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2005.08.13

人間にとっての才能をかんがえる

人と逢っても、本を読んでも、写真集を見ても、BARで飲んでも、映画を見ても、音楽を聞いても、建物を見ても、イベントに行っても・・・悔しいくらい、世界中に「スゴイヒト」「スゴイサクヒン」は溢れている。


「こりゃ、すげえや!」とココロが震えるとき、俺は98%の感動の後、2%のツバを吐く。「オレも絶対に負けねぇぞ」そのツバの中に、明日の俺がいるから。(
高橋歩『LOVE&FREE』サンクチュアリ出版より)


僕は旅をしながら新聞記者の試験を受けていた。その時、前職でおつき合いのあった富山県にある塗装会社の社長から手紙が来た。「東京で一度飯を食わないか」と。

当時、僕は旅をしながら電気工事のアルバイトをして新聞記者になるための勉強をしていた。(旅の魅力にはまってしまい、あまり真面目にはしてなかったが・・)会社を辞めて1年くらいが経過していたが、今後をどうしていいかが分からない、そんなタイミングだった。


新宿のワシントンホテルでしゃぶしゃぶを食べながらお互いの近況を語った。この社長はベンチャー企業の雄として富山県ではかなり有名な方だ。僕はちょっとその迫力に押されぎみ(?)、だった。


僕の現在の話を一通り聞くと社長は語った。「君はね、一言でいうと天才を見てないんだよ」と。きょとんとする僕に社長は続けた。「頑張れば何でもできる、というのはある意味真実かもしれない。けど、自分が勝負できる分野で頑張らないと、努力は報われないだろう」といわれた。


「新聞記者になりたい、と思っている人間の中にはとてつもなく文章力のある奴がいたり、小説家と文学論を論じる事ができる人間がゴロゴロしてるんだ。そんな中で勝負しよう、と思ってるなんて俺にはよほどのバカかとしか思えない。そんなんは、天才を見てないから甘い夢を見れるんだよ」と手厳しかった。


今思えば確かにそうだ。僕は子供の頃からまともな本を読んだ事が記憶にない。国語の感想文も「まんが日本の歴史」で義務教育の9年間を通した男だ。高校でも勉強をした記憶が一切ない。それで一念発起して大学に入ったのだが、大学に入学してからは運動ばかりの生活だった。3年くらいから余裕がでてきて勉強をやったが、それとて「運動をしている学生にしては勉強した」程度のことだ。そんなんで、文章を書く事が好きで好きでたまらなかった奴らだとかと一緒に勝負ができる訳がない。


けど、当時の僕は信念を持っていた。「努力は才能に勝る」ということを。これって僕のように格闘技が好きだった子供が小さい頃に刷り込まれた価値観なんだ。努力をした人間が才能ある人間より強くなる、というのは。(当時のスポコン漫画には一様に主人公のセンスや才能、という視点がなかった。子供が読む漫画だから当たり前といえばあたりまえか)


でも、そんな話は社長に通用しなかった。


「じゃ、毎日10時間文章を書きつづける努力をしてみるといい。数日間は努力できるだろうけど、きっと長く続かないだろう。でもな、1日10時間文章を書く事が、さほど苦もなくできる人間がいるんだよ。それが才能のあるやつなんだ。そんな奴と戦ったって勝ち目は見えてるだろう。格闘技のトレーニングだって毎日のランニングを当然のこととしてやるやつと、頑張らないとできない奴がいるだろう。それと同じだよ」と。


僕は「なんてきっついことをいう社長だろう」と思った。「へえ〜そんな夢もってるんだったらがんばりゃいいじゃん」とでもいってくれよ、と思った。僕は半分怒り任せてこういった。「じゃ、僕の才能って新聞記者とは違うどこかにあるんですかね」と。社長はいった「ある。俺の会社にくればそれは分かる」と。


社長の会社では新しく新規事業を始めるという。その仕事をぜひやらないか、という話になった。「これってもしかして人生の転機?」と思ったが、僕は丁重にお断りをした。「もうしばらくモラトリアムでいたい」と。社長の「才能論」(?)へのせめてもの反抗だったかもしれない。


あれから8年が経過した。今の僕は「人間には越えられない才能」のようなものがあって、それを素直に認める事が大事だと思っている。いつしか社長の考え方といっしょになってしまった。


考えてみるといい、会社をつくって大きく展開する人もいれば潰す人もいる。それって単に努力や時の運だけではないのではなかろうか?プロ野球の選手などと一緒で、経営者としての才能があるかないか、が大きく影響しているのではないか、と思うのだ。


経営者が「経営者としての才能」を持っているか否かが会社の盛衰を握っている、と僕は素直に思う。


でもその才能ってのは客観的に測定することなどができない。だから、結局は本人の主観にしかすぎなくなる。「俺ってこれをやるとちょっとがんばれるかも」をきちんと認めてやって、自信を持てるようになるまで才能の芽を育ててやることが大事だと思う。そうすりゃそのうち「俺ってこれに才能がある」と思えるようになるだろう。才能なんて自己満足でいいのだ。


僕は人間には誰しも一つは才能がある分野があると考えている。会社という組織は自らの才能を発見できる組織でないといけないとも思っている。才能はある日突然に気がつくものではなくて、自分に問い掛けをしないと見つからないもの、とも思う。


僕は少なくとも新聞記者になったり芸術家になったりする才能はない、と言い切れる。けど、そんな才能を持っている人をうらやましく思ったり、負けないぞ、と思ったりはする。写真家・小林紀晴の書いた旅の本を海外で読んだ時には「すげえやこいつ!」と半分は尊敬をし、半分は嫉妬をした。


でも彼が僕の才能がある分野にきたら徹底的にやっつけてやる(?)自信がある。だから、何という事はないんだけどね。別に才能に勝ち負けはないし。(それだけ嫉妬している、ということかしらん?)


僕の才能は一体何か??


僕を知っている方はみなさんが想像してください。「俺はこれに才能がある」とは、ともすると傲慢に聞こえてしまうので。僕を直接知らない方も本ブログからでも想像してください。


人からどう思われようが、僕は確実に一つの才能を持っている、と思い込んでいます。それに気がついたのは、新聞記者に挑戦したり、税理士試験に挑戦したり、住宅メーカーで営業の仕事をしたり、英語を勉強したり、いくつかの会社づとめをしたり、と僕の才能が発揮されない(されにくい)フィールドをいくつも渡り歩いてきたからかもしれない、と思うのです。


手数さえ出していればいつかは才能には巡り合える、と僕は考えています。所詮、才能なんてのはあくまで主観的で、自己満足なものですからね。


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追記 今日からお盆休みです。会社は16日まで休みですが、なんだかもろもろ予定が入っています。ヒトラーの映画はぜひ見ようと思ってます。


August 13, 2005 |

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Tracked on Aug 25, 2005 2:12:10 AM

Comments

ごくごく自然と努力できる人を才能のある人だと思います。がんばらないでもできることがある人は幸せです。それを育てていければ才能になるかもしれないから。更に、その「がんばれること」と経済活動が結びつけばいうことなしなのですが・・

Posted by: 筆者の関係者 | Aug 17, 2005 9:40:12 AM

コメントありがとうございます!かつて僕のところには「海外の旅行情報」がいっぱいはいってきました。今はほとんどありません。逆に、当時はあまり入ってこなかった「新しい商売の話」だとかの情報はそこそこはいってきます。これってアンテナ、のことでしょうかね?情報が欲しい、と頑張ってるひとのところに奇跡が訪れるのだとしたら、だめもとで何でももとめないといけませんね。でも、それをバカみたいにできるのも才能、かもしれないと僕は考えるのです。

Posted by: 大塚和彦 | Aug 17, 2005 8:19:23 AM

奇跡はがんばった人のところに、やってくるんだよ。きっと。奇跡を受け入れるかばんを持ってる人のところだけに、やってくるんだよ。たぶん。

だからがんばらないで、どうにかなるさなんて思ってたら、奇跡に嫌われちゃう。


情報だってそうじゃない?「あたしはこれが知りたい」ってアンテナ張ってると、ちゃんと集まってくるものじゃない?

Posted by: かなだらま | Aug 16, 2005 4:31:37 PM

才能だとかを越えた奇跡はある、と思います。けど、「奇跡がある」と思う気持ちは平々凡々とした努力をないがしろにしそうで、僕はあまり好きではありません。僕らはとかく安易に安易に流されがちですからね。奇跡はマネジメントすることが不可能です。ある日突然に訪れますからね。けど、才能を磨くことはマネジメントが可能です。そこでは、自分が才能を磨くことにかけた時間や労力が正当に反映される世界だと思います。自分のマネジメントが及ぶ分野だけ最低限度やっておく、それが大事だと僕は考えます。

Posted by: 大塚和彦 | Aug 16, 2005 7:38:37 AM

才能か・・・
あるところにはあって、ないところにはないんだろうな。
でも、奇跡はあるかもよ!

Posted by: かなたらま | Aug 13, 2005 1:21:24 PM

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