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2009.03.23

「役に立たない本を読む」という考え方

「役に立たない本を読む」


僕が本を読む時の選択基準(?)のひとつです。


「役に立ちそうな本」ではなく「役にたたなそうな本」です。

「役に立つちそうな本」ばかりを選ぶようになると、そこには「この本を読んで○○になってやろう」だとか「○○してやろう」というエゴがまとわりついてくる可能性があります。


もちろん、そうしたエゴは人間を成長させる上で必要なものなのかもしれませんが、僕らが生きる社会は知らないうちにエゴが肥大化していく側面をもっているように思います。


だったら、自分で選択できる権利をもつこと(本の選択などですね)に関しては「脱エゴ」を貫いた方がいいかな、と思います。


ハウツー本などに代表される「役に立ちそうな本」との付き合い方は、「なぜこの本が売れるのか?」といったスタンスで向き合うのがいいのかな、と。


そこには、今の時代が色濃く投影されてるでしょうしね。


そうはいっても、自分自身がその昔「役に立ちそうな本」に大きな影響を受けた一人として、「役に立ちそうな本」が一概に悪いというつもりはありません。


けど、「役立ちそうな本」が市場に氾濫するあまりに「役に立たなそうな本」に日の目が当たらず、それが視野狭窄や思考省略の遠因(特に経営者層の)になってるのだとしたら悲劇だと思います。


ミヒャエルエンデ(だったかした?)が「大切なものは目に見えない」みたいなことをいっていたように記憶していますが、仕事をする上で大切なものなども「目にはみえにくいものだ」くらいのニヒリズムを持って読書をするのがいいのかな、と。


「役にたちそうなものなどそんなにない」(そんなものがあれば、本になどなっていない)といったくらいのスタンスですね。


「仕事や人生などについてそう簡単に読書などで答えが出せるものではない」と自己認識をした時に読書の形は必ず変わってくるのかな、と。


とある席で「どんな本を読んだらいいと思うか?」という話になったので、その一つの考え方として。


追記
僕が人生の中で影響を受けた本を1冊だけあげるとすると「空手バカ一代」という漫画です。でも、この本だって「役に立つ」だとか「役に立たないか」で読んだ本ではなかったはず・・・。


読書ってそもそも「知的好奇心を満たす」だとかいうことではじめるものなのでしょうが、大人の読書になると「仕事に役立つかどうか」みたいな側面がどうしても入ってくるのですね。


それはそれで大事なことなのでしょうが、それが全てではない(というか、読書の一部分)と思います。

March 23, 2009 |

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