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2005.09.30

昨日はよく寝た!

僕は寝る事にかけては超一流(?)だ。2分もあればどこでも寝れるし、一度寝ると起されてもまず起きない。でも、自分が起きようと思った時間には起きられる。


枕も、場所、音も全く関係ない。むしろ、狭い場所や固い場所、うるさい場所など「こんな場所で良く寝れるな」という場所の方が寝やすかったりする。


一昨日が3時に帰ってきたので、昨日はお酒を一切飲まず早い時間に帰宅。大人買いした漫画『DEATH NOTE』をひたすら読みまくった。で、気がつくと朝の4時44分。いつものごとく、いつのまにか寝ていたみたい。


記憶の中で韓国語の学校から帰ってきた奥さんの「ベットで寝てくれ」といっている声が甦る。わが家では連日繰り広げられる光景だ。普通の家よりリビングは広いが、そのど真ん中で寝られてはかなり邪魔な存在だとは自分でも意識はある。が、体が動かない。


というより最近思うのだが、固い床の上で寝ている時、僕は海外の安宿気分を味わってるのかもしれない。床に布団も敷かずに寝る心地さ、これのベースは一人旅でとまったゲストハウスや野宿をした土地土地の場所なのかもしれないな、と。


安宿ならではの心地よさ、一度身についた貧乏性(?)はなかなか抜け切らない。


↓明らかにおもろくないブログが自分より上だとへこみます、ね
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追記
これが愛用のビーズクッション(無印良品製)。うちのネコと場所の取り合いしながら週の大半をここで寝る。以前はよく会社の床に段ボールを敷いて寝ていたが、何をいわれるか分からないので最近は極力止めるようにしました。

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September 30, 2005 | | Comments (1) | TrackBack (0)

2005.09.28

頑張れ!杉村太蔵議員

「国会議員になったらグリーン車乗り放題ですよ!」だとか「料亭に行きたいですね」といった発言で、一躍時の人(?)となった杉村太蔵・衆議院議員(26)が「幼稚で無責任な発言を繰り返し」たといって謝罪をしたというニュースを見た。

朝日新聞 「自覚足りなかった」自民の杉村議員が「反省」会見

先の選挙で自民党が立候補者を公募していることを締切りの当日に知って、応募。で、比例区名簿の下位にいたのだが、ご存じの通りの自民党の大勝で運良く(?)当選した、という変わり種の議員だ。


当選してから上のような発言がたびたびテレビで報道されていたのでご存じの方も多いだろう。


一連の発言は、政治家としての自分なりのポジションをつくろうと思ってのマスコミサービスであって、彼の本意ではないだろうなあ〜と僕は見ていた。政治家としての経験がない彼なりのブランドつくり、だと思っていた。微笑ましいではないか、ニート(←これは憲法違反、ですからね)がたくさんいる中でそんな骨のある青年の登場は。


僕は、サクセスストーリーがつくられにくい今の社会で、26歳の地盤も看板もない青年が運を味方につけて当選しただけでもこの人が出てきた価値はある、と思っていた。「俺にもできる!」と思ったやつが一人でもでれば彼の政治家としてのまず最初の役目が果たせると考えていた。


けど、昨日の謝罪会見だ。「有権者の方にご迷惑をかけた」といっていたが、誰が迷惑を受たのだろう??僕らには見えない圧力ゆえの発言だろうが、少なくとも有権者である僕(きちんと選挙にもいった)は全く迷惑などかかっていないぞ!と、いうより杉村議員みたいな異端しか日本が抱えている閉塞観は打破できないだろうよ。


歴史は70年周期で動く、という考え方がある。今から70年前の日本は、ナチスドイツと固いパートナーシップができて、「国策の基準」で戦時体制が確立しはじめた時代だ。個人の言論が徐々に制限をされていった時代、だ。その後に、強力な政治力を持つ一国一党である大政翼賛会ができて日本型ファシズムは完成していく。


そんなだからといって、今現在の日本とオーバラップさせるほど僕は短絡的じゃないけど、組織が崩壊しはじめるのは異端を排除した時、からだとは多くの歴史が教えてくれる。そう、杉村議員みたいな異端を、組織が異端のままで抱えられる、というのはその国や組織のの柔軟性の現れであるのだ。


妙に練習をしたっぽくて、なんか嫌ーな、記者会見だったな。でも、彼が自ら矢面にたって政権与党の組織の柔軟度の無さを証明してくれたのか、と思うとやはり彼はすごい。そんな新人はここ最近いなかったからね。


僕は会社を経営する、という役目が与えられている(別に誰から、というわけじゃないけど)と勝手に考えている。だから「日本の政治はだめだ!」などといって時間を費やすつもりはない。それは政治という役目が与えられた人の範疇だ。僕らはその人らが仕事をできるために、(100%の納得はできなくても)税金を払うことでしか協力ができないのが現状だ。


あとは異端を認める文化を僕ら経営者もつくること、だろうか。会社組織でも異端は存在し続けにくいのが現状だ。異端はバッシングにあうし、人との歩調を乱しがちだからだ。


けど、会社が安定状況にある時ならいざしらず、閉塞状況に陥ったとしたら、それを打破するのは異端しかいないだろう。異端の発想や行動力が組織の調和を乱して、新たなパワーを生み出すのだ。そんな異端がいても会社が回っていく器量を経営者としての僕が持てること、それが杉村議員を遠巻きながら応援することにつながるのだろう。


とまれ、杉村議員!僕は迷惑などかかってないし、異端は大歓迎だ!今後も応援してるぞ!


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追記
「人間は理屈に訴えるより、感覚に訴えた方がいい」そんな趣旨のことをヒトラーがいったとか。それを小泉首相にオーバーラップさせるコメントなどを週刊誌などで最近よくみかけます。確かに小泉さんの話は非常に感覚的・・・それが分かりやすかったりするんですね。


更に不景気の中では強い(強く見える)リーダーを求めがち、ということもよくいわれます。ヒトラー然り、小泉首相も然り、石原都知事然り、でしょう。


だからといって僕らが戦前の日本とオーバラップさせて、必要以上の不安を感じる事はない、というのが僕の考えです。日本の民主主義は戦前と違ってそこまで未成熟ではない、と思うので。


逆に、「戦時体制の復活だ!」みたいに不安を極度に煽る人に気をつけないと、と僕は考えています。「ペイオフ」「預金封鎖」「年金支給額削減」「増税」そんな不安を必要以上に煽る輩も同一ですね。そんな陥穽に気をつける術を持つこと、それが今の時代を生きる処世術だと考えてます。


September 28, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (5)

2005.09.27

やりたくないことをみつける

「やりたいこと」がわからなければ
「やりたくないこと」をリストにする


実践マーケッター神田正典さんの新著(『仕事のヒント』フォレスト出版)が発売された。その中の一節。


以下、その説明。


やりたいと思うことは、実は、あなた自身の心の底から出てきたものではなく、常識や家族や友人の期待に影響されたものが多い。だからその前に、自分の人生で”絶対にやりたくないこと”を探して、全部リストにしてみよう。そうすると「死ぬまでにこれだけはやりたい」と思うものが見えてくる。

僕は「やりたいことがわからない」という人に対して、これ以上のパワフルな思考方法を知らない。


嫌な事を考えると、人間の脳はその状態から逃げ出したくなっていく。そこには作用、反作用の法則が働くからだ。「やりたくない」だとか「自分にはできない」ということを徹底的に考えると、脳そのものが「やりたいこと」を急速に探し出してくれる。脳とはそんな精巧な機械なのだ。


僕は会社を創った時にどういう「営業組織にしようか」と考えた。当面はお付合いのあるクライアントから飯を食べさせていただけるが、それでは早晩行き詰まる。僕のキャラが、特別なスキルがある職人系経営者ではなく、人との関係だとかか仕事をいただく営業系経営者である以上、どんな営業組織にするかが大切だと考えたからだ。


そんな時に考えたのが「理想の営業組織」だ。


けど、人間って理想を描くのって案外と難しい。多くの凡人にとっては、どうしても自分の価値観や経験から抜けだせないからだ。「こんなことをやりたい」と思っても、なかなか思いつくものではない。


学校の先生などは「夢を描け」と無責任にいうが、夢なんて簡単に描けるものではない。明治だとか大正だとかの情報が少なかった時代であれば夢の選択肢も少なかっただろうが、今は情報過多の時代だ。そんな時代には僕らはどの夢を追いかけるか、の選択肢に迷うからだ。


で、僕が考えたのが「こんな営業組織は嫌だな」ということを洗いざらい出してみること。セラピストのお客さまの「ネガティブな感情を放出すると、反動でポジティブになれる」みたいな一言がきっかけだった。


僕は紙とペンを持って会社にこもった。


会社をつくるまで、たかだか6年くらいの間だったが、営業をしてきて嫌だったことを書きなぐった。


月末になるとお願い営業をしないといけない、そんなのは嫌だ」だとか「報告のための営業日報がいっぱいでそれだけで2時間はかかる、そんなのは嫌だ」だとか「朝の9時半から17時までは外にいないといけない、そんなのは嫌だ」だとか「毎日、飛び込み営業をする、そんなのは嫌だ」だとか「クライアントに明らかに不利になる商品は売りたくない」だとか・・・


だとか僕が営業をしていて嫌だったことがボロボロと出てきた。(当然、営業してて嫌なことばかりではなかったですよ。いままでお世話になった会社の名誉のために念のため)


すると、脳が反応するのだ。「じゃ、あんたはどういう営業組織をつくんのよ!」と。


簡単にいうと、「これは嫌だ」というのを反転させれば理想の営業組織になる。僕は以下の事をまとめた


○仕事に誇りが持てなくなるから、お願い営業をしない
○報告のための仕事になるから、営業日報は最小限
○やみくもに動くよりも、考えることが大事だから、外に行かないといけない、という負担はなくす
○たまにはいいけど精神的な疲弊もつらいので、飛び込み営業をしないでもいい形をつくる
○取引が長続きしないし、モチベーションが下がるのでクライアントの利益にならないものは販売しない


この線で営業をしていこう、と考えた。これをもとに会社のビジョンのようなものをまとめた。


そんな作業をして5年が経ちました。


今、僕が考えることは「こんな仕事は嫌だ」だとか「こんな会社は嫌だ」というのはある意味ラッキーなことではないか、ということ。それは根拠のないポジティブシンキングではなくて、ね。


作用反作用の法則という観点から考えると、理想の自分に近づくためにはマイナスのエネルギーをしょった方がビジョンを描きやすい、と考えるから。


僕ら経営者の仕事は、ともすると「これは嫌だ」という業務がどんどんとなくなっていく側面をもっている。そんな中でも「俺はうちの会社のこれが嫌いだ」ということを次々と発見できる人が、新しいステップへと登っていけるのでしょう。


僕はたまにホテルにこもって「これは嫌だ」「これはしたくない」をまとめます。その効果は、絶大ですよ。「なにをしたらいいかわからない」という方にはぜひおすすめです!

ずいぶんとさがりましたが
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追記
「貧乏な家庭を裕福にしたい」といった話がかつてはボクシングや相撲などでもありましたね。そんな人って、作用反作用の法則が働いて「お金を稼ぎたい」という理想が描きやすくなっていた、と思うんです。今は僕らの親世代ががんばってくれたお陰で、「これは嫌だ」ということが少なくなりましたから夢も描きにくいんでしょう。でもそんな中で、「これは嫌だ」と思える人っていうのは、一種の才能だと思います。問題意識、みたいなものと根は同一でしょう。


September 27, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.26

人脈、というものについて考える

僕にはいくつか嫌いな言葉がある。その中でも最高峰に位置する(?)のが「人脈」って言葉だ。


妙に打算的で無機質なにおいがただようのでどうもいただけない。


古くからの先輩や友人、お取り引き先はあくまでも僕の先輩であり、友人であり、お取り引き先だ。これらの方を「俺の人脈」などと呼んだ時点で、一気にいやーな関係になってしまうような響きがある、それが僕の中での人脈という言葉だ。

だから、人と話をしていて「誰々は私の人脈で・・」などという話が延々と続くと僕は妙にしらける。「へえー凄いですね」とはいうが、基本的にはどんな有名人だろうが、経営者だろうが何も凄いと思わない。(正直、その有名人によってはそのポリシーもぶれるかな?所詮、その程度?)


逆に「他の所で俺のことは人脈等と軽々しく言うなよ」と切に切に思う。なんか、自分が商品になったみたいで嫌ーな気分になる。


きちんとした人間関係には軽々しく人脈などという言葉は使えない、これは僕のポリシー。


とはいえ(?)、会社をやっていくには人間関係は(俗にいう人脈)というものは欠かせない。いや、それが全て、といってもいいくらいだ。人間関係なしにはいい仕事などできないし、会社を起こしたり、続かせることなど不可能だ。


雑誌などでも「人脈をつくる」みたいな特集が流行っている。知り合いの編集者がいっていたが、「ビジネス誌では人脈の特集をすると売上が伸びる」とか。ITベンチャー起業などが、ヒルズ人脈を駆使(?)して成り上がってきたことなどが報道されているので、「俺も!」と思う人が多いのかもしれない。


けど、僕は「意識して人脈を広げる」というのをしない。必要な人間関係はパーティーなどにいかなくても、必要なタイミングで現れると思っているから。(実際、今まではそうでしたし)


だから、若い人で、「人脈、人脈」といってパーティー詣でをしている起業家の方をみるとちょっと痛々しくなる。そんな時間があれば身の回りの人間関係にできることをした方がいいのに、と考える。仕事をして人に寄ってこられるだけの腕を磨いた方がいいのに、といいたくなる。


そんなタイプの人で、会うたびに次々と人間関係が変わっている人、がいる。それはそれで一種の才能、なのでもちろん否定はできない。正直に凄いと思いますが、僕には真似できないし、真似しようとも思わない。


だいたい、人脈をつくるという言葉の裏にある、「巧なり名を遂げた人」や「影響力のある人」だとかとの人間関係を結ぶ、みたいな精神が僕は嫌い。一足飛びに階段を駆け上がろうとする思想がどうも僕の美意識には合わない。


豊臣秀吉にこんな逸話があるそうです。


下働きをしている頃の秀吉が重い荷車を担いで坂道をのぼらなくてはならなくなった。誰かに協力をしてもらおうと思って声をかけたのだが誰も見向きもしてくれない。仕方なく一人で坂道を登りはじめたら、「にいちゃん大変だな」と力を貸す人が一人二人と出てきた


これって人間関係について深い理解を与えてくれる話、だと思う。


人が一人でできることなどごくごく限られている。自分を助けてくれる人の存在は、仕事をするであれ、日常生活を送るであれ、必要なのはいうまでもありません。だから、といってすぐに「人脈」となるのは僕は違うと考えます。


まずは自分ができることをたんたんと一生懸命にやっていく。そんな姿勢を見ていてくれていて、中から自分を引き上げてくれる人がでてくる。それが人脈、というものに結びつくのではないかと思うのです。(しつこいですが、人脈という言葉は嫌いですけどね)


それは自分の会社の社長や上司の場合もあれば、お取り引き先かもしれません。学生時代の先輩だったり、友人のお父さんかもしれません。はたまた、贔屓にしているレストランの店長だったり、いきつけのバーのママさんかもしれません。


「ちょっと頑張ってるね」という人を無視するほど世の中は冷たくない、と僕は思っています。(頑張らない、という生き方が忌避されていますので、相対的にそういう人の価値はあがっている、と思います)


人脈は目的ではなく、頑張ったことに対しての結果として与えられるものではないだろうか、ね。


もう一つ、更にいうなれば、僕はこれから成長曲線を登っていく人との人間関係を特に大切にしたいと考えてます。


今現在、社会で影響力がある人と人間関係を結べるのはそれはそれで有り難い。すぐ仕事に結びつけたりできますしね。


けど、「何かしら自分でやっていきたい」だとか「僕はこんなことを考えてるけど社会がまだ厳しい」みたいに、何かしらもがいている人と人間関係を結ぶのが方が僕は好きですね。


そんな関係を、10年、20年、30年と続けていければ最高ですね。そんな中から成り上がる(?)人がでるのならこれは楽しい。そんな関係には、人脈などという無機質な言葉は不似合いにならざるをえないでしょう。


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追記
木曜日から土曜日までお取り引き先の旅行で北海道に行きました。ゴルフで最高スコアがでてちょっとご機嫌、海の幸をたらふくたべました。カラオケにいって久しぶりに歌いまくりました。日曜日はジムにいって2時間動きまくりました。今週末は大阪にいって、日曜日はキックボクシングの興行を手伝う予定です。

September 26, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.09.22

運について考える

「最後の質問です。今まで生きてきて運かった、と思いますか?運が悪かった、と思いますか?」


僕は社員の面接試験でかならず最後にこの質問を出す。で、「うーんなんともいえないですね」だとか「良くはないですね」という答えの人は、どんなに魅力的な人であっても採用はしない。


運は与えられるものではなく、引き寄せるもの、だと僕は考えているからだ。残念ながら運が悪い、と思っている人に運が巡ってくるほど運の総量は多くない。「運がいい、と思っている人の総取り」それが運というマーケットの現状だ。


自分がどんなに頑張ったって、多くの場合、運がなけりゃ徒労に終わってしまう。それは逆流の中を上流へと向かうようなものだ。


運の存在を認めるのは努力だとかを否定するということではない。自分ができる最大限の努力をした後に訪れる結果を肯定的に受け止めるための方法論のようなものだ。


「便所掃除や玄関の掃除がいい」「ありがとうをとなえる」「お札を揃える」「墓参りをして祖先を敬う」「黄色いものを持つ」「早起きをする」「お金を払う時にもどってこいよ、という(これは松下幸之助さんだったかな)」などなど


世の中に溢れている、これらの運を引き寄せる方法。本を読んだり、人に聞いたりするとまずは何も考えずに試す。(ここで頭で考えると運が逃げていく、みたい)で、自分が納得できそうなものは生活の中に取り入れる。


そんな中から僕は以下のことを運を引き寄せるためのプチ信条としている。


1.早起きする
理屈じゃないけど、これには強力なパワーがあると思う。僕は朝の太陽には運をよくする何かしらのエネルギーがある、と考えている。(ちょっと精神世界じみてて恐縮、ですけど)「早起きは三文の得」と昔の人もいった。「やればいいのだろうけど、なかなかできないんだよ」ということには、いいようのないパワーがある。早起きはその典型、早起きする人には運命はちと優しい、と僕は思っている。


2.満員電車に乗らない(人がイライラしている所にはいかない)
イライラ、ムカムカは伝染をする。空気感染をする。だから僕は満員電車には乗らない。イライラをぶつけあっている人が多い酒場にもいかない。満員電車に乗るくらいなら1時間でも2時間でも早起きする。それは会社員のころからの習性。満員電車ほど、運を悪くするものはないと思っている。


3.上機嫌でお酒を飲む
愚痴とか不平だとかをネタにお酒を飲まない。愚痴がでそうになったら退散する。不平をいいそうになる時は酒場にはいかないで大人しくしている。お酒とストレスを結び付けない。ストレス解消はスポーツクラブだとか、好きな本を読んだりだとか、旅にでたりだとか、お酒以外でする。で、更にはなるべく流行っている店にいくようにする。


4.本を読む
これも理屈じゃないけどいっている人が多い。本を読むと、いろんな現実を引き付ける力がつくような気がしている。全く本をよまなければ、旅にでることも、会社をつくることもなかったと思うし。本は作者が精魂込めて作った知の結晶だ。そこには、読まなくても積んでおくだけでいいようのないエネルギーに満ちている、と思っている。


5.尊敬できる人を多くつくる
「この人すっげえ〜という人」、「いいようのないオーラが出ている人」、「いるだけでドキドキするような人」「そもそも俺は運がいい!と思い込んでいる人」だとかを身近につくる、そんな人との時間を多くする。イライラ、ムカムカは伝染するといったが、うきうきわくわくどきどきも伝染する、と思っている。


あとは、いくつかあるんだけどここではやめましょう。いろんなことを試してきて、運を引き寄せるために僕はそんなことをしています。


運がいい、というのは客観的に測定ができないので思い込みの世界です。だからこそ、思い込むための自己コントロール、自己暗示が必要なのですね。


といっても自分ができる事を十分にやってから運の世界に入るべき。やることもやらないで、「ありがとう」を唱え続けたり、便所掃除しても現実は変わらないだろうしね。そこはきちんと気をつけようと思ってます。


↓最近ちょっと低迷しています。
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追記
今日から北海道にいってきます。お客さまのゴルフコンペです。昨年の冬以来ですから9ヶ月ぶり、ですね。今回はすみれラーメンをたべてこよう、と思ってます。

September 22, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (1)

2005.09.21

青いご飯

僕は変わったものを買うのが好きだ。


「こんなの誰が買うんだ?」という商品を買ってひとりほくそえむ。家の片づけをした時に、昔に買った「変わったもの」がでてくるとちょっと嬉しい。人が遊びにきて、変わったものに共感してもらえるともっと嬉しい。


1週間ほど前に「ダイエットふりかけ」という商品の存在を偶然に知った。取扱説明書によると、「あなたの本来持っている色彩感覚と本来持っている脳の機能を利用して食欲のコントロールをしていくもの」とある。

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10包 4,200円 販売/バランスB.P社

説明を読むとこむずかしいが、要するに「このふりかけをかけると写真の通りご飯が青色になりますよ(!)それってとても気持ち悪いですよね!?それでも食べられます??ということを脳にインストールするふりかけ」ということだ。これはかなりチープネタだ!僕は通販でこのふりかけを購入した。


何でも青色は食欲をそぐ色だ、という。確かにそういえば青色で美味しい食べ物ってあったかな??というほど僕には思い付かなかった。


青いパン、青いスープ、青いスパゲティ・・どれもあまりうまくなさそうだし、何よりも体に悪そうだ。


不快なものを避けようとする人間の感性(?)と脳の機能に訴えたダイエットというのは案外と効果的かもしれないな・・「一体、どんなご飯になるのだろう?」「どんな味がするのだろう?」僕の期待は高まった。それに拍車をかけるかのごとく、開発者の説明書があおる。


まずは7日間連続で夕食にご飯にこの「ダイエットふりかけ」をかけてたべてみてください。もしたべられなかったらよくよく観察してください。米粒の表側からみた青色は気持ち悪いですよ。ご飯の湯気に触れた部分は青色に、おおくかけたところは紫色に、この微妙な色の配合も実はかなり研究したんです。


文面からちょっとおちゃめで一途な開発者、とみた。こういう商品に精魂を込められる、というのはいい意味で変人だ。僕は虎視眈々と青色ご飯の実現の日を待った。


「そんなの青色何号だとかの添加物が入ってるから食べない方がいい」という良識派のうちのかみさんが待ったをかけられた。何でも『買ってはいけない』だとかいう本を読んでから、やたらと添加物ネタにはうるさいのだ。


でも、そんなかみさんも連休を使って旅だってしまった。このスキに実験だ!と、僕はファミマで唐揚弁当を買ってきて実験に入った。

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これが、ふりかけをかける前のお弁当

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で、ふりかけをかける 紫の顆粒状


真っ青なご飯が目の前に広がる、と思ったが・・・

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あららら、ほとんどかわりがないのね・・。
ちょっと気持ち紫色になった程度・・・。パッケージにある真っ青なご飯を期待(?)していたのに・・。


確かに紫色に変色したご飯はかびているみたいで、あまり気持ちのいいものではない。が、脳の機能にストップをかけるほど、たいしたことではない。なんだ・・・残念だなあ〜。


と、落胆した僕だったがこのふりかけの凄いところは別にある。


なんと、「青いご飯お守りストラップ」という名の携帯ストラップがついてるのだ!

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「青いご飯お守りストラップ」は7日間の体験記憶を持続させると共に、あなたのダイエットがこれからうまくいく為の「お守り」の代わりになります。青いご飯があえて「大盛り」なのは「過食」の象徴で、これを体験記憶した脳が反応しやすいように作りました。


と開発者のコメント。なるほど!これはやわらか頭だ。マーケティング的にいうとこのストラップは「えっなにそれ??」という口コミを狙った戦略、だろう。「えっ!このストラップ??これはダイエットふりかけっていってね〜」と話も展開がしやすい。


この開発者、いちずな職人気質の研究者と思ったが、いやいや案外と戦略的なマーケッターかもしれないね。


僕は「写真みたく青くならないんです」という問い合わせをいれようかと思ったけど「まあストラップもついているしいいかっ!」ってなってしまった。このストラップをつくっている開発者を想像すると、おもわず微笑ましくなってきてしまってね。


とまれ、僕のカバンには未使用のダイエットふりかけが9包みあります。ご希望の方には差し上げますので、お気軽にお声がけください。僕ももう一度、たきたてのご飯などでチャレンジしてみます!


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追記
もちろんですけど、このご飯はきちんと食べましたよ!僕はご飯を残す、というのがダメなんでね。だから、スポーツクラブにいってもどんどん体重が増えるんですけどね。

September 21, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (1)

2005.09.17

手帳に書いた夢が実現、した

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僕の手帳には、「将来やりたい夢」みたいなことが書いてある。


といっても、「会社を上場させる」だとか「年収を1億にする」といった大きな夢ではなく、「チベットのカイラス山にいきたい」だとかチョンジヒョンに会いたい」だとか行きたいとこ、会いたい人リストみたいなものだ。


夢は書くと実現する、なーんていわれるが僕はけっこう本気で信じている。考えたことを紙に書くというのは理屈を越えた力が生み出される、と思うからだ。

昨年、僕はドイツのミュンヘンにいった。仕事関係のメッセのようなものがある、と聞いたからだ。


出発を前に、何気なく地図を見ていたらドイツとオーストリアが隣あっているということに気がついた。「オーストリアって??サウンドオブミュージックの舞台じゃん!!」


soundmusic


「好きな映画は何?」と聞かれると僕は迷うことなく「サウンドオブミュージック」を挙げる。1966年のアカデミー賞で5部門の受賞をしたミュージカルの古典的な名作だ。


「ドレミの歌」や「エーデルワイス」などの曲は、このミュージカルから誕生した。音楽の時間にこのビデオを見た、という方も多いだろう。

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ドレミの歌のワンシーン


雄大な自然と、主人公マリア(ジュリー・アンドリュース)の歌声を聞いているだけで僕はいいようのない癒し(?)を味わう。イライラ、ムカムカした時、自分に自信が持てなくなった時はこのビデオを見る。すると数時間後にはかなりのエネルギーが注入され、復活の兆しが見えてくる。

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マリア役のジュリー・アンドリュース


「ロッキー」などの映画をみてポジティブになる、という人もいるだろうが僕はダメだ。なんか、見ている人を元気づけてやろう、っていう制作者の意図がみえみえでしらけてしまうのだ。操作主義みたいなものが僕の感性に妙にひっかかるのだ。


それに比べて「サウンドオブミュージック」は素材の旨さで勝負しているお寿司やさんみたいだ、と思う。ストーリー展開と音楽とキャストとの絶妙なバランスは、「人間ってなんて素晴らしいものを生み出す存在だろう」と見るたびすげえなあ〜と思ってしまうのだ。


いつのことだっただろうか「オーストリアのザルツブルグには、サウンドオブミュージックの撮影場所が現存している」と旅仲間から聞いていて、それが記憶に残っていた。


すっかりと忘れていたのだが、「ザルツブルグに行きたい」とむかーし手帳に書いた事を思い出した。おっ!紙に書いた夢がやってきた!!僕は日帰りでザルツブルグ行きを決めた。


ザルツブルグは静かでいい街、だった。サウンドオブミュージックツアーみたいなものに参加して、ザルツブルグの街を回った。すげえ、と思ったのは映画のまんまで家だとか自然だとかが残っているのだ。

julie
これが映画のワンシーン

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上のシーンを逆側から僕がとった写真

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ませた(?)子供が逢瀬をした場所


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マリア一家がナチスから逃げた修道院(実際はお墓)


僕はヨーロッパにはまり関心はなかった。「ヨーロッパは老後にとっておく」とそれまではいっていたが、いやいや若くて感性のある時期に尋ねないといかん、と思いを新たにした。


昨日の新聞で、「サウンドオブミュージック」の監督であるロバート・ワイズ監督が14日、91歳で亡くなったことを知った。


年齢から計算すると、「サウンド〜」は50歳の時ではないか。僕はこれには驚いた。50歳であんな映画をとれるなんてどんな才能、センスなんだろう、と。


僕はワイズ監督から多くの元気をいただいた。きっとこれからも。慎んでご冥福をお祈りします。


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追記
「サウンド〜」の撮影ではザルツブルグの街を挙げて、撮影に協力したそうです。けど、ナチスのシーンでは各家庭が撮影であってもハーゲンクロイツを掲げるのを断った、とか・・。元々、ナチスドイツのオーストリア併合の話ですからね、根深いものが残っているんだなと感じました。


September 17, 2005 | | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.09.16

仕事をなめるんじゃねえ!

「仕事をなめるんじゃねえ!」

この間、僕は外部業者(デザイナー)を喫茶店で怒りました。職業人として時間のルーズさがあまりにもひどかったからです。


今回、初めて仕事をお願いする方でした。本来であれば、細かい仕事をいくつかやってもらって本格的に仕事を発注するのですが、周囲からの評判も良かったので何も考えずに仕事を発注してしまったのが過ちでした。


連絡もないまま、約束の期日がどんどんと過ぎていきます。


携帯に留守電を残しても折り返しがありません。やっと連絡がきたと思うとメールで「すみません」です。最後は、クライアントへ同行訪問する際に、約束の時間を20分以上も過ぎて、「あと5分で着きます」とのうのうと言いやられた日にはたまりません。


「お前なに考えてるんだこの野郎」と僕は激怒しました。僕がバカにされた、というより長い付き合いのクライアントをバカにされて怒れないほど僕はヤワではありませんのでね。


その後、「今後はきちんとやっていけるのか?」という話をしました。「きちんとやります」という言葉を僕は信用しました。が、ダメでした。


彼の中では正当化できる理由があるのかもしれませんが、少なくとも客観的な事実として彼は仕事から逃げてしまいました。「ちょっとギブアップです」だとかの一言もないままに、ですね。


広告業、という業態はデザイナーやライター、カメラマン、印刷会社といった外部協力業者さんの協力なしに成り立ちません。優秀な外部協力業者の存在が、企業の優劣を大きく方向づけます。だから、社内にもこう明文化して僕の考えを明確にしています。


協力業者、取引先との付合い方
下請意識を持つ事を禁止します。担当者を尊敬できるよう、Win-Winの関係を築けるよう努力します。その上で、感謝しつつも厳しい対応をします。世の中は甘い人にはいい加減な仕事をするのが常です。あそこは何もいわないからいいか、という姿勢が担当者を仕事のできない人間に育ててしまう事になります。(以下 略)

「うちはおたくに仕事を発注している」というゴーマンな姿勢は僕には考えられません。確かにお金の流れはあるのでしょうが、その分のプロとしての技術や時間をいただいている訳ですからね。発注する側と受ける側、立場は100%対等、だと思っています。


けど、適当な仕事をしたら僕は容赦せずにきちんと言います。時には「ふざけるんじゃねえ」くらいのことを言います。(それで憎まれ口を叩いて辞めていった人もいます)


ナアナアでやっていたらうちの会社が発注した仕事が、その人をダメにするからです。その人の市場価値を下げていくからです。経営者は社会的な使命を持っているのでそこまで責任を持つのは当然、だと僕は思います。(もちろん一義的には対クライアント、という観点からですけどね)


「人からガアガアいわれてまで仕事をやらなくてもいいや」という人間はそこまでなんだよな、と僕の師匠は今回の件でおっしゃいました。確かにその通りです。自分が選択した仕事をだけを、楽に、気持ちよく、自分のペースで仕事をやってさえいればガアガアいわれることもないでしょうしね。

全く話は変わりますが、昨日はお取り引き先の女性達とお寿司を食べにいきました。(銀座で2日連チャンの寿司、って たまたま偶然ですけどね)


そのうちの一人は、僕が勤め人だったころの同僚です。「大塚さんは今でこそ取引先の社長だけどさあ〜」とかいいながら、僕に忌憚のない意見をズバズバといってきます。(その人は自分の会社の社長にもバシバシ意見をいっています)


「これはいい」とか「これは違う」とかをはっきりいわれると、正直、ちとイタタタ・・ということもあります。けど、そんな痛い意見をいってもらえる存在というのは有り難いものです。


会社勤めをしていた頃であれば、社長や上司にズバズバいわれる事もあったのですが、会社を創業してからは徐々にそんなケースが減ってきます。


お取引先からズバっといわれる事もかつてはよくあったのですが、最近はお取り引き先の担当者も変わりました。僕が付合っていたのが社長や専務、だとすると、その下の世代の方が担当者になるケースが増えてきました。


すると、担当の方が僕に対して「こんな事をお願いしたい」と思っても、「ちとそれはないだろう」と思っても、中々口に出せないケースっているのが増えてくるんですね。それをひしひしと感じる時、まだ30代なかばなのに自分の可能性が狭まるみたいでちと悲しい、のです。


「配慮は絶対に必要だけど、遠慮は必要悪」これは僕の仕事の姿勢です。昨日は遠慮せずにきちっといっていただく存在の大きさを改めて思いました。


僕はまだまだイタタタタ、という意見を聞くだけの耳はもっているつもりです。お取り引き先でも協力業者さんでも、社内外の関係の方でも友人でも「あいつの仕事は最近ちとおかしい」だとかありましたらぜひ遠慮なくいってくださいね。


それはうちで働く人とて一緒、です。そんな遠慮をしない姿勢が、いい会社をつくっていくと思うのでね。


↓最近ダメですね。皆さんのワンクリックで順位があがるのに・・
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追記 
昨日は、「女系家族」の最終回でした。米倉涼子が反撃をする姿にしびれました。


「自分の価値観で生活ができる時、人は本当の幸せを感じる事ができる」(たしかこんなセリフ)と、遺産相続に翻弄される家族を前に涙目できりりと語る姿はよかった。


「黒革の手帳」の時といい、今回といい、「米倉涼子ってプライベートで本当にこんなことやってるんじゃないか?」というリアリティがあるのが僕を共感させた原因と思います。凄い女優さんですね。

September 16, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (0)

2005.09.15

財布と携帯と・・

財布と携帯電話と、どちらがなくなると困りますか?


と聞かれたら皆さんは何と答えるだろう。僕はちょっと考えて「財布」と答えるだろう。お金はともかく、お守りだとか、カードだとか大事なものがいろいろと入っているし、何年も使った財布そのものに愛着があるからだ。(携帯は消耗品という感覚が強く、それ自体にはあまり愛着がない)


携帯も困るには困るが、まあなんとかなるだろう。電話番号が分からなくなる人はでてくるだろうが、その気になれば調べる手段はあるからだ。今まで撮った写メなども諦めればいい、あまり写真にはこだわりがないしね。


なんでこんな質問からはじめたのか、というと僕は昨日この二つをなくしたのだ。(それも別々のタイミングで)

まずは携帯。お寿司屋さんでトイレにいって水を流そうとして屈み込んだ瞬間、胸ポケットから凄い勢いでトイレに突っ込んでいってしまったのだ。その間、わずか2、3秒。ヤバ!と手を突っ込んだが跡形もなく流れていってしまっていた。あらら・・・


500件ほどの電話番号とメルアド、数十枚の写真とここ2ヶ月くらいのメールは銀座の配水管へと消えていってしまった。こんな時は「交通事故に合わなくて携帯がなくなったくらいで済んだ」と思うに限る。「きっと何か大きなことが起こる前兆なのだ」とのサインを与えられたと思うに限る。


物事をいい方へいい方へ、自分の都合いい方へと考えられるのは、自己主張が強くて自分勝手が多い(?)経営者層の共通項だ。僕はすぐさまお寿司食べ食べモードへと入っていった。


それから数時間後、僕はふたたび地獄(?)を見ていた。お寿司屋から向かったお店、ごきげんに飲んで支払いのタイミングで財布を確認したのだがどこにもないのだ。


「こりゃまいったなあ〜」昨日に限ってたまたま、普段より倍近いお金が入っていたからだ。


我が家は小遣い制、だ。手取り給料のほとんどが家計費と言う名目のもと搾取(? じゃなかった貯金、か)される。


昨日、落としたお金は小遣い2ヶ月分に相当する大金だ。昨日は会社の現金を出金して財布に入れていたのだが、それが丸々と消えてしまった。もちろん、これは個人のお金から返さないといけない。来週は入用が続くのに・・どしよ??


泥酔していた訳じゃないし、スリにあったとも思えないし・・お寿司やさんに確認をとろうと思っても携帯がない。最悪だ。


タクシーで自宅まで送ってもらい、カード会社に電話をしまくった。ひと段落ついて、お店の方に電話をすると、僕をタクシーで送った後、お寿司屋さんだとかに戻って財布がないか調べてもらっている、という。ホントに迷惑をかけてしまった・・。すいません。


さて、ここからひとつネタを考えよう。


物事はきちっと手放すと新しいものが入ってくる、と僕は考えている。


例えば、うちの会社に利益をもたらす仕事が急になくなるとする。「なんでなくなっちゃったんだよ・・」だとか「あの仕事があればなあ〜」だとか未練がましい思考回路をしてしまうと最悪だ。執着をしている人間には運命の扉は狭き門、だからだ。


確かに仕事がなくなるというのはしんどいんだけど、そこでちと踏ん張る。今までその仕事で食べさせていただいた事に感謝して、なんでこの仕事がなくなるのか?についてきちんと考える。こちらに落ち度がなかったか、をきちんと反省する。


その上で、その仕事を最後までやりきって、次へ結び付ける。「仕事はいただいたり、なくなったりだからしょうがない」と割り切る。


す、するとなんと摩訶不思議なことに次の仕事が入ってきたり、新しい展開がみえてきたりするのだ。


実を言うと僕の会社はこの繰り返し、だ。


だから、財布がなくなったのも僕は執着しないようにする。創業時から持っていた財布だ。最近はボロくなってきていたが、ゲンのいい財布で愛着もある。いままで数々のシチュエーションで活躍(?)してくれたことに感謝する。


その上で、最近飲み過ぎじゃなかったかだとか、ちと気を抜き過ぎてなかったかだとか、分不相応な飲みじゃなかったかだとかを反省する。その上できっぱりと諦める。


すると何かしら次の展開があったりするんだよね、きっと。


ともあれ今週の予定分くらいのお金は、我が家の緊急支出が認められたので乗り切れそう。今はカードもないので、週末はお金のかからないスポーツクラブにでもいりびたりますか。(と、ここでスポーツクラブのカードもないことに気がつく・・涙)


一生懸命働いてきちっとリベンジします!


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追記
朝、ご飯を食べようと思ったらお金がまったくないことに気がつきました。会社にある貯金箱(小銭をためている)からお金を捻出して、どうにか牛丼(卵付き)を食べる事ができました。ありがたや。

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真ん中が僕を救ってくれた貯金箱  ちなみに左は日本でも有数の経営者からいただいたカンボジアで発掘された仏頭

September 15, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (1)

2005.09.14

転職の向き合い方と作法について

僕は会社をつくるまでに3つの会社を経験しました。


最初の会社は2年11ヶ月で、次は1年で、最後は2年2ヶ月で退職をしました。(つまり、まともに3年以上働いた事がない!)


会社を辞めるには相応の体力と精神力が必要です。それは、物事には慣性の法則が働くから、です。昨日と同じ自分、昨日と同じ環境、といううのは何だかんだいっても僕らは心地よい生き物だからです。(だから、変化できる職業人に価値があるのですね)


ついこの間も、「転職したいけどどう思うか?」という相談をいただきました。20代後半の男性で大学を卒業して入った会社を6年勤めていて、次のステップにいきたいのだといいます。

相談をいただいても彼の人生です。辞めるか、辞めないかの最終的な決断までは僕にはできません。


僕ができるのは、自分の転職に関する考え方を伝える事です。彼の話を聞いて、彼の中に眠っている答えを引き出す機会をつくる事です。あとの決断は彼にゆだねられます。


転職に関しての僕の考え方は2つあります。


ひとつめは、社長(もしくは責任者)がバカだ、と思ったら辞めた方がいい、ということです。


人は自分の力を高めるために仕事をするのだと思います。それが、新しい世界を見る事を可能にし、周囲の人に対していろんな価値を提供できる自分をつくるからです。


但し、悲しいかな仕事を通じて自分の力を高められる職場とそうでない職場とが存在します。それはひとえに社長(もしくは責任者)の成長スピードいかん、に尽きると僕は考えています。


社長だから、先輩だから、上司だからといって成長のスピードが自分より早いというわけではありません。下手したら社長や先輩社員よりも、入社3ヶ月くらいの人の方が成長スピードが高いなんてことはよくある話です。


最初はいままでの経験やキャリアがあるので、後輩や部下への威厳(?)も続くでしょうが、成長はある日とつぜんと臨界点を迎える側面を持っています。ふらふらと仕事をしていたら、1年くらいで簡単に抜かされてしまいます。


僕は、「この人アホだな」(というより成長がなくていつまでも一緒だな、といった方が適切かもしれませんね)と思う人の下で働くほど神経をすり減らす事はないと思っています。


社長の成長スピードが自分の成長スピードより遅かった場合はスパッと退社を決意すべきだと思います。そういう人には、器に即した職場があるでしょうからね。


ふたつめは「これを受け入れたら俺(自分)がダメになる」という仕事をするなら辞めた方がいい ということです。


僕は自分を信じていただいたお客さまにできうる限りのことをしたい、と考えています。これは綺麗事ではありません。


けど、そんな考えを持つ個人としての僕が、「とにかく稼ぐのが善、お客さんに不義理をしても儲けるのが商売」という会社にいたらどうでしょう?自分を納得させられる人もいるでしょうが、僕は無理ですね。


確かに会社と個人と100%価値観が合っていると言う事はないけど、「これを認めたら俺がダメになる」という一線は僕はすべての職業人が持つべきだと思います。


「割り切りは魂の弱さ」とある文芸評論家がいっていましたが、なるべくと自分の中で割り切りの部分をつくらないのは大切だと思っています。だから、「これを受け入れたらダメになる」という場面では毅然とした個人でいたいと考えます。


そんな自分の主張が受け入れられないのなら、退職を決意するのが無難でしょう。自分の価値観とあった会社はどこかにあるでしょうから。


先述の彼には「これはあくまでの僕の考え方だ」と前提をおいて以上のことをお話ししました。


「給料や待遇がよくない」「業界の将来性がない」「人間関係がよくない」「上司が認めてくれない」「仕事のやりがいがない」ということで転職を考えているのならちょっとだけ踏み止まりなさい、ともいいました。


こんな劣悪な(?)環境の中でも自分ができるわずかなことは存在すると思います。それに着手して、ちょっとでも変化を感じてからでも転職は遅くないと思います。(給料を上げてもらう交渉をしたりだとか上司に認めてもらうよう仕事のやり方を変えたり、ですとかね)


結局のところ、「損か得か」で考えても答えが出ないのが転職です。自分の成長と自分の考え方(美意識)に照らし合わせるしか判断がつきかねるのが転職、だと僕は思っています。


初めて会社を辞める時に僕は1年間かかりました。


「辞めたい」と上司に訴えて、慰留をされて、「確かに今辞めるのは中途半端だな」と思って、それでも「嫌だ」と思って、でも「辞めたらお客さんに迷惑かかるな」と考えて、ちと後ろ髪が引かれて、転職先がなかったときの事を考えて、やっぱ辞めようと思って・・・辞めようと思ったり辞めまいといったりきたりの1年でした。


今では転職の決断なんて、昼にラーメンを食べるかカレーを食べるかの選択くらいでしかないと考えてますけどね。


とまれ、最初の転職は大変だと思います。僕はそんな挑戦をする彼にエールを贈りたいと思います。頑張れって言葉は嫌いだけど、頑張らないと慣性の法則にやられちゃう場面では踏ん張りが必要だからぜひ頑張ってもらいたいと思います。自分できちっと答えをだしてくれるよう応援してます!


↓力を抜いた記事が続くとランキンが落ちますね。今日は力が入りました!ぜひよろしくお願いします。
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追記
僕は転職には賛成派です。新しい仲間ができたり、新しい仕事に着手できるのはいい刺激ですからね。


最後に転職の作法を一つ。今はネットで転職活動ができる時代になりました。今回、相談をいただいた彼も職場のパソコンから転職情報をチェックしているそうです。


僕はこれにちと違和感を覚えました。


さすがに職場で求人情報誌を読む人はいないでしょうが、ネットという媒体の軽さゆえ、ネットを使って職場で転職活動をというのは最近では珍しくないようです。


どんなに経営者がアホであれ、どんなに劣悪な職場であれ、転職活動を今働いている職場で行うのはルール違反、仕事が終わった後や休日、もしくは休みをとって転職活動はやるベきです。全ての転職を考えている人には職業人として最低限度それくらいの美意識はもってもらいたい、と思います。


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September 14, 2005 | | Comments (5) | TrackBack (1)

2005.09.13

月曜日からやっちゃいました

今日は寝坊、です。(けど、世間の人よりも早起きです)


月曜日から飲みにでてしまって、2時過ぎまでとそこそこやっちゃいました。


ご飯を食べながら赤ワインを空けて、焼酎にカクテルにと・・2時すぎに帰ってきて、「女系家族」のビデオをみようと思ったのですがそのまま爆睡、です。


幸いにも二日酔いはしてませんが、日課となっているネコの散歩ができずでした。僕のブログはネコとの散歩でネタを仕込むため、今日はネタがありません。(涙)


そんなことですので今日はこの辺で。今日はスポーツクラブいって鍛えます!

今日の順位は??


追記
昨日はなぜか美味しい生ハムに恵まれた一日でした。


September 13, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.12

松下村塾をたずねて

「さて、どこの宿に泊ろうか??」


旅先でバックを担いで自分の感覚だけをたよりに宿を探す瞬間、僕はこれが好きです。


「きちんとした宿だろうか?」「飯はうまいだろうか?」「宿の人はいい人だろうか?」


そんな事を事前の情報は全くナシに「宿の名前」「今いる場所からの方角」、そして「自分の直感」で選ぶのです。先週、旅行で訪れた街で宿泊したのはこの宿でした。


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まずは、「ふるさと」という名前のチープさ。(宿主、すみません)そして、僕が訪れようとしていた場所に方角的に近かったこと。あとは、電話に出たおかみさんが人がよさそうだったからこの宿に決めました。


今回の直感はばっちりとあたりました。夜は魚を食べて宿のおやじさんと焼酎を飲んで、久しぶりに死ぬほど寝ました。


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宿泊した部屋 1泊で5,500円


翌日はチャリンコを借りて市内を観光しました。明治維新が発祥した、といっても過言ではない街です。僕はかねてからこの街にはいつか来たい、と念願していました。


一つには、明治維新の時代が好きだから、ということ。もう一つは、維新の頃の人達に触れると自分にやる気や気力がでるから、です。僕と同じ世代の若者(?)が大活躍をした時代、そんな志士のエネルギーは時代が変遷しても変わらないパワーを放っています。


今回の一番の目標は松下村塾を訪れること、でした。歴史の教科書でも有名な吉田松蔭が開いた私塾で、ここでは近代国家の礎を築いたキラ星のごとき偉人が数多く輩出されてます。

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吉田松陰

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松下村塾 外観


長州を討幕の世論へ統一させた・高杉晋作、薩長同盟の立役者・桂小五郎、初代内閣総理大臣・伊藤博文・・・

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高杉晋作

その他にも若くして亡くなったため歴史ではそんなに有名ではないですが、吉田稔麿(池田屋事件で新選組に斬られて、後自害)、久坂玄端(禁門の変で負傷、後自害)など、彼らが明治政府にいたら日本の歴史は良い方向に変わっていた、という逸材がゴロゴロとこの塾から巣立っています。

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松下村塾を巣立った逸材たち
塾中は非常に狭い、天井の低さはちとこわいほど


歴史を動かすようなリーダーは大概は非業のうちに倒れます。高杉や吉田はもちろん、坂本竜馬もそうでしょうし、大村益次郎などもそうでしょう。その人たちが突き動かした時代を、勤勉で実務に強い人がフォローをして時代は推移してきます。極論ですが、歴史はこの繰り返し、です。


僕は、明治維新については幕府寄りの立場です。長州と薩摩が仕組んだ内乱に世論が突き動かされた、と考えています。


明治以降、軍閥ができたり、政治で派閥ができたりと長州や薩摩は私利私欲に走っていく、という歴史の側面があります。(今でも薩摩や長州出身でないと出世しにくい組織がある、と聞いたことがあります)


松下村塾で育った逸材で歴史を突き動かすような人が明治日本のリーダーだったら・・(現にリーダーも数多くいたが、晩年は青年の志を曲げてしまった人も多い)と思うと僕らの生きる時代が変わっていた、と思わずにはいられません。


今回は、そんな塾を主宰した吉田松陰が育った街に来て自分が何を感じるか、を感じてみたかったのです。いろんなことを感じましたが、正直まだ消化段階なのでうまく書けません。


ただ一つ、勉強をしないヤツにはチャンスの扉は開かれない、ということを思いました。世の中を動かすような大事をする人であれ、そうでない人であれ、チャンスの扉は勉強からだということです。


勉強をして、新しい世界を広げて、チャンスがやってきた時に対応できる準備をしておくことの必要性を感じました。明治の時代以上に僕らは勉強をする必要がある時代を生きてるのですから。


現代の、「ゆとり教育」を松蔭先生がみたらなんて言うんでしょう?僕もきちんと勉強をしないとな、と思いを新たにした旅、でした。


小学生の作文みたいですいません。それが今回の旅の成果(?)です。とまれ刺激を受けて帰ってきました。今週からまたきちんと働きます。


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追記
僕が訪れたのは萩市、という山口県の街です。人口3万人ほどの小さい街ですが、歴史好きにはたまりません。何でも山口からは総理大臣が7人もでているとのこと。松蔭先生の教育の成果、でしょうかね?萩に友人がいたのですが、音信不通になってしまって会えませんでした。残念。


September 12, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.08

遅い夏休み、です

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大草原とわたし(内モンゴル・フフホト市郊外)

会社のデッサンを最初に描く人、それが経営者の仕事です。


だから、たまにはデッサンを描くために紙とエンピツをもってどこかにこもらないといけません。


それは日常の業務を止めても、です。それが、将来のお金と仕事を生み出すことになります。


自らを動機づけて高めていける人、それが経営者の役割です。


上司も先輩もいないので、自らを動機づけする術をもたないといけません。


やる気は自然と湧いてくるものではなく、自らが掘り起こすもの、だからです。たまに、動機づけできるものに触れて自らを鼓舞しないといけません。


僕は今日から一人で旅行にいきます。行き先は決まりましたが、予定はまだ決まってません。「ここにはぜひ行きたかった!」という街にいってきます。


そんな街で何を感じて、何を感じるのでしょうね?


詳細はまたいずれ!


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September 8, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.09.07

えっ!YUKIのファンクラブに

ご存じの方もいるかもしれませんが、僕はYUKIが好きです


ソロとしてデビューして3年くらい経ちますが、2001年に解散したJUDY AND MARYのヴォーカルとして活躍していた、という方がイメージが湧く方もいるかもしれませんね。

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「JUDY〜」のころは、「うるさくて、ファンキーなおねえちゃん」といったイメージしかなかったのです。


「元気で今日も頑張ろうね!前向きにね!!」って感じで、ぴょんぴょん飛び跳ねてちとうざい感じでした。(僕はポジティブシンキングがあまり好きではないので)


けど、ソロになって、結婚して、子供を生んでからは、「周りの人を素直に愛すること」だとか「知に足ついて人生を楽しく生きること」「人は大きな存在に生かされている」みたいなことをメッセージとしてもらってるみたいで、僕はすっかりと虜になってしまってます。


ちなみにソロになってのコンサートは皆勤!、年がい(?)もなくTシャツとリストバンドをしてでかけています。


自分が特別な才能を持っている自覚はないけど、一つだけあげるとすると「この人は凄い」だとか「この人は素敵だ」という人を見つける能力(?)は高いと思っています。


YUKIのようなヴォーカリスト、ベンチャー企業の経営者、経営コンサルタント、モノ書き、もちろん近い人間関係の中であってもよく僕にとっての凄い人、素敵な人を見つけます。そしてそれを周りに口にします。「あの人はすげえ!」と。


そんな「この人は凄っ!」や「この人って素敵!」と思える人と出会いがあると、自分の中の開発されていない自分が地殻変動を起こすような感覚を覚えます。


「俺ってこんな人が好きだったんだ!」だとか「自分ってこんな人を目標にしているんだ!」だとか「自分ってこんな感性をもっているんだ!」だとか・・・


「凄っ、素敵!」と思える人との出会いを通して「自分では気がつかなかった自分の姿」が分かるような気がします。


YUKIもそんな僕の開発されていない自分の可能性を広げてくれた一人、です。


昨日はYUKIのファンクラブにまで入ってしまいました。バカだな、とは思いつつ・・。


昔と違ってファンクラブの申込みも今はネットで完結してしまうんですね。(昔、僕が誰のファンクラブに入った過去があるかを書くのははさすがにやめましょう。人間性?が疑われるかもしれないし)

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ちとあっけない、ですね。昔のように会員証が届くのを心待ちにしていた時代が懐かしいです。


ともあれ、当分はこの熱(?)はおさまりません。


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追記
「ブログでYUKIのファンクラブに入ったこと書いたらオタクみたいで気持ち悪がられるかな?」「いいんじゃない、別に。YUKIだし」「YUKIだし??そっか」-好きなものには蓋をしない、というのが我が家のポリシーです。そんな僕らも今日で結婚3周年。


September 7, 2005 | | Comments (8) | TrackBack (0)

2005.09.06

創業時の自分に近づく

まずは景気づけにワンクリック

これが創業時の僕の会社、です。

Scan

ご縁ある会社の一角(浄水器のとなり)がうちの事務所(?)、でした。


「へえ〜大塚さん、会社つくるんだ!」とその頃に電話でお話しした旧知の方


いまだからカミングアウトします。僕は、社長室はむろん社長の机みたいなものとは全く無縁のこんな場所で床に座りながら電話をしていました。


数カ月後、この会社が事務所を移転するにあたり、その事務所を又借りしました。今考えると何をしていたのか良く覚えてませんが、会社に布団と生活道具を持ち込んで寝泊まりしながら、好きなお酒も飲まずに朝から晩までよく働きました。


FAXが流れてくるのが嬉しくて、郵便物が会社に届いているのが嬉しくて、銀行に記帳にいった時の「ジー、ジー」という印字の音が嬉しくて、宅急便が会社に届くのが嬉しくて、何もかもが感動でした。


「会社にいないと何となく不安」が半分、「会社にいると何となく嬉しい」が半分、だから家にも帰らず寝泊まりをしていまいした。


夜中にFAXが届くたびに目を覚まして、内容を確認しては悦に浸ってました。夜中に目がさめるたびにメールを確認して、眠りについていました。


僕は会社をやらせてもらってまもなく5年がたちます。


別段、今さら昔を懐かしんでもしょうがありません。僕らの勝負は今現在しかないのですから。


けど、人間は自分の原点を時には確認する必要があると思っています。その原点の中に、自分の価値観や哲学の萌芽のようなものが存在すると思うからです。それはとても純粋でピュアなもの、です。それらへの問いかけはブレない自分をつくるために必要だと思います。


創業の頃ほど一生懸命に生きているか?は僕の永遠の課題です。けど残念なことに今のところは自信をもって肯定できない自分がいるのです。


会社の成長とともに働くスタイルが変わるのは当然ですが、いざという時にやれる「体力」と「耐力」、そして「精神力」や「仕事力」を日々鍛えているんだろうか、と。


まだまだ30代も半ば。経営者づらして背伸びをする自分と、一担当者として仕事をする自分と、バランスをとっていこう、と思いました。改めて創業時の自分に近づきたい、と思います。


追記
昨日でひとつ仕事が終わりました。(まだ進行中ですが・・)今週はちょっと休みをとろうと思います。

September 6, 2005 | | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.09.05

税金

うちの会社は9月末日が決算だ。


1年間の売上と仕入れ、そしてかかった経費などを計算して税金が決まり、11月末までに納税しないといけない。


単純にいうと利益の40%を法人税でもっていかれる。100万円利益がでても、40万円もっていかれるということだ。


そんなだから会社の通帳にお金がたまっても、一気に減ってしまう。これは精神的にはちとしんどい。いくら納税が僕らの義務だ、といってもね。

だから社長によっては節税をする。「税金を払うのなら」と車を買ったり、仕入れを前倒しで計上(これは脱税?)したりする。お付き合いのお金を増やしたりする。


僕も「なんでこんなに税金を支払わねばならないのか?」と思って税金のことをちょっと勉強をしたことがある。けど、結論は明確だった。「下手な節税策を考えるよりも売上をあげる事を考えた方がいい」と。


経営は一定のルールのもとで行われるゲーム、という側面を持っている。経営資源(人、モノ、お金、情報、時間)を使って、得点(売上)をあげていく、というゲームだ。そのゲームには「得点の40%は税金でもっていかれる」というルールがある。だったらそれには従わないとフェアではない。


「なんでこんなルールなんだよ!」と怒るのはナンセンスだ。それが、僕らが生きている「経営」という環境なのだから。そんな環境の中で僕らは起業家として生きている。で、あれば節税の勉強をするよりも、営業やマーケティングの勉強をした方が時間の使い方、労力の使い方としては賢い。僕らは企業家であって節税家ではないのだから。


僕の尊敬する経営者、渡邊美樹氏(株式会社ワタミ社長)は税金についてこういっている。


我々の経営目的からすれば、一生懸命に税金を支払うことは当たり前のことである。多くの税金は「人類社会の発展、人類の幸福の貢献」に役立つと、我々は信じているがゆえに、一円でも多くの税金を払いたいと心より思っている。(『社長が贈り続けた社員への手紙』P156)


「1円でも多くの税金を払う」というのは凄い。現在の僕では到底まねできないけど、必要以上の節税はしないように、は僕の美意識だ。


僕は、経営者としての胆力を養うことの一つは税金の支払いを逃げないこと、だと思っている。料亭や飲み屋さんとかで綺麗にお金を使えるのはそれはそれでかっこいい、と思う。でもそれって、どこかに他人の目を気にしている。お店の人だとか、同席している人だとか・・・


それよりもゼロが並んだ税金の振り込み用紙を前にして、「よっしゃ!」と払うことができるのが経営者としてかっこいい、と思う。一度払ったらどこに使われているかわからないお金、きちんと払ったのにたまに税務署が「ほんとにきちんと計算してるのか?」と疑いにくるお金。そんなお金、だしね。


確かに「日本は税金が高い」だとか「税金の使い道が不明」だとかあるけどね。仕方がない、それが僕らがいきている環境なのだから。実際、税金でつくったインフラで事業をやらせてもらってるしね。


今年はうちの会社も5期目。ご協力いただいている皆さんのお陰で今年も黒字決算ができそうです。ありがとうございます。


週末10位以内にランクイン!
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追記
週末はジムが終わった後、ジム仲間の女性達とデニーズにいきました。みな元気、ですね。いろんなことをやって生活する人と、何もしない人と、世の中は完全に二極化している、と思います。かき氷がちとうまかったです。

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September 5, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2005.09.02

旅にでる?何が目的だ?

「旅に行くって??何が目的なんだ?」


と、長い旅をしていた頃はことあるごとに聞かれた。


ある人は興味本位に
ある人は僕を心配して
ある人はそこに合理的な目的があるのなら自分も乗ってやろう、という意図をもって
ある人は僕をちゃんとした生活に引きとどめるために

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ゴールデンロック(ミャンマー・チャイトー)
思い切り力をいれると揺れる、といわれている


僕には旅にでるのに目標も目的もなかった。逆に、目的をもって生きなきゃいけない人生からの逃避をしたいんだ、とある時から感じていた。


いい学校に入る目的のために勉強する
いい会社に入る目的のために大学にいく
いい人生を送る目的のためにいい会社に入る


僕らは目標だとか、目的だとか、そんなものに駆り立てられる社会構造の中で生きている。それって僕らが主体的に選択をしているようだけど、一体そうなのだろうか?


目標や目的、というのが僕らを無闇に急き立てて、生きる事を束縛しているのではないだろうか?


作家の沢木耕太郎がいった。「若いうちに酔狂なことをやりたかった」と。26歳で長旅に出た沢木のそんな言葉が僕は気に入った。


目標だとかと無縁の生活を送りたい、という漠然とした思いは熱望へと変わっていった。「目標や目的なんて持ちたいやつだけがもてばいいのだ」と。


僕は今、会社を経営させてもらっている。当然、目標や目的というものとは無縁でいられない生活を送っている。


でもそんな生活に嬉々としていられるのも、目標や目的がない人生を送る快感を一時期であるとはいえ味わったからではないか、と思うのだ。


「人生をリセットして、目標とか目的とは無縁の生活を送る」-逆説的だが、僕はこれ以上に目標だとか目的だとかを明確にする術はない、と考えている。自然界はすべからく真空状態を好まないからだ。


僕らは「とりあえず会社を辞めたい」という人に対して、「何が目的なんだ?」との問い掛けを何も考えずにしていないだろうか?


今日の順位は??

追記
昨日は、社会人なりたての頃からの同志(?)と表参道〜六本木と徘徊しました。人材関係ビジネスで経営者として奮闘しているようです。かなり刺激を受けたのですが、焼酎を飲んで最後は記憶がとんでます。ヒルズの前にあるバーは、店員さんのキャラが濃くて素敵でした。

September 2, 2005 | | Comments (3) | TrackBack (0)

2005.09.01

遥かなりチベット

チベットで高山病おかされた。1週間は起きる事もままならない日が続いた。


安宿のスタッフに病院へいくことをすすめられた。古い小学校のような汚い病院で、鼻毛の出た老医師の診察を受けた。チベットに長らく伝わる丸薬をもらい、人の助けをもらいながら宿に戻ろうとした。


その道中、僕はひとりのお坊さんと知り合った。

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ジョカン寺の前でネパールに向かう前の日に(チベット・ラサ)

「お前、体調悪そうだな!こっちにこい」といっている。僕は彼についていった。そこにはジョカンと呼ばれる有名な古寺があった。


そこでは、敬虔な仏教徒が自らの体を投げ出して祈りをささげている。そう、かつてテレビでみたことのある五体投地というやつだ。「ここで皆と同じようにするといい」とお坊さんはいう。僕はしんどい体をしゃくとりむしみたいに投げ出した。


すると、高山病で痛くてしょうがなかった頭が10分ほどで落ち着きを取り戻すではないか。さらには、4,000メートルに近い高地ゆえ苦しかった呼吸もどんどん楽になっていく。

これには驚いた。


「久方ぶりに外出して外の空気を吸ったからじゃないか?」と旅仲間には言われたが、僕はえもいわれぬ力の存在を感じた。


それ以来だろうか、僕はチベットに興味をもちはじめた。ネパールでもインドでもチベット人の居住地区を訪ねた。


一緒にいて苦痛にならない人種、それが旅先で知り合ったチベット人たちだった。この人達って違う民族とは思えないな、といたるところで感じながら旅をした。


そんなことから数年後、旅から足を洗って仕事をするようになってのこと。


僕は世界的に有名なヒーラーと席を同じくする機会に恵まれた。その時、「あなたの前世はチベット人のお坊さんね」と僕はそのヒーラーに突然にいわれた。


なんでも僕の前世は、「我が強くて、上の人と衝突ばかりして、あまり出世できなかったお坊さん」だったそうだ。そんなだから、今生の目的は「自分の我を押さえて、感情をコントロールして、周りと協調してやっていくこと」ともいわれた。


僕はあまりこういうことには真剣にとらえいないのだが、この時ばかりは凄っ!と思った。それって僕の長年の課題だからだ。それにそのヒーラーは僕がチベット好きだってのも知らないだろうし。


更にそれから数年後、日本人ヒーラーの方にも同じようなことをいわれた。「大塚さんの過去は啓蒙をする人ね。チベットあたりのお坊さん、みたいね」と。これまた驚きだった。僕は将来的に学校教育にかかわりたい、と考えていたし、またまたチベットのお坊さんがでてきたからだ。


スピリチュアルな話になってしまったが、自らが生きる目的みたいなものなんて一生をかけて探していくものだ。たかだか、 30歳そこそこでそんなものが見つかるのなら、それはそれで怖い。自分の可能性を縮めてしまいそうで。


でも、僕は前世がお坊さんだったらいいなあ〜と素直に思った。


そう考えると子供の頃から組織社会(タテ社会)に身を置くのがすきだったし、自分の話で人が「へえ〜」といってくれるのに喜びを感じる人間だったな。そう、今現在、ブログで偉そうなことをとうとうと語ってるところなんかはどこかのお坊さんみたいだ、とも思った。


(但し、禁欲生活は無理ですね。お酒は飲みたいですし、肉も大好きです。そんなのもお坊さんとして出世しなかった原因かも)


今日、朝一番のインスピレーションが「チベット」だったのでこのネタを。前世の話は、確認のしようがないから一つの物語としては夢(?)がありますね。自分をポジティブにさせる部分はうまく取り入れて、のスタンスが大事ですね。

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追記
今日は朝からジムにいってきました。大好きなインストラクターのレッスンが、木曜日の朝限定なので。朝は寝ぼけてて(?)振りをまちがえてばかりですが、それもご愛嬌のキャラがとてもいい人なのです。

September 1, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (1)