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2012.09.04

他人への操作欲求を考える

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「人を動かすのはお金か、恐怖か、共感か、感動」


誰かに聞いたか、どこで読んだかすらも忘れてしまった言葉。そんな言葉を思い出した映画です。


10日で五割、という法外な利息をとる闇金融と、ビジネス(もどき?)で一発当てたい若者とを軸にストーリーは展開していきます。


人は、他人を操作したいって欲求があると思うのです。思い通りに、意のままに、操作したいって欲求ですね。


で、言うまでもないことなのですが、お金ってのはそれをいとも簡単にやってのける力があるんです。


「お金を持つと人間が変わる」なんてよく言われますけど、実のところは、この他人への操作欲求が出てくるか出てこないか、ってことにつきると思うんです。


経営についての著書が多数あって日本にも信奉者が多いドラッカー博士は、「経営者の操作欲求」について著書の中で注意を促しています。それほどまでに、経営者にとって普遍的なテーマなのでしょう。


けど、一方で「操作されたい欲求」を持っている人も案外と多いような気がするんですよね。その方がラクだし、考えなくて済むし、って考える人ですね。


だから、「操作欲求」と「操作されたい欲求」ってのが、簡単に結びついてしまうことが多々あるんです。ときに、共依存みたいになってしまったりするんです。


むかし、世間を震撼させたそんな宗教団体がありましたものね。


心理学的にいうと、人間は、自分が不安だと人を操作したくなる生き物らしいです。


確かに、分からないでもありませんね。


逆に言うと、周囲に「操作されたい欲求」の人が集まるということは、自分自身が不安だということの現れなのでしょうね。


あれやこれや言ってきましたが、自分は「一つの人格である人間を他人が操作できるわけがない」って美意識だけは最低限持っていたいですね。これは、人の上に立つもののマナーだと思っています。


たぶん、そんな美意識の人間には「操作されたい欲求」の人はそんなに集まってこない(集まっても離れていく)でしょうし、って思いもあったりもします。

September 4, 2012 |

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