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2009.07.07

報告、連絡、相談について考えてみる

住宅会社で営業の仕事をしていた時のことです。


夜の9時すぎに営業先から事務所に戻ると大量の報告書が待ってました。

「営業日報」「重点顧客活動報告書」「明日の予定表」「週末の見学会の集客報告書」「営業活動分析書」・・・・書くだけで軽く1時間半以上はかかります。その他に、明日の準備もあるので帰途につけるのが早くても11時、遅い時は1時とか2時とかがザラでした。


書類は書くだけ書いて、フィードバックはなし。翌日、上司のハンコがついて机の上に戻ってくるだけでした。いきおい、報告のための報告が横行し、同期の人間と営業をさぼってファミレスでドリバを飲みながら報告書を書いたりしてました。最悪ですね、人生の時間の浪費です。


「そんなのだけは繰り返したくない」という思いが強かったので会社をつくった時からは報告書の類はなるべく少なく、の方針でいくようにしました。


創業以来、日報はA4で1枚。それがすべてですし、今後も増やしていく予定はありません。ただ、何があろうともこの営業日報だけは続けていこうと思っています。


「報告、連絡、相談」-僕らは新入社員研修などで社会人の基本としてこれらを知識として学びます。「報告をしないと上司が判断できないのできちんとしましょう」だとか「大きな問題になる前に上司に相談しましょう」とかいう形で学びます。


けど、最近思うのです。


「報告、連絡、相談」はビジネスの中で基本でありながら究極のスキルだ、と。そう、それは料理人が卵料理にはじまり、卵料理におわる、なんていわれるのと同じようなものなのかもしれません。


例えば「報告」。


そこには、「物事を簡潔に第三者に説明する力」「報告を行うタイミングを読む力」「報告すべきことと必要でないことを区別する力」「上司のつっこみに耐える力(?)」「上司により報告のやり方を見極める力」など、さまざまな「力」が必要です。


新入社員のうちは何をしていいか分からないでしょうし、「報告はすべきもの」みたいな刷りこみがあるでしょうから「報告」をきちんと行う人は多いでしょう。


けど、仕事に慣れてきた人が「報告」をおざなりにしてしまいがちになるのはある意味当然なのですね。多種多様な「職業人としての力」が必要なのが「報告」なのでから、「力」がない人には本来できないものなのですから。


「報告・連絡・相談」の悲劇は先にもいいましたように新入社員研修などで「社会人の基本」として取り扱われるということです。


本来は、「報告・連絡・相談」は会社として、個人として取り組む課題としてすんごく高度ですし、つきつめていってしまえばこれを完璧に行えればどこの会社でどんな仕事だってやっていけるほどの高等スキルだと思います。


僕らは、「社会人の基本なんだから報告、連絡、相談をするのは当たり前だろう」という考え方から「自分の仕事のスキルを磨くためにも報告、連絡、相談はきちっとするようにしろ」という考えにシフトしないといけないのかもしれませんね。


「力」のあるビジネスマンだから「報告」ができるのではなく、「報告」ができるから「力」があるとみなされる。本来はそうとらえられるべきなのかな、と。


それを実現するためにも「日報」はおざなりにしてはなりません。

July 7, 2009 |

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