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2012.06.22

「たのもしさ」を獲得する

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「仕事をする理由? そんなの自分が成長するために決まってるじゃん」


とずっと思ってました。


成長することにより、見えなかった世界が開けてくる。で、それは自分の未来への選択肢と可能性を広げる。それが次なる成長へのモチベーションや起動力となってくる。そして、善の循環がくるくると回っていく。



と一抹の疑いもなく思っていました。


けどここ数年、この言葉にどこかに違和感を感じるようになっていました。


資本主義が成長を過剰に求めた結果、臨界点に近づいたような感覚といったらいいのでしょうか。


または、成長はしているんだろうけど、大事な何かが足りないような人の存在をみて何かを感じたのでしょうか。


はたまた、自分自身の体験として「成長の先にある世界」をちょっと垣間見た体感からの感覚といいましょうか。


とにかく、「仕事をする理由は成長するために決まってるじゃん」が腹のそこから言えない自分がいたのです。


そんな自分に冒頭の文章がやってきました。


歴史小説家の司馬遼太郎さんが1987年に書いた文章の一節です。


「たのもしさ」って言葉の響きがズシリときました。


「成長」はどこか急き立てられるようだが、「たのもしさ」はなんとなくどっしりしているようだ。


「成長」は交感神経バリバリであわただしいが、「たのもしさ」は副交感神経がゆったりと機能しているようだ。


「成長」は常に先へ先へって感じだが、「たのもしさ」は「今、ここ、この瞬間」って感じのようだ。


働いていると、「成長はしているんだろうけど、たのもしくない」という人がいます。


言い訳、責任転嫁、主体性放棄、自己中心・・そんな人は、どこか慌ただしいだけだったり、どこか信頼できなかったり、どこか存在感が軽かったりします。


「たのもしさ」


おそらく、自分も含めて多くの人は、「たのもしさ」に飢えています。「たのもしさ」を感じる存在に触れたがっています。


「ご安心ください」、「まかせてください」って言葉、「この人に任せればなとかなるな」って感覚、「この会社の商品だったら大丈夫だな」って信頼をきっと一つでも多く持ちたがっています。


と考えてくると、「成長」ってのは「たのもしさ」を構成する一要因でしかないのでしょうね。


「成長」の先にあるもの、それはきっと「たのもしさ」の獲得なのでしょう。

June 22, 2012 |

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