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2011.12.13

選択されなかった未来

「芸能人のマネージャーにならないか?」と知り合いに声をかけられたことがあります。


電気工事のアルバイトをしながら旅をしていた28歳の頃です。


長旅に行く以外には「これをやりたい!」と明確なビジョンもなかったので、六本木の喫茶店で事務所の方とお会いすることにしました。

「テレビやイベントなどでその芸能人をどのようにしたら使ってもらえるか?」を考え、行動に移すのが仕事、と確か聞きました。


その芸能人は僕が高校生の頃にブレークしたアイドルでした。当時は、アイドルなのか女優なのか歌手なのか、過渡期にいた感を僕は持っていました。


「彼女の芸能人としての方向性を決めるのは大塚さんの仕事になります」的なことも言われました。


「面白いな」とは思いました。周囲でそのような仕事をやっている人は誰もいなかったからですね。一度、飛び込んでみてもいいかな、とも思いました。


けど、一方でその事務所の方にちょっと違和感を感じていました。携帯電話がどんどんとかかってきて、前にいる自分におかまいなしにしゃべるし、仕事の話がどうも抽象的で観念的•••。


30分くらいお話しして、翌日、丁重にお断りしました。


今思うと、「芸能人のマネージャーになる」って未来が向こうからやってきた瞬間でした。


で、僕はこの未来に対して「NO」の選択をしました。とりあえずやってみる、という判断もなくですね。


未来は向こうから僕らにやってきます。


「何が」「いつ」「どういう形で」やってくるのかは(たぶん)選択はできません。


「善行を積めばいいことがやってくる」といった「因果応報」がベースにあるようでもあり、「人間が生まれながらに与えられた使命」に基づいて未来がやってくるようでもあり•••、この辺は僕にはよくわかりません。


けど、未来は向こうからやってくるのはどうやら間違いがないようです。


「こちらから未来を追いかける」って主体的に(?)思いたいですが、そんな意志とは無関係に未来は僕らに未来をつきつけてくるように僕は思います。


それに対して僕らができることは、「やってきた未来」を取り逃がさないように「未来への感度」を高めていくことと、「その未来を選択するかしないか」の判断を自己責任で行うこと、かと。


で、自己責任で行った判断に対して後からとやかく考えないことも重要か、と。


ちなみに、あの時にマネージャーの話があった芸能人はその後、女優としていまでも活躍をしています。僕とは一瞬だけ人生がシンクロしかけたと思うと、ちょっとだけ応援をしたくなったりもします。

December 13, 2011 |

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