« 教養について考える | Main | 『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』 »

2011.11.02

上機嫌、という作法

その昔、「最近の社長は機嫌が悪い」と社員面談でいわれたことがあります。


「機嫌が悪い」って自覚は私にはなかったのですが、こと自分に関してのことは周囲の見立ての方が正確である場合が多い。素直に改めようと思いました。


が、そういったたぐいの声が何回か続く。


「機嫌が悪い」が「きっと、怒ってるんだ」「何かトラブルがあったようだ」などと「解釈」になっていったりする。恐らく(これは僕の見立てです)それを正統化するための事実が集まっていく•••。


となると、「機嫌が悪い」といわれている本人が「俺は機嫌なぞ悪くない」といっても通じなくなるわけですね。


こうした思いを何回かしたことがあります。


こと、「自分のことについては周囲の見立ての方が正確である場合が多い」とは思ってますが、正直なんとなく釈然としなかったんですね。頭では理解できるが、体が納得していないような感覚です。


そんな時に知り合いの経営者がこんなことを。


自分も「怒っている」と周囲から言われることが多かったんだわ。半分は自分でつくりあげたキャラクターを演じていたつもりなのであまり気にしてなかったんだわ。


けど、しょっちゅう「怒っている」と陰口いわれてるみたいなので、「こりゃまずい」と思って話を聞いてると「自分がナーバスになっている状態」を人によっては「怒っている」と解釈することに気がついたんだわ。


なるほど•••「自分がナーバスになっている状態」だったら自分にもあるなぁ、と。


経営は、「大胆に攻める部分」だけでは無理なわけで、どこかに「ナーバスに、慎重に、最悪の最悪を考える部分」を併せ持っていないとならない。で、そのいやーな仕事の多くは社長の責務、だと僕は思うわけです。


でも、そんないやーな仕事をすることで「ナーバスになった自分」が周囲にさとられてしまう。更には、「機嫌が悪い」などと感じられてしまってはいただけないですね。


そう考えると、「機嫌が悪い」って人が周囲にいたら、「単にナーバスになってるんじゃない」と認知を変換させるのは、自分がストレスを感じないために有益かもしれないですね。


かくいう僕は、「ナーバスな自分」を客観的に意識できるようにして、「上機嫌を心がける」ようにしたいと思いました。

November 2, 2011 |

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 上機嫌、という作法:

Comments

Post a comment