空気を読む、って空気について
「空気を読め」みたいなことが巷でよくいわれているらしい。
でも、「空気を読まないと生活できない社会」が今の日本だとしたら、なんて生活しずらい社会じゃないかしら。
なので、僕は「空気が読めない人」で別にいいと思っている。
そもそも、「空気を読んでいる人」が「空気を読める人」とイコールでないケースなんていくらでもあるだろうし、「空気を読めない人」が「単に、空気を読まない人」であるかもしれないし。
その場その場のシチュエーションで「空気を読まない」だとかをいうのはナンセンス。
空気なんてのは、クライアントとの間にトラブルが発生した、友人の近親者が病気になったなどといった「空気を読まないといけないシチュエーション」で読めばいいのだ、と個人的には思う。
常日頃、「空気」に敏感でいすぎたら、自分の精神が摩耗してしまってこうした局面できちんと空気を読めないんじゃないか、と思うのは僕だけかしら。
携帯メールだって、ミクシーだって、「言葉よりも空気」を伝えることが主流になりつつある現在。多くの職場だって「空気を読む事」が必要とされたりする現在。本来なら気が許せる仲間との付き合いにも「空気を読む事」が欠かせないなんて現在。
僕らが「空気」に対して自分を防御する術を持たないと、どんどんとしんどくなっていくような気がしてならない。
追記
僕は、若い人が3年未満で会社をやめるのが一般的になっている、なんていわれていることの原因に「空気」の問題が大きく存在していると思ってます。これはまたいずれ。
May 19, 2008 in プチ経営の哲学 | Permalink
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