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2011.11.28

「誰かを理想化する」ということ

自分は生まれてこのかた、常に尊敬する人がいます。言葉を変えていうのなら、常に誰かのファンです。


相手は野球選手だったり、格闘家だったり、アイドルだったり、小説家だったり、ジャーナリストだったり、先輩だったり、経営者だったり•••(もちろん、今もいます)


で、そんな時の自分は「相手を理想化」しています。「きっと、この人はこうなんだろうな•••」と相手をどちらかというといいイメージで描いています。

けど、実際のその人たちだって人間です。


仮に近くで付き合ったら自分が思い描いたイメージと違うこともあるかもしれません。


ってか、かなりの確率であるでしょう。なにせ、こちらが勝手に「相手を理想化」しているんですからね。


「スターと一ファン」って特別な関係でなくても、僕らは無意識に近くの人を理想化しています。


その理想に相手が見合わない行動や言動を行うと、失望したり、怒りが出てきたり、裏切られた思いに苛まれたりすることがあります。


けど、「相手を理想化」している主体はあくまで自分です。自分の行った「理想化」という行為に対して、自分を苦しめているわけです。


「相手を理想化」する行為そのものが悪いとは僕は思いません。


「あの人みたいになりたい」、「あの人に認められたい」って感情は、人間が生きていくための癒し(?)になりますしね。


けど、理想と現実とが違った時に「まあ、こんなこともあるだろうな」って許容範囲を持つことは、自分自身の心身のためにも持っていたいと思います。


あと、僕らは「人を理想化する存在」であると同時に、「他人から理想化」される存在でもあります。


職場の上司や後輩から、パートナーや友人から、場面場面で「他人から理想化」をされる存在です。


ほとんどの人は、できれば周囲の「理想」には答えたい。けど、能力や環境要因もあったりして「周囲の理想」に全部を答えることはどうしてもできない。


自分が周囲に対して許容範囲を持つということは、「他人から理想化される自分」にも許容範囲を与えることなのか、と。


「他人からの理想」は人によってはプレッシャーかもしれませんが、ここに振り回されては疲れる一方です。


「できれば理想には答えたいけど、無理だったらごめんね」ってスタンスでいいんじゃないかな、と。


周囲に対して許容範囲を持つ人はそんな人であってもばっちし受け入れてくれると思いますしね。

November 28, 2011 |

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