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2011.12.27

自分のことはさておき

「○○さんからの報告や相談がない」なんて問題提起があったとします。


そのために仕事がスムーズにいかないのであれば確かにこれは問題ですね。


けど、僕らがこの手の問題提起をする場合「でも、そうは口にしている自分だって報告や相談を完璧にしているわけじゃないからな」って感じの逡巡が入ったりします。

その「逡巡」が「自分が問題を口にして、逆に自分が突っ込まれるのも嫌だ」だとか「ああいう一面は自分にもあるからな」などの意識を生み出します。


結果として、そんな謙虚な(?)意識が「問題提起をしない」という行動につながり、問題の発見や解決を遅らせることがあったりします。


かつてこんなことがありました。


本ブログに対して「ブログで書いていることと現実の生き方が違うんじゃん?」って意見を耳にしました。もちろん、この手の陰口みたいな意見は直接自分にはきませんから、人づての話としてですね。


「ってか、そんなの当たり前じゃん」


この手の話はこれでジ•エンドです。


このブログは「自分がどう生きているか」ではなく、「自分がどう生きたいか」を書いているわけですからね。「現実の生き方」と違うことなんて至る所にあるでしょうし。


「問題提起を口にする」「考えているこをブログに書く」などの行為を行うと、「そう口にしているあなたはどうなのよ?」って向けられることがままあります。


僕が思うにはこの言葉は、自分のアイデンティティを守るための精一杯の抵抗でしょう。典型的な自己防衛のパターンですし、完璧ガード状態ですね。


別に「問題提起」や「書いた」側は誰かを攻撃する意図がある訳じゃないんですけど(意図がある場合もあるかな)、自己を守るために過剰な反応をしているだけなんでしょう。


これでは、せっかくの(?)問題提起も「あなたこそ問題じゃない」的な水掛け論に終止してしまいます。


先日もとりあげたローマの哲学者•セネカはこういいます。


私が悪徳に非を鳴らすとき、その悪徳は何よりも私自身のそれなのである。(『幸福な生について』P169)


「これが問題だ」と考えることの多くは、つまるところ自分自身の問題でもある、ということですね。


「自分=善、他者=問題」って白黒思考は論外ですが、とかく「問題提起」を行う際は「自分のことはさておき」ってスタンスをいくらか持つのが大事なのでしょう。


「あなたはどうなのよ?」が向けられないように行動を控える、ってのも自己防衛のパターンですからね。


「自分のことはさておき」って言葉のイメージはよくないですけど、「自己防衛」よりもいいのかな、と。


「自己防衛」が強い人で周囲からみて魅力的な人は少ないでしょうし。

December 27, 2011 |

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