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2008.07.17

修行とは矛盾に耐えることだ

「修行とは矛盾に耐えることだ」(『赤めだか』立川談春 扶桑社)


久方ぶりにいい本に出会った。


既存の落語会を飛び出して、独自の流派をつくった立川談志師匠。


高校を中退して立川流に入門した著者。


落語に対する情熱を持つ師匠と、それを引き継がんと厳しい修行に耐える著者と。


落語の世界はよく分からないので自分なりの事実誤認もいろいろとあるかもしれないが、素直に感動した。

そもそも、企業活動は矛盾の連続だ。


「お客さんの満足度を高めながら、きちっと利益を出していく」


「経費を押さえながら、最大限の売上をあげていく」


といった具合に。


その矛盾を突きつめて考えて妥協点(?)を出していく事が仕事の本質だ。


けど、よく見聞きする限りでは仕事の現場はいつからかおかしくなってきた。


矛盾を矛盾として受け入れなくなる局面が増えてきた。


「そんなのはおかしい」だとか「そんなのは理屈に合っていない」だとかが仕事の現場で数多くでてくるようになってきた。


「それをどうにかするのが仕事だろ」って意見が素直に受け入れられなくなってきた。「言い訳はいいからとにかくやれ」っていう上司や先輩がどんどんと減って、いわゆる「優しい」人が大量生産されてきた。


著者は僕より4つ上、だ。


落語会と会社と違いはあるだろうが、まずは「修行とは矛盾に耐える事だ」と言い切る師匠がいたことを素直にうらやましいと思う。


で、僕も「それって矛盾してるじゃないですか!」と下の世代にいわれた時に「仕事とはそもそも矛盾していることのバランスをとることだ」といえる個人でありたいと思った。


かくいう僕は矛盾していることが好きな方ではない。


けど、「それって矛盾してるじゃないですか」という意識を持つ事が仕事をしていく上で田畑の肥やし程度にもならないと最近は痛感している。

July 17, 2008 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.07.14

仕事の自信と自己の肥大化と

その昔、「某住宅メーカーでナンバーワン営業マン」氏の講演にいったことがあります。


出てくる話、出てくる話が自慢のオンパレードで3時間の講演の予定を1時間で切り上げて帰ってきました。

確かに、営業マンとして凄い数字を残したのでしょう。


けど、彼が設計や施工、アフターサービスやお役所の手続きをやったとは到底思えません。そこには、彼以外のメンバーの協力が絶対にあったはずです。


彼が営業を行う上でベースとなった知識は誰に教えてもらったのでしょう?パンフレットやダイレクトメールなどの営業ツールは誰がつくったのでしょう?テレビに広告を打ったのは誰の仕事でしょう?


そもそも、彼の会社が持っているブランド、それを形成してきたのは彼の先輩世代が長い時間をかけてつくりあげてきたのではないでしょうか?


少なくとも話を聞いてる限りではそんなことに思いを馳せるって感じがしなかったんですね。それが僕の美意識にビビッドに反応して拒否反応を示したのか、と。


仕事をしていくと成果が残ります。実績が残ります。経験が残るし、その中から確固たる自信のようなものが生まれたりします。


その自信が次なる成果へと結びついていき、プラスのスパイラルを描いていきます。


けど、仕事の自信が得られていくと同時に僕らは「肥大化していく自己」の萌芽を抱えることになります。


その萌芽を放っておくと、「自分の仕事に対しての慢心」や「自分の経験に対しての狂信的な思い込み」だとか、どんどんと自己が肥大化していきます。


最終的には「肥大化した自己」によって自分の経験や体験といった大事なものの存在価値をなくしていきます。


仕事に対して自信を持ちながら「肥大化していきがちな自己」をコントロールする、そのためには


「自分の実力は自分が思っているほどない」


と自分に言い聞かせる事だと思います。


「将来の目標はもっと野球がうまくなること」


どこかでイチロー選手がこんなことを口にしているのを見て「すげえ」と思いました。そこには、自分の実力をシビアに見つめてより高いところを目指す職業人の姿勢なようなものがリアルに表れていると思うのです。


必要以上に謙虚になる必要はありません。


けど、僕らが生きている社会は黙っていても自己は肥大化してく構造を持っています。そんな社会の中では「自分の実力は自分が思っている半分以下」くらいの思いを持つくらいでちょうどいいバランス感なのかな、と思います。


July 14, 2008 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2008.07.04

仕事に対しての価値観を形成する、ってこと

仕事に対する価値観


これはどのように形成されるだろうか?


いろいろと意見はあるだろうが、僕はこう考える。


まずはベースに「自分の人生観」が存在する。自分にとっての正義とは何か、好きなことは何か、何をしたら嫌なのか、どう生きていきたいのか、何を大事にしたいのか、といったようなことだ。


これに、「仕事を通じて得られた経験(失敗経験、成功体験)」がプラスされ、その上で「経験を通じての内省」があってはじめて生まれるものだ、と。

そう考えると、次のような意見になっていく。


●仕事の経験が絶対的に不足している場合、それは「仕事に対しての価値観」ではなく「自分の人生観」で仕事をしているケースが多い、ということ。


当然のことなのだが、社会人経験が浅く、経験が少なければ少ないほどこの傾向は強い。


「自分の人生観」で仕事をやっていく、というのならそれはそれでいい、と僕は思う。


けど、「自分の人生観」だけで仕事をやっていくのはもったいない、とも僕は思っている。


世の中には多様な価値観だとか、多様な人生観だとかが存在するし、それらを取り入れていく事によって自分が見えなかった世界が見えていく可能性があるからだ。


けど、「仕事に対しての価値観」が脆弱なうちに様々な経験が怒濤のように押し寄せてくると、とまどってしまうこともあるだろうとよく見聞きする。


内省しろ、といわれてもどのように消化、内省していったら分からない、という意見なども聞く。


そうならないために一番てっとり早いのは、「自分が尊敬できる人のマネをしながら仕事をすること」だ。


「この部分はマネしよう」といった選択をするのではなく、「うーん、これは自分にとって微妙だな」と思う事も全て残らずマネするのがポイントだ。部分的にマネをする、って作業自体が無意識に「自分の人生観」が投影されている訳だしね。


電話での話し方、ノートの使い方、服装や立ち振る舞い、他人との接し方やプライベートとの両立方法など、可能な限りマネをするのが一番てっとり早い。


その中で、自分がマネする人がどのように内省しているのか、などについても思いを馳せることができるようになるだろう。


そのうちに、「どう考えても自分には合わないな」ってことがでてくるとしたら、それが自分の「仕事に対する価値観の萌芽」のようなものだ。それを大事に育てていけば将来的に「自分なりの仕事の価値観」となっていくはずだ。


人のマネをするのは素直にならないといけない。「この人はこうやってるけど、もっといいやり方はあるんじゃないか」って思いに苛まれるかもしれない。


けど、それって結局のところは「自分の人生観」に戻ってきてるだけの話なのだ。居心地のいい状態を求めているだけなのだ。


かくいう僕は常に、「あの人をマネしよう」という存在がいます。


けど、何年たってもその人のマネばっかしていないように気をつけてもいます。


それは自分の成長が鈍化している、と同義語だとも思います。


追記
尊敬できる人が身近にいればいいですけど、そうじゃない場合も多いと思います。


そんな時は「徹底的に探すこと」につきると思います。


昔の先輩でも、お取引先でも、本で読んだだけの人でもいいんです。


見つけられない、というのであれば自分のどこかに問題があるかもしれないですね。

July 4, 2008 | | Comments (0) | TrackBack (0)