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2012.04.26

あらゆる答えは自分の中にある、を考える

「人間の自由意志はどれだけあるのか?」


その昔はこんなこと考えた事もなかったです。


自分が思い描く夢や目標。


これらは、「自分が主体的に考えた」「自分が主体的に思いついた」ことに何の疑いもなかったです。


けど、「なんでこんな夢が頭に浮かんだのか?」だとか「なんでこんな目標を思いついたのか?」だとかを考えていくと、どう考えても「主体的に」ってだけじゃ説明できないような気もする。


いつしか、そんな違和感のようなものは感じていました。


自分は、生涯で一度でも(否、一瞬でも)歌手、医者、弁護士、ダンサー・・・になろうと思った事はありません。


けど、これらの職業を選んで、これらの世界で夢や目標を描いている人がいる。


「なぜ、自分にはそういう夢や目標が思い浮かばなかったか?」ってことを考えると、育った環境やら、能力がどうのこうのやらを超えたものがたぶん存在するような気がします。使命、とでもいったらいいのでしょうかね。


「自分の頭でかすかでも『やりたい』と思った事を丁寧に、丁寧に紡ぎなさい」


旅をしていた時に、あるチベット人がそんなことを語っていました。


今思うにこの言葉のポイントは、「自分の頭でかすかでも浮かぶこと」が「他人の頭にはまったく浮かばないことがままある」ということにあると思います。


頭にかすかでも浮かんだ思いをないがしろにして、「自分を取り巻く外的世界に何かあるんじゃないか?」と青い鳥を探すのに没頭するのはもったいないなと思います。


哲学とか宗教とかで語られる「あらゆる答えは自分の中にある」という世界観はおそらく、こんなことを身体で感じられる世界なのでしょう。

April 26, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.18

人生的弱点??

外国にいくと必ずするのが、本屋探索。


その国の文化度(?)は、本に顕著に現れる(ような気がする)。



で、今回の出張(中国)でも国営の4階建ての大きな本屋にいった。


で、みかけたのがこの本。

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ディール・カーネギーの古典的名著『人を動かす』『道は開ける』が合冊したものだと思われる。


それぞれ、「対人関係」と「悩みごとへの対処法」について深い洞察が簡易に書かれた名著だが、タイトルが「人生的弱点」なのに驚いた。


日本語と中国語の「弱点」に関する解釈の違いはあるのだろうけど、カーネギーの本を「人生的弱点」とタイトルつけるセンスは悪くはない。


こういう本を読んだ人がどんどんと市場にでていくわけですよ。中国は。


「おもてなしの文化は日本が優れている」「やはり技術は日本が一番でしょう」ってよく言われている事がが本当なのかな?と思う事が多いです。海外に行くと。


「自分たちの強みは何なのか?」をきちんとみつけていくためには、この手の「よく言われていること」をたまに斜めに見ていくセンスが必要でしょうね。


海外はそういう意味ではとてもいい時間と空間です。

April 18, 2012 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2012.04.10

中国にいってきます

8年ほど前でしょうか、懇意にしている編集者から「ドイツで開かれているあるイベント」の話を聞きました。


「へええ、そりゃ面白い!」と何かのアンテナにひっかかりました。


で、このイベントをネット検索してみたのですが、これがよく分からない。


英文サイトはないし、HPのコンテンツも少ない。


ただ、「3日間の予定で、ミュンヘンでイベントが行われるらしい」ということだけはドイツ語のニュアンスからでも分かりました。で、会場の地図がアップされていました。


「おっしゃ、現地にいこう」


今思えば、これが仕事で海外出張した初めての機会です。


この時のドイツ訪問自体に成果があったのかどうかはよく分かりません。初めてのドイツでしたし、ホテル現地調達のバックパック旅行でもあったのでムダも多かった。


けど、今の立場から当時を振り返ると、この訪独が「海外の会社と取引をすることになった『種』」にはなっていると思います。その後、当時は考えもしなかった展開がいくつもありましたしね。


今週、中国のに出張することになりました。


ネットでこの場所をたまたま見つけて、「どんな場所なんだろ?」って何年か前から気にはなっていましたが、なんとなく月日が経過してしまった。


けど、どうしても「現地の空気感」が確認したくなりました。


インターネットではいろんな情報がとれますけど、「現地の空気感」ばかりは当たり前ですが行ってみないと分かりませんからね。


今回の訪中が、何かしらの『将来の種』になるように、感性とぎすまして現地を訪れてきます。


気がかりは、帰国早々のマラソン大会出場(汗)食べ過ぎないようにしないと。

April 10, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.09

週末のできごと

先週の月曜日に生ものにあたりました。


その後、ずっと腹痛と食欲不信が続いて5日間酒を抜きました。


ミャンマーに過去2度ほどいったことあるんですが、なぜかどちらも体調を崩したんです。その時の症状にどこか似ていたのは偶然なんでしょうかね?


その反動のせいか、よく週末はよく飲んで、よく動きました。


今週もきばっていきましょう!

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April 9, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.06

孤独を感じる、を考える

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孤独感を感じるときどうするか?


これって、性格や生育歴によって分かれますよね。


徹底的に孤独になりきる人、仲間と触れ合おうとする人、酒やギャンブルなどで紛らわす人、誰かれかまわず相談する人・・


この映画にはそんな「孤独感を感じる人」が沢山でてきます。


一見すると、「孤独感を感じる人」に対しての監督の視点はシビアです。その対比として、成熟したカップルが色鮮やかに描かれます。


酒やタバコなどの嗜好品に頼りすぎること、相談相手がいないこと、過去にあったよかったできごとに目を向けないこと、日々の生活を丁寧にしないこと・・


こんなことが人間の孤独を強める要因として示唆されますが、「孤独を感じる人」はその感情が強すぎるためか、周囲からのアドバイス、周囲からの示唆を受け入れようとはしません。


「そんな周囲からの意見を受け入れない姿勢こそが、孤独をつくる原因だ」と監督が語っているように観ました。


ラストシーンは、たんたんとしたシーンですが、重いものを突きつけられる人がいるかもしれませんね。


この映画のタイトルは英語で「Another season」。


どこかに、「今年はうまくいかなかったど、来年は・・」って監督の思いが含まれているんだと考えると、ちょっとだけ救われます。


今、たとえ孤独を感じていても、それが未来永劫に続くなんてありえないでしょうしね。

April 6, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.05

日本って先が見えないじゃないですか

ある席で、日本経済や企業経営の話になりました。


初めてお会いした年配の方が座をリードしていたのですが、どんな流れか忘れましたが「日本って先が見えないじゃないですか」って話から日本悲観論的な話になりました。


まず、「『日本って先がみえないじゃないですか』って勝手に同意を求めるなよ」と思いました。


その次に、「この人は、『これから先がみえないなあ』って自分の感情を日本って対象に投影してるだけなんじゃないの」って思いました。


で、よせばいいのにそれを口にしてしまいました。だからある特定の人には嫌われるんだよな、と自分の過去や性格を思いつつ。。。


確かに、「先がみえないじゃないですか」という会話のリードから、日本悲観論を聞くと確かに「さもありなん」というふうに聞こえることもあります。


けど、同じことを聞いても「そうかしら?」というふうに聞こえる人もあまた存在しています。「先がみえないからチャンス」と心底から思っている人もいっぱいいます。


「景気が悪い」とわれる時代の一つの特徴は、この手の悲観論的な話が伝染しやすいところにあるのでしょう。(逆に「景気がいい」時代は楽観論が伝染しやすいですよね)


自分は、「先がみえないってのは当たり前じゃない」ってスタンスです。古今東西、先を見通しつくした文明なんて存在しないわけですからね。


だから、「先がみえないから」と悲観論になるつもりもないし、「チャンスだ」と必要以上にテンションをあげるつもりもないです。


ただ、20年近く仕事をしている一人の大人として、安易な日本悲観論に与して不安の連鎖の一端を担うのは嫌だな、と思っています。


難しい顔して不安の連鎖の一端を担うのは、めちゃめちゃラクチンな事ですからね。


嫌われてもいいからこの手の連鎖に巻き込まれそうになったらNOを貫こうかと。連鎖ゲームばかりしていたら、よくなるものもよくならなくなるでしょうし。

April 5, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.04

人間の行動に目的や意味は必ず必要なのか?

2012

目的や意味


これがあると、人間の行動は力強くなります。使命感や責任感なども生まれます。アウトプットのイメージが明確になったりします。


だから、「人生において起こる事は全て意味がある」と考えるのはあながち悪い事ではないのでしょう。


けど、「どう考えても目的や意味が意味不明」なんてことが生きていれば出てきます。


「こんなことにどんな意味があんの?」だとか、「人生において起こる事は全て意味がある」なんてのが綺麗ごとにしか聞こえない時だとか、「無茶苦茶で理不尽だ」としか思えない時があります。


そんな時に、無理矢理に意味や目的を付与するのはどうなんでしょうね??


自分は「今はよくわかんないけど、いつか意味や目的がクリアーになってくる」って思うようにしています。


例えば、言葉を覚えている最中の子供は、学ぶ事が持つ意味も目的もわかっていないはずです。


ただ、なんとなく周囲の話をすることを真似している。すると、それが長い年月とともに「生活をする上で言葉が果たす意味や目的」などが分かっていく。


この手のことっていろいろとあるんじゃないか、と。


「いつか分かる」って時間軸をつくると、自分に起こるできごとには意味や目的は必ず内在されていると思っています。


この映画に「(指導されていることの)意味が分からない」といらだっていた若い舞踏家にこんなことを考えました。


「できごとの意味や目的が分かるになるのが人間の成長」だととらえると、安易に目的や意味を求める姿勢がばからしくもなったりします。


とかく、目的や意味が重用視される空気感がある現代ですけどね。

April 4, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.03

想像外のラスト

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「途中から一気に話が変わっていく」


漫画を読んでいるとそんなシーンによく出くわします。


最初は、人気がでると思わなかった。けど、予想外に人気がでたので、作者と編集者とで「世界感を構築していきながら、執筆作業を進めなくてはいけなくなった」という感じがありありすることがあります。


自分が高校生の頃に読んでいた『魁男塾』なんかはその際たるものだったでしょう。


死んだ人が次々と生き返ったり、主人公の一人は背丈が20分の一くらいになってしまったり(確か、今でている復元版ではこのシーンはカットされています)と無茶苦茶でした。


けど、その世界観が強ければこれらのことを凌駕してしまうんですよね。それが漫画の持つコンテンツとしての力だと思います。


「男性が生きていく上で大事なことは『魁男塾』でだいたい学べる」といまだに口にしてはばからない友人がいるくらいですし(笑)


ずっと読んでいた『イキガミ』も最終回を迎えたようです。


ここ最近、ストーリーにムリがでてきている感がありありだったのでどういう方向にいくか楽しみだったのですが、こりゃまた意外な方向でジ•エンドでした。


無茶苦茶な展開であるような、一本とられたって感じなような、作者と編集者の方お疲れさまでしたって感じなような••


えもいわれない読後感ですね。


「時間の有限さ」ってことをこの漫画を読んでいて何回も考えました。


素晴らしい世界観を持っている創作物は漫画だろうがなんだろうが、人を圧倒するものなのですね。

April 3, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.02

週末はフットサルの試合でした

フットサルをして変わったこと。

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まったく縁がなかった電車に乗るようになったこと、KAMOってお店の存在を知ったこと、筋肉痛が翌日にくるようになったこと、サッカーの見方がちょっとだけ変わったこと


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週末の予定にバリエーションが増えたこと、メールが頻繁にくるようになったこと、翌日のことを考えて酒をほんのちょっとだけ控えるようになったこと

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幹事の気働きが勉強になったこと、野球のグローブを購入しようか考えるようになったこと、そして準優勝なんて栄冠をもらったこと(苦笑)


ご一緒した皆さん、お疲れさまでした!

April 2, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.04.01

人間の現実と、そこに切り込んでいく美意識と

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人種差別が激しかった1960年代のアメリカ南部の話。


富裕白人の家庭でメイドとして働く黒人女性と一人の白人女性とのかかわりを軸に展開されています。


「白人のトイレは使うな」だとか「同じ場所で食事をするな」だとか、その昔、学校で習ったアパルトヘイトを彷彿とされるシーンが続きます。


で、その一人の白人女性が問題意識を持ちはじめ、メイドに取材をはじめる。


「自分の子供を預けて、白人の子供を育てる。しかし、将来的には自分が育てたその子供に差別をされる」というメイドの葛藤が「言葉ではない言葉」でたくみに表現されていました。


当時の富裕白人の中で、人種差別に問題意識を持った人がどれだけいたのかはわかりません。


けど、この映画の主人公である一人の白人女性はそこに問題意識を持った。で、そこから結果的に社会を変えていく風穴をあけた。


一方で、映画に登場する富裕白人の多くは「そこには問題はない」と感じていた。おそらく、「自分たちの生活は安定して、調和している」と感じていた。


後の時代の自分達が「問題意識を持たなかった」ことを批判するのはたやすいことです。


問題意識ってのは、教育だとか、生育環境だとか、見てきたことや聞いてきたなど、おかれている立場、利害感覚などさまざまな要因からはじめてうまれていくもの。


それを当事者ではない第三者があれこれいうのは簡単です。


逆に、「自分がこの映画の時代を生きていたら問題意識を持てただろうか?」と考える時、「人間は本質的に差別をする生き物であること」「勇気をもって行動したいが、しがらみに負けてしまうこともある」という人間の現実に直面せざるをえません。


メイドを差別しながら、富裕白人が「アフリカの貧しい子供への慈善チャリティ」を行っているシーンが描かれていました。


けど、これって人間の現実を直面するところから無意識的に逃避しているようにしか見えませんでした。


人間は差別もするし、いろんなしがらみの前に勇気もなくす


けど、その中で自分の美意識を発揮してがんばろうとする時もある


個人的には一人一人の人間はそれくらいの存在だと思ってます。


だから、この映画のように誰かの美意識が発露された時に周囲は感動を覚えるのでしょうしね。とにかく、素晴らしい映画でした。

April 1, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)