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2010.11.04

他人に対しての先入観について

その昔、「ゼロ社員研修」とやらに出たことがあります。


住宅会社で働いていた頃に、3か月売上がなかったら(住宅業ではあることなんですね)「なぜできないんだ」と叱咤叱咤され、仕上げ(?)に支社の草むしりを1日かけて(それも月に数回しかない休日に)やる研修です。


ホントに「ゼロ社員」という言葉が社内で通用していたのですから驚きですね。

この研修にでると、「だから『ゼロ社員』なんだ・・・」とか「『ゼロ社員』から早く脱却して・・・」だとか、「ゼロ社員」呼ばわりされます。


で、ほとんど会うことのない偉い人が会社にきた時に「なんだ、『ゼロ社員』の割にはまともじゃないか・・」とかいわれたりします。「ゼロ社員」から抜けた時(売上が上がった時)は「おめでとう!」とかいわれたりします。


・・・・? 我ながらよくぞ勤めてました(笑)


人間は先入観を持つ生き物です。だから、「ゼロ社員」とかいう具合についたレッテル(?)はなかなか抜けません。


売上が上位の人とゼロ社員が同じような仕事をしたとしても、上の人の受け取り方は確実に違います。で、それを主張するものなら逆にやり返されます。


「そんなんだからダメなんだ・・・・・」、「だからいつまでもゼロ社員なんだ・・・」と。


僕らは日常、さまざまな情報やできごとに触れます。更には、多くの人と会います。


それらの一つ一つに「事実をベース」として認知できればいいのでしょう。そうしたら、世の中の誤解の多くはなくなっていくのかもしれません。


けど、僕らはそれら一つ一つをを丁寧に丹念にやるだけの時間や労力がありません。


だから「○○は○○だ」といった、自分なりのモノサシをつくって、ある程度の割り切りを持ちながら物事を認知します。


逆を言えば、常に「大塚は○○なんだ」という他人のモノサシによる認知にさらされている、ということになります。


で、僕らはそれをなんとはなしに自覚しています。人間が成熟していくうちに、「他者からの視点」を自分の中に取り入れられるようになっていったりしますし、ある程度の先入観に対して「仕方ないよな」との諦観で対応したりします。


けどそうであっても、「自分の思っている自分自身への認知」と「他人が自分に対して持っている認知」との間に大きなギャップがある場合、僕らは悩みます。


「他人からきちんと認知されない」、「上からきちんと評価されない」


ということですね。


一個人としてこれにどう向き合うか。


僕は2つが重要だと思います。


一つは、「人は先入観で自分を見るものだ」とある程度は割り切ること。もうひとつは、「周囲にいい先入観をつくってもらう、という視点を持ちつつ行動する」ということ、ですね。


「周囲にいい先入観をつくってもらう」ということが前面に出過ぎたり、行動の主軸となると「自己愛の強い人だ」って先入観を持たれてしまうので要注意ですが、この視点は大事だと思います。


「分かる人には分かる」って思考回路をする人もいると思いますが、えてしてそういう人は「先入観をつくってもらう」という部分において努力不足だったりするのかな、というのが僕の考え方です。


「自分の素を知ってもらう」といって準備もせずに就職の面接に臨むようなものですね。「分かる人にはわかる」は分からない・・・・これは幾多の人と採用面接をしてきた中での僕の感想です。


少なくとも、組織で働いている人にとっては陥りたくない思考パターンですね。


ここは、ビジネス書などでは言われないですけど「いい先入観づくり」は職場のマナーの範疇なのかな、と僕は思ってます。

November 4, 2010 | | Comments (0) | TrackBack (1)

2010.11.02

同質化、という落とし穴

今から14年前の今頃、僕はバンコクに旅立ちました。26歳の秋ですね。


タイのドンムアン空港に降り立った時の全身にまとわりつくような湿気と香辛料のような空気の香り。一気に「異国にきたんだなあ~」と旅行者スイッチが入りました。



今日から誰にも束縛されずに、右(ベトナムやラオス)に行こうが左(インドやネパール)にいこうが下(マレーシアやシンガポール)に行こうが自由なんだ、と思うと得もいわれぬ開放感を味わいました。


今までの人生で一番いい瞬間のひとつだったかもしれないですね。


将来のことを考えると不安でなくはなかったです。けど、「人と同じことをしていてもダメなんでは・・・」という予感(?)のようなものは強く感じてもいました。


同じような能力の人が同じような仕事をして同じように頭を使って・・・・それを続けていったら将来はどう考えても周囲と「同質化」せざるを得ません。


「周囲と同質化する」ということは自分の価値がその他大勢と一緒ということを意味します。


ビジネス誌などでは「オンリーワンの価値をつくる」などと特集されたりしますが、そもそもビジネス誌を読んで行動を起こすこと自体が「オンリーワンの価値」とは対極にある、という事実に気がつかないといけません。


日本の社会で生きていくにはある程度の同質化せざるを得ない部分はあるでしょう。


けど、どうしてもどこかでそれを拒否したい・・・・まあ、モラトリアム的な発想かもしれませんが当時の僕はそんなことを考えていたように思います。そんな中で、「旅に出る」という作業は低コストかつ低リスクで「同質化からの逃避」をする手段だったのかな、と。


今、仕事をしていく中で大切にしたいのもこの「同質化からの逃避」です。


旅にでた26歳には「26歳なりの同質化への陥穽(落とし穴)」がありますし、今の仕事には今の仕事なりの「同質化への陥穽」があります。それに陥らないことは大事だと思います。


今、中小企業の海外進出が声高にいわれています。


「日本人の消費マーケットが縮小している」、「中国やインドの景気がよい」、「ネット活用により言語障壁がなくなりつつある」などと聞くと、「おっ!チャンスじゃないか」と思わない経営者の方が少ないと思います。(むろん、自社の商売や商材にもよりますけど)


けど、そこに「同質化の陥穽」がないかを自分のフィルターに通すことは大事です。


同質化の本質は「競合がたくさんいる」ということですし、「自分オリジナルの価値を生み出しにくい」ですからね。


同質化の逆を行くのは勇気がいることですし、チャンスや利益を逃すリスクを負う(かもしれない)、ということでもあります。


けど、世の中が同質化に向かいやすい時代だからこそ、「同質化から意図的に離れる戦略」を持つことは大事なのか、と。

November 2, 2010 | | Comments (0) | TrackBack (0)