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2012.05.31

実はもっとすごいものに触れていたのかもしれない

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月に2度ばかり、『日本書紀』の公開講座にいっています。(講座参加の経緯はこちら


この講座の先生は自分が浪人していた時の日本史の先生。


格闘技とアイドルの本ぐらいしか読まなかった自分に、「学ぶことの楽しさ」や「学ぶことの大事さ」の入り口をみせてくれた先生です。


24年ぶりに授業を受けたのですが、話し口調、板書のやり方、時折ふとでる毒舌(?)など自分の記憶のママ。


自分が師事している経営コンサルタントとこの先生とが何となく似ていることに気がついて「ああ、俺ってたぶんこのような人に共鳴するんだな」と思わぬ自己発見でした。


で、古墳がどーだらだとか、出雲の国の伝承だとか、天智天皇や持統天皇といった受験で習ったような勉強をしているわけです。


で、思ったこと。


浪人時代、確かに自分はこの先生に刺激を受けた。「すごい」と思った。


けど、この先生は「実は、もっともっとすごい」存在だったのでは? ということ。


若い頃、お世話になった先生や先輩、同輩や後輩で「この人はすごい!」って思った方が何人もいます。


でも、社会人になって二つに別れました。


一つは、「あの頃の自分にはすごく映ったけど・・今思うとどなんだろ?」というケース。


も一つは、「あの頃の自分には分からなかったけど、実はもっともっとすごかった!」というケース。


この先生はまさに後者です。


浪人時代って、「大学を通るためだけの勉強をする時間」、のはず。


「灰色の時代」って感じで表現されることがあるし、「我慢・禁欲」みたいなキーワードもなんとなくしっくりとくる感じがする時代。


けど、そんな時期に「もっともっとすごかった!」なんて先生がいたのですから僥倖です。


人間万事塞翁が馬、てやつでしょうかね。とまれ、今後いろいろと学んでいこうと思います。

May 31, 2012 |

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