« February 2007 | Main | June 2007 »

2007.05.28

借りた物は返す

例えば、お金を貸したとする。そのお金が返ってこないとする。


こんなとき僕は「まあ、忘れてしまったのかな」と思うようにする。お金を貸したのはこちらも悪いのだから督促もしない。世の中に賽銭をした、と思うようにする。


2回目になると「ん?ちょっと待てよ」と思う。「単に忘れただけなのかな?」と思いを巡らす。けど、エネルギーを磨耗するのも嫌なので督促はしない。「人間、忘れる事もある生き物だしな」と思うようにする。


3回目になると、一気にその人の「信用の貯金残高」がなくなる。その人のいうこと、なすこと、すべてが嘘っぽく思えてくる。人間関係を断絶することはないが、一線を越える付き合いは原則としてしない(というよりできない)。


お金はほとんどの人にとって大事なものであることに異論はないだろう。その、他人の大事なものに対してきちんとしていない人間が、他のことをきちんとしている訳がない。これが僕の人間関係の原則だ。


借りたものをきちんと返すのは、相手にとっての敬意の現れだ。


僕らは腹では悪い事を考えていても、美辞麗句を口にできる生き物だ。で、あれば「言葉」よりも「行動」を見てその人を信用すべきか否かと判断をした方がいいだろう。お金を返さない、という「行動」はその本人の本質を余すところなく表している。


どんなに美辞麗句を並べられたところで、うかつに信用してはいけない、と僕は考えるがどうだろう?


借りた側が「このくらいの人間関係ならつぶれてもいいや」と考えている場合もあるかもしれない。だから「トラぶっても別にいいや」と開き直っている。。


そうなると貸した方が一方的にバカを見た事になる。


でも、僕は自分が貸した方であれば案外とこちらの方が精神的には楽だ。そのお金で関係が「ジ・エンド」できるしね。もっと大事な人間関係に労力と時間とを費やした方が人生は有意義になってくる。


この場合、借りた側は「返さないで得した」ってことになるのかもしれないが、僕はちっともそう思わないな。


科学や僕らの想像でははかり知れない「大きなもの」の存在をちょっとでも信じていれば、そんな考えはできないと思うんだわ。


目先は確かに僅かなお金を「得」しているかもしれない。けど、天の配剤は必ず働く。迷信だ、嘘だと思うのならその人生を突き進めばいい。だが、歴史や心理学といった学問はそんなのが長く続かない、ということを証明してくれている。


僕は、自分が死ぬまぎわに「あいつは金借りて返さなかった」っていわれる人生だけは絶対に送りたくないね。僕はそんなこといわれるのなら貧乏生活を甘受する。これは僕の生活人としてのごくごく最低限の美意識、だ。


追記
と、えらそうなことを書きましたが、僕もどこかで借りて返していないお金があるやもしれません。一応、お金を借りた時にはすぐメモをするようにしてますが。。債権(?)がある方はご連絡くださいね。


僕は借金の申し入れには人間関係が壊れやすい原因になるので原則おことわりするようにしています。けど、「ちょっと持ち合わせがないから」といった案件に関しては断る事はできにくいです。


で、トラブルになることの多くはこうしたケースです。借りる方は気楽でしょうしね。


今日からハワイにいきますので更新頻度がおくれるやもしれません。

May 28, 2007 | | Comments (4) | TrackBack (1)

2007.05.23

経営者のしごと、管理者のしごと

経営者の仕事は、「打ち手を考えること」と「すべての最終責任を取ること」


管理者の仕事は「経営者が考えた打ち手に基づいて具体的な策を考え、実行していくこと」と「管理者レベルでの責任をとること」


一般社員の仕事は「管理者の考えた具体的な策を業務レベルで遂行すること」


だと僕は考えます。


よく、「経営者の仕事は人材教育だ」みたいなことが言われますが、経営者が「うちの会社にとって教育が必要な打ち手だ」思えばこの会社の「打ち手」となっていくでしょうし、「そんなの必要ない」と思えば「打ち手」にはなりえません。


経営者の考える「打ち手」は、それぞれの哲学や人生観,、将来のビジョンが大きく反映されていく、ということになります。


机上でうんぬん唸っていても、「打ち手」は見つかりません。現場で日々起きている現実を直視したり、業界の動向を把握したり、競合他社の動きを予想したりとする中から生まれていきます。


だから、多くの経営者は日報や会議を通じて「現場で何が起きているのか」をつかもうとします。その中で、人、モノ、金、情報を加味して「打ち手」は決まっていきます。


ただ、時として「どー考えてもこの打ち手はありえないだろう」ということが経営判断として決まったりします。


新たな分野への参入であったり、やたらと先行投資がかかる案件であったり、自社のキャパシティーを超える仕事であったり。


当然のこととして「打ち手」に基づいて具体的な策を考えるはずの管理者のモチベーションは低くなります。で、それが一般社員まで伝播していきます。「どーせダメだろう」と思いながらやっていく仕事なので新しいアイデァなど生まれるはずもありません。そんな現場をみて経営者はイライラしていく。


多くの中小企業で起きている現実、です。


そんなことにならないための経営者と管理者の作法があります。


経営者はまず、その「打ち手」を考えるに至った過程を伝えることです。


●なぜこの打ち手をやろうと思ったのか?
 それが会社にとってどんな意味があるのか?


●この「打ち手」をやることで管理者や社員にどういうリターンがあるのか?
 何が学べるのか?何が得られるのか?


ということを伝えることです。


逆に管理者は、「打ち手」の背景を理解しようとすることです。「打ち手」の表面的なイメージにとらわれず、ピュアな姿勢でその本質を理解しようと心がけることです。


そのやりとりの中で、経営者の本気度が顕になっていきます。モヤモヤとしたイメージがどんどん言語化されるので、「打ち手」のイメージが具体的になっていきます。


経営者はそんなやりとりを通じて、時には自分の「打ち手」を変えていく勇気を持たないといけません。一方で、「これは」と思ったことに対しては徹底的に引かないで管理者を説得しないともいけません。


最悪な企業の形は、「無能な経営者と無関心な管理者」の組み合わせです。どんどんと現場の実情を無視した「打ち手」が既成事実としてできあがっていきます。


こんな会社で働く一般社員はたまったものじゃありません。

May 23, 2007 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2007.05.22

今日は朝から撮影

会社でCMをつくることにしました。


で、大学時代の部活仲間がCM制作をしてるので相談をしました。


今日はその撮影です。


初めて出会ったのは彼が18歳、僕が19歳の春でした。


それからお互いダブルスコアになっちゃいましたが、まだ昔の縁が活きてるというのはありがたいものです。

May 22, 2007 | | Comments (0) | TrackBack (1)

2007.05.21

好きなことを仕事にする、ということ

長旅をしている頃、ミャンマーの片田舎で、とある日本人と出会いました。


彼は、宝石の買いつけをして日本で販売をしていました。年に数度はミャンマーを訪れ、サファイアやルビー(だったかな?)仕入れにきてる、といってました。


「仕事しながら海外にいけるなんていいなあ〜」


当時、夢職(「無職」というとネガティブなのでこう呼んでました)だった僕は年齢がそう違わない彼を羨ましく思いました。


けど、海外に仕事のネタをつくるために自分に何ができるのか?が全くわかりませんでした。


帰国して某住宅メーカーで営業の仕事をした頃から、「仕事で海外にいける」という手段を探すことが、僕のライフワークになりました。理想は、2ヶ月ほど海外をフラフラして、帰国するともの凄いビジネスのネタをひっさげてくる。


で、そのビジネスの軌道乗せを行って、ある程度の形ができたら再び海外へ・・・。


そんな「善の循環」を描きたい、と考えていました。そうなると、会社員のままでは難しい、です。必然的に会社をつくる、とかフリーになる、ということを意識しはじめました。


僕が会社をつくろうと思った遠因は案外ここにあったようです。


知り合いが会社を立ち上げることになりました。好きで好きでたまらなかったことが、結果として商売に結びついた、といってました。


「周りからは、好きなこと仕事にできていいですね」と言われるんです、と彼はいいます。


けど、僕は思います。


単に「好き」ってだけじゃ独立するだけのパワーにはなりえない、ということを。


多くの人にとって「俺はこれが好きだ」といった心の声は、そうそう大きな声ではないと思います。自分の内から発される「好きだ」という声に耳を傾けて、そのかすかな声が聞こえなくなってしまわないように意識を高めていくのが実はとても大変なことです。


僕らはともすると「好きなことを仕事にしてる」というだけで羨ましく思ったりします。けど、「好きなことを仕事にする」人が、自分の内なるかすかな声に耳を傾けている姿までは想像できないのです。


それは時としてとても大変なことでもあります。人間、理想と現実のギャップを直視するのは案外と骨が折れるからです。そんな現実を直視したから、好きを仕事にできたんではないでしょうかね。


僕ももっともっと好きを仕事にしたい、と思いました。


May 21, 2007 | | Comments (2) | TrackBack (1)

2007.05.17

3ヶ月ぶりのブログです

ずいぶんと期間が開きました。今日からふたたびブログを復活します。


「しばらく休んでたので書くネタがたまったんじゃない??」とある友人にいわれましたが、ぜんぜんそんなことはないです。


人間、考えてることや感じてることを適度に放出しないと新しいものが入ってこない、と僕は考えています。


なんとなく感じてるモヤモヤや不安、恐れやイライラなど、


これらに対しての一番の打ち手は、人に話すなり、文字にするなり「言語化」していくことです。


で、ないと僕らのなかにモヤモヤやイライラしたそのままの形で存在しつづけます。それをそのままにしていると、人間のキャパシティは限られているので、新しい情報やアイデァが生まれにくい体質になってしまいます。


ブログは頭でなんとなく考えていることを言語化するのに最適のツールだな、というのが数ヶ月もブログを休んだ上でのひとつの結論です。


「書かないからネタがたまる」のではなく「書くからネタがたまってくる」のでしょう。


経営者がどんどんとアイデァを出していくのは、自分の考えを表現する機会が多いからなのかもしれませんね。無意識のうちに自分の内面を言語化する作業をしているから、なのでしょう。

May 17, 2007 | | Comments (2) | TrackBack (0)