« 「自分は他人よりも損をしている」 | Main | 同質化、という落とし穴 »

2010.09.28

「商い」は「飽きない」

「こんな喫茶店、いままでになかったなあ~」


初めてスターバックスを訪れたのは、12年くらい前の話。お茶ノ水のお店でした。


珈琲の香りがする店内と、そこに流れているゆっくりとした時間。スタバの創業者が提唱している「サードプレイス」(家でも職場でもない「第3の場所」)、まさにそのまんま、でした。



同じく、居酒屋(居食屋、というんでしたっけ?)の和民をはじめて訪れたのは16年くらい前の話。池袋の西口にあるお店でした。


出てくる料理の質と量と金額とのバランスが絶妙で感動しました。平日の夜だったのですが店内が満席でずいぶんと待ちました。和民の創業者が提唱する「一つでも多くのありがとうを集める」、まさにそのまんま、でした。


しかしながら、その手の感動というものはどんどんと薄くなっていきます。


まずは、店を訪れる側の経験値があがってきます。最初は「感動した」と思ったことが、ごくごく普通のことになっていきます。


そして、同業他社ができて同じようなビジネスを展開していきます。さらには、ドミナント戦略(次々と店舗を出店する)の中でスタバや和民がめずらしくない存在となっていきます。で、「ブランド」という果実を得つつも、「稀少価値」がさがっていきます。


さらには、「飽き」の問題もでてきます。お客さまが「飽きる」、そして経営者や働いている社員が「飽きる」ということがでてきます。


「商い(あきない)」は「飽きない」だ


という言葉を聞いたことがありますが、これはきっと商売は「飽きてしまう」ということが普通に起こるので、それを戒めているのだと思います。


お客さまの「飽き」と自分自身の「飽き」


僕らはそれらの「飽き」に注意しないといけません。それらは、「仕事のテクニック」と表裏一体に存在していることに思いをはせなければいけません。


先日、和民さんにいきましたが、僕がはじめてお店を訪れた時よりも料理の質も金額も格段にレベルがあがっている、と感じました。


それでも、ものめずらしさや感動が失せていくのですから成熟化した社会で働くということ、価値をつくるということは大変だな、と。


こんな時代、まずは自分自身を「飽きさせない」マネジメントが必要になってくるのだと僕は考えています。そのためにも、人と会ったり、本を読んだりして自分の中に「新しいもの」を意図的にいれていくことが必要か、と。

September 28, 2010 |

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「商い」は「飽きない」:

Comments

Post a comment