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2012.02.29

仮装カラオケ

2012


久しぶりに朝まで飲みました。


仮装カラオケして、胃がよじれるほど笑いました。


笑いって伝染するんですね。


「くだらない芸」(?)で大爆笑し続けるって単に酒に酔ったからだけじゃないんだろうな、と。

February 29, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.28

頭が固い、と遠回しにいわれたようだが••

かつて、「頭が固い」って遠回しにいわれたことがあります。


けど、「頭が固い」の意味が分からない•••。


自分の何を指して「頭が固い」なのだろう?


自分の中で「頭が固い」とは、自分の価値観にしがみつくこと。


自分の価値観に新しい情報や、人の意見をいれて次々とバージョンアップできない人を「頭が固い」といいます。


本を読むのも、映画を見るのも、運動やイベントなど誘われたらよほどのことがない限り顔を出すのも、提案や売り込みにはなるべく本人と会いするようにしているのも、


すべてが、「頭が固い」から離れることにつながると考えています。で、自分なりにはその手のことを生活や仕事で意識してしているつもり。


だから、「頭が固い」と言われても意味が分からん。


「自分ら本の1冊、映画の1本でも見てそんな話してんの?」ってレベルの低いことを思ったりしたものです。


でも、今は思います。


人が他人に意見を受け入れてもらえない時、「あいつは頭が固い」という表現を使うことがあるようです。


他人の意見をすべて受け入れる事などできない以上、この文脈で語られる「頭が固い」には、一切気にする事がありません。


そんなことで「頭が固い」などいわれたら、社長業やっている人で「頭の固くない人」など皆無でしょうしね。

February 28, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.27

親との葛藤を乗り越える

2012

父親が社長で、早くから次を継ぐ事が期待されていた


父親は厳しく、周囲からも「将来は社長なんだから」とプレッシャーがかかる。


こうした場合、「自分は父親の人生を生きているんじゃないか?」といった葛藤が生まれることがあるようですね。

で、葛藤はいつのタイミングか乗り越えないといけない。ってか、乗り越えるようなできごとがやってくる。


乗り越えようとするのも、いままでの流れに沿うのも自分の選択次第。けど、葛藤を乗り越えた先にある世界観はどうもいままでのとはだいぶ違うようです。


「映画っていいな」って思うのは、こうした葛藤を乗り越える予行演習ができるということ。逆にいうと、映画のテーマで親子の葛藤が普遍的なのは、それだけ日常的なことであるからなのでしょう。


「荒川アンダーザブリッジ」は「親と子の葛藤」映画として素晴らしかった。


「葛藤を乗り越える」とは「自分自身の思い込みからの自由の獲得」だと考えると、仕事人だった主人公が荒川を不法占拠した住人の自由な生活に触れた事そのものが、「自由の獲得」への扉だったのでしょう。


残念だったのは、映画の宣伝が本編のいいところをまったく伝えきれていないところか。


恋愛、仲間、仕事、固定観念、自由って切り口でも素晴らしい映画でしたが、単なるイロモノ映画だと思ってしまった。


こうした、「期待してなかったけどめちゃよかった」があるから、読書や映画は選り好みせずに自分の思い込みや固定観念を自由にしていくことが大切なのでしょう。

February 27, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.25

「異性にモテる」の根底にあるもの

2012

自分が中学や高校生の頃、「こうすれば女性にモテる!」ってのコンセプトの『Hot Dog press』なる雑誌がありました。


「男性は車を持たないとかっこわるい」だとか「クリスマスやバレンタインなどのイベントは勝負」だとかいった価値観(?)を当時の若者に刷り込んだ功績は大だったと思います。

けど、今思うととんちんかんな記事も多かった。


「じゃ、まっ、いーか」って物事にとらわれない男性がモテるー今は「ジャマイカ君の時代!」—なんて特集がありましたが、「ジャマイカ君」はどこかに存在してたんでしょうかね??


「モテない編集者のファンタジーでつくられた雑誌」などと揶揄されたのもこの手の編集内容が行き過ぎだったからなのかもしれません。


それはさておき、若い時代の「女性にモテる」って願望は、根底に「同性の友達」への競争意識や協同意識があるのだと「アフロ田中」を見て思いました。


その意識があるからこそ、男は男と徒党を組める。仲間意識ができる。


「異性に対してクールすぎる」だとか「草食系」ってのは逆説的にいうと、「同性との競争意識や仲間意識から距離を置く」ってことが根底にあるんじゃないでしょうかね。

February 25, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.24

社長には現場のリアルな情報は入らないのだろうか?

「社長には現場のリアルな情報は入らない」


この手の話はよく見聞きします。実際、うちの会社でもこの手の発言を聞いた事が何回もあります。


自分も「現場のリアルな情報は入りにくいものだ」って思っているので、この手の発言には「確かに、そうだよな」って思っていました。


けど、いつからか「『社長には現場のリアルな情報は入らない』って世界観に固着している人」の存在に気がつきました。


そういう人とやりとりすると、「社長はリアルな情報を分かっていない」って大前提がある訳ですから、まともな話にならないんですね。


で、納得できないこと、理不尽なことがあるとこの手の考えに固着する。そこから世界観を組み立てるからややこしい。


けど、よーく考えてみると「社長にはリアルな情報は入らない」って世界観を持っていた方が、仕事がしやすかったりする人もいるんじゃないでしょうかね。


「単に自分のエゴを『リアルな情報を分かっていない』て文脈で訴えてるだけじゃん」ってケースもあるでしょうしね。


「あなたには正確な情報が入らないんですよ」ってのはマインドコントロールと一緒です。


「社長は正確な情報は入りにくい」という前提をきちんともった上で、「現場のリアルな情報」をたんたんと集めていればこの手の発言に惑わされることなどないのでしょう。


お人好しな人ほどこの手のことにはまりやすいので注意ですね。

February 24, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.23

近藤勇が考えていたこと

2012

千葉県は流山の新撰組屯所跡にいきました。


自分は新撰組局長の近藤勇が大好きなのですが、ここは初めて訪れました。


ここに屯集した時代の近藤は、「4年あまり幕府側として薩長と戦い敗北」「古参隊員の沖田総司や永倉新八らとの離別」などがあって、「これから再起を図って戦うか、それとも死を選ぶか」と強い葛藤の状態にあった頃だと思います。


で、結局は投降し、処刑された。


土方歳三のように「最後の最後まで戦っていたらなあ」と思わなくもないのですが、そこは現代の自分らがとやかくいうことじゃないでしょう。


新撰組の晩年、35歳の近藤勇はこの地で何を考えていたんでしょうね?

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2012.02.22

定説がなにかがよくわからない

2012

「ピラミッドの定説を覆す」ってテーマなんですが、定説がどんなものなのかがよくわかってません。


定説を理解していなければ、入ってくる情報が信憑性をもって感じられてしまう。自分なりのモノサシがないのだから当たり前のこと。


だから、「へええ、すごいなあ」って感想しかでてこない。数学、物理学、科学••「自分にはこれらの教養がないなあ」と感じた1本。


人には向き不向きや趣味指向があるし、時間も限られているのでこれらを勉強する気はさらさらないけど、映画に出てきた数式をスラスラと書ける人はちとかっこよかったです。

February 22, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.21

人間は動きたくなる生き物

2012

ここ最近、1ヶ月のできごと。


映画•ロボジーを「じっとしていられず、何か動かずにはいられないものが人間」と見た人がいて、「なるほどなあ」と思いました。


別の場所では、「戦略とは何をするかではなく、何をしないかの選択だ」ということがドラッカー博士の本に書いてあることを再認識しました。


坐禅の先生が「人間はじっとしていられないものだ」と、ヨガ哲学の先生が「動き回るのが心」とそれぞれが別の場所で口にするのも聞いたし、心理療法士の先生から「どしっと落ち着くのも力のうち」という話も聞いた。


「とかく人間は動きたくなる生き物だ」ってたぐいの話がここ最近は多かったなあ、とふと思いました。


自分らが生きていく上で「動き」は大切な営みです。


けど、「動き」が条件反射だとか、過剰反応だとかの与件にともなって誘発されているのだったら。で、そのことを気がつかないのだとしたら。


「動き」の先には何があるんでしょうね?


自分の実感覚としては「動けば動くほどおかしな方向へいく」世界が広がっているような気がします。


そんな時は「動き」を司る交感神経のスイッチをオフにして、副交感神経のスイッチをオンにすることが必要なのでしょう。


交感神経バリバリで働いてきた自分なぞは、副交感神経優位な状態はとても苦痛。けど、次の段階にいくためにはこの辺に鍵があるのかな、とも思ったりもします。


ずっと交感神経バリバリでやってきて、自分も、組織も、周囲もうまーくいくのならいいのでしょうけど、それってどこか幻想でしょうしね。

February 21, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.20

80歳の自分

2012


「80歳の自分が何をしているか?」


「自分の人生なんて全体の中でのごくごく小さな一部分」と考えると、そんな問いかけ自体がナンセンスだと思います。


「人生に何をなすか?」ってことよりも、「人生で何を突きつけられていくか?」って視点から意味や目的を探すことの方がよほど重要でしょうし。


けど、80歳近くになっても素晴らしい仕事をしている人をみると「自分がその年齢になった時に何をしているのか?」って頭をかすめたりします。


結局、答えが出るものではないんで、空想で終わりなんですけどね。


『戦場のピアニスト』でアカデミー賞を受賞したロマン•ポランスキー監督の『ゴーストライター』を見ました。


1933年生まれ、というのですから監督が80歳近くでの仕事になります。


「国際政治の舞台裏では本当にありそうだなあ」ってストーリーのリアル感が妙にあっていい映画でした。


ある女性が主人公に秘密を明らかにされるのですが、そのときの表情が秀逸でした。


「どこかでみたことのある表情だな」と思って記憶をたどっていたら、昔読んだ『ゴルゴ13』のワンシーンでした。


気になって調べてみたら『ゴルゴ13』の著者•さいとうたかおさんは1936年生まれ、今年76歳だそうです。


もしかすると「80歳ってめちゃお年寄りじゃない」って思ってる気持ち自体が、今の時代感に即していないのかもしれないですね。

February 20, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.17

モヤモヤ感も大事にする

2012

「若いうちに、分からなくてもいいからとにかく本を読むんだ」


と浪人をしていた時、日本史の先生が常々こう口にしていました。


この言葉のポイントは、「『本を読む』」てことよりも、『わからなくてもいいから』にあるんだなあ」と25年後の自分は思っています。


「わからないこと」に直面すると、人間はそれを脳みそで理解しようとする。


けど、理解不能となると、モヤモヤした状態で「わからないこと」を保持するか、「あれはよく分かんないや」とシャットアウトして拒絶してしまうしかなくなるわけです。


この、「モヤモヤした状態」ってを意識的につくっておくのは重要なことなのでしょう。


「わかりやすい」の過剰摂取は「思考省略」や「安直な白黒思考」や「成長からの無意識的な逃避」を生み出すでしょうしね。それでいいんだ、って人はいいのでしょうけど。


三谷幸喜さんの舞台「90ミニッツ」を見ました。


2人の男性の立場の違いが生み出す葛藤を表現した二人芝居。


ストーリーや、テーマとおぼしきものは「わかる」のですが、全体としては「よくわからない」って感想でした。


なんだかんだいってもモヤモヤ感に遭遇するのはあまりいいものではないですが、高いお金を払っているのでモヤモヤ感を大切に感じる切ることにしましょう。

February 17, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.16

究極の商売

2012

2012_2


飲食店を長く続けている


なんて経営者にお会いすると「すげえなあ」と心底思います。


そもそも飲食業は、「食材を仕入れてお客さんに提供する」「サービスの提供と同時に現金をいただける」とシンプルな業態です。


けど、経営における変数も多い。


在庫(食材)は驚くほどのスピードで劣化していくし、競合店がいきなりお店の横にできることもある。業態やメニューを真似されることは日常茶飯事だし、天気によって売上が左右されることもある。


「お得意さんだった大きな会社」がいきなり移転したり、お客さんの趣味指向がどんどんと変化をしたりもする。


友人のご夫妻が元住吉に「日本酒にこだわった和食のお店」を開きました。念願成就、おめでとうございます。


聞き慣れないこだわりの日本酒と繊細な食事の数々に「へええ〜こんなに料理がうまかったんだ!」と思いました。いままで、料理をつくる姿はほとんど見たことがなかったんで。


飲食業の素晴らしいところは、「個人店でも『特徴』をつくりやすい」ところにあると思います。


開店して間がないですが、すでに「特徴」の萌芽が至る所にみられた感じがしました。これから、「特徴」が「個性」になって、「ブランド」になっていくと思うと楽しみです。

February 16, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.15

三角関係について考える

2012
『怒りのダンス』H•G•レーナー著 誠信書房

その昔、友人のAとBとが些細なことをめぐって揉めました。


で、双方から相談がありました。


Aは「自分ってどっかおかしいかなあ?」って話からはじまって、「お前(大塚)だったらどうする?」ってことが話の中心でした。


一方のBは、「Aはどうしようもない」って感情的な話に終始していました。「Aって昔からこうだったよな?」と同意を求められたので、自分が感じている程度の話をしておきました。


しばらくたって、Bが周囲に「Aはおかしい、と大塚もいっていた」と話をしているとどこからともなく聞こえてきました。


????


別にAのことをそんな風にいったつもりはないんだけど•••けど、面倒なのでそのままにしておきました。


そのうちに、Aにもその話が耳にはいったのでしょう。Aと自分との関係がなんとなくぎくしゃくしてきました。


それを受けて、「なんだよ••Bの野郎」と自分とBの関係もぎくしゃくしてきました。


この手の、「誰かと誰かの葛藤に第三者が無意識に巻き込まれる」ってトラブルの心理的なメカニズムがよく書かれていて大変に参考になった本でした。


二人の間で不安が高まり葛藤が表面化しはじめると、第三者が自動的にかつ無意識に中へ引きずり込まれるのです。私たちは皆、無数に組み合わされた三角関係に加わっているのですが、なかなかそのことに気がつきません(P217)


葛藤やイライラを感じている相手に対して思っていることをきちんと口にできない、感じていることを表現できない。


そんな時に人間は、「第三者を巻き込むという形」によって葛藤やイライラを解消することがあるようです。


それが、相談という形で終わるのならいい。


「話を聞いてもらってすっきりした」だとか「アドバイスをもらった」であればごくごく普通の人間関係内の話です。


困るのは、「感情的な同意」を求められることです。「相手に対して自分と同じような気持ちを持ってもらいたい」って無意識に求められることです。


これは困ります。だって、第三者ですからね。本来無関係なわけですし。


冒頭のケースでいうと、Aは私に「相談」をしにきていました。一方のBは相談の名を借りて「感情的な同意」を求めてきていました。


今思うと、Bの根底には「一緒になってAを攻撃して欲しい」って気持ちがあったんだと思います。


Bはその欲求を満たすために、私以外の周囲に対してもどうやらありとあらゆる手段をつかって「感情的な仲間づくり」をしていたみたいです。


その後、自分を含めて何人もがBとの縁を切りました。


「仲間づくり」を意図したのが、結果として「仲間離れ」を巻き起こしてしまうのですからなんともせつない話ですね。


周囲に三角関係を過剰につくることは、この手の悲劇を大量生産していくことなんだと思います。人間関係は1対1が原則、を肝に銘じたいものです。

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2012.02.14

レイヤーをあげていく

2012

「景色が違ってみえる」


見えなかったものが見えるようになったり、ずっと抑圧していたものが開放されたり、自分に起きたできごとに自分なりの意味付けがなされたり•••


自分のレイヤーがあがると、いままでとは全く違っていた世界が広がっていることがあります。


レイヤーは「あがるもの」ってよりは、自らの意志によって「あげていくもの」。


毎日毎日たんたんと何かをやっていくことと、全てのできごとを利用するという姿勢から生まれるのだということ。勝負の局面で覚悟を決めること。


で、それを信じきること。青い鳥には飛びつかないこと。それを、せせら笑うこと。


「自分のレイヤーがあがった」という体験を持つ人は強いですね。それは、セルフエスティーム(自尊心)の根底をなすものなのかもしれません。


けど、「自分自身のレイヤーがあがっていっているかどうか?」は自意識過剰の人を除いてはなかなか実感できないのが現状ではないでしょうかね。


だから無力感が生じてくる。このまま、これを続けていても••って思いが頭をよぎる。


そんな時、仲間の「レイヤーがあがった感」を近くで見ることは大変に心強いものです。他人を通して自分を確認する存在、それが人間なのかもしれないですね。「自分は1人で頑張ってる」はファンタジーなのでしょう。


昨日は研修会。今回もいろいろと学ばさせていただきました。

February 14, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.13

FUNKY HONEY 公演

2012

ご縁のある方が出てるのでいきました。


メッセージ性のあるストーリーと、ダンスと歌。自分は舞台マニアではないのですが、完成度は高かったと思います。


舞台が終わって出演者が一礼をしました。


最後に登場した演出(兼、主演)方の「ありがとうございました」はスゴかった。直立不動で胸が膝につくくらい。で、腹の底から声を出す。


「何か一つでも感じていただければ」って舞台のはじめに話があったけど、自分はあの「ありがとうございまいた」に一番何かを感じました。


「ありがとうございました」をどこかに照れがなく、ちゃんと口にできるって素晴らしいですね。

February 13, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.12

今の自分にとっては•••

20120211

「だからアメリカの映画は••」とこの映画だけとりあげて、「極端な一般化」はできないし、


「それに比べて最近の日本の映画は••」と「部分的な焦点づけ」もできないのは分かってる。


けど、「派手なアクション」「手に汗握るスリリングな展開」ってものにどうやら麻痺してるのでしょう。バーチャルな世界とはいえ、それらを目の当たりにしすぎた。


でも、「そういう意見がでることは分かってるけど、わかっちゃいるけどそれらに頼らざるを得ないんだ」って感がありありな映画と出会うと、「うーん、微妙だったなあ••」と感想を持ってしまうようです。


けど、かつては自分も「派手なアクション」だとかに刺激を受けた1人でもあったわけで•••


少なくとも、「今の自分にとって」は身体や思考が揺り動かされる映画ではなかったです。


その分(?)、週末はジムのイベントやらフットサルやらで身体が揺り動かされました。で、今日もです(笑)お会いするみなさん、よろしく!

February 12, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.10

コミュニケーションの「固さ」や「重さ」の原因を考える

「男なんだから泣き言はいわない」


成長の過程のどこでこんな価値観を身につけたのでしょうか?自分の中では大事な価値観でした。


「熱い、寒い、忙しい、疲れた、時間がない」って愚痴っぽい言葉は絶対に使わないと決めてましたし、愚痴の一つでもいいたくなる夜は外出を控えました。


ある時に、「人は成長とともにコミュニケーションが固く、重くなるんだなあ」ってことに気がつきました。


で、自分もそうだと思いました。


で、この「固さ」、「重さ」の原因の一つに自己防衛があるんだな、と思うようになりました。


で、人間は自己防衛を巧みに行うのだなあと実感するようになりました。


最近は、「愚痴を言わない」ってのも自己防衛の一つの形だと思うようになりました。逆をいうと、「自己開示できない」ってことですもありますからね。


そんなこんなで、「はじめの気づき」から「最後のきづき」までたぶん3,4年かかりました(笑)


なんで「泣き言を言わない」って信条を身につけたのか分からなかったんですが、最近、こう思うようになりました。


子供の頃、病弱だった自分が病院に行くと、担当の先生がこの言葉をたびたび口にしていました。


30年以上も前のことなんですけどね。


けど、人間が生涯大事にしている価値観ってこうした「大人の都合から放たれた何気ない一言」で生まれたりするんじゃないかしら?


自分にとって「愚痴をいわない」って信条は成長の過程でめちゃめちゃ大事でした。それがあったから出来たことも多かった。


けど、その手の信条こそが、ある時期から「重さ」「固さ」になっていったりするのでしょう。


「とにもかくにも、これが自分の信条だ」


って思うことは大切にしつつ、その信条から自在に離れられる自在さを持ちたいものです。


追記
このお医者さんには大変にお世話になりましたが、当時の自分にとっては悪の権化(?)でした(笑)


一生分の病院通いを子供の頃にしたので、お陰さまでいまは元気です。逆を言うと、「病院に行きたくない」というモチベーションが自分を支えているかもしれないです。


両親、兄弟をはじめ、多くの人に迷惑と心配をかけましたが、今はエネルギーが有り余るほどになりました。感謝しきりです。

February 10, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.09

「敵意」と「媚び」と

「自分が考えていることをきちんと言葉にすること」


今年の目標の一つにかかげました。


ご縁のあるセラピストからこの目標に対して「相手に対しての敵意、あとは媚び、へつらいがでないように注意ね」とのアドバイスをいただきました。


人間は「話をしにくいなあ」と思っていることを言葉にする時に、どうしても自己防衛をしたくなる。


で、そのときの典型的なパターンが「相手が敵意を感じるほど強めに話してしまう」と「相手に極端に迎合して話してしまう」の2つがあるようです。


どちらも、「こういうことを話したら嫌がられるかな」との自己防衛心から人が無意識にとる態度だそうです。


なるほど•••


「真剣な話をするときになぜか笑いながら話す人」ってのがよく意味が分からなかったんですが、この理屈から考えると「媚び」「へつらい」なんでしょうかね。


「相手に敵意を感じるほど強めに話してしまう」ってのは自分も思い当たるフシがあるんで注意するようにしないとですね。


「話をしてみるまで怖い人だと思ってたけど、話してみるとそうでもないんですね」って人生で何回もいわれたことあるしな。


坊主頭っていう見た目の問題ってのもあるんだろうけど。。


いずれにせよ、本人が意図しないところで無意識でこうしたものがでるのですから注意ですね。

February 9, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.07

自分の引き出し、について

19年前の春、社会人になりました。


で、入社後すぐに研修がありました。


たしか、「目的と手段を混合しない」って会長のお話があって、「一隅を照らす」って本部長のお話しがありました。(残念ながら、社長と営業本部長の話はほとんど覚えていません)


その後、「営業研修」に入りました。飛び込み訪問を想定した「受付突破」「名刺交換」「ニーズのヒアリング法」「活動計画の立て方」などですね。


はじめて聞くことばかりで新鮮でした。「早く営業に出たいなあ」と思ったのですから研修の成果はあったんでしょうね。


今日は、新しく会社に入った社員の研修をしました。


「そもそもマナーとは?」だとか「結局のところ大事なのは、人間性でしょう」だとかですね。自分が「20年前に知っていたらよかったなあ」と思えることを話しました。


あえて定義をすると、「あの頃の自分がこれを知っていたらよかったなあ」と思うことを、「相手のレベルに応じて惜しみなく与えること」が社員教育だと思います。


住宅会社に勤めている時「自分が一生懸命に学んだノウハウをなぜ他人に教えないといけないんですか?」と公言していた人がいましたが、器の小さい奴ですね。


それだけ引き出しが少ないんでしょう。だから、与えたらなくなってしまうとビクビクする。


そんな過去を思い出しながら、研修をするということは「自分の引き出し」と向き合うことでもあるのだな、と思いました。

February 7, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.06

「自助」と「共助」と

2012


「天は自ら助ける者を助ける」


スマイルズの有名な『自助論』のこの言葉ってどこか違和感を感じていました。


どこか「自分さえよければいい」的なニュアンスが含まれている感じがしていてですね。利己主義的な空気感がどうも••


ところが最近になって、スマイルズの意図したところが「自助」のみならず「共助」にあったということを聞きました。


「共助」ってのは、「自助」をした者同士の緩やかな共同体から生まれる「お互い様」の精神といったらいいのでしょうかね。


共同体に依存せず、さりとて斜め目線のスタンスで付き合わず、「自分ができることをきちんと行う」ことで「お互い様」の世界を築いていく。


人間は所属を求める生き物ですし、自分をとりまくそんな世界をぼんやりとでも実感できることが、心の充足をもたらすのでしょう。


無理くり映画の感想を文字にしましたが、ぼけっと見ているだけでいい映画でした。帰りにパンを買って帰りたくなる映画です。

February 6, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.02.01

人間の成長と自己防衛と

「人間は成長すると、自分を防衛するのもうまくなる」


とある席で話にでました。


うーん、確かにそうですね。むしろ、「うまくなる」というより「狡猾になる」、「巧みになる」って感じかもしれませんね。


かくいう自分も、「昔に比べてコミュニケーションが下手になったなあ」となんとはなしに自覚していたのですが、「自分を防衛するのがうまくなった」ととらえると図星かもしれません。


例えば、「何回も同じことを指摘しているがまったく変わらない」


なんて時には、「どうせ口にしてもダメだろうから••」って意識が働きます。でも、これは「抑圧」って形の自己防衛のパターンだそうです。


根底には「自分の言いたいことを我慢しても、自分自身の自我が傷つきたくない」ってのがあるようです。


「こんなことを口にしたらショックだろうな••」


なんて相手に思いを馳せることがあったりもします。でも、これは「投影」って形の自己防衛のパターンである可能性が高いようです。


確かに、相手がショックかどうかなんてのは、本来は相手でなければ分からないものですしね。「自分の気持ちを相手が持っている」と認識して、葛藤のバランスをとるようです。


「反動形成」「攻撃」「昇華」「置き換え」••心理学的にいうと「自己防衛」のパターンはたくさんあるようです。


齢や経験を重ねて、「固く、重くなってきたコミュニケーション」を改善するには、まずは、どんな局面で自己防衛のスイッチが入るのかを自らで気づくことが重要なのでしょう。


このブログも自己防衛とおぼしき表現がたびたびでてきますね(笑)

February 1, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)