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2012.11.26

生きる意味、ってのは問いかけられるものらしい

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『フランクル「夜と霧」への旅』河原理子


「生きる意味なんてない」


と言い切っていた人がいるんですね。自分が20代の後半の頃でしょうかね。


「じゃあ、今生きていること自体が矛盾してんじゃないか?」といったら、「意味がなくても生きるって生き方はある」というロジックを展開されたのですね。


けど、今おもうと「意味が見つからないことに対しての焦りや不安」みたいなものがその人の根底にあったんではないかと思うのですね。


なんとなーくですが。。。


かくいう自分。


「生きる意味なんてない」と思ったことはないですが、「自分の生きる意味ってどこにあるんだろう?」と思ったことはあります。


だから(もちろん、原因はこれだけじゃないですが)会社も辞めましたし、旅にもでましたし。


が、「意味」なんてのは、問いかけてもなかなか見つからないのですね。


「人生の意味は旅にでれば見つかる」ことを長旅に出た人がいうかもしれませんが、そんなのちゃんちゃらおかしい。単に旅にでたって「意味」なんかみつかるわけがない。


当たり前ですよね。


意味は自分の外側にあるんじゃなくて、自分の内側にしか存在しないわけですから・・・そんなことに気がついたのは30も半ばになってからでした。


その頃ってのは会社ができて、なんとなく仕事やお金の流れができてきて、「会社をやっていける」って自信がちょっとだけついてきた頃でしょうかね。


ふと、「会社をやる意味ってなんだろう?」という思いにとらわれたのですね。


で、その意味がみつからないと、自分の足元がなんかとっても脆弱なような気がしたんです。


けど、旅に出た時と一緒でそんなものは自分が問いかけをしても見つかるわけがないのです。見つけたとしても、まやかしだったりするわけです。


そんな時でしたでしょうかね、フランクルの存在を知ったのは。


戦時中、ドイツの強制収容所にいれられ奇跡的に生き残った医師で、体験記や講演記録がいくつも残っているんですね。


そいや、大学時代の西洋史の先生が「この本は読んでおくといい」といった本の中の一つがフランクルの本じゃなかったかしら・・・学校を卒業して15年目くらいにようやく巡り会ったというわけです。


その中で、「人間は人生に意味を求める存在ではなく、人生から意味を求められる存在である」みたいな言葉があって、がびーんと来たのです。


「人生から意味を求められる」


自分らは生きているとこの手のできごとがたくさん起きているわけです。で、それらをフランクルのいう「創造」「体験」「態度」の価値をもって迎えることによって、自然に人生に意味づけがされていく。


そこは、自分自身が人生に意味づけをしようとしたりすることはしなくていい世界観。


これはちょっとコペルニクス的な発想の転換でした。


今思うと、インドの哲学も、日本の神道も同じようなことをいっているんですね。


最近、どうやらフランクルが読まれているようで(知りませんでした!)朝日新聞の編集委員の方がフランクル入門書になるようないい本を出されました。


「人生に意味はない」と思考省略したり、視野狭窄になる前に手にとってもいい本じゃないかな、と思ったりします。


では、今週もきばっていきましょう!


November 26, 2012 |

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