ミャンマーのデモ報道で考える
「いつかこのお坊さんに会いたい」
27歳の時に訪れたミャンマーで僕は直感的に思った。パゴダ(仏塔)にいった時にお土産屋で見かけたお守りのようなカードになっていたお坊さんだ。
後に、そのお坊さんがターマニャーという高僧で、多くのミャンマー人から尊敬を集めている、と聞いた。
当時のミャンマーは現在と同じ軍事政権下にあった。スーチーさんは軟禁されていたし、ヤンゴンの中心部では戦車が配備されていた。
知り合ったミャンマー人と話をしていると、政治的な話になると一様に口が堅くなるのが妙に印象的だったが、外貨獲得の国策のためか、旅行者にとっては別段と危険を感じない国であった。
何でも食べられる僕には珍しく食事には苦労したが、人も街の空気も穏やかで1ヶ月の滞在期間は毎日笑って過ごした記憶しかない。まさに「微笑みの国」だった。
それから5年後、僕はターマニャーさんに会いに再びミャンマーへとでかけた。
当時の首都・ヤンゴンから車で10時間くらいだっただろうか。勤めていた会社を辞めて、年明けには会社をつくろう、と思っていたタイミング。ちょうど21世紀はじまりの頃合でもあった。
「しばらくは長い旅行はできないな」
という思いの中、数ある選択肢から選んだのがミャンマーだった。
その旅行で、僕はターマニャーさんに謁見でき、「これからは会社をつくってしばらくは仕事モードに突入するぞ」と気分を新たにできた転機となった。
昨日の報道で、ミャンマーの軍事政権への抗議デモで日本人ジャーナリストが亡くなったと知った。
テレビの映像を見ていると、まさにヤンゴンの中心部。僕が泊まったホテルの近くだったり、ご飯を食べていた食堂の近くだったり、毎日訪れていたパゴダの近くだったり。
あの時にお世話になったかたがたはみな無事なのだろうか、と思うとちょっと気がかりだ。
日本と米国はミャンマー非難で一致したようだが、中国は政治的な判断から軍政権寄り、と報道されている。
僕は近年のミャンマー情勢はよく分からないが、僕が知り合った限りのお坊さんたちでいうと、ほとんどのお坊さんが仏教徒として敬虔な生活を送っていた。(ミャンマーのお坊さんはタイなどの周辺諸国に比べられないくらい修行が厳しいようです)
あのお坊さんたちが市民と連帯して激しいデモを起こすんだから軍事政権の圧政はよほどのことだろうな、と。
高僧たちがどのような判断をするのか、がひとつの鍵になるのだろうが。その辺はまったく情報として伝わってこない。
亡くなったジャーナリストらの勇気ある活動を通して我々は数々の情報に接してるんだ、との思いを新たにした。ご冥福をお祈りするとともに、ミャンマーの政情がいい形で安定することを望みたい。
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追記
一時期は、その人気を恐れた軍事政権がターマニャーさん排除を画策した、とも聞いたことがあります。けど、その徳や人気ゆえにどうすることもできなかった、とも聞きました。
そのターマニャーさんは、数年前になくなったそうです。
その辺りも軍事政権が好き放題やってることの遠因なのでしょうかね。これはまったくの憶測ですけど。
September 28, 2007 in プチ経営の哲学 | Permalink | Comments (0) | TrackBack (0)
有限会社ヴィジョナリー・カンパニー 大塚和彦


