私心なかりしや
「動機善なりや、私心なかりしか」
稀代の経営者・稲盛和夫氏が電気通信ビジネスに参入する際に、何ヶ月もかけて自問した言葉という。
当時の電気通信ビジネスは、NTTの独占市場。競争原理が働かない中、我々は海外と比べて割高のインフラを使うことを余儀なくされていた。
そんな折に、電気通信への新規参入が認められることになり、セラミックメーカーという異業種の経営者だった稲盛氏が「通信コストを安くして、皆さんに喜んでもらおう」と立ち上がる。
ビジネスプランを立てる中で、稲盛氏は冒頭の言葉を何回も自問する。
「これは自分の利益のためだけに行なっているのではないか?」
「自分の中に『有名になりたい』というような気持ちはないのか?」
自らの本心を数ヶ月もかけて「私心はないだろうか?」と自問していった、という。
その中で、「これは社会的に価値のあることだ」という確信を得て、稲盛氏は電気通信ビジネスに乗り出す。それから20数年、今ではKDDIとして1兆円を越えるビジネスとなっている。
僕らはよく「お客さんのため」という言葉を使う。
けど、「お客さんのため」という言葉が、100パーセント私心がない、といえる人がどれだけいるだろうか?
「お客さんによく思われたい」
「この仕事を通じて名前を挙げたい」
「自分の会社内での立場をあげていきたい」
といった「自らのエゴを満たすために行動していないかどうか?」を定期的に見直すことは必要だ。
なぜか?
やっぱ、私心ばかりのビジネスだって、私心ばかりの人間関係だって長続きしないからだ。これは、歴史などが証明してくれている。
「なんだかんだいったって、結局は自分のためじゃん」の一言ですべてが終わりになる。
当然、僕も含めて普通の人には私心をなくすなんて無理な話だ。
けど、「お客さんのため」といった大義名分を思考省略して使っている自分を立ち止まって「本心からそう思っているのか?」「自分のエゴを満たすために行動していないだろうか?」と疑うセンスは大事。
稲盛氏が稀代の経営者たる理由は、一部上場企業を一代でつくりながらも、この辺りの自省を絶え間なくしたからだ、と僕は思っている。
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November 29, 2007 in プチ経営の哲学 | Permalink | Comments (2) | TrackBack (0)
有限会社ヴィジョナリー・カンパニー 大塚和彦


