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2012.08.14

映画は時に、自分の欲の部分を肯定してくれる

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人間は、理性と欲望の葛藤に苛まれている


専門家でないので詳しいことはよくわからないんですが、イメージとしての心理学って人間に対してこういう前提があると思うのです。


で、その前提があるがゆえに、心理学が実学として使いにくい部分があるんじゃないか、とね。窮屈でなんとなく自由度が低い、みたいな。


この映画の監督のサラ・ポーリーがこんなことを書いてました。

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人間は欲望に満たされる必要があるの。この作品で、そんな心の状態から逃げ出そうとしてはいつもうまくいかない、そんなプロセスを超えた人間を表現したいと思ったの。


沢尻エリカ主演の『ヘルタースケルター』では欲望充たしまくりの主人公が、この映画では欲望を満たそうとしてはうまくいかない主人公がでてきます。今夏公開の二つの映画を、「欲」って視点から対比して観るとおもろいです。


人間をかしこいもの、理性的なものとする人間観があります。


一方で、人間はずるいもの、人をさしおいて欲望をみたしたいものとする人間観があります。


後者のような人間観を映画や芝居、文学や芸術ってのはそれとなく肯定してくれることがあるんですよね。


ん? というか、人間のずるさやいやらしさを表現するために芸術はできてきたのが実際ではないでしょうかね。


「どちらのの人間観に立つ」ということではなく「どちらの人間観も受け入れる」って姿勢を持つことができれば、人はたぶん必要以上に悩まなくなったりするんじゃないかしらね。


ごくごくフツーの洋服ばかりなんですけど、この映画の主人公ミッシェルウィリアムズのガーリーな洋服の可愛らしさも一見の価値ありです。サラ・ポーリーってセンスいいですね。

August 14, 2012 |

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Comments

ひろぞうさん>コメントありがとうございます!確かにそうですね。

自分的には「刺激と日常の対比」の表現の仕方が面白かったですね。

あと、女性心理は難しいな、とも。

けど、複雑にして摩訶不思議なのは男性心理だって一緒ですからね。

主人公を男性にして同じような映画をサラ・ポーリーがとったらどんな感じになるのかな、とも思いましたよ。

Posted by: 大塚和彦 | Aug 17, 2012, 6:01:24 AM

この映画

単なる三角間家の映画とみる人

女性心理は難しいなとみる人

人間にとっての刺激と日常という視点でみる人

みる人の恋愛観や恋愛歴が反映される映画でした。

Posted by: ひろぞう | Aug 16, 2012, 6:50:00 AM

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