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2009.08.18

できるけどやらない

「出社時間が9時のところ、お昼に出社する」


こと、オーナー社長の場合、(現場にどのように思われているか別にして)誰にも文句はいわれないでしょう。多くの中小企業の現実だと思います。


同様に、「前の晩に飲み過ぎたから遅刻する」とか、「会社の経費で車を買って自家用車のようにする」「働いていない家族に給料を支給する」とかいうことだって(関係当局はどう判断するかは別にして)文句をいわれることはあまりないでしょう。(僕はしてません、念のため)


会社の代表者になる、ということは責任を負うということの引き換えに「できること」が増えていく、という側面を持っています。


現預金があれば湯水のように経費だって使えるでしょうし、お取り引き先や社員さんの目さえ気にしなければ出社も帰社時間も直行直帰も自由でしょうし。


けど、こうした「権力」のようなものにはどこか意志の力で歯止めをかけないといけませんね。「権力」はそのままにしておくと勝手に腐敗していく性質を持っているのは世の常、気がついたら取り返しのつかないことになっていたといっても遅いでしょうし。


僕は、「できること」を前にして、「できるけどやらない」というスタンスのことを意識的にいくつか持つことが大事だと思ってます。(ある方の受け売りです)


どの線で「できるけどもやらない」という線を引くのかは代表者の価値観や美意識のようなものが影響していると思いますが、あえて、意識的に「できるけどやらない」ことをつくっていくことが大事なのか、と。


僕は時間厳守と、不透明な経理と、平日のゴルフには自分なりのルールで歯止めをかけているつもりです。


けど、飲んだり食べたりすることに関しては「できるけどもやらない」という強固な(?)意志が創業の頃にくらべるとあるのかな、なんて最近は思ったりします。


「お客さんと一緒だから」だとか「今後のビジネスを考える為に」だとかいった自分なりの理由をつけて安易に流されていないか、今一度考えないといけないかもしれない、って思ったりします。


理屈や理由はどこにでもつけることができますからね。

August 18, 2009 | | Comments (0) | TrackBack (2)

2009.08.17

「喪失」と、それに伴って訪れる「苦痛」と

「人生っていうものは喪失と、それに伴って訪れる苦痛の繰り返しだ」


といったような一文をある所で目にしました。

なるほど。それが全てではないと思いますけど、人生の大きな一面だとも思います。


この一文に触れた時に思い出したのは、俳優の森繁久彌さんでした。芸能人が亡くなると森繁さんがインタビューを受けて「なんだか寂しいですね•••」といったことを話されている、といったイメージが僕の中では強いんですね。


同じ時代を一緒に生きてきた仲間が一人また一人と亡くなっていく•••それを見送る立場の辛さ、というものを何回も感じてきたんだな、と。


ここ最近、僕も自分の中である「喪失」がありました。


別段、近い人が亡くなったり、離れて行った訳ではないんですけど、自分の中では「喪失」と呼ぶにふさわしいできごとで。(上記の一文を見て、自分の気持ちの本質が「喪失」なのだと思いました)


で、その「喪失」から生まれる「苦痛」(のようなもの)と格闘(?)してました。


自分が勝手に「喪失」して、勝手に「苦痛」みたいなものを感じているだけなのかな、と思ったりもしつつ。他の人にとっては「喪失」と呼ぶにふさわしいできごとではないのかな、なんて思ったりもしつつ••••。


そんなことを考えてると「喪失」ってのは人間関係が広がるたび、仕事の範囲が増えるたびにどんどんと生まれてくるような性質を持っているのかな、と。


だからといって交友関係や仕事の範囲を狭めるのはナンセンス。僕らは、「苦痛」を逃避以外の方法で乗り越える術や智慧を与えられた人間として生まれてきた訳ですからね。


よーく考えてみると僕らは、「喪失」をその時にベストと思えるやり方で乗り越えてきてるんです。その時、その時の経験値や智慧の範囲の中でなんとかやりくり(?)してきてるんです。


学生時代、仲のいい友人が転校していった時の「喪失」や一方的にフラれた時の「喪失」。志望校に受からなかった時の「喪失」に、友達が亡くなった時の「喪失」。入社した会社に失望した「喪失」やビジネスでうまく行かなかった「喪失」など


僕に訪れたこれらのできごとは、「そのとき初めて訪れるできごと」だったんですね。それらをなんとか乗り切ってきたんだから、「今回もなんとかなる」と自己信頼を置くのが重要か、と。


けど、その自己信頼ってのがなかなかくせ者なんでしょうね。


僕らの精神(?)は「苦痛」が続くと自己信頼をするエネルギーが枯渇してしまうので•••。まずは、どこで自己信頼のエネルギーをもらうか、ということが重要なのかな、と。

August 17, 2009 | | Comments (4) | TrackBack (0)

2009.08.10

誰かに試される、ということ

「お客さんを接待してるからその間、銀座付近で待機しているように」


なんてミッションが社長からたまにくだされました。僕が会社員として働いている時の話です。


で、新橋あたりの焼鳥屋とかおでん屋に一人入って、携帯電話を目の前に置きながら一人酒。


「そろそろ酔っぱらってきたなあ~」なんてフラフラになりそうな夜の12時を越えた頃、携帯が鳴って「出番だ」の出動命令(?)。で、社長がいらっしゃるお店に出陣し、自慢の(?)カラオケパフォーマンスを披露する・・・。


当時は、そんなことに疑問すらも感じませんでした。


別に、出世しようなんて思ってはいなかったと思いますが(そいや1年で課長になりました。自己申告でしたけど 笑)、ごくごく当然のことかな、なんて。僕はその会社で働いている訳ですから、社長の命令はよほどのことがない限り絶対だと思ってましたし。


逆に、「自腹では絶対に行けないような店にいける」という興味だとか、「そこに同席している方が面白がる」というモチベーションが高かったように思います。あとは、タクシー代が(時にはチップが)もらえる、とか・・・(で、会社に泊まったり)。


なんて話を、恵比寿のバーで話をしていました。すると、同席した方が「それはあなたを試してたのかもね?」との一言。


・・・試してた??


そいや、その後の人生で「あいつを今、試してるんだ」なんて話を経営者の方から聞くようなことがあったりしたな・・・。いきなり役員になった方がいらっしゃったり、大きな仕事を任されたりという方にこういう言葉が向けられてたなあ、と。


けど、ビジネスにおける「試している」って時の多くは「誰がみても今が正念場」ってシーンよりも、案外とごくごく日常にあるのかな、なんて僕は思ったりしています。


「オーディションはオーディションの顔をしてやってこない」


ビジネスにおいては日々の活動が「試されている」といった側面があったりするのでしょうね。


当時の僕が試されていたかどうかはよく分かりません。おそらく、飲みの席で面白いやつがいるから、といっただけの話だったかもしれません。


けど、僕があの頃に「すんません。僕は夜の付き合いは嫌いなんで帰ります」だとかのスタンスをとっていたら今の人生とは違った世界が広がっていたような気がしてなりません。


そんなことを考えると、僕は当時の社長に試されてはいなくても、どこか大きな存在に試されていたような気もしたりするのです。


追記
ちなみに、今の僕は飲んでいて社員さんを呼びだしたり、待機させることはありません。念のため。


意外と「普段、いけない店にいきたい」と待ってたりする人もいたりするのかしら?


当時の社長にはお酒の飲み方をいろいろな形で教えていただきました。あとは、世の中には絶対に敵わない人(天才)がいることも教わりました。


逆をいうと、僕が自分の個性を出そうとおもうようになったのは、こうした凄い人にお会いしてからですね。自分の個性で戦えば、そこでは自分なりの強みを発揮できますからね。

August 10, 2009 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2009.08.04

新しいビジネスのネタについて

中小企業が抱えている不良在庫を現金化するスキームについて。


海外の業者との交渉や流通を、企業アライアンスを組んで行うしくみについて。


アンテナショップで購買代行の仕組みを行うしくみについて。


最近、「大局的」なこととしては、こんなことを軸に考えごとをしています。すべてビジネスモデルとして確立できたら素晴らしいんですけど、僕が考えてるようなことは大勢の人がなんとなく考えてるんですね。


最近、よく分かりました(笑)


早く動いた人が勝ち(・・?勝ち負け、ではないかな?)かな、と思いますので「今すぐできる第一歩」についてそれぞれ着手していきたいと思ってます。


そもそも、凡人が考えることで日本の誰もが考えていないビジネスモデルなんて存在するんでしょうかね、なんて思います。


けど、見た目は同じように見えても細かい部分の差異化の積み重ねが企業戦略ですからね。


そういう意味では誰一人として同じビジネスモデルなんて頭に描いてないのかな、とも思ったり。

August 4, 2009 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2009.08.03

12年ぶりのネパール

6月のアメリカ出張の時に「ネパールにいこう」と突然降ってきました。


ネパールは12年前に長い旅をしていた時に、一度訪れたことがあります。


チベットで高山病に倒れて1週間ほど寝込み、体調がようやくと復活してバスをつかって2泊3日で入ったのがネパールのカトマンズ。

チベットの国境を越えてネパールの国境に入るまでになぜか1時間ほど歩いたのが非常に不思議でした。途中、集落があって人が住んでいたのですが、「彼らの国籍はどこになるんだろう?」それがネパールでの最初の疑問(?)でした。(そいや、このブログの左上の写真はこの時の写真です。ずっとチベットの民族衣装を着て旅してました)


途中のタトパ二という町に温泉があってチベットの垢を落とした時の気持ちよさ、そこからカトマンズに入って夜に食べたステーキ(かなり奮発しました。とはいえ300円くらいだったと思いますけどね)の美味さ。


チベットの旅がしんどかっただけにカトマンズは天国、でした。


カトマンズはインドやチベットといった比較的ヘビーな国を回ってきた旅行者が多いので精神的に安心する街、なんでしょうね。記憶が定かではないのですが1週間くらいはボーっとしてインドの旅に備えた記憶があります。


今回訪れる街はカトマンズ近郊のパタンというチベット人地区。


この街を訪れた時、絨毯工場で働いている4人のチベット人(ナムギル、ディッチェン、ドルマ、ソナムという名前でした)に本当によくしてもらいました。


今回の目的は、「ネパールと仕事をするネタをつくる」という非常に抽象的なミッションなのですが、まずは行ってみて空気感をつかんでこようかと思ってます。で、彼女たちとも再会ができればいいな、と。


なんでネパールなのかよく分からないのですが、とりあえず自分の内なる声に耳を傾けていってきます!成果は大事ですけど、ネパールにいって何を考えるのか?を大事にしたいな、と。そうそ、今回はバックパッカー式の旅行スタイルでいこうかとも思ってます。


最近、楽する旅行を覚えましたからね。一度、原点(?)に帰ってこようかと。

August 3, 2009 | | Comments (4) | TrackBack (0)