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2005.10.31

リーダーに必要なもの

いきなりですが、「リーダー」って何でしょう?


「チームを牽引する責任者?」「人の上にたって育成を図る人?」「グループのビジョンをたてる人??」-普段、何気なく使っている言葉についてこう改まってきかれると困りますね。


よく、巷のマネジメント関係の本などには「組織の目標を達成するために、メンバーに対して動機づけを図る人」みたいなことが書いてあります。


なるほど! この定義は一面正しいと思いますよ。実際、動機づけを図って組織目標を達成できるようなリーダーがたくさんいたら組織は安泰、でしょうしね。


けど、僕は思うのです。それだけが、リーダーっていうものの条件なのかしら、ってね。

例えば、月間売上1億円を目標とする会社があるとします。そのために、リーダーは部門戦略を考えます。「○○のクライアントから500万を見込んで」だとか「不足分を補うためにダイレクトメールを打とう」だとかの打ち手を考えます。


その中で、メンバーを指導したり、情報の共有化をしたり、人によっては飲みにいって動機づけを図ったり、とします。その結果として、目標が達成できればリーダーの役割は終わり、なのでしょうか?


僕は「否」、だと考えています。


では何が必要か?


それは「リーダーなりの仕事に対する哲学を打ち出して、メンバーの人生にわずかでも影響を与える事」、です。


哲学、というとちと難しいですね。要するに「仕事に対する姿勢」みたいなものです。


仕事をしていると矛盾する事があるわけです。


例えば、目の前に1,000万円儲かる仕事があるとします。目標を達成するためには絶対にモノにしたい仕事があるとします。けど、その仕事をやると現在おつき合いのあるクライアントに大きな影響や損害を与えるとします。


そんな時に、その仕事に着手するのか?しないのか?


「仕事は利益だ。迷わず仕事を受けろ」というリーダーもいるでしょうし、「そんな仕事には着手すべきではない」というリーダーもいるでしょう。どちらが正しくて、どちらが間違っているという問題ではないんです。


そんな中で「どうしたらいいの?」とメンバーは悩みます。けど、メンバーレベルでの考えではまとまる訳はないんです。会社としての数字目標だとか、お取り引きとの関係だとかの問題が複雑にからんでいますからね。


そんな時はリーダーが、「会社が掲げているビジョン」や「自らの仕事の哲学」に照らし合わせてチームとしての姿勢を明確にしないといけないんです。それを自分の言葉でメンバーに伝えないといけないんです。


そんなひとつひとつのやりとりを通じて、メンバーは自分なりの「仕事の哲学」を確立していくんです。哲学が仕事に対しての自信となって、より大きな仕事をやるパスポートみたいになるんです。それが次の世代へと引き継がれていくんです。


もちろんリーダーも成人君子ではないから、全てがメンバーよりも正しいわけではないですよ。会社を10年やっている経営者よりも、キャリア3ヶ月の新人が仕事の本質をつくこともあるわけです。だから、リーダーは教師になったり、時には反面教師になったりするんです。


けど、確率論からいくとリーダーの方が正しいことをいうケースが多いんです。本質をつくことが多いんです。「うちの上司は何も分かってないなあ〜」と酒を飲んでクダをまくのであれば、自らがリーダーの立場になるような仕事をすればいいだけの話、です。


リーダとして最悪、なのは「難しい問題だよなあ〜」と方向性をなかなか打ち立てられないことです。「部長に聞けば」だとか「社長はこういっていた」と負荷から逃げようとすることです。そんなのであれば、リーダーなんて存在はいらないわけです。


こういう具合になりがちなのは「仕事の哲学」(仕事の姿勢)が未確立だからです。自分なりの判断基準がないから、判断に苦慮する問題で方向性を出すことができないんですね。


リーダーの仕事の本質は、この仕事の哲学を磨くこと、だと僕は考えています。(そこには、人生観や歴史観、死生観などもからんでくるわけです。)


将来、僕は必ず死にます。


僕にかかわりのあった方々が、葬式にいらっしゃいます。


そんな時に「あの人が死んで悲しい」といわれるよりも「仕事の考え方のベースはあの人から影響を受けたんだよ」といわれたいですね。


せっかく、仕事という舞台でメンバーの人生を左右するかもしれない役職についてるんだから、良くも悪くもメンバーの人生に影響を与えましょうよ。(実際、僕の「仕事の哲学」確立過程では、教師と半面教師が半々くらいいらっしゃったかな。どちらも感謝しています)


「そうはいうけど、今どきの人はそういうものって嫌いじゃないの??」といわれるかもしれませんね。けど、僕の実感覚では30代、40代よりも10代、20代の人の方がこの辺の感覚は素直、だと思いますよ。


若い人は自らがふわふわしてるんで、自分なりの哲学、考え方を確立させたがってるんです。そんな思いを「最近の若い人は」というステレオタイプの言葉でリーダーが否定しちゃまずい、ですよ。

追記
書き終わって読み返した。


「偉そうなこといっているなあ〜」と思いましたが、このままアップします。「仕事の姿勢」といっても、それは永遠に進化させていくものだと思うんです。だから、僕がブログで訴える「仕事の哲学」やら「仕事の姿勢」は、「35歳の僕なりの仕事の哲学」と受け止めてもらえれば幸いです。


将来的にこのブログを読んで、「あほな事いっていたな〜」と思えらたそれが僕なりの成長ということでしょうしね。

October 31, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.28

楽して強くなりたい、とは思ったが

「強くなりたいな」といつからか思うようになっていた。


小学校の4年くらいまでは、そこそこ体格もよい方だった。けど、高学年になるにつれて身長も体重も周りにどんどんと抜かされていった僕にとっては、高い身長と鍛えられた肉体は憧憬の対象だった。


そんな僕を惹き付けてやまなかったのが、「あなたもこんな体になれますよ!」という商品の数々だった。

僕と同じ時代を生きている方であれば、ほとんどは目にしたであるだろう。『少年ジャンプ』などに乗っていた肉体改造マシーン(?)の広告を。


「誰でも簡単に」

「NASAの宇宙飛行士も愛用」

「わずか1日5分で」

「テレビを見ながら寝たままで」


などの広告コピーには、「今のままのあなたではダメですよ」という潜在メッセージが込められている。「そんなんじゃ女の子が見向きもしませんよ」という強迫観念(?)を間接的に与える効果がある。


内なるコンプレックスを刺激され、「強くなりたいけど努力はしたくないなあ〜」と僕は商品に飛びつきまくった。


1ヶ月の小遣いが2,000円だとか3,000円だとかの時代、だ。そんな中で、僕はお年玉の全額をはたいたり、お使いのおつりをごまかしたりして、次々と商品を購入した。みっともないが、ここで一部をカミングアウトしてみよう。


●アポロエクセサイザー(16,800円くらい)
NASAが開発したという全身の筋肉を鍛えるマシーン(実際は安っぽい荒縄みたいなものでできている)。確か箱にはスペースシャトルの絵が書いてあった、かな。車田正美のボクシング漫画で登場し、多くの子供が飛びついた。


「無限大の負荷」というコピーは単に商品の性能が悪く、動きがスムーズでないだけの事だと小学生の僕でも理解するのに時間がかからなかった。


●ブルワーカー(15,000円くらい)
ひ弱でもてない男の子がブルワーカーを使ってトレーニング。見事彼女をゲットする4コマ漫画で僕らをあおった筋トレグッズの王様(現在でも売っていると思う)。


ひ弱な主人公がトレーニングをしながら「まったく簡単だ!」というセリフをいうんだけど、それに飛びついて購入。商品は良かったが、思うほか努力が必要なため、すぐさまお蔵入り。

bull
ブルワーカー


●イーグルキャッチャー(2,500円くらい)
「りんごをつぶせる握力に!」の触れ込みで購入。届いた商品はただのスプリングでそれも強度が異様に低い。これじゃトレーニングにならんだろ、とすぐゴミに。(類似商品に「ダイナビー」という遠心力を利用した商品もあり。これも握力がつくという触れ込みだったが、努力が必要なのですぐ飽きた)


●真向法講座(価格は忘れた)
「2週間でオリンピック体操選手並みの柔軟性!」との触れ込み。が、柔軟体操のやり方を解説した冊子だった。(これにはやられた!同じく、身体鍛練講座というのもあった。これは、腕立てや腹筋のやり方がかいてあるだけの冊子で僕は絶望で泣きたくなった)


まだまだあるよ

●人体秘孔図(1,300円←なんて素晴らしい値段設定!小学生に安すぎず高すぎず。開発者はかなり頭がいいね)
「相手を一撃で撃破」とのことだが、人体のツボをイラストで解説しただけのもの。正中、だとかいってもねえ〜。それをどう打撃するかが知りたいのだよ。


●商品名は忘れた(16,800円)
「NASAで開発された無重力トレーニングマシーン」「地上の10倍の効果が!」
と会員DM(この辺のマーケティングテクニックもうまい)を見て購入。両足に金属製のアンクルを付けて、鉄棒に逆さからぶら下がってトレーニングをする。実際やってみたら、死ぬほどつらい!頭に血がのぼった状態で、小中学生がトレーニングなどできるわけないっちゅうの。


その他にも、「足が早くなるヒジサポーター」(実際は普通のサポーター)だとか、筋肉がつく薬(これは小麦粉みたいな味がしたな、気のせい?そういや、同時期に「体が柔らかくなる薬」も買ったな。筋肉の薬とパッケージは違うけど味は一緒だったような??)


電気で筋肉を刺激するマシーン(これは24,000円くらいしたね)にミスター高橋のチュービングトレーニング(これはゴムのチューブだけですね)そうそ、ブルースリーの通信教育も受けたね。テキストは香港の言葉で翻訳されたものは文章が難しくてまったく分からなかったね。


なぜかヌンチャクに、コシティ(インドやパキスタンのトレーニング道具)なんかも買った。ホントにそんなことしている暇とお金があれば、腹筋や腕立ての一回でもやってりゃいいのにね。


かつて、僕がこうした商品に費やしたお金は30万円くらいだ。それも、小学生から中学生の時期にだから今現在の貨幣価値(?使えるお金との相対)でいうと、数百万円は投資(?)をしただろう。


そんな中から僕は一つの結論を得た。「楽してできるものに本物はない(たぶん)」と。


僕はかつての自分を客観的に書いて笑っている。「ばかだなあ〜」と。それを読んでいるみなさんも笑う。(一部の人は、「俺と一緒だ」と冷や汗かいてるかもしれませんね。案外と多い、と思うけど)


けど、僕らが今現在生きていて、無意識に奇跡のようなものを求めていないだろうか?

「自分にだけ」

「ある日突然に」

「努力もそこそこに」

「ドラスティックに変化する」


そんなものを無意識に求めていないだろうか?


「誰でも楽々独立開業」「海外株投資で目指せセミリタイア」「資格をとれば一生安泰」などなど、資本主義では常に僕らの「楽したい」「無駄はしたくない」「理想の自分に近づきたい」という欲求を喚起するような情報に満ちている。


「そんなのはないんだよ」と痛い思いをしながら僕は子供の頃に学んだはずなのに、やはり時としてそんなものに飛びつきたくなってしまう。


けど、「そんなものは(たまにはあるかもしれないけど)ほとんどない」と自分の中で決めつけるだけで僕らをとりまく現実への接し方は大きく変わってくる、と思うのだ。


追記
これらの商品を開発していた会社の社長が10年以上前でしたかね、脱税でニュースになりました。竹やぶにお金を捨てた(隠した?)とかでだいぶ話題になりましたね。


!? ・・ってことは僕以外にも多くの人がやられているんでしょうね。


僕が体を鍛えるために腕立てや腹筋をはじめたのは高校の頃からでした。それにしても、なんであんなに強さに憧れたんだろ?一時は、空手で出家(?)をして修行しようと思ってたしね。


あのままいってたら、と考えると正直ゾッとします。

October 28, 2005 | | Comments (9) | TrackBack (0)

2005.10.27

祈り

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チャイトー(ミャンマー)


Scan
ラサ(チベット)


人がお祈りをしている姿に僕は魅せられます。


信仰している神様に対して、はたまた大いなる自然や内なる自分に対して


深い反省と感謝と、時には自問自答をしている姿が美しいのだと思います。


僕は日常生活でお祈りをすることはほとんどありません。


祖先のお墓参りくらいでしょうか。


けど、最近気がつきました。


僕の日常生活が祈りの連続なんだ、と。


「こうしたい」「ああしたい」と問いかけ続けながら


反省したり、自問自答したり、矛盾を解消したしようとして日常を送ること、それ自体が祈り似たものなんだ、と。


それらは、僕の中では日常になりすぎていて祈りに似たものだと意識していないんだ、と。


旅先で出会った祈りをする人たち。


僕が思わずシャッターをきった市井の人たち。


僕の日常生活での「祈り」がその人たちほど美しいか今一度考えてみたいと思います。


今朝、自宅近くの靖国神社の方角を向いてお祈りをしている人をみてそんなことを思いました。


追記
僕はナルシストではないですよ。念のため。けど、仕事する姿が美しいって人にはとても憧れますね。

October 27, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (0)

2005.10.26

一人目の覚悟

会社員として働いている頃、学生時代からご縁のある方が創業をした。


起業時は社長ともう一人だったのだが、矢継ぎ早に数人の人材を採用していった。それに見合うだけの売上もないだろう、という段階で。


「売り上げを上げたり、サービスをよくするには人を採用して育てるしかないじゃん」とその経営者がさらっと話をするのを聞いて「仮に会社をつくっても自分にはできないなあ〜」と僕は思った。


採用は人の人生を大きく左右する側面を持つ。仮に僕が会社を経営したとしても、新しく入る人に見合うだけの仕事を見つけられるか、は未知数だったからだ。

それから1年とちょっと後、思うより早く僕にその課題がつきつけられた。


僕もいろんな縁から会社を創業し、人の採用に直面していたのだ。


会社を創業したのが1月。当初は前の会社からきてもらった女性と2人だった。


前の年の10月に会社を辞めようと思って、翌月に会社をつくろうと思った。それから、事業の方向性をたてていく中で、「一人で会社をやっていくのは無理だ」と痛感した。


営業をして、原稿をつくって、請求書をつくってと社長がやっていては会社は永遠に発展しない。代表者の役割は、これから先の会社のスケッチを、対顧客の、対社員の、対市場、対自分の視点から描くことだからだ。


それで僕は前の会社から一緒に仕事をしている女性に声をかけたのだ。
「悪いようにはしないから(?)ぜひ、泥船に乗ってくれ!」
と。


その女性がありがたいことに会社に来てくれたため、会社のスタートは無事にきれた。あとは、僕が仕事をとってくればいいだけの話、だ。当時、中小企業の間で流行しだしたダイレクトレスポンスマーケティングやら、エモーショナルマーケティングを使って売上は右肩上がりで増えていった。


創業から半年ほどの経った頃から僕は考えた。「もう一人、人を採ろうか?」と。


今の売り上げだったら僕ともう一人の女性の生活をまかなうには問題がない。が、日々バタバタしていて新しい事を考えたり、手を打ったりする時間が物理的にない。これではおつき合いしている業界に変化が起きた時に、ことと次第によると行き詰まる可能性がある。


更にいうとクライアントへのサービスは相対的に低下していく。仕事が増える、ということは一件あたりのお客さまにかける時間と労力が減ることを意味するからだ。


されど、「もう一人採用するだけの器量があるか」が僕には未知数だった。新しい人にきちんと仕事を振れるだろうか?入社に伴って売上をあげる事ができるだろうか?人件費はもちろん、保険代だとか交通費だとかも増えるし、そのプレッシャーに僕が耐えられるか、が疑問だった。


「今のままでもいい」という自分と「いやいや、自分にプレッシャーかけろよ」という自分と。僕は逡巡した。机上で利益の予測をたててみる。「一人が入社するとこれだけお金がかかって・・公庫から借りたお金を使って・・最悪、僕の給料を15万円にして・・」だとかを考えた。けど、「これ!」という答えはでてこなかった、のだ。


論理で解決できない所まで考えたらあとはどちらかに動くしかない、のだ。


結果的に僕は一人を採用した。大学時代からの後輩で付き合いは10年以上になる。某ベンチャー企業の営業担当者として活躍していたのが、僕と同様に長期旅行者になってフリーだった男性、だった。


仕事のスキル的には全く問題がないのだが、「将来的には海外にいきたい」という含みを持たせての採用だった。結果として彼の採用は正解、だった。2年ほど会社にいたのだが、現在でも取引のあるクライアントを開拓してもらった。


その後、僕は半年に一人のペースで採用をしていった。が、その彼を採用した時のようなプレッシャーは良くも悪くも感じることはなくなった。


それは、一面では「人を採用するとサービスが向上したり、売上を上げられたり、新しい事に着手できるんだ」という実感を僕がつかんだからかもしれない。


一面では、僕自身のキャパが広がって、「人を採用してもなんとかなるさ」と心底思えるようになったのかもしれない。


はたまたある一面では、会社にお金がたまってきてわずかづつではあるけど余裕ができたせいかもしれないし、クライアントが増えてきたので任せられる仕事が増えたせいかもしれない。


そのどれが理由かは自分ではわからないけど、プレッシャーは少なくなっていった。


僕の周りでは最近、ベンチャー企業を興すという人が増えてきた。その中で多くの人が、人の採用で悩んでいる現実を聞いている。


「奥さんと二人でやっていこうと思う」という人。「自分一人だけで何とかなるだろう」という人。「売り上げが○○万円達するごとに一人採用していこう」という人。「はじめから必要以上の人を採用してだめだったら辞めてもらう」という人。


どれが良い、というのではなく、こと人の採用に関しては経営者の性格やビジョンが色濃く反映する。僕は、せっかく経営をやるんだったら人の採用で自分にプレッシャーをかけるのがいい、と思っている。でないと、僕らのキャパなんて限られた範囲でしか広がらないしね。


最近、「人をとろうかどうか迷っている」という話をある起業家から聞いたのでこんな話を書いてみました。


「最初の一人は悩んだんですか?」と冒頭の経営者に聞いたらどう答えるんだろ?


僕はきっと「そりゃ悩んださ」と答えると思いますよ。ほとんどの経営者はね。


追記
厳密には、うちの会社の採用一人目は文中にでてきている女性社員、ですね。けど、僕の中では「自分の他に一人だったら絶対になんとかなる」という確信があったので、この時の採用に関してはこれっぽっちも悩まなかったんですね。一緒に仕事していて人となりも知ってましたし。


文中にでてくる元社員は、その後、海外に生活拠点を移して活躍中、とか。たまーに忘れた頃にメールがやってきます。書き出しが、「大塚社長」ではなく「大塚先輩」と書いてあるところが、なんともいえず深いもの(?)を感じます。


最近、公開中の映画「ビューティフル・ボーイ」(女装のムエタイボクサーの実録話 タイの映画)にかなりの役で出演してました。一種の逆輸入、ですね。一体、どんな人間関係でこんなの出たんだろ??


海外で仕事をしながら生活、か。僕らには分からない苦労もあると思いますが、ちょっとうらやましいですね。

October 26, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.25

先輩が奢れないなんて

「これから皆さんは上司と酒の席で一緒になっても奢ってもらってはいけません。
社会人は上司や先輩であっても割り勘が基本です」


ん・・?僕は耳を疑った。


今から12年前、新卒で入った会社の新人研修でのことだ。

僕にとって、酒の席で先輩が後輩に奢るのは疑う余地もないほど、ごく当たり前のことだった。


大学の運動部うというちょっと特殊空間(?)とはいえ、先輩が後輩と割り勘などするのはとても格好の悪いことだと思っていた。


更にいうならば女性と割り勘なんて死んでもいやだった。


それは、「男だからどう」だとかではなくて、生理的に受け付けないのだ。そう、ゴキブリを生理的に受け付けないようなものだ。飲み食いして奢るだけのお金がないのなら飲みになんかいかなきゃいいだけの話、だ。


周りもそんな意識の人ばかりだったから学生時代の先輩にはよく奢ってもらった。


飲みに行くと中座する先輩がいる。後にそれがOIOI(キャッシュローンの丸井 僕らは大変お世話になりました)で飲むためのお金を借りにいっていることだと知った。


「明日から合宿だ!」と先輩と一緒に高田馬場の学生ローンにいった。(10万くらい借りた、かな)その後、「金もできたし飲みにいくか」と今借りたばかりのお金を派手に(?)使う先輩がいた。


「よし、今日はいったことない店にいこう」と六本木のラウンジみたいな店にでかけた。(それも学生服、で)ごきげんに飲んで、でてきた請求書をみて青ざめた先輩。僕は学生証をお店の人に渡しているのを見てしまった。僕もちょっとは手持ちがあったんだけどね。


大学生という多感な時期に、そんな世界の中で僕のお金にたいする美意識は固まってしまった。


だから、社会人になって冒頭のような話を聞いて僕は嫌になってしまった。よくいうではないか、机を並べている上司を見て、「あれが20年後の俺か・・」と考えてしまうなど、と。


僕は思った。後輩や部下と割り勘で飲む自分になっちゃうのかなあ、と。すごく自分が小さくて、せこいような感じにとらわれて仕方がなかった。大きなことができなさそうな自分、だと思った。


だって、そんなところでちょっとの踏ん張りができなくて、何が先輩だろう、上司だろう。先輩や上司は新しい世代の台頭から自分を成長させて、必死になって逃げないといけない存在なのだ。それなのに、部下や後輩と同じ土俵にたってしまってどうするのだろう??


僕は別段、部下や後輩とよく飲みにでる方ではない。酒の席で仕事の話をするのはあまり好きではないし、ともすると酒を飲むと話が長くなってしまうのでね。


けど、もし飲みにいくのであれば割り勘などは絶対にしない。全部奢りが当然、だ。


「だって、それってあなたは社長だからできるんでしょう」


と突っ込みが入るかもしれない。確かに、僕は接待費だとか会議費だとかを使えるようにはなった。自分の小遣い(わが家は小遣い制.....)以外で飲んだりができるようにはなった。


だけど、僕は会社員の頃から後輩や部下には全部奢りの姿勢は貫きとおしてるよ。それは僕の美意識の中ではごくごく当然のこと。(幸いなことに、僕は転職した広告代理店で同じような美意識の方々と仕事をする機会に恵まれました。よーく飲ませていただきました。ごっつあんです)


確かにいろんな要因が絡まっているので難しい問題だ、と思いますよ。家庭によってかかるお金は異なるだろうし、もちろんお金は無限じゃないし、ね。


けど、将来的に自分で会社を興そうだとか、こんな自分になりたいと思っている人は後輩や部下に対して割り勘は絶対にまずい、ですよ。


よく銀座あたりのベテランホステスさんがこういいます。「偉くなったから銀座にくるのではなくて、銀座にくるから偉くなったのよ」と。うーん、いまいち僕にはまだ分かりません。実体験もないしね。


けど、これはいえると思うんだ。「接待費を使えるから部下や後輩に奢れるのではなくて、部下や後輩に奢るから接待費が使えるようになるんだよ」と。


あたりまえだよね。絶対に部下や後輩とのかかわり方が違ってくると思うしさ。


僕のお金に対するモチベーションは、車を買ったり、家を買ったりだとかではなくて、「後輩とか部下だとかに奢り続けられる自分でありつづけること」だと最近、気がつきました。


いままで奢ってもらった上司や先輩への恩返しは、僕が上の世代を超える事、と後輩に奢れる自分でありつづけること、だと考えるのです。

追記
冒頭の話は、「社長、本部長(=取締役クラス)は別」というオチがついていました。社長や本部長には奢ってもらえるのだといいます。ってことは、部長までは割り勘で本部長から奢り、ってこと??奢るのも作法があるので、いきなりそんな変化するのって難しいと思うんだけど・・。

October 25, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.24

人間にとっての成長とは何か?

先日、「成功と成長と」について書きました。


すると、大学時代から縁がある方から「ブログ読んだけど、お前が考える成長って何なの?それを定義しないとはじまらないだろう」とお言葉をいただきました。


ん・・!?なるほど・・・。


僕が20代前半の多感(?)な時期に影響を受けた方です。おっしゃることはもっともですね。「成長」だとか「成功」だとか、多くの人が「何となくこんなものだろう」と思っている概念を明確にするのは経営者の大切な仕事ですからね。

「大きな家に住んで、いい車に乗って、年収1億円稼いで・・」と考える人、「奥さんと子供と仕事はそこそこでも仲良く生活をしていく」と考える人、「有名になってマスコミに登場したい」と考える人・・「成功」の定義は人の数だけあるんです。


「経営者の成功観が形になったもの」それが会社というもの本質である以上、経営者の考えている「成功」や「成長」を明確にしないといけないんですね。じゃないと、そこに係わっていくメンバーとの間にギャップが生まれてしまいますので。

僕の成功観は、このブログを通してかなり訴えているつもり。「こうしたい」だとか「ああしたい」だとかいうことを集めていけば、僕の成功観になります。


成功の象徴(?)である、家や車はあまり欲しくないんですよね。物を持つのは疲れますし。将来的に「海外に住みたい」って時のために身軽にしておきたいんです。身の周りは最低限のものだけにしときたいんです。


それよりも、まずは自分が成長をすること、その上で係わりある人にできることを増やしていくこと。そんな人間を生む事ができる理想の組織をつくること、かしら僕にとっての「成功」の定義ってのは。言葉にするとあまり実感覚とは違うような気がするけど。


じゃ、「成長」の定義というと、実をいうとこれはまだ僕の中でしっくりときてるものがない。


新しい世界が見えるよう進歩していくこと・・うーんなんかしっくりとこないね。


自分特有のスキルを伸ばすこと・・確かにそうなんだけどね。もうちょっと総合的な人間力、みたいなものが含まれるのかな、僕のニュアンスの中での「成長」って。スキルってのは一つの枝だよなあ。


分からない事を分かるようになること・・そうだね、単純明確そんなニュアンスかしらん?でもまだピンとこないなあ。


と、いった感じなのだ。


今、僕の感覚に一番近いものが、お馴染み(?)田坂広志先生の成長観。


●成長とは、「心の世界」が見えるようになること
●心の世界は3つ 相手の心の世界、集団の心の世界、そして自分の心の世界
(引用したい、と思ったのですが本がありませんでした)


心の世界を感じられるのが、成長だととらえているんですね。


そんなものを「今すぐ相手の心がわかる本」みたいなものに飛びつくのではなく、日々の仕事を通じて得ていくプロセスが「成長」なんですって。


そう考えると、仕事のスキルを身につけたりするのは、序の序の段階なんですね。人間の成長にとっては。僕にとっては、成長の階段は長ーく続いているというこの考え方が、一番しっくりときてるかしら?「心の世界」なんてのはなかなか分かるようになるものじゃないだろうしね。


ま、時間をかけてゆっくりと探してまいります。


追記
金曜日は1時半に帰ってきました。土曜日、起きたらお昼の2時半でした。とにかく良く寝ました。僕は寝タメができるので、しばらくの間は充電がばっちりです。といいながら、日曜日からちょっと飲んで午前様、ですがね。

October 24, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.21

いい人材、とは何か?

「うちはなかなかいい人材が採用できないんです」


とある席でそんな話になった。業種の特異性、企業への魅力、待遇その他などから「いい人材」をなかなか採用できないでいる、という。


確かに、企業にとって人材は大きな問題だ。優秀な人材が一人入っただけで、中小企業などドラスティックに変革をする。僕はそんなケースを数多くのお取引先を通して目の当たりにしている。実際、「いい人材を採用したい」というのは僕にとっても創業以来の大きな課題であった。


けど、最近は思うのだ。


「いい人材」を採用しようとする経営者の心にはちょっと問題があるのではないか、と。一足飛びに成功を得たい、という気持ちの現れであるのではないか、と。

一体、一般的にいわれる「いい人材」とはどういう人材だろうか?


「業界経験がある」「売り上げだとかに直結する仕事ができる」「職務スキルが高い」「リーダーシップを発揮できる」「ビジョンをかかげられる」「素直」「特殊技術を持っている」「コミュニケーション能力が高い」「部下への教育ができる」など、だろうか??


ちょっと待てよ・・・??僕にこの基準を照らしあわせたら、とてもじゃないけど「いい人材」ではないよなあ〜。


僕より業界経験がある人などいっぱいいるし、会社に勤めていたころは別段トップ営業マンではなかったし、素直というよりはめちゃめちゃ我が強いし、特殊技能・・といわれると困ってしまうし(運転免許と教員免許以外に履歴書にかけるものがない)


人に何かを教えるのは好きだし、ビジョンを掲げるのは嫌いではない(というより好きだな)といった位だろうか?ちょっとましなのは。あとは、俗にいわれる「いい人材」とはほど遠い・・これが現実だ。(数年前、アルバイトの面接ですら落とされたのだからね。)


そんな人間が自分のことは棚にあげておいて、「いい人材」を採用しようと思うのが間違い、と僕はある時に考えたのだ。


「採用担当者の力量を超える人材など絶対に採用できないんだよ」という人材関係のビジネスを手掛ける友人の言葉もこの考え方を後押しした。「いい人材」を求めるなら、まず自分の成長を考えないと、と。


以降、僕の中での人材観は変わった。職務スキルや経験やキャリアやなどは一切不問にすることにした。これだけで、僕らのような中小企業の場合、かなり門戸が広がってくる。「広告代理店に入りたかったけど、どこも経験者しか採らないので」という人が集まってきた。


その中で、僕は3つだけ採用の基準にしようと考えた。(これが僕バージョンの「いい人材」といえるかもしれない)


一つは僕と性格が合うこと。


「面接で話をしていても話が続かない」そういう人はどんなスキルがあろうが、実力が高かろうがお断りする。確かに、そういう人を採用して自分のキャパシティを広げるという考え方はあるけど、そんな悠長なことはまだいってられない。


性格が合わない人と仕事をし続けると、必ずぎくしゃくを起こす。そんな労力をかけるなら、はじめから性格の合う人がいい。


二つめは、「成長する」ということにどん欲な人、恐れを抱かない人。


成長するとは変化をする、ということだ。人によっては無意識レベルですごく恐れを抱くことなのだ。だから、なるべく成長とか変化するということにどん欲そうな人を選ぶ。(でもこれはなかなか分からないから直感の部分が多いんだけどね。みな、成長したい、と口ではいうしさ)


リーダー層が成長へ貪欲な姿勢を見せれば、そこには成長の磁力がうまれる、と僕は考えている。成長への意識、意欲がある人がそんな環境に身を置けば、勝手に成長を続けていく。


その中で経営者は、成長の磁場を生み出すために自らが成長を続けていくことと、社員の成長をストップさせるような仕事上のイライラ、ムカムカ、不安や恐れを解消していく事が仕事になっていく。そう、経営者の仕事の本質は社員へのサービス業なのだ。そんな組織を共有できる素質がある人を選ぶ。

最後は、僕の掲げるビジョンやミッションに良くも悪くも反応ができる人。


うちの会社では、クライアントや仕事への向き合い方について指針を定めている。これを100%皆が従ってくれれば理想だ。けど、それはそれで怖い、どこかの独裁国家みたいで。


まずは、自分の中で会社が打ち出したビジョンを受け入れようとすること。それが受け入れられない時は「それは違うんではないか」「私だったらこう思う」と建設的な意見をいえる人がいい。


「何、大層なことをいってるんだよ」と斜に構えたり、「自分には関係ない」と無視を決め込むのであれば僕はすぐさま辞めてもらう。そんな人間を雇っているほど、中小企業は余裕があるわけではないからね。


そんなことを僕の中で「いい人材」として定義するようにしたのだ。それからだいぶ人材の門戸が広がってきた、かな。中小企業といえど、選択できる人材は増えてきた。


リーダー層の方で「うちのチームは人材難だ」と悩むのであればもいちど「いい人材とは何か?」を見直してみてはどうでしょ?もしかしたら、スキルや経験はなくともキラ星のごときメンバーだらけかもしれませんしね。


「いい人材が採用できない」と悩むのであれば、自分を成長させることに焦点をあわせてみたらどうでしょ?僕自身はそれが一番の採用活動、だと考えてます。まだ、ここで書いている偉そうな言葉のちこっとしか実行はできてないけどね。あくまでも理想として。


そんなことを考えてたら、そもそも人が人を「いい人材かどうか」と判断するのもおかしなものだと気がつきましたわ。


追記
今月はバタバタしていて本をあまり読んでないので、しばらく読書を強化しようと思います。

October 21, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (1)

2005.10.20

成功は約束されている、か?

「あれれ??これって俺がよく話してることじゃん??」


講演などに参加をするとそう感じることがある。「なんだよ、俺のぱくりじゃん?」と思うことがある。


けど、記憶の糸をたどっていくと、実は自分がぱくっていたことに気がついたりする。(恥)かつて、本や講演などから影響を受けたことが、長い年月の中で自分の考え方として定着していたことに気がつく。僕にはそういう経験が数多くある。


昨日もそんな一日だった。


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昨日は田坂先生のサインをいただきました

昨日は、田坂広志先生(多摩大学大学院教授)の講演を聞きに新宿まで。


「田坂さんってめちゃはまるから」と半年ほど前に僕にすすめられ、「本を読んでたら泣けてきたよ」と軽い洗脳(?)状態に入ったうちの奥さんを伴っていってきた。


僕は田坂さんの著作のほとんどを読んでいる。だから、講演にでても特別目新しい話はない。だけど、講演会があれば必ず参加をする


それは、その人のオーラのようなものを感じたいから。場の空気、みたいなものに触れたいから。そして、言葉でかたり尽くせないものを感じたいから、だ。


なぜ、我々は働くのか〜仕事の思想〜と銘打たれたこの1時間半の講演。内容が凝縮されていて、本ページではその一部しかお伝えできないのだが、特に印象に残った点を1点だけ。


「成功は約束されていないが、成長は約束されている」という話があった。


「夢は必ず実現するんですか?」「成功ってできるんですか?」と問われた時に僕らは何と答えるだろう。


今現在の僕は、「良く分からない」という返答しかできないだろう。それは、自らが「夢の実現」だとか「成功」だとかにはまだほど遠い、からだ。まだまだ道が半ばだから、だ。逆に僕自信が尋ねてみたい「頑張れば成功って約束されてるんですか?」と。


巷には成功本が溢れている。「誰でも目標を明確にすれば実現する」みたいな情報がたくさんある。僕も根はこうした考え方に与したい、と考える。目標を明確にすれば誰でも実現できる、と心底からいってみたい気がする。


けど、田坂さんはご自身がビジネスマンをした経験からこうおっしゃる。「冷静に深く現実を見つめると、人生において『成功』は約束されていない」と。「『成功』の保証なんてどこにもない」と。


そこで必要となってくるのが、「成功」ではなく、「成長」の思想だというのだ。


田坂先生は著作でこう書いている。


では、もし、何かの困難がゆえに、その「夢」が実現できなかったとき
技術者や起業家の努力は「報われない努力」だったのか。

そうではない。
この技術者と起業家の努力は、見事に報われている。

その「夢」を実現するために、様々な「困難」に挑戦し、
その困難の中で、多くの苦労を味わい、
一人の人間として「成長」することができたならば、
それは「最高の報酬」
この方々の努力は、見事に報われている。

「成長の思想」とは
その「最高の報酬」を見つめる思想に他なりません。


『人生の成功とは何か』(PHP研究所)


神戸プリンを食べながら寝てしまった。起きたら3時、今日もバリバリ早起きです。

October 17, 2005 | | Comments (5) | TrackBack (1)

2005.10.14

こんなの当たり前、から考える

「俺らの頃は、○○だったよなあ~」


運動部などの組織ではよくそんな話がでる。


そんな話をして昔を懐かしむのならいい。


実際、僕もいまだに大学時代の部活の先輩や同輩と会うと、昔の馬鹿話で盛り上がる。そんな時は、キラキラした学生時代の思い出話(僕には正直あまりないんだけど)よりも、「先輩にえげつないことをされたときの話」だとか「金がなくて貧乏だった話」などの方が盛り上がる。

「渋谷でぼこぼこに殴られた」だとか「伊豆の海で学生服を着ながら先輩の到着を一晩中待った」だとか「金がなくてタコ部屋に住み込んで金を稼ぎにいった」だとか「練習中にもらした」の話が盛り上がる。


そんな話の流れから、「近頃の学生は~」という話になることがままある。

僕は数年来、ある学生団体の仕事を受けている。これは僕が学生の時に席を置いた運動部系の団体だ。

ここ数年とても顕著なのだが人間と人間とが真正面から接しないといけない大事な時期に、個人を尊重する、という美名のもと、ゆるくて弱い人間関係をベースとした組織になってしまっている。


「アルバイトがありますので」という後輩に、「部の用事を優先させろ」といえない先輩が大量発生している。自由で風通しがよくて、という名のもと、害もなければ存在感もない優しいだけの先輩が増えている。


大学の運動部、ですらこの流れが顕著なのだから一般的には推して知るべきだろう。

でも、僕らはそれを否定することはできないのだ。時代は流れているし、その中で先輩と後輩の関係が徐々に変化していっているのだから。僕らが、「こんなの運動部の学生だったら当たり前だろ」と当然のように思えたことが、今では当たり前ではなくなっているのだから。

自らが持っている「こんなの当たり前だろ」、に自分自身がとらわれると僕らは生きづらくなっていく。


会社づとめをしている時、僕には後輩がいた。営業が未経験で、社長から「育ててくれ」といわれて僕のもとにやってきた。いまから6年くらい前の話だ。


まず僕がいったことは、「仕事が未経験で覚えることも多いんだったら、一番に会社に来て勉強するのが当たり前だろう」だった。


僕は28歳で広告の仕事をはじめた。未経験だったから覚えることが多かった。だから、朝の時間をのんきに寝ていることなどできなかった。


クライアントが9時には始業する。経験もキャリアもない自分が、その時間に通勤をしている、というのは僕には考えられないことだった。だから、定時は10時出社のところ、7時半だとか8時には会社にきていた。これは「努力」だとか「がんばる」とかいう以前の、僕のなかでは「ごくごく当たり前のこと」だった。


だからそんな僕の考え方が彼に対して押し付けになっている意識などぜんぜんなかった。結局、彼は数ヶ月で辞めていってしまった。彼にも落ち度はあっただろうが、僕がもうちょっとまともだったら彼も続いていたかな、と思うとちとやりきれない。


その時の反省から、僕は「こんなの広告の仕事してるんならの当たり前だろ」だとか「職業人としてあたりまえだろ」をいうのをなるべく(!)やめにした。それは、僕という人間のごくごく限定された「当たり前」でしかないことに気がついたのだ。(でも、いまでも口にすることががたまにあるかもな)


僕がよくいう「仕事をする姿勢」だとか「仕事をする美意識」というのは、この極めて個性的でアクの強い「こんなの当たり前」を集めたものだといっていいかもしれない。


僕の中では経営者が朝早くから仕事をしたり、本をたくさん読んだり、週末にルーティンな休みを取らないというのは、ごくごくあたりまえのことだ。それら「こんなのあたりまえ」が集まって、僕の美意識として存在しているのだ。


あるクライアントは、夜中の1時や2時までダイレクトメールの原稿を考えている。それが、「商売人として当たり前」だからだ。商売人は、どうしたら価値を提供できるか?利益がでるか?を一生懸命に考えるのが当たり前、と考えているからだ。だから、飲みにいった後でも原稿を書いている。手軽に、間単に、ということを否定する。


あるご縁のあるクラブのママさんは「1日24時間いつでも仕事をしている意識」でいるという。それが「クラブのママとして当たり前」だからだ。それは、努力とか根性とは無縁の世界ではないか、と僕は思っている。空気を吸うがごとく、ご飯をたべるがごとく、ごくごく普通のことなのだ。たぶんね。


友人のボクサーは、当然だがまったく酒を飲まない。本当は大好きなのだが、「ボクサーとして当たり前」だからだ。夜は10時までに寝るというし、試合の前には厳しい減量が控えている。食べたいものもたべられない。僕には耐えられない。けど、彼にしたら「そんなの当たり前」なのだ。彼はボクサーなのだから。


そんな、個々人が持っている「当たり前」。それは、個々人が持っているべきものであって、他人に押し付ける性質のものではないだろう。けど、悲しいかなリーダーという存在になっていったら、そんな綺麗ごとばかりもいってはいられない。自分の美意識として、「こんなの当たり前だろう」とメンバーに訴えないといけなかったりもする。


そんな中で、僕らは悩んだりする。「なんでこんなことがわからないんだよ」と。でも、それはリーダーになった人が負うべき税金みたいなものだ。「人は人だよね」とやるよりも、打ち出すべき時はきちんと自らの美意識を打ち出して、時には「あいたたた」としんどい思いをするのがリーダーの役目だ、と僕は思っている。


僕はそんなことを「当たり前」にやっている人に共感している、ということに最近気がついた。

追記
昨日は関西に出張でした。


大阪を経由して姫路まで。もろもろと打ち合わせをして、カツメシをたべて、日帰りで遅い時間に帰ってきました。帰りの新幹線の中は、疲れているのに体が興奮して寝れず、でした。なぜかチョコレートが食べたくなり、大量にきのこの山を車内販売で買いました。たまに食べるとうまいですね。

October 14, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.12

〜してやっている、のあさましさ

ある朝、会社の一本の電話が鳴った。


電話「あの〜『○○○○』(雑誌の名前)に広告出そうと思ってるんだけど、いくらくらいするの?」


僕 「(名乗りもせずにいきなり料金からか・・態度も横柄だなあ)失礼ですが、どちら様からかのご紹介ですか?」


電話「そういうわけじゃないんだけど、とりあえず料金を教えてよ」

僕「(・・ってやりとりになってないじゃん、どんな方かも分からないのに「とりあえず」で料金なんか出せないよ)


とりあえず、といわれましても・・お宅さまが何を事業とされているかも分からない状態で電話で簡単にやりとりはできませんよ。HPをお教えいただくか、事業概要をお教えいただけませんか?」

電話「だからあ、いってるようにこっちは料金だけ聞きたいんだよ」


僕「(ってことは相見積もり?こういうケースはほとんど仕事にならないんだよね。それはともかく、誰だか分からない方に時間をかけるのであれば、既存のクライアントへ時間をかけないといけないよなあ)


であれば、当社では対応ができかねますね。広告はある程度の信頼関係がないといけませんからね。企業戦略の肝となる部分ですから。きちっと情報をいただければ、こちらも相応に対応できますけど、現状では・・」


電話「あのさあ〜こっちはおたくに仕事を振ってやろうと思ってるのにずいぶんと横柄な会社だな(以下、略)」


僕「(でたな、僕の嫌いな振ってやる!やっぱりそういうタイプの方か)すみません、それが当社の仕事のスタンスですので。信頼関係がない状態で仕事していても、最後はトラブルで終わるのが常ですからね。


最初からご縁をいただかない方が無難だと思いますよ。広告代理店はいっぱいありますから他社さんに問い合わせされる方がいいと思いますけど」


と、いった段階で電話が切れてしまった。


さて、この話から考えてみよう。


客観的に読むとすごく横柄な担当者だと思うが、「変な元請け意識だとか下請け意識だとかを持たない」僕の基本はこんなスタンスだ。だから、こういうケースはよくある。


どこの誰か分からない方に時間を割くよりも(それも名乗らないときてますしね)、自分や会社を信頼して仕事をいただいている方に労力を割くのは当然、だ。それをして、態度が横柄といわれてもたまらない。


「仕事を発注する側=偉い」、「仕事を受ける側=下手に出る」という考え方は僕にはあまりない。だって僕らはお金と引き換えに自分らが持っている技術だとか労力、時間や情報を(更にいうと、バイタリティや活力なども含めて)提供しているから。


これは僕が仕事を社外のフリーランスなどに発注する際も同様だ。うちの会社は毎月、かなりの額をデザイナーさんやライターさんに払う。だからといって、うちの会社が偉いなんてことを考える事は微塵もない。


だって、僕らはそうした方の技術や情報、時間や労力をいただいているから。(だから変な元請け意識を社員が持ったら僕は怒る。そんなことはあまりないけどね)


そして、簡単にいえば払っているお金と情報や労力、技術に乖離ができる時、僕らは仕事の発注を辞めたり、止められたりとする。だから成長を続けていかないといけない。単純な話、だ。


だいたい、人とやりとりをしている中で「〜してやっている」という意識がでてくると最悪、だ。


ある起業家であり、コンサルタントでもある方の話を聞いた時、僕な妙なひっかかりを覚えた。マーケティングについて面白い話をするのだが、会話のふしぶしから「社員に給料を払ってやっている」という彼の貧困な精神が垣間見えたからだ。


僕は、1時間で退席をした。そんな意識の奴の話など参考になる訳がない。だいたい、そんな社員を雇ったお前に責任があるんだろう。教育できないお前に責任があるんだろう。


また別のケース。ある時、夜の飲食店にでむいた。「接待をされる側」として仕事の話をした。が、僕はここでもひっかかりを覚えた。同席した方が僕に対しての丁寧な対応とは裏腹に、お店の人に対しての対応が最悪だったからだ。


「この店にきてやっている」という意識が丸見えだったから。そんな所で恰好つけて何の利益があるんだろう??僕は全くわからない。おもしろおかしくやればいいのに。それが嫌なら、会社の会議室で打ち合わせした方がいいのにね。その後の仕事は丁重にお断りした。


経営の神様、松下幸之助さんが「経営者は社員に対して手を合わせて働いてもらっていることに感謝しないとあきません」みたいなことをいわれたとか。


まだまだ、そんな境地とは程遠いけど、少なくとも周囲に対して(特に、一般的には僕が優位にたっていると思われる人に対して)「〜してやっている」の意識だけはなくしたいものだ。


追記
これって家族の間でもそうですよね。どちらかが「洗濯をしてやっている」だとか「家事をしてやってる」「子育てをしてやっている」という意識になる、そんな些細なことから破綻の萌芽は生まれるのかもしれませんね。

October 12, 2005 | | Comments (6) | TrackBack (0)

2005.10.11

スーパーインストラクター

「うおお〜なんだ!!! このスーパーハイテンションなインストラクターは!」


彼との出会いは2年ほど前、通っていたジムのスタジオだった。


決してハンサムとはいえないが、マイケル富岡似の憎めない顔。モンチッチみたいな坊主頭に、それとはアンバランスな鍛えられた肉体美。黄色や水色のとてもじゃないけど一般人が着れないようなウェアーを着こなして、「みなさ〜ん 元気ですかあ〜!」と絶叫する彼に僕はしびれた。


当時の僕は風呂会員(ジムの会員だが、風呂しか入らない)だったが、彼のクラスにあわせて週のスケジュールをたてるようになっていった。結果的に、自堕落な僕にジムにいく習慣をつけてくれたのが彼だ。

が、別れは突然にやってきた。


春の人事移動で彼は西葛西支店に転勤となってしまった。好きだった同級生が転校してしまうような寂しさ、を僕は味わった。その傷(?)もやっと癒えたかな、というそんなタイミングで彼が再びやってきた。


昨日はジムのイベントだった。僕の所属する飯田橋支店のインストラクターが勢揃いし、他の支店から特別ゲストが登場するという。箝口令が布かれていて誰がくるか事前には分からないが、大方の予想はその彼だった。


そして、彼は登場した。相変わらずのハイテンションキャラで。


オーラがある、といってしまえばそれまでなのだが、とにかく存在感があるのだ。インストラクターになるために生まれてきたような男、だ。(でも、僕の会社で働いていたら、ちょっと物覚えが悪くてイライラするタイプかもしれない)


昨日は75分のクラスがふたつと長丁場だったが、一気に時間が過ぎていった。「なんか夢みたいな時間だったなあ〜」と僕は悦にいった。「たかだかジムごときで!」といわれるかもしれないけど、事実だからしょうがない。


でも、いっぱいインストラクターがいる中で「なぜ彼に共感するのか?」をちょっと考えてみた。


すると、本ブログではまいどお馴染みの言葉だが「僕の美意識に共鳴する」という言葉がでてきてしまった。


インストラクターにはさまざまなタイプがいる。ドラエモンのキャラで考えるとこんな感じ、だろうか。


●力に任せてグイグイひっぱっていく「ジャイアン系」
●男性の視線を意識しながら、無意識に女性を売りにする「しずかちゃん系」
●頭がよくて振り付けもすぐに覚えてしまそつがない優等生の「できすぎくん系」
●みなにいじめられるキャラクターの「のびたくん系」


で、ここに入らないキャラクターとして存在するのが「自らバカになり系」のタイプだ。


その場の雰囲気で、自分をおとしめるのを厭わないタイプ、だ。(これはドラエモンには登場してないが、ゴレンジャーには「黄レンジャー」という形で存在している。魁男塾なら虎丸といったところか。←分からない方はほっといてください)


僕はそんなタイプのキャラクターとしての彼に共感をしているのだ、たぶん。


そう考えると、現在、飯田橋で売りだし中の女性インストラクターAさんも「自らバカになり系」かもしれない。周りの先輩インストラクターに女性であることを否定され(?)それをネタにしてしまう彼女も僕はファンだ。(昨日はズボンまで脱がされそうになっていたしね。)


木曜日の朝にジムにいくと「自らバカになり系」(?)の彼女が、誰もいない真っ暗なスタジオで一人ストレッチをやっている。これを見ると、僕は映画「フラッシュダンス」のワンシーンを思い出す。主人公がもくもくとトレーニングをする有名なシーンだ。


「自らバカになり系」の人の真面目な一面がみえる一瞬、これはたまらない。自らをバカにする、というのは、反面、ものすごく真面目な一面をもっていないとダメなのだ。「バカになる」というのと、「バカである」というのは違うしね。

能書きはともかく、昨日は楽しかったです。仕事をする活力をもらいました!


追記1
僕は男性趣味はないですよ。念のため。

追記2
昨日は、イベント終了後、ジム仲間と渋谷のもんじゃ焼き屋すずめの御宿にいってきました。

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カマンベールチーズが1つまるまる入っているもんじゃはうまかった。渋谷のラブホ街にあって、昔は置き屋だったんだって。着物や古皿がディスプレイされていて、すごくいい雰囲気の店だったわ。イベントで消化したカロリー以上を摂取しちゃいましたが、別に痩せるためにジムいってるわけじゃない、と自己弁護。

October 11, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (1)

2005.10.10

週末のできごと(日記です)

10/8(土)
10:46の新幹線でお取引先のゴルフコンペのため新神戸へと向かう。巷では3連休のため、人混みが凄い。新幹線の道中で本をたまった本を読もうと思ったが爆睡。新神戸までクライアントに迎えにきていただき、一路中華街を散策。


泊ったのはテレビCMでも有名な、有馬兵衛の向陽閣。六甲山のふもと、古の名湯と名高いらしい。確かに、お湯はよかったな。まっちゃいろの温泉は久しぶりだわ。

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19時からの宴会では久方ぶりに(?)持ち歌(踊り?)を披露。2次会では更に拍車がかかり、西条秀樹のヤングマンまで歌うありさま。(この歌はカラオケボックス黎明期より僕の秘策、として常にブラッシュアップされている?と名高い、かな?)


そういや、7年くらい前に大阪で働いてた時は毎日のように酒を飲んでカラオケいってたんで、しょっちゅうモンタ&ブラザースみたいな声してたな。その頃からのおつき合いの方もおり、しばし時の流れをなつかしむ。


途中でマッサージさんが来たので、部屋に帰りマッサージ。ウトウトとしている間に寝てしまった。目が覚めたら4時ちょっとすぎ。風呂も入らず寝てしまった。


10/9(日)
8時すぎからゴルフのラウンド開始。コースが狭くて妙な圧迫感がある。ドライバーがまっすぐに飛ばない、林からボールがでない、アプローチでOBがでる、と最悪で、午前中は初めてゴルフをやった時並みで終了。

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午後は一変してハーフでの自己最高をマーク。やはりビールを飲みながら打つといいらしい。それもちょっと酔っぱらったくらいの方がいいらしい。結果、11人中で7位、とはまずまずか。


その後、関西では有名なステーキのお店三田屋で反省会かたがた、ちょっと遅めのランチ。生ハムとヘレステーキをたんまりといただきました。

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食事の後、新大阪まで送っていただき、18時の新幹線で東京へ。帰ってきたら狂いそうに眠い。そしてなぜかインスタントラーメンが食べたい。北海道土産のラーメンをたべて、気づくと寝てました。目が覚めたら3時40分。雨の中、ネコと散歩にでました。


今日はジムのイベント。名前が明らかになっていないゲストインストラクターがいるんだと。数カ月前に、飯田橋(僕の本拠地)から西葛西に転勤になったちょっとおちゃめな野人キャラ?のNさん(♂)がくるといいんだけどね。

October 10, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.07

多忙な毎日を客観視する

机の上が書類や未読の本でいっぱいです。


新しい企画の案件に、クライアントとの接待に、ご紹介いただいた方との面談に、いやーな健康診断に、来期の計画立案に、月末の処理だとかに、とそこそこ忙しい日を過ごしました。


昨日は久しぶりに社外活動(?)に出て、クライアントと3時半までやっちゃいました。最後は寿司で締めて胃もたれ絶好調、です。(飲んでいる途中で、念願の(?)キムカツをごちそうになりました。めちゃうまかった!)

明日からこれまた泊まりで関西に出張のため、今日はそこそこ仕事をしないといけません。来週の月曜日はジムのイベントがあるので、仕事があまりできないのでね。


そういや、今日の夜もクライアントの会合だ。今日のお昼も予定が続くし・・。と、なると限られた時間で気合いをいれないといけない。

そんな日々に、
「何か仕事している感があるなあ〜」


と、考えたら危険信号。


僕ら経営者は多忙な自分を客観視しないといけません。


バタバタ忙しくしていると、一生懸命に仕事をしているみたいな感覚にとらわれてしまう。でも、それって僕らが陥りやすい罠、なんだ。


あくまでも、僕らの仕事は考えること。自分の美意識に照らし合わせながら、将来を自分なりに予想してこれから先のデッサンを描くこと。日常業務の中での危険なサインを見落とさないよう、しっかりと現実をみつめること。これが僕ら経営者の仕事です。


雑務を経営者がいそいそとやっているようではダメですね。目の前の日常業務をやっつけて、ペンとノートを持って喫茶店やホテルに隠るのが僕らの仕事、です。


人間は頭を使うより体を使う方がラク、といわれますからね。


尊敬するワタミの渡邊社長は「洗い場に逃げるな」という表現を使われています。居酒屋の洗い場で働いていると何となく仕事をしているふうに見えるんですって。でも、飲食店の店長の仕事はそんなことじゃないでしょう、と。


僕もそれを肝に命じたい、と思います。経営という仕事は考える事を放棄したらおしまい、ですからね。


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追記
数年前、エジプトで販売されていたというパンチング人形(それも3つも!)をいただきました。

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海外にでるといろんなものが売っていますね。モロッコ行った時に、サダムフセインのグッズをよく見ました。イスラム圏ですので、英雄として扱われていたんですね。所変われば、ですね。


October 7, 2005 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2005.10.06

僕が一番苦手なもの

かつて、キックボクシングをしていた頃の話。


僕はパンチで目尻を切られた。血が吹き出し、目尻が腫れてきた。時間がたっても血が全くとまらない。


普通だったら病院にいくんだろうが、当時はお金がない。


考えた僕は、ドラックストアーで針と糸を買ってきて、アルコールで消毒をして目尻を自分で縫うことにした。それから、キオスクでゆで卵を買ってきて、白身の皮をキズに貼りつけた。プロレスラーはこれで止血している、って話を聞いていたんでね。


こんな話をすると、「へえ〜なんて強いんだ」と思われるかもしれないだろう。サバイバル能力バリバリじゃん、といわれるかもしれない。


けど、そんな僕が一番苦手なもの、それが注射なのです。


えっ何で??といわれるかもしれないが、とにかく注射が嫌いで怖いのだ。


幼少の頃より、いろんな病気を経験した。心室の病気に小児喘息、水疱瘡はなぜか3回やった記憶が・・。季節の変わり目は確実にぶっ倒れる。そのたびに近くの小児科に連れていかれる。それで注射をいっぱい打たれる・・・


聴診器をしているとお医者さんが頭をかしげる。そして看護婦さんに「注射準備」の指示を出す。その瞬間の緊張感はいまでもリアルに残ってる。


それがトラウマになっちゃったんだろうか?とにかく注射と聞くだけで頭がくらくらする。食欲がなくなっていく。足がふわふわする、のだ。


子供の頃からその傾向はあった。でも、「大人になればなおるだろう」って軽く思っていたのだ。けど、実際に大人になるにつれて症状(?)が深刻になっていく。


だから健康診断なんかは大変、だ。去年の健康診断は、なんだかんだ理由をつけて僕だけばっくれた。「俺はスポーツクラブにいってるから健康だ」だとか「最近は焼酎ばかりだから健康だ」だとか理由をつけてね。


でも、今年はご縁のある方が無くなったり、近くで入院をする人がでたり、と僕なりにちょっと考えて健康診断にいやいやいってきたわけだ。健康診断の前後には楽しみな予定をいっぱい入れて、「検診が終わればこの予定がある!」だとか「健康診断にいく自分に御褒美を買おう」という具合にして。


そこまで大変(?)な作業なのです。


その健康診断がさきほど終わりました。顔色が真っ白で病院をでたけど、ようやくと復活の兆しがみえてきました。


医療技術が進歩して、注射がなくなっても採血だとかができるようになればいいのにね。

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追記
この間、会社にこられた営業の方がブログで僕を紹介してくれました。

営業マンが夢を実現させるまで

ありがとうございます!お互い成長していきましょう。

October 6, 2005 | | Comments (4) | TrackBack (0)

2005.10.05

ブログを書く意味

と。ある社長さんとの会話


社長「ブログ、たまに見てるよ。毎日ごくろうだな。でも、俺は分からないけどあれって何か書く意味あるの?」


僕 「書く意味、ですか?最初は、ブログが流行ってるから広告屋として一応押さえておかなければ、と思ったんですよ。そのうちに仕事の姿勢を僕なりに打ち出しせればいいかな、なんて思ってきたんですね。


僕らみたいな中小企業の場合、社長や担当者の仕事に対する姿勢や美意識に共感したお客さまや人間関係しか最終的には長続きしないと思いますので」

社長「でもさあ〜、姿勢や美意識を打ち出すからといって自分のプライベートまで踏み込むのはどうなんだろ?俺は仕事とプライベートは分けたいね」


僕 「そうですねえ〜。でも、僕らの仕事って9時から5時までの仕事をやってる訳じゃないじゃないですか。僕は経営者の仕事はプライベートも仕事も別々ではないって思ってますからね」


社長「実際、その姿勢とか美意識に共感って具体的な効果として現れてるの?」


僕 「売上があがっただとか、クライアントが増えたという実感は正直ないですね。けど、『えっ!?僕のブログ知ってるの?』と意外な方が熱心な愛読者だったり、『この人を紹介したい』という話はいただきますね。だから、といってそれがすぐ仕事に結びつくわけじゃないですけど」


社長「限られた時間の中でどの仕事をやるか、って優先順位つけるのは大切だよね。ブログ書くのにだいぶ時間がかかるだろう?その分、営業活動だとかに回した方が効果的じゃないの?」


僕 「短期的にみたらそうですね。けど、長期的にみたらブログの方が絶対にいいですよ。これからは個人がブランドを持たないと商売はやりづらくなりますからね。僕なりの仕事に対する姿勢や美意識を打ち出すということは、僕のブランド形成でもあるんです。一部のマニアにしかうけないブランドかもしれませんけど‥‥


ブランディングを意識的にする、しないはこれから重要になってくると思いますよ。ブランドがない会社はクライアントの獲得はむろん、人の採用や有力な外注業者とのネットワーク形成もままならなくなってくるでしょうしね」


社長「申し分けないけど俺は正直、お前のブログの内容まではじっくりと読んでないんだよ。10日分くらいをサーっと一気に読んでるからな。文章が長いし、重い内容も多いので毎日読むのはちょっとつらい」


僕 「それが普通じゃないですかね。別段、面白いことを書いてる訳じゃないですからね。僕もブログを書き始めた最初の頃は『読んで、読んで』とやってたんですけど、最近はそれがいかにゴーマンか、と思うようになりましたよ。だからブログのランキングもあまり関心がなくなってきたんです。読みたい人が勝手に読んでくれるようなコアなブログが僕らしいかな、と」


社長「でも『毎日、長い文章をよく書くな』とは思うよな。そのモチベーションは、仕事の姿勢や美意識を訴えることだけなの?」


僕「いや、最近は別にあるんです。これは僕の修行(?)なんだ、と。僕らの仕事って人にあれこれ指図される仕事じゃないですよね。そんな中でどんどんと仕事をする力って落ちていくような気がするんですよ。だから仕事の基本的なスキルである『読むこと』と『書くこと』は意識的にやらないといけないと思うんです」


社長「よく本は読んでるよな」


僕 「本は好きですし、習慣づいているので問題ないと思うんですよ。でも、自分の仕事を振り返ると書くこと、の時間を増やさないとと思ったんですね。広告の仕事をしてるんで、普通の人より書くことに時間を割くことは多いですけど‥‥だから、最近の僕のブログは仕事をする筋肉トレーニングみたいなものですよ。毎日、継続的に続ける基礎運動、ですね。それが美意識やら姿勢やらを打ち出すことになるなら尚いいという感じです。」


社長「確かにそうだよな、俺も昔は提案書だとか企画書だとかをきちんとつくってたけど、今はそれがなくてもなんとかなっちゃうしな」


僕「そうですね。昔は意思決定者に会うためにいろいろと資料作りなどを工夫していたわけですよ。それをだんだんとしなくなっていく・・そこに一抹の不安を感じるんですね、僕は。


実際、文章を書かせてみると職業人としてのスキルは隠しようがありませんからね。論理性だとか、頭を使う力だとか、提案力だとかと文章を書く力とは比例すると思いますよ。僕もうるさい上司がいるうちに、この辺をもっと勉強しておけばよかった、と思いますよ。」


‥‥と、まだまだ続きますがここいら辺で。


僕のブログは偉そうなことをいっていますが、結局のところ、「書く力をつけるための修行」なのです。それが僕のブランド形成だとかに役立つのならこれはお得な修行(?)といえるかもしれません。


誤解を招くかもしれませんが、広告会社の担当者は芸能人やホステスさんと一緒。最終的には人気商売、です。「職業人としての実力を毎日たんたんと磨いて、自分のブランドを形成してファンをつくる」どんな人気商売でもトップになる人はそんなことをやっている、と思います。


やっている職業は違えど、僕もそんな姿勢や美意識に学びたい、と思います。


追記
昨日は12:00、14:00、17:00とお客様がみえました。全て、インターネット(又はその周辺)の案件の話でした。雑誌広告だけでも、ネット広告だけでも不十分な時代、これからさまざまな形でアライアンスが生まれていくんでしょうね。


夜はコンバットの1時間のクラス。終了後、1954年にマリリン・モンローが来日した際に3日間続けて食べた、といわれるオニオンスープを飲みに。

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どこぞの名店??


いえいえ、神楽坂のロイヤルホストなんですけどね。絶品ですよ!10時には就寝、起床は3時ちょっとすぎ。外で飲まない時は、早起きに歯止めがかかりません。


October 5, 2005 | | Comments (5) | TrackBack (0)

2005.10.04

ポジティブシンキングの落とし穴

友人の後輩が創業をしたい、のだという。「一度、話を聞いてくれ」というので喫茶店で会ってきた。


なかなか立派な青年だ。まだ、30歳にもいってないのにこの落ち着きは将来性を感じるな、と思った。事業計画書を見せてもらったが素晴らしい。少なくとも僕よりは仕事人としてのポテンシャルは高い。


けど、僕は感じた。「彼はポジティブシンキングの罠に陥っているんではないか」と。

僕はダメ営業マンだった時代、研修(という名のお仕置き会?)でよくこういわれた。「お前らはネガティブになってるから売れないんだ、もっとポジティブになれ」と。


僕はかなり単純だ。「そうか、ポジティブか!」とその場では一人盛り上がる。けど、長続きしない。飛び込み営業で断られるたびにどんどんとネガティブになっていく。すると売れなくなっていく、上司に怒られる、ネガティブになる、まさに悪循環だ。


「ポジティブになれない俺が弱いんだ」と僕は自分を責めた。そんなことで挫折(?)する自分の弱さを責めた。


「ポジティブシンキングになる本」みたいなものを読んだ、当時好きだった広瀬香美の曲やらをガンガンとかけた。けど、どうやったってポジティブになんかなれやしなかった。僕は会社を辞めることばかりを考えた。


後年、僕が後輩だとか部下だとかを持つよう立場になった。「営業マンを3ヶ月で育てろ」と社長の命令で僕はある営業マンの面倒をみた。クライアントに同行して、戦略を考えて、仕事をとりにいった。


けど、その彼は時としてネガティブな一面が頭をもたげる性格だった。僕は自分の過去のことは差し置いて「もっと前向きになれ」みたいなことで彼を責めた。が、彼はそれに対して肯定も、否定もできなかった。それから暫くして、彼は会社から首を切られてしまった。僕の挫折、体験だった。


僕はこの時の経験から考えた。「ポジティブシンキングは時として悪ではないか」と。


どうやったってポジティブになれない時なんて仕事してりゃいくらでもあるだろう。それを無理して、前向きに、ポジティブになんてやっていたら精神が病んでしまう。真面目であればあるほど、ポジティブになれない自分を追い込んでいく。僕はポジティブシンキングを安易に語らないようにした。安易に自分に課さないようにした。


そこで行きついたのが、「超ネガティブシンキングをする」ということ。先日のブログで、やりたいことをみつけるにはやりたくないことを考える、といった趣旨のことを書いた。


それと考え方は同様だ。ネガティブなことを考えると人間の脳は、ポジティブなことを考えたくなってくる。それが真のポジティブシンキングではないか、と考えたのだ。


それから、何かあるごとに「一番最悪の事は何か」と僕は考える。例えば、クライアントからクレームがくる。一般的なポジティブシンキングであれば「これも何かの意味がある」みたいな形でクレームを考えるのだろうが、僕はまず最悪の最悪を考える。


「クライアントから仕事を切られたら」だとか「損害賠償がきたら」だとか「裁判で訴えられたら」だとか、これ以上は起きないだろう、というところまで考える。「そりゃ困ったなあ〜」と一人悩む。でも、仕方ないか、と自分なりに納得をする。


するとあら不思議?頭が落ち着いてきて、冷静に物事に対処できるようになっていき、結果的には超ポジティブに物事を進められるのだ。


冒頭の起業家志望の青年の話に戻ろう。


彼は、物凄くポジティブな思考の持ち主だった。そういう性格の方はえてしてネガティブなことを考えるのを忌避する。そんな考えをする時間すらもったいない、と思ったりする。(僕も根本はそういう性格だから何となくわかる)


けど、経営していくといろんなことが起きる。「こんなこと考えていなかった!!」ということが次々と起きていく。それも会社のステージがあがることに、案件はでかくなっていく。そんな時に前向きに、ポジティブにだけではいつか限界がきてしまう。


「おつき合いの会社がある日、夜逃げする」だとか「裁判で訴える」なんて話は、起業した時は想定外のできごとだったけど、実際に僕の身の回りに起きたし、ね・・。


経営者はポジティブになりすぎるのは考えものではないか?ネガティブにネガティブに、「このお金が入らなかったらどうしよう」だとか「ここでクライアントに仕事をとめられたらどうしよう」だとか、ということまでネガティブにネガティブに考える。


それらの多くは現実的ではないかもしれない。けど、そんなネガティブなことを考えるエネルギーがポジティブな自分の礎なのだ。


そう考えると「あいつはネガティブだ」といわれる人は凄いエネルギーを持っているのだ。ちょっと力の使い方を変えるだけでそれはめちゃめちゃ凄いパワーを生み出す、と僕は思うのだ。


とまれ、冒頭の彼には創業の頃には戻れないのだから徹底的にやってもらいたい、ですね。活躍を期待しています!


↓最近の順位は私もあまりみせませんが・・
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追記
昨日は新しく仕事をお願いするカメラマンの方と打ち合わせかたがた神保町のマンダラでインドカレーを食べました。

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何でも、年内にパキスタンを1ヶ月旅行するとのこと。話を聞いてすっかり旅に行きたいモードになってしまいました。昨晩は10時すぎには就寝、起きたら3時45分!真っ暗な都内をネコをつれて散歩する姿はちょっと不気味、ですね。


October 4, 2005 | | Comments (6) | TrackBack (0)

2005.10.03

週末のできごと(日記です)

10/1(土)
朝8時に起きてブログを書きはじめる。前日の晩はレベル4程度の深酒(レベル1〜10まであり、10が二日酔いの重症)をしていて、頭が働かない。


「昨日で会社が決算、今期も終わりだ」と思い出し、それをネタにする。20分で書き上げたのだが、ブログにアップする体勢のままコンピュータの前で2時間以上も寝てしまっていた。最近よくあるのだが、ちょっと危険な徴候だな。クライアントからの電話で起こされる。


12時半から六本木のグランドハイアットでクライアントとランチかたがた、今後のミーティング。インターネットでの課金の案件やら「○○は商売として魅力的」などなどの話。今年1年(それ以前からも)、大変お世話になったクライアント。ほんとうに今期はいろいろとありました。


その後、僕だけ分かれて飯田橋のジムへ。ボディコンバットボディアタックをそれぞれ1時間、そしてサウナ。1週間のお酒を抜きまくって、ビールを我慢してぺリエで体内を浄化(?)。10時半には就寝。


10/2(日)
朝7時半から近くの打ちっぱなしでゴルフの練習。当たれば飛ぶのだけどねまだまだ。週末はクライアントとゴルフなのでせいぜい迷惑がかからないように。


午後からキックボクシングの興行で有明へ。

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どちらかというと、これからの選手が多く登場するこの大会。僕は進行担当なのだが、あまりこれといったこともなく終了。骨折の疑いで救急車が一台出動と、ヒジ打ちで額を縫った選手がいたくらい、かしら。これくらいならごくごく普通(?)のできごと。


夜は河田町の焼肉でごはん。フジテレビで「焼肉店主が選ぶ豚焼肉」で出てたと聞いていってみた。好物の豚足が今ひとつで残念だったが、キムチはめちゃうま、牛肉系はそこそこうまかったかな。

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帰宅して奥さんがバリにいった時のビデオを見てるうちに就寝。起きたら5時ちょうどでした。


今週も1週間のスタートですね。何か新しいことだとか面白いことがありますよう!


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追記
週末はバリ島のテロが起きたというニュースに接しました。


先週、うちの奥さんがバリにいっていてニアミス、うちの女性社員も先週から行っていたのですが、帰国していたようで一安心でした。


最近、僕ら夫婦のの共通の友人(バリの人ですよ)が4部屋だけのゲストハウスを開いた、とか。先週、バリで彼にあったうちの奥さんに「プールはないけどバスタブはある!」って誇らしげにいってたとか。


3年前に会った時はホテルの客引きで、夜になるとケチャダンスを踊っている一青年だったんだけどね。バリは観光で成り立っている島。今回のテロが彼だとかの生活にも大きく影響するのだと思うと何ともやりきれません。


October 3, 2005 | | Comments (5) | TrackBack (5)

2005.10.01

昨日は5期目の決算日

昨日は会社の決算日。早いもので5期目の決算を迎えました。


賃貸マンションの事務所に250万円の開業資金、広告代理店経験2年の僕と同じく1年の社員さんとではじめたうちの会社も、なんとか5年という歳月の間で係わりある皆さまに育てていただきました。


創業時には考えもしなかった事業の展開に僕が一番驚いています。改めて、「一発勝負を狙わず、たんたんと明るく前向きに、早起きして仕事をする」ことの重要さをかみしめてます。


どこで聞いたか忘れましたが、創業5年から10年の間の企業倒産が多い、とか。


創業の頃のハングリーさが無くなり、付き合いが増えて、たんたんと仕事をすることができなくなり、会社を不在がちになることで、経営の勘が鈍っていくのでしょうか。


僕も最近は飲みにでたり、クライアントさんの旅行にいったり、ゴルフをしたりということが増えてきました。けど、それらをしてるから経営がおろそかになった、という愚は避けたいと思います。


僕の本分は、「ご縁ある人の成長や成功に、会社を経営するということで係わっていく」こと。そのためには仕事の総量を変えず、いままで通りたんたんと仕事をしていきたいと思います。


それが、運良く経営という仕事を課せられた僕の使命だと思うのです。


これからもよろしくご指導のほどお願い申し上げます。


追記
今朝(10/3)、サイバーエージェントの藤田社長のブログを読んでたら、「先週末で、第8期を終えた」と同じようなことが書いてありました。


無限ループ、か・・・。僕の実感はブレーキのない自転車、かな。こぎ続けるのを止めたら会社は倒れますからね。

October 1, 2005 | | Comments (2) | TrackBack (0)