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2011.12.14

欲求を自己防衛しながら満たそうとする

昨日は研修会でした。9時間、さまざまなテーマがでて、いい意味で頭が混乱しました。その中でたまたま出てきた話からちと考えてみます。


僕らには「快感を追い求めたい」って欲求と、「不快を避けたい」って欲求と


大きく分けて2つの欲求があります。


僕らの周囲に、「不快」はたくさんあります。「周囲の騒音がうるさい」だとか「部下が指示通り動かない」だとかですね。


この欲求が大きくなると僕らは「不快を避けよう」と動きます。当事者に働きかけたり、注意を促したりします。


けど、ここで自己防衛が働くことがあります。


当事者にダイレクトに働きかけることは、自分が嫌な思いをすることがあるためです。だから、自分が傷つかない形で欲求を通そうとします。


例えば、「自分の欲求を口にしないで、社会倫理を持ち出して『不快を避け』る」自己防衛。


尊敬する社長さんが研修の席でこんな話をしていました。


今までは職場に遅刻が多いので『社会人なんだから遅刻するな』って話をしていた。それでも遅刻は減らなかった。ある時から「遅刻すると自分が頭にくるんだから遅刻するな」といったら遅刻がほぼ無くなった、と。


うーん、この手の話はよくあることだな、と。


もひとつの例として、「自分以外の人を全面に出して『不快を避け』てもらう」自己防衛。


「この問題は部長が出てもらわないとお客さんが納得しないです」って話が職場にはよくありますよね。


確かに役職者が出なければ物事が解決しないケースもあるでしょう。


けど、なんでもかんでも上司や先輩を動かすことで問題を解決(=不快から逃避)しようとしているのなら根底に自己防衛を疑った方がいいかもしれませんね。


自らが前面にたたずに欲求を満たす、ってのができたら最高なんでしょうけどね。どうやら、人の世はそんなに甘くできていないようですし。


とかく、これらの問題は一見するとスジが通っているように見えます。逆に言うと、スジが通っているからこそ、自己防衛って意識が無意識に「スジ」を活用しようとするのかもしれませんね。


我が家で生活している2匹の猫は、朝5時過ぎから活動を始めます。


「お腹が減った」という「不快」を避けようと一生懸命に私を起こしにかかります。


どちらも「もう一方の猫を動かして食事をもらうように」なんて動きはしません。また、仮に口がきけたとしても「飼い主はご飯をあげるものだ」と社会規範を持ち出したりはせず、一生懸命に欲求を伝えようと動くことでしょう。


自分自身の根底に、さまざまな欲求がある。けど、自らが傷つきたくないからさまざまな形で自己防衛しながら、欲求の解消を図るように動く。


少なくとも僕にはこういう要素はありますね。


日常の中で欲求がムクムクと頭をもたげてきた時に、自分がこのことに意識的になれるかなれないかが重要なのかと。


どうやら、「自分の欲求」を「欲求」と認識した上で、きちっと当事者に伝えることが重要なようですね。


自分は比較的やっているつもりでしたが、さまざまな形での自己防衛はまだまだあるのだな、と思いました。

December 14, 2011 |

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