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2012.01.04

僕らは自らの意志で人生を切り開いているのだろうか?

20120104

「人が自分の人生と言うところのものは、他の力ある力によって生かされている。(中略)我々は自分の人生と言っているものは、我々を超えた力を持つ者の戯れである」(『ギーター•サール』東方出版P21)


ヒンズー経の聖典として2500年もの間、インド人に影響を与え続けてきた「ヴァガバッドギーター」の入門書を読みました。


僕らが、「自分の人生」といっているもの。それは、自分のエゴが織りなす幻想。


パラマートマー(神)は世界の全ての動き、人間の活動をあたかも機械に乗せるがごとくに動かしていて、僕らが「自分の人生」といっているものは、絶え間なくわき起こるフィーリング、思考によって創られ、僕らはそれに縛られている•••そうです。


「自分の人生」は自分が切り開いていると思いたい、ってのは人間の素直な感情だと思います。


運や出会いといった外的な要因は当然に必要だけど、根本的には自分の意志や決断、努力や頑張りが主体的に働いて人生が切り開けてきたと思いたい生き物、それが人間だと思います。


けど、インドの叡智はまったく違うことをいっているんですね。


「インドの叡智はなんていうわ分からないけど、やっぱ自分が主体でしょ」と思う一方で、「なぜか流れるようにうまくいった」、「どう考えてもこの出会いだけは運命を感じざるを得ない」、「あのタイミングで決断できたってことは自分の意志によるものとは思えない」•••


なんてことを経験していくと、「やっぱ、自らの意志を超越した存在が自分の人生を宿命づけているのかな」と感じることもあったりします。


で、それを受け入れていくことは、「自己の主体性の放棄」ではなく、「自己の主体性を確固たるものにする」ことに繋がるんじゃないかな、と思ったりもします。


とかく、こうした考え方に関しては食わず嫌いの方も多いと思いますけどね。

January 4, 2012 |

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