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2012.09.19

孤独である時間を確保する

「自分の身体が語りかけること」


それらをつむいで考えたり、言葉にしたり、行動していく。


で、それらは自分をどこに運んでくれるかわからないけど、「全ては天命と」抗うこと無く流れに乗ってみる。


で、将来的に過去を振り返ると「ふむふむ・・なるほど・・なんだかそれぞれの出来事に意味があったのだなあ」と何かを実感をする世界観。


たぶん、こうした世界が世界と調和した生き方。「全」は「個」、「個」は「全」という生き方。


おそらく、インドや日本や欧米で偉い人たちが思索に思索を重ねてたどりついた人間の生き方の理想の形なのでしょう。


と、こんな話をすると必ず出てくるのが「運命で決まっているんだったら努力なんかしなくてもいいじゃん」的な話。


確かに、「考えること」「行動すること」もすべて「運命」として決まっているのだとしたら、そこに介在する人間の主体的な意志などはどうでもいいじゃん、って考え方もわからないではない話。


自分は、「世の中のメカニズムなんて一個人が分かるわけないじゃん」と思うんで、つっこみをいれること自体がナンセンスだとは思うんですが、あえて言語化するとこう思うのです。


「自分の身体が語りかけること」にきちんと向き合うかどうか


ここはたぶん、人間の主体的な意志が必要です。


それには、意志を働かせて「孤独になる時間と空間」を確保することが大前提だと思います。


自分などは人と会うのが苦ではないのでほっておくと予定だらけになってしまうわけです。


けど、それが度をすぎると「身体が語りかけること」に耳を傾ける時間がなくなってくるわけです。人と会った興奮や喜びで「身体が語りかけること」が麻痺して、わかりにくくなってくるわけです。


「静寂」と「興奮」


「あること(Being)」と「なすこと(Doing)」


「一人」と「大勢」


自分は「興奮」「Doing」「大勢」が好きですから、意識的に前者を生活に入れておかないと、本当の意味で自分自身と向き合うことができなくなってくるんです。


スマホもSNSもゲームもありますし、「できるだけ孤独でいたくない」って生き方をするのが当たり前のような時代ですが、「孤独の確保」は天命に添う生き方する一つの条件になると自分は思うのです。


で、たぶんこうした生き方を選ぶかどうかまでが人間の意志(努力?)の範囲なのでしょう。


毎日飲んで、酔っぱらっている自分がいうのもなんですが、朝の時間だけは大事にしているのは、孤独な時間を確保したいからなんですよ。


孤独を確保するのが難しい時代がゆえに、たまにゃ意識的に孤独になるのが大事なんですよ。たぶん。


お坊さんみたいなブログだな・・まっ、いっか。

September 19, 2012 |

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