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2010.09.07

人生における「トレードオフ」について

「トレードオフ」という言葉がビジネスの世界でちょっとだけ脚光を浴びているみたいです。


ウィキペディアによると、トレードオフとは「一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという二律背反の状態・関係」のこと。


「価格」「品質」といった二律背反することを統合し、自社の戦略にすることは素晴らしいことです。


けど、本来はこの両者はトレードオフの関係にあるので、企業経営者は「価格か?」「品質か?」について自社のとる戦略を決めないといけません。

「あれもこれもやっていく」というのでは、戦略でも何でもなかったりします。どれもが中途半端な打ち手に終わり、戦略そのものがエッジの効いていないつまらないものに陥る危険性を持っています。(戦略が不全化する理由の原因には、「あれもこれも手を出す」とモノの本にはよく書いてあります。)


実はこの「トレードオフ」は生きていく上でも大切なこと、です。


26歳の頃、僕は「仕事を続けるか?」「旅にでるか?」という二律背反を統合できずにいました。


学校の先生であれば、夏休みなどに1カ月程度の長旅に出ることは可能でしょうが、僕がいた会社は有給休暇だってロクにとれず・・、まさに「トレードオフ」の状態にありました。


そんな悶々とした中で、中国に短期間の一人旅にでて「旅に出たい!」欲求がつのり、僕は会社を辞めて旅に出ることを選択しました。トレードオフに自分なりにカタをつけたわけですね。


「トレードオフ」をする、ということは様々なことを捨てる、ということです。


「月々の給料」、「慣れてきた仕事」、「会社に所属しているだけで得られる社会的な評価」、「大学までいって入った会社なのにもったいない、という意識」「もういちど、社会人になったら一からスタートだな、という意識」などなど・・・。


今思えばしがみつくには値しないようなことばかりですが、当時の僕には「捨てるにはもったいないこと」ばかりでした。


けど、意を決して当時の僕なりに「トレードオフ」に判断をしたことは、旅に出たことと同じくらいに重要だったと思います。


実は僕ら、いたるところで「トレードオフ」に囲まれている社会を生きています。


資本主義が「欲望を満たす」ということを主眼に置いた社会ですから当然ですね。自分のアンテナや軸をしっかりと持っていないと、「あれもこれもしたい」というようになってしまう社会なんです。


その中で、「全てを回りと一緒」という生き方をするとどこかに無理が生じるので、主体的に「トレードオフ」にカタをつけていく


それだけのことでずいぶんと生きやすくなっていくと思います。


プライベートのことになりますが、我が家は賃貸ですし、自家用車も持っていません。その代わり、「食べること」や「旅にでること」に関してはお金を使おうと考えてます。


これだって一種のトレードオフです。


生きることに戦略、などを持ち込むと堅苦しいようですが、僕は意識的に「トレードオフ」を考えることは大事なことだと思ってます。

September 7, 2010 |

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