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2011.11.24

「自分に起こる出来事には意味がある」について

「自分に起こる出来事には意味がある」


自己啓発の本だとかによく出てきますね。ある飲み会の席でこれについてどう考えているか、って話になったのでここで私論を。


僕らに起こる「出来事そのもの」はきわめてニュートラル。「いいこと」も「わるいこと」も個々人の解釈の問題であって、それ自体には意味性はありません。


その「出来事」に対して僕らはなにかしらの「意味」を付与して、「悲しんだり」「喜んだり」「怒ったり」とします。


それらの感情は、僕らが成長していく上での「大切な種」です。(なぜなら、「本来の自分」だとか「ありたい自分」が僕らの感情の裏側には存在しているケースが多いからですね)


その種に、「反省」だとか「自分をみつめる」とかいう栄養分を与えるのであれば「出来事には意味がある」のでしょう。


僕は「成長至上主義」ではありませが、今の日本では成長しないより、成長した方が自分らしい人生を送る門戸は開かれていると、断言できます。それだったら、「成長」を人生の目的の一つにした方がいい。


「出来事には意味がある」と考えて生活をすると「成長」に近いところにポジション取りができると思います。なぜなら、すべての出来事が「反省」だとか「自分をみつめる」ネタ(つまり、「成長」のネタ)になるわけですからね。


逆にいうと、「出来事」という「大事な種」を活用しなければ「出来事には意味がある」わけがありません。


「自分には絶対に非がない」ってことを指摘されたり、責任を押し付けられたり、むちゃくちゃな出来事が起きたとする。


それでも「出来事には意味がある」って考えるのであれば、自分自身の「こうした問題が起きたのはなぜか?」という「反省というスイッチ」を一度入れることが重要か、と。


かつて、15人くらいのグループセラピーを受けたことがあります。


参加者の1人が「職場の人間関係に悩んでいる」という話をされました。確かにひどい話だな、とは思いましたが発言者に「反省」って姿勢が微塵も見られない。


「そんな姿勢が原因の一つでもあるんじゃないかな」ってどことなく感じてた時に、「全ての出来事には意味があるのですから、ガマンです」って発言者が口にした。


この言葉をこういう使い方するのは、日本の至る所で見聞きされるんじゃないでしょうかね。僕は違和感を感じまくりでした。


僕らに起こる「出来事には意味がある」と「反省」とワンセットだと僕は思います。


一度、自分なりに「反省」をした上で「自分はそれでも悪くない」と思えばそれはそれでいいんです。


その「反省」が独りよがりであれば「次の出来事」が自分の身に起きるでしょう。だいたいは、かかわる人が変わっただけで同じパターンの問題が起きるでしょう。


「反省」がきちんとなされているのであれば、「次のステージの出来事」がきっとやってくるんでしょう。いままでの問題が小さくみえてしまうような「出来事」がやってくるでしょう。


人間は「反省」というものを正しくできない生き物だと思いますので、こういう形で「反省をきちんとする」と創造主はプログラミングしたんでしょうね。


「出来事は意味がある」は「反省をきちんとする人」の人生に「より強い意味」を、「より深い意味」を与えてくれるのでしょう。


せっかく生きているのだから、そんな世界を垣間みたいな、って思います。

November 24, 2011 |

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