« February 2006 | Main | April 2006 »

2006.03.31

経営者が洗い場にいてどうする??

「この仕事は自分がやることだろうか?」と毎日の予定を立てる時に僕は考える。


小さい会社なので、あれもこれもやらないといけない。が、経営者があれもこれもやっていては会社はダメになる。


その辺のバランスが大変に難しい。


僕が気にするのは「仕事を通じて、現実逃避をしてるか否か」ということだ。

経営者が現実逃避をする手段にはいくつかあるが、以下2つ考えてみよう。 


1つめは「空想ともいえるビジョンを描く事」だ。


目の前の片付けなくてはいけない面倒な仕事から逃避するのは壮大な夢を描けばいい。


で、夢に逃げ込めばいい。すごくポジティブな気分にもなれるし、夢を達成している感覚にもひたれる。


実際、フリータ−だとかニートだとかいう種類の人がこうして現実から逃避しているケースはゴマンとある。目の前のことを着々とやらずに、遠い将来の目標だとか夢だとかに逃げている。


僕は現実逃避が全て悪いとは思わない。逆に、「戦略的に逃げる」という手は人生においてかなり有効だとも思う。


が、経営者が自分の行動が現実逃避だと知らないことはちとどうか、と考える。フリータ−やニートならいざしらず、経営者は社員やお取り引きさんなど多くの方の人生に影響を及ぼしているからだ。


もひとつは「社員に任せられる仕事に着手する事」だ。


社員さんやアルバイトでもできるような仕事をして現実から逃避することだ。


よく、「儲からないお店の店長は忙しい中でもレジを打っている」といわれる。経営者の仕事はレジを打つ事ではない、そんなのは当たり前だ。


競合店との比較検討の中から構造的な問題点を明らかにしたり、そのための人材教育や商品見直しをしたり、資金繰りを考えたり・・・レジをうっている暇があるのならそういうことを考えないといけない。で、ないと会社は将来的にかならずこける。


だが、「飲食店の店長が忙しい中、洗い場に逃げ込む」「営業の幹部が細かい資料づくりに忙殺される」・・・こうした例はいくらでもある。


経営者は自分がやっている仕事が「本当に自分がやるべき仕事だろうか?」「他に自分しかできない仕事はないのだろうか?」を常に考えないといけない。


逆に社員の立場からは「そんなの自分でやってくださいよ」という思いがあっても、若干なりとも理解してもらいたい。


「経営者が現場の仕事ばかりに精を出す、というのは会社としてちょっと危険だ」と僕は実経験の中から強く思うのだ。それは現実逃避の一つの形であるケースが多いからだ。


現実逃避をした経営者、リーダーが率いる組織は最悪、だ。日本の軍部などを持ち出すまでもなく、そんな例は歴史にゴマンと存在している。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
今週もよく動きました。主に、ジム、ですが・・。これもひとつの現実逃避の形、なのかしら?仕事もきちんとしているから、と自分では思っていますが・・。週末は催眠療法のスクール、来週は関西に出張が決まりました。4月は国内外、あちこちと動きそうです。


March 31, 2006 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.29

自らの葬式、で

今年の1月に参加したとあるセミナーで、自分の「弔辞」を書いた。


僕が死んだと仮定して誰かが弔辞を読み上げていく、という設定だ。


そこでは、「故人」がどういう人生を送っていたか、ということが読み上げられる。


ある人は、「年商100億円をこえる起業をつくった」と書くかもしれない。またある人は「ベストセラー作歌になり文芸界に名前を残す」と書くかもしれない。

実現するかはともかくとして、自分が目指したい人生が明確になってくる、というワークだ。


僕も頭を振り絞って書いた。


で、「●●●億円の事業規模」だとか「●●業界に進出し」だとか「●歳でリタイアし、海外彷徨への道に」だとか書いた。(恥ずかしいので自主規制)


で、最後に自らの葬式のシーン、だ。


僕と縁だとかゆかりのある人が集まってくる。そこで列席者は故人である僕にこういう。「あいつはいい奴だったなあ〜」だとか「あいつが死ぬと寂しくなるな」だとか・・・。


で、酒などを飲んで昔話で盛り上がる・・・。


が、僕はそれを考えてとてつもなく違和感を感じた。なぜか分からないけど・・・。


僕の理想の葬式のイメージはこうだ。


「あの人がいたから今の自分があるんだ!」と号泣する人が20人近くいる。


反対に、「あいつが死んでせいせいするな」とポーカーフェイスで葬式に参列する人が同じくらいいる。


人生でそれだけの仲間と敵をつくれれば、実りのある人生を送ったという証ではないだろうか。


実はこれ、僕が実現したいリーダー像に結びついている。


僕は、仕事の指示やアドバイスをしたり、仕事のフォローをしたりマネジメントをするのがリーダーの仕事ではない、と考えている。


まずは他人の人生に少しでも影響を与える存在であることを自覚すること、更にその覚悟をすること。その中で自分の最善をつくすこと。更にいうなれば「あいつが死んでせいせいする」といわれないまでも、嫌われる可能性があるという覚悟を持つこと。


これが僕の考えるリーダー像の前提条件、だ。


どこもかしこも、ものわかりがよくて、いい人を演じるリーダー(?)盛りだ。


が、僕は「あいつはいい人だった」と自らの葬儀で万人にいわれる葬式だけは否定したい。そのためには、物わかりが良くて、いい人だけではいけないのだ。


それが、個性とか人間としてのアクの強さってやつでしょうし。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
自分の葬式の時にはいろんな属性(?)の友達がきてもらいたいですね。


昔からの友人はもちろん、旅仲間だとかジム仲間だとか、外国人の友達だとか、いろんな研修会などで知り合った方だとか・・・全体像が誰一人みえないような人間関係が死ぬまでにあったらいいなあ〜と思います。


死ぬことをまだ先のこと、として考えない意識は常にもちたいですね。

March 29, 2006 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.23

今日は出張です

今日は関西方面に出張です。


昨日、ジムから帰ってきたのが12時すぎ。久方ぶりに家のことなどしていたら2時すぎになっちゃいました。


寝れるのなら9時には寝たい、という僕にはちょっとしんどいです。


8時すぎの新幹線に乗り週刊誌を読みながらいつのまにか爆睡していました。夢をみてジムで流れている曲がバックにかかってたのは覚えているのですが、内容は覚えてません。


あと、東京駅で買ったカツサンドで胸焼けしています。


ただいまローカル電車に乗っていますが、山々がいいですね。海外を旅していた頃、ローカル電車に乗った時のことをちょっと思い出します。


さて、まもなく目的地。きばって仕事して明日には戻ります!


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ

March 23, 2006 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.22

経営者的な視点がないんだよ・・

「うちの社員にはもっと経営者的な視点をもってもらいたい」


と、ある研修会の席上で社員10人規模の社長が語られた。


確かにそれは理想だ。


経営者であれば、自分と同じような視点で物事を考えられる社員の存在ほどありがたいものはないだろう。泰然としていれば仕事は着々と進み、課題はどんどんと解決されていく。


10人規模の社長など現場の仕事から100%は離れられないだろうが、経営者的な視点を持った社員さんばかりなら本来の経営に全ての力を集約できる。ああ、なんて理想だろう、と思う。


が、僕は考えるのだ。

経営者のそうした思いこそが、悲劇(?)のはじまりだと。経営者と社員さんとの間の意識の差がうまれる原因だ、と。


グループディスカッションの中で、その社長は「自分の思い通りにならなくてイライラしている」といっていた。「なんで皆、自分と同じような感覚で働けないのか?」と愚痴っていた。だから不満ばかりがつのっていく(と僕は感じた)。


僕は自分の考えをいった。


「経営者的な視点などを社長である僕らが社員さんに求めてもいいんですかね?」と。


「だって、『自分が動かないとやばい』って切迫感は明らかに違いますよね。持っている情報の量が違うし、お金の決裁権も違うでしょう。


この会社は自分が立ち上げた、という意識や責任感もあるでしょう。付き合っている人間関係も違うでしょう。はたまたもらっている給料だって違うだろうし、経費の使い方だって違うだろうし・・・


そんな中で経営者的な視点など求めるのは経営者側の傲慢ではないですかね?」と。


その社長からはこう言われた。


「それじゃ、社員さんは永遠にやとわれている意識で働くのか?」と。


違うのだ。


経営者が普通に仕事をしていく。その中で、自分の考え方だとか方向性だとかをたんたんと示していく。すると、その中で結果的に経営者的な視点を持つようになる社員さんがでてくるのだ。


10人規模の会社であれば、1人か2人くらいかもしれない。はたまた、創業して3年たっても5年たってもそういう人はでないかもしれない。


けど、経営者がきちんと仕事の方向性やスタンスを明確にしてれば、経営者的な視点を持つようになる社員さんは必ず現れる。当たり前だ、人間の能力の差などあまりないのだから。


僕の周りにも会社に所属していながら、経営者的な視点で仕事をしている人が何人もいる。


ただ、それらの人たちが初めから「経営者的な視点を持て」と、自分の所属する会社の経営者からいわれたらどう思うだろう?


僕なら嫌だね。結局は社長、あなた自身のためじゃんって思うわ。


「社員さんが経営者的な視点を持つ」


言葉で言うのはたやすいが、実際はなかなか大変なことだ。


仕事意識の高い人を採用するのもいいだろうし、教育システムをつくるのもいいだろう。


が、僕は日常の仕事を通じて社員さんと格闘を続けるしか、結果として経営者的な視点を持つ社員さんはでてこないと思っている。


それには長い時間がかかる。更に言うならば、『努力」は多くの場合、報われにくい。すべからく全ての社員さんにそんな意識を持ってもらうのは不可能だからだ。


僕らはそれを肝に命じてたんたんと仕事をしないといけない。このこの点に関しては、魔法の杖などどこにもないのだ。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
WBCで日本がキューバを破り世界一に!王監督が普段にはなく喜んでました。


王監督はホームラン世界一などの華々しい経歴がありながら、監督としては最初は苦労されました。「王帰れ」のコールは少年時代、監督に憧れたものとしてはしんどかったです。


ものの本によると、あまりにも自分のプロ意識が高すぎて選手だとかに押し付けてしまっていた、とか。名選手名監督ならず、ってやつですね。


でも、さすがですね。その後、徐々に方向を転換して今では名監督の道へと着々に歩いていると思います。「王は暗いから嫌いだ」という人も昔は多かったようですが、酔っ払いながらインタビューに答える昨日の王監督はめちゃいい親父さんでした。


あんな凄い方の現役時代に野球をやっていた(小〜中学は野球部です)幸せに改めて感謝しました。

March 22, 2006 | | Comments (3) | TrackBack (0)

2006.03.20

拝啓 社会人になる皆さんへ

僕は1993年に大学を卒業して、某企業に入社した。


その時に「こりゃ参ったな」と思った。周りにいるライバル(?)の多さ、に。


「将来はこんなことをやりたい」だとか「30歳までにはこんな仕事をしていたい」だとか・・・「社会人」とはいろんなフィールドから人が集まってくる。


みな夢があった。ビジョン(のようなもの)があった。そして元気や気合いがあった。


その中で、僕も人並みに「将来は何かしたい」とは思っていた。


具体的に何、といわれると辛いのだが、少なくとも「永久に会社に所属する」ことだけではないのは確かだった。


夢だとかビジョンを実現するために並ぶ扉のようなものは、とても渋滞していると感じた。こりゃしっかりしないと大変だ、と思った。


が、働きはじめてから思った。


学校を卒業した時と同じような思いでいることはこれはこれで大変だ、と。


今までは夢だとか将来やりたいことの話で盛り上がっていた飲み会が、数年も経つとちょっと違ってくる。


「そうはいってもなあ〜」とか「現実は厳しいな」というニュアンスに変わってきたりする。で、結婚をしたり、子供を生んだりして現実的になっていったりする。


で、あれだけいたライバル(?)はいろんな方向に歩を進めはじめてくる。


会社での出世を目指す人がいる、資格試験に進む人がいる、転職をして次の道へと進む人がいる、バックパッカーや釣り人になる人がいる、フリータ−になって一発勝負をかける人がいる・・・。


で、30歳も近くになると「あれれ、こんなに夢だとかの扉はすいていたの」と思うようになる。


僕の尊敬する人がこうおっしゃった。


「夢は順番待ちだ」と。アホになって扉の前で待ち続けてれば、いつかは自分の順番がくる、と。


僕は思う。


30歳になっても、40歳になっても学校を卒業した時のような熱意や思いで仕事だとか夢の話ができれば、皆さんの今の思いは実現する可能性はきっと高まるでしょう、と。


まだまだ途上の僕がいうのもなんですけど、そんなことを社会人になった時に聞ければ、もっと焦らないですんだのに、と思いましたので。


これから大変なことがあると思いますけど、社会人は思ったよりも楽しいですよ。気楽にいきましょう!


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ

追記
これから働きはじめる上で大事なことの一つは、「自分の成功を定義する」ことだと思ってます。


ライブドアの堀江さんだとかに代表される「他人に披露する成功」や大多数の人が憧れるだろうなあ〜という憶測でつくられた「メディアがつくる成功」などに惑わされないように、「自分なりの成功」を確立できるといいんじゃないかしら?


仕事はいろんな人間が織り成すドラマなので、成功の見本もいっぱいあると思いますしね。(で、旅に出るのが成功だったらでればいいだけの話です)


あとは、ひたすら仕事の体力(耐力?)をつけることでしょうね。30歳くらいが仕事のスタートラインだとすると、20代は基礎運動の期間じゃないかしら?運動部学生の持つ体力とは違って、頭で考えたり、寝ないで単純作業したり、難しい本と格闘したりの力ですね。


20代の仕事ざかりの時期にバックパッカーになった僕がいうのも何ですが・・。とにかく、生き急ぎないことが大切だと思いますよ。先は長いですし。


March 20, 2006 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.03.17

酔狂なことをしたかった・・・

インドからイギリスまで乗り合いバスでいけるか?


そんな仲間うちの話から、若き日の26歳の沢木耕太郎氏はフリーライターの仕事を辞めて1年間の旅にでた。


多くの若者をバックパッカーへと誘った『深夜特急』はここから誕生する。


20代の頃、僕はこの本を何回も読んだ。


で、一番印象に残っているのは・・・「若いうちに酔狂なことをしたかった」というくだりだ。

酔狂、とは辞書を調べると「ものずき」という意味らしい。それは、何とはなしに僕の美意識に共鳴した。そんな生き方ができればいいなあ〜と思った。


そんな僕の前に、嬉しいニュースがやってきた。


B.T.S.J ニュージーランドツアー2006


僕が通っているスポーツクラブのスタジオプログラム。それはニュージーランド発祥のコンテンツ、だ。世界53ヶ国、10,000近くのスポーツクラブで展開されているらしい。


その本場にいって、レッスンを受ける、というまさに酔狂な企画だ。「世界中のインストラクターの憧れのメッカ」というチープな(失礼!)コピーも僕の心を揺さぶった。


プログラムをつくっているスタッフ(ダン、という人)のレッスンが受けられたり、日本ではなかなか会えないカリスマインストラクターからマンツーマン指導が受けられたり、とするらしい。


分かる人には分かるが、分からない人には全く分からない企画、だ。まさに酔狂、ものずきの名にふさわしい。


月末の忙しい時期に、20万円近くの出費をして、スタジオレッスンを受けにいく・・・定員40名ということだが、全国から一体どのような人がくるのだろうか?


酔狂な人が集まって、その人たちと交流が持てる。で、一生の(?)ネタになるなら20万円など安い、安い。


お金と時間は酔狂なことに使うに限る、と即申し込みをした。


ジム関係のみなさん、僕もようやく「メッカ」(爆)へいってまいります!


社員のみなさん、すみませんが長野の出張はよろしく。


↓今日もワンクリック!
人気blogランキングへ


追記
ニュージーランドには、ジムのカリスマ会員(?)のYさんがいます。ニュージーランドにしかないプログラムを彼女とやるのが楽しみです。


が、キックボクシングをしていた時の後輩が今の僕をみたら嫌になるだろうなあ〜。変なパンチ(?)とか変なキック(?)を真剣にやってるし。それもニュージーにまでいって。まっ、いっか。

March 17, 2006 | | Comments (7) | TrackBack (0)

2006.03.16

念願の焼き鳥屋にいって考えた

昨日は、昔の会社の同僚と飲みました。


ここ1〜2年の間に起業し、現在、人材関係のビジネスをてがけています。


昨日はずっといきたかった銀座の焼き鳥屋さんにいきました。

200603152021000

銀座 萩
つくねはかなりの絶品、でした。(写真は、トマト巻きと鳥スープ)


ビールとワインしかお店になくて、焼酎派の僕はペースがつかめず、飲み過ぎました。

話の中で、「イズム」という話になりました。日本語でいうと、「主義」だとか「主張」だとかいうのでしょう。


会社とは自分の「イズム」を世の中やクライアント、社員や協力会社に打ち出すこと、なんだと改めて思いました。それが受け入れられれば会社は成長するでしょうし、受け入れられなければ会社はダメになるのです。


つきつめていうと「イズム」を訴えるために社員を採用するのかもしれない、とも思いました。


彼は現在、ある問題と直面しているそうです。


それは「イズム」の問題と密接にリンクしている、と感じました。


彼が、その問題をきちんとクリアーした時に、自分なりの「イズム」を打ち出せる体制をつくれることを僕は信じたいと思います。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ

追記
昨日は、いきたかった甘味屋さんにもいけました。

200603151828000

銀座 若松
一度、食べたいと思ってから数カ月。ようやくとプチ夢が実現しました。

ネットをみてはじめて分かったんですが、あんみつを考案した店、なんですって。すごい!

March 16, 2006 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.15

経営って戦略を描くこと??

最近、お取引先の取締役を勤めさせていただくことになった。


今後、「事業の戦略を描いて事業の成長カーブを描く事」更にはその中で「仕事にかかわる社員に何かしらの影響を与えること」-それが僕に課せられたミッションだ。(と、自分では思っている)


通常だとこんな話をすると、すぐさまこんな話になる。


「では、来月からの売り上げのためにすることは?」だとか「今期の戦略をどう描いていくか?」だとか。


が、その前にやらないといけないことがある。


それは、その事業の現実をひたすらに見つめる事だ。


担当者からヒアリングしたり、HPや広告を見たり、現場の仕事を見たりしながら、事業の現実をみつめていく。


その中で、担当者やかかわる人たちから「何となくモヤモヤとしていること」「なんとなくすっきりとしないこと」だとかを抽出していく。


で、更にそれらの現実をみつめていく。


重要なのは、それらの現実に対しての解決策をすぐに考えないことだ。(これは、僕の尊敬するコンサルタントに教えていただいたことだ)


僕らの脳みそは、すぐさま解決策を考えたくなる性質をもっている。


例えば、営業の現場で「売上があがらない」という課題があるとする。それに対して「HPをリニューアルする」だとか「営業の訪問件数を増やす」だとかといった解決策を会議などで僕らは出していく。


一営業担当者であればこの思考プロセスはいいだろう。


が、経営者や役員がこういった思考ではどうか、と僕は思う。


なぜか・・・


そうすることで「売上があがらない」という現実から一時的に逃避できるからだ。


まず、僕らがするべきことは、「売上があがらない」という現実を素直に見つめることだ。


その作業は正直つらい。


いままで着手していなかった見たくない現実もあるだろうし、自分の弱さのようなものが露呈する可能性もあるだろう。


けど、その作業をおざなりにした解決策は根本的な解決策にはならない。いずれ大きな問題として噴出する可能性を持っている。


で、あれば嫌でもかんでも「見たくない現実」に目をむけないといけない。


その場での解決策を出す前に、「売上があがらないのは構造的な問題が潜んでいるのではないか?」といった所まで思いを馳せないといけない。そのためには現実を見つめないといけない。


僕がかつていた会社の話だ。


営業の会議などで「今月の売上をどうするか?」といった話になる。


で、「訪問件数をアップする」だとか「ダイレクトメールを打つ」だとか「昔のクライアントへの提案を積極的に行う」だとかいうアイデァがでる。でも、なかなか成果はでてこない。


そのうち、やることもなくなっていく。「やってもだめだろう」というムードになり、序々に精神論だとかになっていく。


でも、僕はある時から考えた。


「今、うちの会社が扱っている商品が市場から求められているのか?」と。そこに問題のひとつがあるのでは、と。


でも、僕はそれを口にだしていえなかった。なんか見えないタブーのようなものがあって・・。


今は、思う。


「当時の営業幹部が徹底的に現実を見つめたらどうだったか?」と。現実は大きく変わっていたんじゃないか、と。


偉そうだが、会社を経営するという仕事はとにかくひたすら現実をみることだ。


その中で「モヤモヤしたこと」「着手してなかったこと」「気になっていたこと」だとかが顕在化する。で、それらのことをすぐさま場当たり的な解決策を考えないでひたすら現実を見つめていく・・・。


すると何かが変わっていく。


一つ一つの問題が、紐をほどくような感覚でなんとなく整理統合されてきたりする。


それは「よく現実をみたな」とギフトを与えられたかのような感覚すらする。


営業戦略や財務戦略などはその作業が終わってからでも遅くはない。むしろ、この作業がおわらないうちに戦略を描いても、いつか火種が噴出する。


精神論っぽい・・・?でも、僕の実感ですからね。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
「じゃ、お前は見たくない現実を見つめきっているのか」といわれると・・・困ります。まだまだ見つめきれていないことはいっぱいあります。


でも、安直な解決策を出して「経営をしている」って自己満足になることは昔に比べてなくなったかな。現実をみつめきれる経営者が一番強い、と今では思います。


と、このブログを書いている時にお客さんから電話がありました。何でも「ダイレクトメールの制作をしたい」とのこと。ありがたい、です。


そういったことを、「今日のブログで現実を見つめるみたいなことを書いたからだ」と都合よく考えてしまうのが僕の習性なんでしょうね。


March 15, 2006 | | Comments (1) | TrackBack (0)

2006.03.14

嫌な人との縁、についてかんがえる

前回のブログでは数多くのアクセス、反響をいただいた。(感謝)


その中で「縁を大事にしようと考えた」というメールを何通かいただいた。


僕が大事にしようと思っていることの一つにあるのが、この「縁」だ。


たまたま知り合った人との「縁」、たまたま一緒に仕事をする事になった人との「縁」、旅先やスポーツクラブ、研修会やパーティーなどで知り合った人との「縁」・・・これらはなるべく大切にしたい、と思っている。


なぜか・・・? 

僕の一生には限りがあるからだ。


死ぬ時から逆算すると僕の人生はそうそう長くはない。その中でどれだけの「縁」が結べるのか分からないが、一つ一つを大切にする気持ちがなければ、新たな「縁」も寄ってきにくい、と考えているからだ。


けど、ここで一つの疑問に直面する。


「自分にとっての嫌いな人との縁をどう考えるか?」


「どうしても生理的に合わない」だとか「一緒にいるだけでイライラする」とかいう人との縁をどう考えるか、という疑問だ.


僕の考えは、嫌いな人との縁は無理して結ばなければいい、ということ。嫌いな人間関係に時間を割くほど、人生は長くはない。その時間を使って本当に縁ある人との時間を共有した方がいいに決まっている。


でも、それはあるべき論、だ。

職場や組織の中で、切る事のできない嫌な人間関係の中で精神が磨耗してしまうというケースはゴマンとある。で、あれば「嫌な人との縁」について自分なりの哲学(?)を持っていた方がいい。その方がきっと生きやすいに決まっている。


僕は、「数珠繋ぎの法則」という考え方をある方から教えていただいて、活用をしている。


まず、自分にとって大切な方を思い浮かべる。そして、その人と知り合ったきっかけをどんどんと遡っていくのだ。


昨日のブログの彼女を例に挙げよう。


昨日のブログの彼女(仮にYさんとしよう)と知り合ったのは、僕が前の会社に入ったからだ。

前の会社に入社したのは、大学時代の先輩(H氏)に紹介していただいたからだ。

H氏と知り合ったのは、僕が大学に入学してある運動部に入ったからだ。

そもそも、その大学に入ったのは予備校時代の先生(U先生)の影響だ

そもそもその予備校に入ったのは、「友人(S君)と同じ予備校にいくと遊んでしまうなあ〜」と思ったからだ

S君と知り合ったのは、高校に入学して一緒のクラスになったからだ

そもそも、その高校に入ったのは・・・


こんな具合にふりかえっていく。


その中で生まれた縁をしみじみと眺めてみる。


すると、かなりの確率で「うーん、この人はどうもなあ〜」という人が存在しているのだ。


上の例でいうと、S君だ。


仲はいいのだが、どうもしっくりとこない人間関係、そんな感じだった。どことなく自分が無理をして、自分が相手に合わせてしまう人間関係だ。彼もそう思っていたのかは分からない。けど、僕は今いち窮屈だった。


二人で浪人が決まった時に「一緒の予備校に行こう」と彼から誘われた。今の僕なら「いや、別々にしよう」とでもいえるのだろうが、当時はその一言がいえなかった。何か彼に申し訳なくて・・・。


で、僕は彼に黙って予備校を決めてしまった・・・。彼が行くであろう予備校とはわざわざ違う予備校を。その後、彼との縁は年賀状だけになってしまい、大学を卒業する頃には全くなくなってしまった・・・。


けど、彼との縁がきっかけで僕の人生の航海図が大きく変わったのは否めない。その後、僕の人生で訪れる様々な「縁」に対して彼が全く無関係だったかというと全肯定はできないが、一概に否定もできないのだ。


全ての出会いにには意味がある、なんてよく聞く。けど、そんなのは自分の実感がなけりゃ美辞麗句にすぎない。


関心があれば「数珠つなぎの法則」をやってみていただきたい。「なんであなたが!」「なんでお前が」という人が意外に重要な局面で登場するかもしれない。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
最近、ブログの執筆(?)は朝の珈琲館です。凄く派手な身なりをしたお兄さん(ホスト風)がいつもモーニングを食べながら新聞を何紙も読んでいます。夜のネタの仕込みでもしてるんでしょうかね?

March 14, 2006 | | Comments (3) | TrackBack (0)

2006.03.10

【重要】僕のブログで発表するのも何ですが・・

gro


ある求人広告が彼女の人生を変えた。


時は、1999年春。僕が勤めていた広告代理店で社員を採用することになった。


「朝10時出社」「広告代理業」「未経験可能」という広告の文言、更には景気低迷による買い手市場だったこともあったのだろう、小さい広告枠にもかかわらず50人近い方から問い合わせがあった。


応募者には誰もが知っている広告代理店の経験者がいた、JJの現役モデルだった人がいた(これは仕事にはあまり関係ないか)、「ひぇえ〜なんでうちなんかに」という語学の達人みたいな人がいた。


2回にわたる面接の中で選ばれたのが、職業経験は1年そこそこで広告業は未経験の彼女だった。


第一印象は「肩ひじはってなくていいなあ〜」ということ。面接という状況でもごく自然体で、こちらが気を使うことが全くなかった。


1次面接を通過した連絡で「2次面接は私服できてもいいですよ」と僕は応募者全員に伝えた。ほとんどがスーツでくる中で彼女は私服でやってきった。なぜかそれも気に入った。


彼女が採用されれれば、僕は形的には上司になる。


その中で、仲のいいだけの人間関係をつくるのはラクチンだ。僕が「いい人」でさえいればいい。


けど僕は会社の方向性に基づいて仕事をお願いしなきゃいけない立場にある。


「耳が痛い」ということを言わなければならないこともある。「あいつは嫌だ」と思ってもいわなきゃいけないこともある。その時に、下の人の顔色をうかがって遠慮をしなきゃならない人間関係は最悪だ。


彼女とだったらそんなことはないな、と思った。


それから8ヶ月後、僕は会社を辞めようと思っていた。会社と僕の考え方に明らかな開きがある。


それを埋めようと僕なりには意見はしたつもりだったが、何も変わらなかった。そうなれば僕が辞めるしかない。


「同業他社に再就職」「フリーランスでの業務委託」「再び旅へ・・・」などの選択肢を考えたが、結果的に会社をつくることになった。


実務作業が苦手、ということもあり僕は最初から人を採用しようと思った。で、誰と働きたいか?を考えた時にまっ先に思い浮かんだのが彼女、だった。


それから、彼女を説得するために事業計画書を書き上げた。


「3年後の売り上げ予測」「1ヶ月にかかる経費」「人員採用予定」だとかのシュミレーションをつくって「うちの会社にきて欲しい」と話をした。


けど、すぐにはいい返事をもらえなかった。その後、何回か話をしたが、状況は変わらなかった。


3週間ほどした頃、一気に展開が変わった。彼女が会社にくる、という。


当時は別の会社にいた彼女の前任の女性が「大塚さんだったら大丈夫じゃない」といっていたのが引き金のひとつになった、と後に聞いた。人の縁ありがたさを思った。


以来、5年の年月が経った。


その過程では、いい加減な僕に腹をたてて一言も口を聞いてくれなかった事もあった。それはおかしい、とグサリをくる意見を具申されたこともあった。


が、僕は勝手に思っていた。彼女とは縁があるのだから自分がきちんとさえすれば何があっても大丈夫、と。


日本に数百万の会社がある事実。その中でたまたま同じ時代を生きている偶然。更にその中で、たまたま1つの会社で出会った偶然。


そうした縁を大事にする感覚が仕事をするに従って生まれてきた。


その彼女がこのたび結婚をする運びとなった。


その話を聞いて思った。「一体、この感覚は何なんだろ?」


嬉しい・・・? 確かにそうだけど、ちょっと違うよな。


悲しい・・・? それはないな。


とられた・・? うーん、それとも違うな。


そうだ、長い付き合いのある同性の友人が結婚した時の感覚に近いかしら。うん、長い付き合いの同志が新しい世界に向かうような感覚、だ。


かつては思った。


「いきなり彼女が会社を辞めたらやばいなあ〜」と。会社機能の一部はマヒするだろう。僕が彼女の仕事に手をつけることでマヒは加速度的に進行するだろう。


きちっと引き継ぎをすればいいのだが、なかなかそうはいかない仕事をしてもらっている。だから一時期の僕は「ちょっと話があるんですけどいいですか」という言葉を僕は恐れた(マジメに)。


でも、今ではそれも変わってきた。


「彼女が自分の選択の中で自分の将来をきめるのならそれもいいなあ〜」と。


無論、そんな中で「会社を辞める」とかいう状況になったら大変に困る。僕の全知力(?)かけてでも引きとどめにかかりたい、と思う。


けど、その一方で「それで縁がきれるわけでもないしな」という感覚もある。「縁があれば、どこで何をしていようがいいじゃないか」という自分もいる。


それが長年一緒にやってきた、ということなのかしら?


ありがたいことに僕は来賓代表としてスピーチを仰せつかった。結婚式でのスピーチは何回もやらせていただいたが、今回ばかりは勝手が違う。


きちんと話ができるだろうか?


最近、やけに涙もろいので大丈夫だろうか?


僕に新たな課題がかせられた。


ともあれ、結婚おめでとう。


↓今日はご祝儀も含めてクリックをお願いします!
人気blogランキングへ


追記
昨日、彼女、そして彼女の前任の女性(文中に登場している方です)などで、小宴を催しました。

200603092241000

久方ぶりに遅くまで飲みました。帰りの車の中で「会社をやっててよかったなあ〜」とちょっと思いました。こうした縁がつくれるのが、会社という存在の一側面なんでしょうね。

March 10, 2006 | | Comments (8) | TrackBack (0)

2006.03.09

仕事をしてきた結果として

「御社は業界の中では一目おかれるような存在だ」


会社の営業責任者と打ち合わせにでかけた際、とある業界の広告に関して、そんなことをいっていただいた。


これは経営者としては嬉しいことだ。が、今ひとつ実感が湧かないのも事実だ。


その業界の広告を僕が手がけたのが創業して1年弱、の頃だ。


出版社や広告代理店と取引を広げながら、クライアントさんの広告を出していくのが仕事だ。当時は既に業界の中で大きくやっている広告代理店があった。その中でまずはできることからスタートしていった。細々とした(?)スタートだった。


信用も実績もなかったので、すでに業界内で信用されている方々に「大塚は信用できる」といっていただく作戦(?)をとった。(当時は別の会社にいた冒頭の営業責任者にも、ある広告代理店と取引を始める時に力を貸してもらった)


「お客さんのためにいますぐできることは何か?」という質問を常に頭にいれ、新しい取引先を徐々に開いていった。


業界で大きくやる、とかいうことは毛頭も考えなかった。まずは遠い夢よりも、目の前の仕事を一つづつ片付けよう、と思った。


途中、邪魔も入った。会社の規模が小さいゆえの屈辱(?)、悲哀(?)もそこそこ味わった。


でも、あるときに気がついた。


業界に参入した頃は、先行する広告代理店がとてつもなく大きくみえた。が、ある時から「会社の規模はともかく、うちだってそこそこやってるんじゃないか」という実感、手応えが湧いてきた。


そのうちに、「あそこはまともに商売をやる」ということでうちの会社を頼ってこられたり、面白いご提案をいただく案件がでてきた。


かつては、こちらからでかけてもとれなかった情報がいただけるようになってきた。


ある段階から現場の仕事は社員に任せていたが、いろんな仕事の流れが生まれていたのには僕が一番驚ろいた。


僕は、仕事を手がけた当初からこんな展開を考えている訳ではなかった。


仕事の姿勢を自分なりに明確にして、できることをひとつひとつしていたら「結果的に」いろんな仕事の流れが生まれていた。


僕はこの「結果的に」という考え方が好きだ。


初めから将来を見通して、戦略をたてて、それに邁進していく、という考え方がある。


逆に、目の前のことを一つ一つこなしていったら「結果的に」こんなになった、という考え方もある。


僕は、世の中のことはほとんどが後者ではないか、と考えている。


なぜか?


将来は不確実だからだ。3年後はおろか、1年後も見通せない時代に「将来を見通す」などは不可能だからだ。少なくとも凡人には。


けど、目の前にあるできごとは、「今そこに存在している」ということだけで確実なことだ。確実なことをひとつひとつやっつけていけば、次々と未来の方からこちらにやってくるのだ。


あるセラピストの先生がこんな趣旨の事をおっしゃっていた。


「初めは自分の心の問題に取り組もうといろんなセラピーを受け、勉強をした。で、気がついたらセラピストになっていた」と。


この話は「将来の夢」だとかを考える上で多くの示唆に富んでいると思う。


「将来の夢がない」と思っていても、とりあえず目の前のことを一つ一つこなしていけば、「結果として」何かが得られるのではないだろうか。


「結果として」何かを得られなくてもいいではないか。少なくとも夢ばかりみている人間よりは人として成長しているだろうし。


「目の前にあることを片付けた後に結果として与えられる未来」それが夢の本質だと僕は考えている。


冒頭の話からずれたかな?   


まあ「結果として」こんな展開になったのでいいとするか。

↓今日もワンクリック!
人気blogランキングへ

追記
今朝は朝からジムでした。大好きなイントラさんのレッスンで、ちょっと朝からいいスタートです。

週末からジムで新曲(3ヶ月に一度発表される)がかかるので、体調管理を完璧に遠征をしたいと思ってます。

March 9, 2006 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2006.03.08

経営、とクラブ活動、と

「座って数万円」というクラブがある。


かつての僕は思った。「どんだけ稼げるようになっても、こういう所にはいかないだろうな」と。


もともとが、「自分にとって価値あるものには金を出すが、そうでないものにはセコい」のが僕の習性だ。家も車も、今の僕にとってはあまり価値のあるものではない。だから持たない。


逆に、「これをしたら面白いだろうなあ〜」「これは大事だなあ〜」と思う事やモノにはセコセコしない(ようにしている)。旅だとか人付き合いだとか・・・。


かつての僕は、クラブなどをはじめとする夜の世界が「価値のあるもの」だとは思えなかった。


いても居心地が悪いし、眠くなるし、お金が羽根をつけて飛んでいっているような感じを覚えた。


「何で経営者だとかがこういうところでお金を散財するのか」と思った。「朝から仕事をするのに支障になる」とも思った。「その時間があれば本を読んでた方がいい」と思った。


が、今は若干ニュアンスが違っている。

男は潜在的に「狩り」の成果を披露したい生き物、だ。それはお金だったり、名誉だったり、役職だったり、・・・。(「狩り」って言葉は今いちよくないな・・・)


動物だってそうだ。かつての我が家にいた猫は、雀をつかまえてくると誇らしげに僕に見せにきた。「どうだ、こんなのつかまえたぞ」といった目をして。


狩りの成果を披露したいのは、猫であれ人間であれ根本は変わらない。


が、この社会ではあまり「狩り」の成果を披露する機会が少ない。


友達に昇進だとか昇給だとかの話をしたところで、「だから何なの?」だろう。あまり度がすぎるとかなりうざい種類の友達になってしまうだろう。自慢にしか聞こえなくなってしまうだろう。


大部分の男は単純な生き物なのだ。


「へえ〜凄い」だとかいってもらえるだけで自意識はかなり充足されるものだ。で、次へと向けて頑張れる生き物なのだ。


本来、そういうのは近しい人間関係の中で行うのが好ましいのだろう。家族や仕事の人間関係の中で、自意識が充たされるのが理想なのだろう。


が、家族や近しい人間関係は自分の多くを知り過ぎている。


いい部分も悪い部分も含めて自分を知り過ぎている。クラブであればなるだけ格好いい自分を演出しようとすればできる。その違いはきっと存在する。


会社の経営者は人に誉められたり、評価されたり、怒られたりに縁がなくなっていく宿命がある。これは会社が大きくなる段階である程度は覚悟していたが、本当にそうだ。


そんな中で精神のバランスをとるのはなかなか大変だ。僕らは、いくつになったって、どんなに会社を成長させたって、基本は子供の頃と一緒だ。誉められたり、評価されたり、怒られたりが必要なのだ。


本来は自分の師となる人をみつけて、そんな役目になっていただくのがいいのだろう。一時期はやったメンタ−、というやつだ。


僕の周りにもそういう人がいる。で、評価をされたり、厳しい意見をいわれたりすると、耳は痛いのだが精神的にはバランスがとれるような気がする。


だが、万人にとってそんな存在がいるはずもない。だから、繁華街が繁盛するのだろう。


もちろん、それだけの理由ではないだろうけど。


ただ、個人的にはクラブなどに行っても、自分を客観視して「へえ〜俺ってこんな人間なんだ」って冷静な目をもっていたい、とは思う。


こんな事に喜んで、こんな事に頭にきて、こんなことが自分のツボで、こんなことが陥りやすいパターンで、といった事を知る機会にしたい、と思う。


人間の感情が素に、ダイレクトにでやすい空間だからこそ、そんなことが可能だと思う。


でも、それって仕事を通してもできること、だよな〜。・・・要は気分転換?

↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
僕の知り合いが、「10回の昼間の打ち合わせより1回の夜の食事」、「10回の食事より、1回のクラブ」とおっしゃってました。


そのまま受け入れるのはどうかと思いますけど・・・まったく的を外した考えではないとも思います。


今日、ニュージーランドに在住のジム仲間が帰国します。週末は凱旋(?)イベント、です。


March 8, 2006 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.03.07

変えてはならない原則、のようなもの

「100回のスクワットより、1回の打ち合わせ」


そんなことを標榜(?)しているプロレス団体がある事を知った。


スクワットとは、プロレスラーが行う足の屈伸運動。プロレスラーは入門をするとスクワットを何千回も行う、とプロレスファンの僕らは聞かされて育った。


実際、プロレス道場に練習を見に行くと、デビューもしてない若手レスラーが道場の隅で黙々とスクワットをしていた。2時間でも3時間でもやっていて、僕らはプロレスラーの凄みを垣間みた。


「あの若手であんなにできるのなら、一流どころはどんだけ凄いんだ!」と。


「プロレスはショーか否か」といったことは抜きにして、レスラーという存在は凄いものだと思った。


そんな僕らを逆撫で(?)するかのようなキャッチコピー。

何でもこのプロレスは「究極のプロレスごっこ」で、若手芸人たちが行っているらしい。


試合もそこそこ盛況でチケットも買えないとか・・・(老舗の新日本プロレスは閑古鳥が鳴いてる、といわれているのに)


資本主義の世の中は、ある一定のルールの中であれば何でもありだ。僕がとやかくいうことではないのも承知、だ。


が、一つだけ言わせてもらいたい。


昭和の時代にこんな「プロレス」が誕生したら、時のプロレスラー、そしてプロレスファンはこういったはずだ。


「プロレスごっこ??プロレスをなめるんじゃねえ」と。(「プロレスごっこ」などとをやりたくてもやれない雰囲気も十分にあった)


ショーか否かは抜きにして、プロレスは強さがベースにあるのが共通認識だった。


カールゴッチという選手がオリンピックのレスリングチャンピオンを1分でフォールしたり、鳴り物入りでプロになったアマレスリングのチャンピオンがリングでボコボコにされたり・・・そんな伝説や事実がたくさんとあった。


もちろん、僕も大人になった。それらの全てが事実、とは思わない。が、少なくとも当時の団体経営者、幹部、そしてレスラーは「プロレスは最強の格闘技」というイメージをつくるために躍起になっていた。


「ジャイアント馬場さんはどうなの?」、と突っ込まれるとちと辛いが、回りのレスラーが「馬場は実は強い!」という演出をしていた。(実際、全盛時代の馬場さんはかなり強かった)それをファンも納得していた。そいう演出をすることが、少なくともファンに対しての礼儀、だった。


が、どうだろ?? 


「1回の打ち合わせ・・・」って。少なくとも僕は子供の頃からを否定されたようで頭にくる。


時代の流れとともにいろんなものが変わっていくのはいいことだ。変化しないものは生きていけない、生物界のこの原則は当然のこととしてプロレス業界にもあてはまる。


が、その中でも「これを変えたらおしまいでしょう」というものがあるのではないだろうか?


会社でいえば「会社は営利団体だ」というようなことか。


ワクワク、面白い仕事もいい。自分を成長させる仕事もいいだろう。が、ベースにあるのは「会社はきちんとお金を稼がないといけない」という事実だ。これを否定したら会社はおしまい、だ。


プロレスでいうとそれは「プロレスラーは強くあらねばならない」ということだ、と僕は思う。


否、「プロレスラーは強くあらねばならない。さもなくば、強くあるように振る舞わなければならない」といいかえよう。実力のないレスラーが増えたからね。


それがレスラーを名乗るものの最低限の礼儀でないだろうか。


近年の格闘技ブーム(?)の中で、ファンの間口がだいぶ広がった。ごく平凡な会話の中に格闘家の名前がでてきたりもする。それは好ましいことだ、と思う。


だが、強さを否定したり、ちゃかすプロレスラーが現れるとは僕は全く思っていなかった。


そして、そんな勢力に対して無力なプロレスラーや格闘家にはちょっとせつなくなっている。


「吹けば飛ぶような存在だからほっとけばいいんだ」といわれるかもしれないが、その存在をここ数年で大きく成長させてしまったのはプロレスラーや格闘家自身ではないだろうか?


プロレスは面白くて楽しいだけのもの、というファンが大量生産されて先達に何の矜持も感じないのだろうか?


僕は少なくとも、強さを否定するような格闘技には目を向けない、ということで自分の主張を貫いている。それが、子供の頃に多くの感動をいただいたプロレスや格闘技に対してもせめてもの向き合い方だ、と考えている。


頑固・・・? 性格なんで。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
ボクシングの世界王者モハメッドアリの「誰の挑戦でも受ける」って新聞報道を見て、アントニオ猪木さんが挑戦状を叩き付けたことがありました。


で、「猪木VSアリ」って世紀の対決が実現するんです。1年半以上の時間がかかって、試合にこぎつけたんですね。今のK-1だとかの異種格闘技のはじまりです。


これも、事実としては脚色されたりしてるのかもしれません。既に、契約が決まっていたのかもしれません。下交渉はしていたのかもしれません。


でも、そんなパフォーマンスをしながらでも「プロレスは最強の格闘技」って姿勢を打ち出していた事に僕らは共感してたんです。


実を言うと僕は「プロレスは最強の格闘技」とは思ってなかったんです。でも、フロントとレスラーと業界が一致団結した、そんな姿勢に共感をしていたんだと思います。


「面白いプロレス」って姿勢もいいですけど、それに共感する人って面白くなくなれば離れていきますよね。


でも、「プロレスは最強の格闘技」って姿勢に共感したファンは、たかだかレスラーが負けたくらいでは離れていきませんよ。「プロレスは最強の格闘技」ってのを否定した時に離れるんです。


老舗のプロレスが低迷してるのは、K-1だとかプライドだとかがでてきたからだけではないんです。


これは会社の経営にもあてはまりますね。軸がぶれるとやばい、と。


今日のブログはどうでもいい、といえばどうでもいいことですね。でも、歯がゆい格闘ファンは多い、と思いますよ。あ−、すっきりした。

March 7, 2006 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2006.03.06

【日記】催眠療法のスクールへ2

催眠療法のスクールに通う事はすでに書いた。で、週末が半年間のスクールのはじまり。


実をいうと、僕は催眠療法は雑誌の取材などの仕事で何回も体験している。が、「催眠に入って感情が解放された」だとか「過去に戻った」だとかというリアルな体験は少ない。


「なんとなくこんな感じかな〜」という感じしか味わったことがない。


今まで、何回も催眠状態に入った人をみたことがある。人によっては感情が吹き出して大泣きし、人によっては鬱積されていた怒りが放出されはじめる。


それを見るにつけ、僕には無理だろうな、と思った。


実際、催眠のセラピーをする時に10人に1人は全く催眠状態を味わえないのだという。それは、脳の機能の問題だったり、催眠に対する期待が強すぎたり、他人に誘導されることを否定したり・・・


特に、会社の経営者にはブロックをしてしまう人が多い、と授業で聞いた。僕もそんな1人だと思っていた。


が、驚いた。

このスクールでは、催眠の何たるや、を学んだ後、受講生同士セッション体験を行う。


一人が床にリラックスした状態で寝そべり、一人が誘導を行い催眠へといざなう。僕は20代前半の女性をペアを組んだ。スクールで会うのは3回目で、何となく波長の合う人だ。


床に寝そべり催眠へと誘われていく。


リラックスして、と誘われるのだが僕は目を閉じて人前で身をゆだねるのが苦手だ。


これは、子供の頃に病弱で、ついつい目をつぶって横になると病院的なものを思い出してしまうからだ。検査をされる時の緊張感を感じてしまうからだ。(今でも病院と注射だけは大の苦手だ。病院にいく、と聞いただけで目がクラクラする。)


心臓がバクバクいう。「リラックスどころではないなあ〜」と思った。催眠に入ろうと思うのだが、一方で僕を見ている人がそばにいる、ということが緊張感を呼び起こす。やっぱ、催眠にかかりにくい10人のうちの1人だ、と思った。


が、その瞬間、隣で実習をしている人の涙声が聞こえた。「いいなあ〜催眠に入れて」と一瞬、感じた。


と、同時に一気に涙がでてきた。


「・・・!?なんで??」


隣の人の涙がトリガーになって、僕の中の悲しい感情が次々と吹き出してきた。恐ろしい感情が吹き出してきた。


小学校低学年の頃だ。


病弱な僕はしょっちゅう学校を休む。で、病院に連れてこられる。


毎回のように注射を打たれる。先生にとってはごくごく普通のことなのだろうが、僕にとっては一大事だ。聴診器をあてられる、先生が万年筆で何かを書く。で、「注射するから横になって」といわれる。


先生が注射を準備してやってくる。その瞬間のドキドキ感やら緊張感、泣きたい感じやらが一気にやってきた。昨日だか一昨日だとかのように思い出される。


ある日、僕は注射で大泣きした


先生が親にいった。「今日は泣いたから車に乗せなくていいですよ」と。悪い先生ではなかった。この人がいなかったら僕はいままともに生活できていなかったかもしれない、とも思っている。


が、この一言は痛かった。その時の診療室の雰囲気、時間、親の姿だとかがリアルに思い出された。


「俺だってなりたくて病気になってる訳じゃない」と思った。当時の僕には喘息だとか心臓の病気だとかがあった。漢方薬を飲んだり、体質改善の注射を打ったり、野球をして体を鍛えたりした。が、なかなか体は強くはならなかった。


次第に、それは親や兄弟への罪悪感と結びついていった。


発作が起こると両親が目を覚まして看病をする。「兄ちゃんが寝てるから静かになさい」と弟や妹が注意をされる。裕福な家ではないし、病院代だってばかにならないだろうし、と申し訳ない気持ちになっている自分に気がつく。


「あなたが妊娠している時に風邪を引いたのがいけなかった」ある時に母親から聞いた。でも、そんな風に自分を責められるとこっちはもっと辛かった。弟や妹は絵に書いたような健康だっただけに尚更だった。


次から次へといろんな感情が溢れてきて、涙がとまらなかった。


1時間以上、体験セッションは続いただろうか。何となくだが気持ちがラクになった。放出したい感情がずっと鬱積していて、やっと日の目をみた感覚がした。どことなく胸のつっかえがとれたような気がした。


まさか自分が・・・これは、驚きだった。


引きこもりだとか、鬱病だとかで、今までになく「心」に対して関心が寄せられている。


僕らは子供の頃から「男(女の子)なんだから」だとか「お兄ちゃんなんだから」ということで、見ず知らずのうちに感情を抱え込んでいたりする。


そんな鬱積した感情が放出されないままだとしんどいのだなあ、とリアルに感じた。


大好きなジム通いを休んで、半年間通おう、と思ったスクールだ。この後、もっともっと別の感情がでてくるのだと思うと、楽しみでもあるし、怖くもある。


が、いままで突っ走って生きてきたのだから、たまには心と直面する時間もいいかもしれない。


今までの僕には「心の問題が大切なのは分かるけど、いくぶんは現実逃避が入っているのではないか」と思っていた。


が、現実逃避だったらそれでもいいではないか。自分の心を犠牲にしてまで戦う現実なんてないのだから。


それは健康を害してまでやり通す仕事なんてない、というのと一緒だ。


↓今日もワンクリックお願いします!
人気blogランキングへ


追記
先週は来客が続いたり、出張があったり、体調を崩したりでブログが思う通り更新できませんでした。


あと、ジムにも通えず、悶々としてました。手をつけなきゃいけない仕事もいろいろとあります。今週はきっちりと軌道を修正したいと思います。


March 6, 2006 | | Comments (5) | TrackBack (0)