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2012.08.22

自分の原体験をちょっとだけ書いてみます

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1989年夏、静岡県は弓ケ浜。大学一年生、部活の夏合宿初日。


練習が終わって、食事の準備をして、練習用のリングを組み立てて、洗濯をして、ミーティングをして・・・へとへとになった夜の10時ごろ主将に呼び出された自分を含めた1年生3人。


「監督が12時には到着されるだろうから、表で待っていろ」の指示。


で、正装(学ランでした)で真夏の夜の道ばたで監督を待つことになったのです。


けど、12時を超えても、1時を超えても、2時を超えても監督は一切来られる気配はなく・・・近くでは同世代の男女が楽しそうにしているのに頭がきはじめ・・・


3時頃になると暑さと明日の練習の不安と眠さで3人のストレスMAXになってきて・・・


なぜか理由は忘れましたが自分以外の2人が殴り合いのケンカをはじめて・・・


で、2年生の先輩から「ふざけんな」となぜか自分が怒られて・・・「こんな部活に入るんじゃなかったかな」と一抹の後悔が頭をよぎり・・・


そんなこんなで、結局、監督の到着が朝の5時半過ぎ。


車までお出迎えにいくと、「お前らずっと待ってたの??バカじゃねぇ」と・・・。


で、6時からはじまる練習に一睡もせず参加し、ランニングをしながら3人で吐きまくった。


まあ、無茶苦茶ですが、無茶苦茶だと思っていなかった(というか、自分たちよりの上の世代はもっと大変だと思っていた)のですから、変わった学生だったのでしょうかね。(でも、周囲は無茶苦茶が楽しい、みたいなヤツばかりでした)


昨日はこの時の監督とご一緒しました。


いまはさまざまなご縁で仕事を一緒にさせていただいているのですが、学生時代の自分からは全く想像もできないことです。


自分がこの監督から学んだことは数限りないですね。


言語化するとありきたりのような感じになってしまうので本意ではないのですが、「リーダーシップを発揮すること」、「使命をもつこと」、「時に無邪気になること」、「リーダーや先輩としての美意識を持つこと」、「私をすくなくすること」・・・


などを学びました。


「バカじゃね」などといわれても「頭にくる」だとか「自分のプライドが云々」だとかは一切思えなかったのは、リーダーとして人徳があったのだと思います。


当時の部は今考えても素晴らしい組織でした。


合宿の最終日、打ち上げで自分ら3人は正式に部員として認められました。


その時に、監督から「素晴らしい合宿だった。一年はよくがんばった」と声をかけていただいた時の嬉しさは、「がんばればいいことがある」って自分の原体験ですね。


そうそ、あの時にケンカした2人のうちの一人が昨日誕生日だと思い出しました。


3年くらい連絡をしてないので「たまにゃ電話でもしてやろう」と思ったのですが、自分の電話に番号登録がありませんでした(笑)


常々、「本当に仲のいいヤツはこまめに連絡なんかとらないんだよ」と思ってますが、さすがに電話帳に名前がないのには笑えました。


このブログは絶対に読んでないと思うが(笑)むらちゃん、誕生日おめでとう。


合宿が終わって東京に戻ってきて池袋の地下街でたべた飯のうまさと、合宿が終わった開放感は忘れられないわ。いまでも池袋はよくいくんであの場所を通るたびに思い出すな。今はドラックストアになってるけどな。


ってか、最後に一緒に豊島園にいったのはお前とだったな、とこないだ思い出したわ(笑)


なにげに、自分の原体験のいたるところに登場してるし(笑)


August 22, 2012 |

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Comments

元関係者さん>コメントありがとうございます!

たしかに、当時は運命とは思いませんでしたが、いまでは運命だと思いますね(笑)

体験談は他の大学のものまで集めるとたくさんあると思いますが、すでに『嗚呼、花の応援団』って究極のマンガがありますからね。。。

でも、あのマンガを知らない人の方が多いのだったら可能性はありかもですね。どなたか関心のあるライター、編集者がいましたらメールください

Posted by: 大塚和彦 | Aug 24, 2012, 5:55:41 PM

元監督>コメントありがとうございます!

その時に車に同乗して一緒に合宿にいらした2年生の先輩が「お前らも大変だったみたいだが、俺も車の中で一睡もできなかった」と目を腫らしながらランニングにでかけていったシーンが甦りました。

たぶん、車中ではシートに背中をつけることもなかったのでは、とも(汗)

当時、「勘」は重要な要素でした。

師範やOB先輩がいつごろ、どこから現れるか、で思案していたころがなつかしいです。

人の育成過程には、「勘」を働かせるほどの怖い存在は不可欠だと思ったりします。

Posted by: 大塚和彦 | Aug 24, 2012, 5:50:58 PM

あの時代の空気がなつかしいな。

先輩にしろ、同輩にしろ一緒にいた人間に恵まれたかどうかだよな。けっきょくのところ。

それもまた運命、とお前ならいいそうだけどな。

こんな体験談は近くにいろいろあるだろうからマンガにでもしたらうけるんじゃね?

Posted by: 元関係者 | Aug 24, 2012, 9:07:05 AM

朝まで待たせて申し訳ありませんでした。
でも、それは当時の4年生の読みが甘いのです。
携帯電話の無い時代は勘を研ぎ澄ませなければなりませんでした。
「相手の立場になって考える」それを学ばせたかったのです。
というのはウソ。

元監督

Posted by: | Aug 23, 2012, 6:00:08 PM

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