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2012.08.08

脳みそのエサは知識で、感情のエサは印象

「脳みそ」は知識というエサを与えると喜び、「感情」は印象というエサを与えると喜ぶ。


この話を聞いた時は軽い衝撃を受けましたね。


この説(?)に従うと、「頭はいいし、知識はあるんだろけどなんか魅力的ではない」って人は


「印象」というエサが不足しているために「感情」がちゃんと育たず、「脳みそ」が主体で人格が構成されているから


といえるってことですよね。うーん、なるほど。


「感情」を育てるために意識的に「印象」を摂取する


これは、年齢を重ねて経験や知識で「脳みそ」がいっぱいになった大人だからこそ取り入れたい部分だと思います。


自分らはぼけーっと生活していると、お手軽な知識で「脳みそ」ばかりを育ててしまう時代を生きてますからね。


「印象」ってのは、身体の感覚だとかイメージだとかいったものの総称といったらいいんでしょうかね。


芸術でも、映画でも、文学などよくわからないものに触れる事によって育てられるのものらしいです。


「よく分かるもの」は「脳みそ」がオンモードになって「知識」として頭に摂取をしてしまいますから、「よく分からないもの」と意識的に触れ合うことが「感情」のエサとしては不可欠になっていくんです。


「映画を観たんだが、あの映画はよくわからん」って時には、たぶん「脳みそ」が満足しない分、「感情」が育っているんですよ。


「もったいなかった」というより「感情にエサを与えた」と考えた方が前向き(?)ですね。

August 8, 2012 |

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