、いつの日か、信じられないような力を出せるようになっていきます。

●ムダなことを考えて、ムダなことをしないと、伸びません。

●そのこと(世界記録)はまだ、目標というよりは夢ですが、これがだんだん近づいてくると、目標にかわってきます。


「大切なのは何をいうか、よりも誰がいうか、ということ」という言葉を思い出した。決して目新しい言葉ではないのだが、メジャーに挑戦して、偉大な記録を打ち立てたイチローの言葉だけにいいようのない重みがある。


イチローが語る言葉にはいくつかキーワードがある。僕なりに解釈するとそのうちの一つが「完璧な準備」ということ。「自分にとって一番大切なことは、試合前に完璧な準備をすることです」(P87)と語るように、イチローは準備を徹底するらしい。


やるべきことをやったらあとは天に任せるだけ、と僕らはいう。けど、その思いのどこかに「準備不足」という気持ちが頭をかすめる時、僕らの心は揺れる。それは自信喪失ということになって、パフォーマンスにもメンタルにも大きな影響を与える。


イチローは試合後、グローブの手入れをしながら試合の反省を徹底的にするそうだ。試合前には必ずシャツを着替えて、スパイクの泥を取り除くそうだ。練習もトレーニングよりもそれらの基本がベースにあってのこと。完璧な準備の積み重ねがあるからこそ、結果に対して一喜一憂せずにいられるのだろう。


イチローはもっともっと野球がうまくなりたい、と思っているそうだ。僕は理想の会社をつくりたい、と思っている。自分が納得できる生き方がしたいと思っている。そのためにイチローほどの準備をしているだろうか、と考えると全く心もとない。

まずは、仕事をする準備のために机の回りの整理からでもはじめますか。

June 3, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.06.01

テレビをあまりみない

僕はあまりテレビを見ない。毎週チェックしている番組は3つ。


30代「負け犬」女性を篠原涼子が演じる「anego」、ITベンチャーを舞台とした「恋に落ちたら」あとは定番のNHK「義経」だ。


別段、テレビがくだらないとは思わない。いままでテレビを見ていろんな感動を受けたのは間違いがない。けど、昨今のテレビは有益よりも害毒が上回っている、と思っている。

例えば何となくつけているテレビから「中高年のリストラ」だとか「倒産」だとか「景気が悪化」だとかのニュースが流れる。僕らは無意識のうちにこうした情報をキャッチしている。潜在意識がこうした情報を毎日のように受け続けたら僕らの顕在意識に影響しない訳がない。


いくら、仕事のオンタイムで「ポジティブに考えろ」と顕在意識で考えても無理だ。潜在意識の力をなめてはいけない。


マスコミにはセンセーショナリズムで売上を上げる、という構造がある。僕ら一般人の欲求(自己実現や安全の欲求)をダイレクトに刺激するネタほど、視聴率アップや売上向上に結びつくという構造がある。視聴者が「私の安全や安心が脅かされる」と感じられればそれは商売のネタになるのだ。あくまでも極論だけど。


けど、今さらマスコミを攻めても仕方がない。そういった環境で僕らは生活をしているのだから、マスコミの情報に処する術をこちらが身につけるしかない。その一つが、無闇にテレビをつけない、という僕の選択だ。


テレビの討論番組で評論家が語る、「この国の将来は暗い」と。「ならば他の国へいけばいいじゃん」と僕は思う。ただ、その評論家もテレビというお座敷に挙げられている芸者のようなものだと思えば仕方がない。視聴率をとるためには視聴者の安全や安心の欲求に訴える必要があるのだから。


僕は、「日本社会はますますよくなっていく」と考えている。「自分の将来はどんどんよくなっていく」とも考えている。それらは確かに根拠のないことだ。けど、「将来が不安で・・」と考えるよりよっぽどいいだろう。どうせ将来のことなんて分からないのだから。


逆に、日本がますますよくなっていく、と思ってなければ生きていても楽しくないだろうとすら思う。だからテレビで無責任な評論家が語る「日本悲観論」みたいなものには安易に与するわけにはいかない。潜在意識にそうした情報をインプットするわけにいかないのだ。


政治家は「日本はますますよくなっていく」と国民に思ってもらうために、経営者は「会社はますますよくなっていく」と社員に思ってもらうために、一家の主は「我が家はますますよくなっていく」と家族に思ってもらうために働ければ最高だ。


追記 今回は、テレビをはじめとするマスコミを批判しているものではありません。逆に、僕もそうしたマスコミの一端で働いていますので自戒もこめて。

June 1, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (0)