« 絶対にああはなりたくない! | Main | 仕事ができる人になる条件 »

2012.10.22

人は自分が思っているほど誠意を持っていない

1


誠意だとか、美意識だとか、道徳だとか、常識だとか


人間関係のミスマッチはこの辺の温度差や方向性にあるような気がします。


たいがいは、自分の誠意と相手の誠意には温度差があるものだし、美意識の向いている方向や力の強弱だって違う。


道徳や常識だとかも、育った環境や時代、触れてきたものによって違うわけです。


でも、「自分はこう思うからきっと向こうもこう考えるだろう」「こんなのは当たり前じゃんか」ってところに人間は立ち位置を求めてしまうわけです。


で、それが満たされないと「自分が悪かったのか?」と自罰的になるか、「あいつはダメなやつだ」と他罰的になるか、「なんか残念だなぁ」と軽い引きこもりになるかといった行動パターンをとるようです。


北野武監督のこの映画、「自分が思っている誠意や美意識」を裏切られる人が多くでてきます。「生きていても心中穏やかでないだろうな」って環境で生きている人がたくさんでてきます。


たぶんですが、人に誠意や美意識を求めると人はパンクします。この辺の部分は言葉で伝えるには限界があるし、伝えたところで相手が変わる可能性の方が少ない。(ってか、周囲から伝えられれば伝えられるほど固着するのが人間ですしね)


組織のリーダーであれば必ずぶち当たる壁ですね。


それよりも、「誠意や美意識を受け取ったらめっけもん」くらいの感じで他者と付き合うと、たまにもたらされる誠意や美意識がかけがえのないものにみえてくるんではないでしょうかね。


人に誠意や美意識を求める割には、自分は人に誠意や美意識を発揮していないものですし、ここはお互い様って世界です。


このことと人間性善説とはまったく別次元の話だと思いますよ、個人的にはね。


追記
そうはいっても、組織は代表者やリーダー層の「美意識」や「常識」が強く反映されます。


で、メンバーは「自分なりの美意識や常識はあるだろうけど、組織のそれと統合しようとする姿勢」が求められます。これがフォロワーシップってヤツですね。


今の時代は、政治でも会社でもリーダーシップばかり求めているけど、フォロワーシップと両輪なのよね。


「組織のメンバーとしての義務を果たしてから意見をいう」ってのは、自分の中では「常識」なのですけどね。


これだけとっても、世間にはいろんな「常識」があるようですね。

October 22, 2012 |

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 人は自分が思っているほど誠意を持っていない:

Comments

Post a comment