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2010.09.13

叩きのめされた経験

18歳。大学受験の全国模試を受けました。国語、英語、社会の主要3科目の偏差値が28.9・・・全国でビリから4番目でした。高校時代、全く勉強をしてなかったのですが、ここまで悪いのはさすがにショックでした。


19歳。大学に入ってキックボクシング部の練習を見学に行きました。自分より30キロ近く体重の軽い先輩とスパーリングをやって全く相手にされず翻弄され続けました。格闘技をやっていてちょっとだけ自信があったのでこれはかなりショックなできごとでした。


23歳。就職試験での最終面接。役員による意志確認で、「御社が第一希望ですが、これでいいのかな?と正直迷っている気持ちもあります」と伝えると、担当の表情が変わり、面接は一気に終息モードになりました。最後は「お帰りください」と無表情でいわれました。結果は不合格。最終面接にいった中で自分だけが落とされた、とその後聞きました。


26歳。退職して旅にでました。で、自分なりに文章を書いていました。当時、僕と同じような旅をして、文章を発表したカメラマンがいました。物事をとらえる視点、クリア―でよどみがない文体、ちょっとだけフリーライターのようなことをしていましたが、「こんなヤツがいる世界では絶対に叶わない」と思いました。


27歳。帰国してちょっとだけお金が欲しかったのである飲食店のアルバイトに軽い気持ちで応募しました。面接して、結果は「不採用」。なんでかの理由も分からず、さすがにこれはこたえました。


28歳。住宅会社に入りました。営業の仕事には自信があったのですが、まったく売れずでした。3か月売上がゼロの社員が参加する研修に参加して、草むしりをしました。とにかく行動だ!といわれて、1日70件近くの飛び込み訪問をしたのですが成果はでませんでした。


と、まだまだいっぱいあるでしょうがざっと思い出してみました。


人は年齢を重ねると「叩きのめされる経験」が少なくなってくるように思います。


「叩きのめしてくれる人」が周囲に少なくなったり、「叩きのめしてくれる事実」を自分なりに都合のいい形でとらえたりするようになるからでしょうか。もしくは、「叩きのめされること」に麻痺していくか・・・・いずれにせよ、「叩きのめされる経験」がアップデートされなくなると、人間は「過去の叩きのめされた経験」に逃げがちになります。


「昔はこんなだった・・・・」だとか、「俺が若い時は・・・・」だとか


それは、単なる懐古趣味ではなくて、今現在の自分が「叩きのめされていないこと」を自分の無意識が感じているからなのかな、と僕は思います。


「人間は、叩きのめされてはじめて自分の中に節のようなものができる」と僕らのDNAにはきっと刻まれていると思うので。


かういう自分も、歳とともに「叩きのめされる」ことが少なくなってきています。大上段に文句をいわれることは少なくなりましたし、「知らないこと」や「できないこと」をなんとなくごまかすすべも身につけたでしょうし。


そんな中で僕らみたいな年齢層が「叩きのめされる経験」をするには、「自分に居心地の悪い場所」に身を置くのが大事かと思います。


「常連だらけの飲食店に一人で入って行く」でも、「受講者が仲間だらけの研修会に参加してみる」でもいいでしょう。


「叩きのめされる」まではいかなくても、「自分がいかに普段居心地よくやっていたか」を感じることしきりだと思います。


あとは、「叩きのめされる経験」のは上の世代からではなく下の世代から、という視点を持つことが大事か、と。


「自分の言葉が下の世代に通用しない」、「自分のやり方が下の世代に通用しない」という中で、自分がやってきたことが「叩きのめされる」


まだこれは仮説(?)なんですが、僕らは「叩きのめす経験」を与えている側から「叩きのめされた経験」を与えられている・・・・そんな側面もあるのかな、と。


僕が最終面接で落とされた会社の面接担当者。


当時は、「なんてつまらん担当者だ」としか思っていませんでした。けど最近は、「今日さあ~、最終面接なのに『御社が第一希望ですが、正直迷ってます』なんて学生がきたんだぜ。俺らの世代じゃ考えられないよな・・・」とかいいながらお酒を飲んでいたような気がしたりするのです。

September 13, 2010 |

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