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2012.09.13

自分に起こることには意味がある-確かにそうなのだろうが・・

「自分に起こることは全て意味がある」


いつだったでしょうかね、そんな話を聞いた(もしくは、読んだ?)のは。


たぶん、学生の頃じゃないでしょうかね。


で、すごく合理的な考え方だと思ったんです。


「自分に起こることは全て意味がある」ってスタンスになってしまえば、起こるできごとに対して「意味がある」や「意味がない」とラベルづけしなくて済みます。


それは、「意味があるのだろうか?」って悩む時間と労力を減らすことになります。


自分は哲学者ではないので、こういう部分で悩むなら仕事をしていた方がいいわけです。こんなところにエネルギーを消費するのはナンセンスなのです。


けど、「全て意味がある」なんてとてもとても考えられない「どひゃー」ってことが生きていればたまに起きるわけです。


「いくらなんでもこれは『意味がある』とかいう範疇じゃないだろう」ってことが起きるわけです。そんな理屈が霧散してしまうようなできごとが起こるわけです。


そんなときに、脳を使って思考の力で「起こることは全て意味がある」なんてやっても絶対に無理。脳が動けば動くほど、反作用の力が働きます。


で、自分は思ったんです。


「意味がある、意味がない」ではなく、「ネタになる、ネタにならない」って思考にするといいと。


ネタになる、ネタにならないって考えると森羅万象、すべてが「ネタ」となりえます。


で、「こんなのは絶対に自分にとって意味がねえだろう」ってことほど、たぶん、キラキラした「ネタ」の萌芽だったりします(笑)


そんな考え方の変遷を経て、最近の自分はこう考えます。


「自分に起こるできごとには意味がある」ってのは、どこかに人間の思考の匂いがするんです。


「こう考えると人生うまく行きますよ」ってどこかの哲学者がつかんだであろう人生論を、後の我々が思考レベルで単に活用しているだけような気がするんです。


たぶん、「自分に起こるできごとには意味がある」ってのを思考ってレベルで考えても、限界があるんです。


でも、自分らは思考優先の社会を生きているので、いつまでたっても思考でどうにかこうにかしようとしてしまうんです。


自分の「ネタ」ってラベリングの方法だって、しょせんは思考(考え方)レベルの話、いつかこんな考え方だって、無理がくるし、生活で通用しなくなる時がくるんですよ。


たぶん、思考ができなくちゃしょうがないけど、思考だけしていてもしょうがない、って世界観なのでしょう。

September 13, 2012 |

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