« 実はもっとすごいものに触れていたのかもしれない | Main | 食べ物の写真がやたらと多い »

2012.06.01

自分を取り巻く環境を「味方」とみるか「敵」とみるか

1

自分をとりまく環境を「味方」とみる。


自分をとりまく環境を「敵」とみる。


持って生まれた性質や生育歴、その仮定でできた世界観や人間観でたぶん人それぞれ。


たとえば人間関係。


「自分をとりまく環境は『味方』だ」と思っていれば、人に裏切られると傷つく。


「自分をとりまく環境は『敵』だ」と思っていれば、人に裏切られても「そんなものだ」と割り切れる。


たとえば自分がしんどい時。


「自分をとりまく環境を『味方』だ」と思っていれば、「いつかよくなる」と思える。ってか、「いつかよくなる」を信頼できる。


「自分をとりまく環境を『敵』だ」と思っていれば、「やっぱりそうなんだ」と思ってしまう。他人や環境のせいにしたくなる。


「味方」と「敵」、人はこの両極が織りなすグラデュエーションのどこかに位置していて、自分なりの世界(=環境)とのかかわりをつくっている。


どこの位置に陣取るか、はその人の選択の問題。だからそこは、「あなたの考え方は間違っている」はそもそも存在しない世界。


けど、世界は拮抗している。


世界(=環境)に対して何かを働きかけた分だけ、世界は何かを返してくれる。


人に関心を向けると、その人は関心で返してくれる。自分を開示すると、その人も自分を開示してくれる。


もちろん、現実がそうそううまくいくことばかりじゃない。


けど、世界はきっと拮抗をしている。


こんなことを書くと、教育者や宗教者の理想論みたいにも読める。


人によっては、現実を直視しない人間が何かの陥穽に陥っている(=現実逃避)って読めるかもしれない。


けど、この読み方だって「自分が選択したグラデュエーションのどこか」から、自分なりの「味方」「敵」観から生まれている。


自分はこう思う。


自分の環境を「敵」と思いたくなることなんていっぱいある。「敵」と思った方が気持ちや思考がすっきりすることなんてのもある。


けど、自分をとりまく環境を「味方」と見た方が、世界に対して何かを働きかけたくなるような気がする。「味方」と見た方が、人生が開けていくような気がする。


そこから、自分をとりまく環境との拮抗がスタートする


二日酔いの朝にしてはこむずかしいことを書きました。ん?二日酔いだからこんなことを書くのか??(笑)

June 1, 2012 |

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 自分を取り巻く環境を「味方」とみるか「敵」とみるか:

Comments

Post a comment