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2012.08.02

猪木VS長州から28年目の夏

「もう猪木はジャーマン(「原爆固め」というプロレスの大技)は体力的にできないだろう」


1984年、中学校3年の夏。部活の仲間とテレビプロレスを観ていた時に全日ファン(ジャイアント馬場さん系)の一人がこう口にした。


新日ファン(アントニオ猪木さん系)の自分としては「そんなことはない!」と声を大にしていいたかったが、当時の猪木さんはたしかにかつての勢いが無いように感じていたのも事実。


大勝負になると登場する原爆固めも、1981年の夏のマスクドスーパースターとの一線を最後に3年間封印。(実際は、1983年に地方大会でアニマル浜口を相手にこの技を仕掛けようだが、とても昔ながらのジャーマンでなかったようだ)


当時の自分の一番の悩みは受験でも部活動でもなく、「猪木さんの今後と新日本プロレスの経営」という訳のわからない中学生(笑)


その昔、猪木さんが「40歳を過ぎてもレスラーをやっているなんて考えられない」的な発言をしていたこともあり、「さすがに体力の限界なのかな」と寂しいやら残念やら・・そんな思いでテレビをみていました。


が、次の瞬間、プロレスの神が降臨したんですね。


長州力の背後に回った猪木さんの鮮やかなジャーマンスープレックス。わずか2〜3秒のできごとだったんですが、スローモーションのように見えたのを覚えています。


「仕事で疲れて帰ってくる。すると、長嶋がホームランを打ってくれて仕事の疲れがふっとぶ」


高度成長時代のプロ野球にはこの手の話があったと聞きますが、自分もそんな思いを猪木さんには何回もしましたね。その最高峰がこの猪木VS長州の原爆固めでした。


残念ながら猪木さんは「イチ、に、サン、ダー」をリング上でやりはじめた頃から、レスラーとしてかなりおかしな方向性にいってしまいました。それとともに自分もプロレスから縁遠くなっていきました。


けど、猪木さんが若い日の自分に与えた影響はとにもかくにも甚大でしたね。いまでも膨大な信用貯金があるので、いまだに「猪木」と呼びつけができません(笑)


今日、8月2日はこの原爆固めが炸裂した猪木VS長州の28年目記念(?)です。


そう、この試合で引き出しをいっぱいみせた長州力は翌月には猪木さんの元を離れて独立してしまうんですよね。


「歴史にイフは禁物」といいますけどあのまま長州が新日本にいたらプロレスはここまで低迷していなかったんじゃないかな、と思う自分もいたりします。

August 2, 2012 |

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