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2006.02.13

緊急ではないが重要なしごと

住宅の仕事をしていた時だから今から8年くらい前の話だ。


夜の9時過ぎに夜訪(お客さんの家に夜にいくこと)を終えて会社に戻る。で、大量の報告書が待っている。


営業日誌はまあいいだろう。これは業務を振り返る上で非常に大切だ。


が、週間行動予定表、重点顧客分析表、バス見学会(工場を見に行くツアーがある)見込み分析表、ゼロ社員活動分析表(売り上げがゼロだった社員が書く自己反省みたいなやつ)などなどなどなど、とにかく大量の報告書が続く。


この報告書が終わると夜中からプラン書きがある。お客さんの要望にそって、僕ら営業マンが自分なりにプランだとか資金計画だとかをまとめるのだ。

正直、大量の報告書があってはプランを書いたりなんかする労力は残っていない。(朝から飛び込み営業してるし)勢い、内容は「なんちゃって」になっていく。ありもしなかったことを報告したり、「これを書けば無難だろうな」ということを報告していく。


最初は、「こんな狡い自分が嫌だな〜」と思っていたがどうやら人間は何にでも慣れる生き物らしい。数カ月もすると僕の作文能力は一気に開花(?)した。


「営業の成績があがっていれば報告書なんか書かなくてもいい」と上司にはいわれた。


でも僕は思った。


「これだけたくさんの報告書があれば営業成績なんてあがるわけないだろう」と。まあ、当時はゼロ社員にもなって、草むしり研修なんかにもいくような低成績営業マンの僕がいうのもなんなんだけど・・・。タマゴが先かニワトリが先か・・・。


仕事には4種類ある、と俗にいわれる。


●緊急で重要    
●緊急で重要でない   
●緊急ではないが重要  
●緊急ではないが重要でもない


僕らが取り組むべきは「●緊急で重要な仕事」「●緊急ではないが重要な仕事」だ。


僕のいた会社にとって日々の日報報告は「緊急で重要な仕事」としてとらえられていた。(で、なければ毎日毎日、あれだけの報告書を書かせないだろう。)


その考え方が過っている、とは思わない。


リーダーが考える「重要」だとか「緊急」だとかの考え方が組織の方向性を決定づけるからだ。大量の報告書を「重要」とする考えもあれば、その時間を顧客のために費やせということを「重要」だとする考え方もある。どちらが正しい、間違っている、という訳ではない。


が、当時の僕はもっと「●緊急で重要な仕事」があると思っていた。更に、「●緊急ではなく重要な仕事」があると思っていた。


確かに、日々の営業報告は「●緊急で重要な仕事」だろう。商売のタネは現場にこそ落ちている。それを集約するのが日報報告、だ。


けど「なんたらかんたら分析表」みたいな重箱のスミをつつくような報告書は、どう考えても「●緊急ではないが重要でもない」と思っていた。だって、その報告書から具体的な改善策や指導が本部からなかったしね。


こうした報告書に忙殺され、ほんらいやるべきことが手付かずになっていることが僕は次第にストレスになっていった。


それだけが原因ではないが住宅の仕事は1年近くで辞めた。


いろんな経営者と付き合っていて思う。仕事をしていて何が重要か、というのは人それぞれだ、と。


●毎日の業務報告を携帯にさせることを重要、と考える経営者がいる
●とにかく会議を重用視して、社内の調整ととりまとを重要、と考える経営者がいる
●一つ一つの案件にまで細かく報告を求める事を重要、と考える経営者がいる
●飲んだり食べたりの席でのコミュニケーションが重要、と考える経営者がいる
●社員が自発的に活動をして、その中からの展開が重要、と考える経営者がいる


誰しも働いていれば、「これは重要」だとか「これは緊急」だとかいった感覚は生まれてくる。


が、それがその組織のリーダーのそれと合っているか、は別次元の話だ。メンバーは「とても重要」と思っていてもリーダーはそう思っていないことがある。


逆に、メンバーは「重要でない」と思っていても、リーダーは「これが重要だ」と思っていることもある。


「会議が活発でない」というのであれば、社長にとって会議は「重要」だが、メンバーにとって会議は「重要でない」という位置付けなのかもしれない。会議以外に「緊急で重要な仕事」があると考えているのかもしれない。


社内の打ち合わせの中で「それって重要ですかねえ〜」とメンバーのオーラが発されているのを感じる時、僕は住宅の営業だった時のことを思いだすのだ。


「重要」だとか「緊急」だとかの摺り合わせをきちんとしないと、リーダーとメンバーとお互いがストレスを感じるようになりかねない。


「ストレスの犠牲になるのは多くの場合、メンバーだ」ということを僕らは肝に命じないといけない。


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追記
週末はグアムにいってきました。はじめていきましたけど、日本人ばかりでびっくりですね。全てが予定調和のうちに終わって素晴らしいです。


JTBなどの旅行会社がグアムであのソフトのインフラを造るまでにどれだけの時間と労力がかかったか、と思うと気が遠くなりそうです。日本のサービス業、恐るべしです。


でも、個人的には「このバスに乗ったらどこに連れていかれるんだろう?」だとか「この人は自分にとっていい人か?悪い人か?」という思案をする旅が好きですね。

February 13, 2006 |

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Comments

sanaveさん コメントありがとうございます!夫婦生活、も似てるかもしれませんね。例えばこんな話。ある所にテニスを通して知り合って結婚したカップルがいます。が、結婚してから気がついたそうです。夫はテニスを「遊びでちまちまとやるもの」ととらえ、奥さんは「テニスは一生懸命にやる真剣スポーツだ」ととらえている。「テニスが好き」ってことは変わらないけど、このギャップはゆくゆくしんどいですよね。家を買ったり、家族をつくったりと将来の設計をしなきゃいけない夫婦関係においては「何を緊急として、何を重要とするか」は組織以上に大事、だと思います!

Posted by: 大塚和彦 | Feb 14, 2006, 9:40:29 AM

経営者や、上司が日々の仕事に対して何が重要か?と考えるのは確かに人それぞれです。その会社に入社し、会ったばかりではそれを知る事は難しいですが、日々の仕事をしていく上でそれはだんだん分かってくると思います。しかし、分かった時点でその上司の考え方に賛同出来るか?否か?はまたその社員の人それぞれであり、そこで無理やり自分の考えを上司に合わせ、嫌々でも仕事として上司が重要と考える仕事を最優先するか?自分の信念を貫き通し、仕事をするなり、会社を辞めるなりそれぞれかと思います。読んでいて思ったのですが、これは夫婦間の価値観の違いみたいなものだな。と。他人同士が結婚という契約において一つ屋根の下に生活するのだから、やはり価値観の違いを理解しあえないとうまくやっていけないと思います。その価値観が共有できたり、違ったとしても夫婦なのだからと割り切って生活していければ良いのですが、どうしても譲れない部分があるなど、お互いに理解を超えた価値観を持ち合わせていると夫婦生活も難しくなりますよね…。

Posted by: sanave- | Feb 13, 2006, 11:49:23 AM

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