がんばらない、はかっこいいか?
「がんばっていないことがかっこいい」
みたいな風潮がある、なんて聞いた。
そいや旅にでた時に、こういうタイプの人とお目にかかった。
「あくせく働いて、何が残るんですか?」だとか「一生懸命にやったってどうせ無駄ですよ」みたいな話。
こういう人は論理的に反論すればするほど、自分の意見が強化されていくらしい。
「そうやって反論するってことは、自分の中に一生懸命やらない方がいいっていうもう一人の自分がいるからです」だとか「そんなの自分の自由だからいいじゃないですか」だとかを持ち出す。
こういう人はえてして「進歩的」であり「革新的」である、という意識があるらしい。ってことはそこそこ弁も立つし、なかなか論理的に反論するのは難しい。
結局、「あいつに何をいっても」と他人にいわれるようになってしまう。
僕はこう思う。
「がんばってないことがかっこいい」って考え方を持つのは自由。
けど、果たしてそういう人が子供を生んだ時に「がんばっていないのがかっこいいんだよ」って教育をしていくのかしら?
もし仮に、亡くなった自分の祖先に会ったとしたら「がんばっていないのがかっこいいと思うんだ」と胸をはっていえるのかしら?
更には、「がんばっていないのがかっこいい」って国に生まれたとしても同じような振る舞いをしていたのかしら?
これらを考えてみて、それでも自信を持って「がんばっていないのがかっこいい」といるのであれば貫き通せばいい、と思う。
僕はそういう人とは個人的に飯を食ったり、飲みにいったりすることはできるけど、深い付き合いはしないけどね。ましてや仕事などはもっての他、です。
最低限、今の日本の中ではこういう美意識をもっていたとしても隠してるのがマナーだとも思います。
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February 21, 2008 in プチ経営の哲学 | Permalink
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