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2009.10.20

夢はある程度の生活の安定の上に描ける

28歳くらいの頃の話。


働いていた住宅会社の給料は手取りで15万円くらいでした。そこから、家賃に4万5千円が出て行くと残りは10万円ちょっと。


歩合でしたので売ればお金は入ってくるのでしょうが、拓銀とか山一とかが倒産した頃の話です。なかなかポンポンと住宅なんぞは売れません。

僕は独り身でしたので、15万円くらいの給料でもやっていけました。会社から家まで歩いて5分くらいでしたし、朝の8時から夜の11時まで、月に2回の休み以外は会社ですからそんなに使う予定もありませんし。飲みもそこそこでしたしね。


けど、職場の上司(先輩)は大変そうでした。


40代後半で大学生の娘さんがいらっしゃる方がいました。一部上場の住宅メーカーでかつては年収1,400万円をもらっていた、と豪語(?)されてました。


年齢や経歴などは関係なく、「営業成績=給料」みたいな会社でしたからきっと僕と変わらない給料でやっていらっしゃったのだと思います。


たまに展示場などで一緒になるとよくボヤいてました。「生活が安定しないと安心して働けないよなぁ」と。当時の僕は、「だったらガンガン働けばいいじゃん」と思いました。


あれから12年近く。今の僕は「確かに生活が安定しないとなあ・・・」と思います。


一緒に働き始めて4ヶ月後くらいに、その上司は他の会社に転職していきました。その後はどうされてるか分かりません・・・。


仕事をする目的は人によりいろいろとあるでしょう。けど、誰しもが「経済」「生活」を抜きに仕事はありえないと思います。


生活が安定していない中、経済的に不安定な中で「会社のビジョン」だとか「誰もが経営者視点になれ」などといわれても、「ってか、それよりも前に生活だろう」ってなるのはごくごく当たり前のことです。


僕らが生活しているのは資本主義の世の中ですしね。


で、僕ら会社をやっている人間は雇用を長期的に守る責任が生じるわけです。「経済」「生活」を安定させ、人間としてより高い欲求を目指すサポートを長期的に行えるよう思いをはせる義務が生じるわけです。


いったい、どこのラインで「安定」なのかは人それぞれ。


28歳の頃の僕は15万円の手取りでも嬉々として(?)働いていました。2年間近くの旅人生活から社会復帰して,働けるだけでありがたかったですしね。


けど、先述の上司にとっては「15万円ではどうしようもない」というのが本音だったと思います。


僕が当時つとめていた住宅会社の経営者だったと仮定した時、上の2人の話を聞いたからといって賃金をいじるのはナンセンスだと思います。賃金の公平性が保たれませんからね。


けど、「経済的な安定を第一に図る」ということが雇用をする上で大事だと考えた時、何かしらの打ち手があるんじゃないのかな、なんて思ったりもします。


本当に責任のある雇用をする、ということは「15万円ではどうしょうもない」というような人を歩合といった不安定な方法で雇うようなことをしない、ということなのかな、なんて思ったりするのです。


確かに、その住宅会社には年収1000万を越えるスターみたいな人がいました。けど、多くの人にとっては夢ってのは「ある程度の生活の安定の上に描けるもの」なのかな、と。


当たり前のことなんですけど、最近のビジネス本にはこの辺の視点がちょっと足りないような気がしたりします。当たり前すぎることだからあえて触れない、であればいいんですけどね。

October 20, 2009 |

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