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2012.02.10

コミュニケーションの「固さ」や「重さ」の原因を考える

「男なんだから泣き言はいわない」


成長の過程のどこでこんな価値観を身につけたのでしょうか?自分の中では大事な価値観でした。


「熱い、寒い、忙しい、疲れた、時間がない」って愚痴っぽい言葉は絶対に使わないと決めてましたし、愚痴の一つでもいいたくなる夜は外出を控えました。


ある時に、「人は成長とともにコミュニケーションが固く、重くなるんだなあ」ってことに気がつきました。


で、自分もそうだと思いました。


で、この「固さ」、「重さ」の原因の一つに自己防衛があるんだな、と思うようになりました。


で、人間は自己防衛を巧みに行うのだなあと実感するようになりました。


最近は、「愚痴を言わない」ってのも自己防衛の一つの形だと思うようになりました。逆をいうと、「自己開示できない」ってことですもありますからね。


そんなこんなで、「はじめの気づき」から「最後のきづき」までたぶん3,4年かかりました(笑)


なんで「泣き言を言わない」って信条を身につけたのか分からなかったんですが、最近、こう思うようになりました。


子供の頃、病弱だった自分が病院に行くと、担当の先生がこの言葉をたびたび口にしていました。


30年以上も前のことなんですけどね。


けど、人間が生涯大事にしている価値観ってこうした「大人の都合から放たれた何気ない一言」で生まれたりするんじゃないかしら?


自分にとって「愚痴をいわない」って信条は成長の過程でめちゃめちゃ大事でした。それがあったから出来たことも多かった。


けど、その手の信条こそが、ある時期から「重さ」「固さ」になっていったりするのでしょう。


「とにもかくにも、これが自分の信条だ」


って思うことは大切にしつつ、その信条から自在に離れられる自在さを持ちたいものです。


追記
このお医者さんには大変にお世話になりましたが、当時の自分にとっては悪の権化(?)でした(笑)


一生分の病院通いを子供の頃にしたので、お陰さまでいまは元気です。逆を言うと、「病院に行きたくない」というモチベーションが自分を支えているかもしれないです。


両親、兄弟をはじめ、多くの人に迷惑と心配をかけましたが、今はエネルギーが有り余るほどになりました。感謝しきりです。

February 10, 2012 |

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