« 「イタい大人」になりたくない | Main | リコメンドする力 »

2012.11.07

「イタい大人」が生まれる構造

昨日の続きです。


自己愛を増殖させるツールが溢れている時代感だとか、おせっかいを口にする大人が減っただとか、おかしな個人主義がはびこっただとか・・


「イタい大人」はなぜ生まれるのかを考えると、いろんな要因を考えることができると思います。


で、マクロレベルでこの手のことを憂いてもしょうがないので、ミクロ(一個人)レベルでの要因を考えてみます。


・・・と、考えて思いついたのが


「獲得の時代」から「喪失の時代」へと変化していく自分への不適合


という言葉。


人間は若いうちは「獲得の時代」を過ごします。この時代は、人間関係が広がり、知識や経験が増え、仕事を得てスキルを獲得していきます。


が、「獲得の時代」ってのはずーっと続く訳ではなくて、いつの頃からか人は「喪失の時代」を迎えます。


体力が衰えはじめ、新しい知識との出会いや刺激的な体験との出会いが少なくなっていき、仲が良かった人との別れがあったり、仕事を通して自分の限界を知ったりする・・・


「獲得の時代」から「喪失の時代」にシフトしていく時期って人生にきっとあると思うのです。


男性の場合、人によって違うでしょうがだいたいが40〜50歳台。体験やチャレンジすることに無自覚であれば30台の後半くらいからこの手のシフトが訪れるような気がするんです。


当然、「喪失の時代」はいままで獲得したことがなくなっていくわけですから誰だって好んで迎えたくないわけです。


で、「喪失の時代」を迎えると人は他者からの承認を得られにくくなっていくわけですから、人間(他者承認を渇望する生き物ですね)にとっては死活問題(?)なのです。


「昔はこうだったよなな〜」とか「あの時は苦労したよなあ〜」的な過去の話で「他者承認」を得るしか手段がなくなっていくわけです。


おそらく、「喪失の時代」への移り変わりを皮膚感覚で感じると、人間は「獲得の時代」へと執着しようとするんじゃないでしょうかね?


ただ、そんな自分の意識がもたげてきたら、再び「獲得の時代」のような意識になって思考や行動を変えていけばいいと思うのです。


新しい経験や体験に意識的になるということですね。


「獲得の時代」の意識だけあって行動が伴わないのであれば、どんどんどんどんと「喪失の時代」へと進んでいくのは仕方ないんです。


自分はいつか訪れる「喪失の時代」まで徹底的に「獲得の時代」にこだわりたいと思います。


で、「喪失の時代」がやってきたら、「仕方ねえけど、しょうがないか」とたんたんとお出迎えをしてやりたい。


当然、「獲得の時代」への執着がでてくるでしょうけどね。がんばれるか、自分(笑)

November 7, 2012 |

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「イタい大人」が生まれる構造:

Comments

Post a comment