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2012.01.06

甘えの構造

20120106

大学に入学して格闘技の部活に入りました。3週間後、練習で左大腿部を怪我して10日ほど入院しました。


主将がお見舞いでお土産として持ってきてくださったのが2冊の本。『タテ社会の人間関係』(中根千枝)と『甘えの構造』(土居健郎)でした。

それらの本のタイトルをみて「大変な部に入ってしまったなあ(汗)」と。当時はそれぞれが名著とは知りませんでしたので、「甘えるんじゃねえぞ」ってメッセージかと(笑)


発熱や軽い怪我くらいでは練習を休める雰囲気、空気感はまったくなかったですが、多感な時代に自分の意志が思うまま通らない環境に身を置けたことは大きな財産です。


年末に大掃除していた時にこの『甘えの構造』(弘文堂選書)が出てきたので久々に読みました。


「甘え」という切り口から日本人論を展開している名著ですね。大学時代に読んだときとはまったく違う本のように感じました。


●「すねる」「ひがむ」「ひねくれる」「うらむ」はいずれも甘えられない心理に関係している。すねるのは素直に甘えられないからそうなるのであるが、しかしすねながら甘えているともいえる。


「ふてくされる」「やけくそになる」というのはすねの結果起きる現象である。ひがむのは自分が不当な扱いを受けていると曲解することであるが、それは自分の甘えの当てがはずれたことに起因している(P25)


●社会が複雑になって、どうやったらうまく甘えられるかそのルールの発見が困難となっている(P126)


戦後、「個人の確立」が思うようにいかなかった日本で、「甘え」ってのは姿、形を変えていたるところに存在しているようですね。


「本心は甘えたいんだけど甘えてるのを悟られたくない」って感情が必要以上のつよがりを生み出す、なんてのはよくみられる光景でしょう。また「自己評価がやたらと高い」なんてのも「甘え」が根底にあったりするもかもしれませんね。


自分が「この人、個人が確立してるなあ」と感じる人は必要以上のつよがりもないですし、自己評価が常に高すぎず、低すぎずと客観的です。


おそらくこれは、日本社会の構造として存在している「甘え」を自分なりにコントロールし、つよがりや冷静な自己評価を排していった結果なのでしょう。


自分の心の中の「甘え」。大人になった以上、「甘え」は満たすのではなく、コントロールするものです。


で、注意すべきは今の文脈で物事を語ることです。


「私は昔、こんなに大変だった」的な話がありますが、これは「その時に甘えられなかったことを、今の時代でリベンジしてる」って光景に見えないでしょうかね。


この手の話は「で、だから何?今のあなたはどうなの?」でおしまいでしょう。


常に、「今の自分はどうなのよ」って視点を持ちたいものです。

January 6, 2012 |

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