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2012.12.31

親にもきっと事情があった

「なんで自分の親はああなんだろう?」


そんなささいな疑問などから、子供は自分なりの親観を組み立てていくようです。


で、生きて行く上で都合のいい具合に親観を組み立てられればいいのでしょうけど、そうそううまくいくことばかりでないわけで・・・


「いつも忙しくてかまってもらえなかった」が「自分が愛されるに足りないからだ」となったり、「子供だからといって深い話をしてもらえなかった」が「私に何か隠し事をしているんだ」となったりするわけです。


で、それが性格形成のベースとなっていって、周囲との人間関係づくりのパターンになっていくようです。


そこは、「忙しさ」だとか「深い話をしない」という行動に隠された親側の事情は多くの場合、全く無視されているわけですから、親もたまったものではないわけです。


「親にも事情があった」を理解する映画


『レミゼラブル』はそう見ても秀逸な映画です。


親には、たぶんいろんな事情があるわけです。


子供にやりたいことはいっぱいあったけど、経済的にできなかっただとか。


子供に話をしておきたいと思ったけど、子供のことを考えると話すべきではない、と判断しただとか。


子供にいろんな気持ちを伝えたかったけど、そのための方法が分からなかっただとか。


過去の親の事情を理解しようとすることは、都合の悪い自分の過去を書き換えようとする主体的な作業です。


「自分は愛されていない」だとか「周囲の人は自分に本音で話をしない」という価値観を生育歴の中で身につけたとしても、親の事情を推測して、受け入れることによって、わずかながらでも書き換えが可能なのだと。


この映画はそんな人間の可能性をも示してくれていないでしょうかね。


早いもので大晦日。今年もいろいろとお世話になりました。

December 31, 2012 | | Comments (4) | TrackBack (0)

2012.12.28

柄にもなく、愛について考えさせられた

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愛されるための技術やノウハウ


本屋にいくとその手の本がたくさんありますね。


こんな例を出すまでもなく、ちまたには愛されることに汲々としている人が多い。


けど、愛ってのはそもそも受動的なものではなく、能動的なもの。自分の中にどっかに息づいているものを他人にあたえるもの。


で、愛を与えられた他人の中に、愛することの息吹のようなものを生じさせるもの。


で、それらが時の経過とともに周囲に波及し、結果的に「愛される」ことにつながるような気がするのです。


人間は自然界の一部ですから、きっと時空や形を超えて循環するんです。


「与えたから、与えられるのを待つ」のではなく、「与えても、与えられれば嬉しいし、与えられなくてもいつか与えられるだろう」って感じの世界観


たぶん、そんなものなのでしょう。


この映画の主人公の無償の愛に心を打たれた部分・・・たぶん、自分の中のその部分が、いままで周囲から与えられた「愛」のいる場所なのでしょうね。


自分にとって海外物(特に米国系)の映画は「どうだ、スゴいだろう」ってゴーマンさや「ここで感動させてやろう」って操作性が見え隠れするものが比較的あるので、あまり好かないんです。


が、たまに素晴らしいスケール、素晴らしい世界観の映画があるから定期的にチェックしないとですね。


「この映画はDVDじゃ絶対に感動が半減する」って映画はたまにあるけど、まさにこの映画はそのうちの一つ。


自分的には今年、映画館でみた映画の中でトップクラスだな。


この手の映画に人がたくさん入っているのですから、日本(人間?)はまだまだ捨てたものじゃないですよ。

December 28, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.12.25

すべてキャセルの1週間でした

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今年の仮装週間は、ぎっくり腰のためすべてキャンセル。


やはり、ワインをボトル半分ほど飲むと翌朝に腰にくるようで・・・毎年恒例の仮装祭りはもう7年ほどやってるけど、たぶん初めての欠場。


せっかくハデハデな衣装(&着付けの解説書)つくってもらったのに、ホント役立てずですみません!今回も衣装のコンセプト&クオリティ最高でした。


年末の仮装がないとどうも一年が終わるような気がしなかったりして・・・


いつからこんな自分になったんだか(笑)


いろいろとご心配かけましたが、今週末くらいから通常生活&運動に復帰できそううな見込みです。


そうそ、自分へのクリスマスプレゼントで骨盤サポートチェアを買いました。これみるたびに、「自分は決して若くないんだぞ」を肝に命じようかと(笑)

December 25, 2012 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2012.12.21

6日ぶりのお酒です

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6日ぶりのワイン@神楽坂があまりに美味くて、facebook感覚で日記をアップします。


やっぱ自分、酒好きだわ。この感覚はぜひ記憶しておきたい。次に6日間の禁酒するのはいつになるかわからんし。


血行がよくなったので腰の調子はいい感じだけど、一晩寝てみないとなんともいえないな。なんとはなしに、酒はまだ早かったような予感もしてたり・・・。


明日は毎年恒例の仮装祭りだが、いけるかどうか三分七分ってとこだな。なんとか、ならんものかしら。


とまれ、今週もお疲れさまでした!

December 21, 2012 | | Comments (2) | TrackBack (0)

自分は中心か、それとも端っこか

「この旅が終わったら兵役に向かう」というイスラエル人。


「ワインの収穫でお金をためては、旅にでてくる。そんな生活をして15年」というイタリア人。


「37歳で会社を辞めて、漫画家になろうと決意した。45歳までは自分の好きなことをしよう」といってた日本人カップル。


「ミャンマーにある瑪瑙の採掘現場にいっては良質な石をみつけて、売り歩きながら旅をする」といってたベルギー人(だったかな?)。


日本ではめったにお目にかかれない人々


旅に出た頃、こういう人に会うチャンスがいっぱいありました。


「会社を辞めて旅に出る」


日本だと一種の決断のような意識を伴っていたんだけど、そんなのは世界のスタンダード(普遍的な考え方)ではないんだな、となんとなく感じました。


あれから15年くらい経ちました。


「日本社会独特の仕組みの中で仕事をしながらも、グローバリゼーションが叫ばれている」


ダブルバインド(二律背反)な時代感の中で多くの人は仕事をしています。


「じゃあ一体どうしたらいいの?」と自問自答をしても、ダブルバインドな命題が前提なのですから答えなんか簡単にでやしません。


かくして、所属する会社が英語を公用語にしたら、悶々としながらも英語の勉強をしないといけない時代を我々はいきているわけです。


「グローバリゼーションってのは自分が端っこの存在だと意識すること」


とりあえず、自分はそう思ってます。


「自分のような考え方、自分のような意識、自分のような価値観は世界の中心ではなく、端っこである可能性が強い」


を体感覚として意識することですね。


「旅を出て何がよかったか?」


って質問を時々されるのですが、「新聞の国際面の読み方が変わった」のと「老後の自慢話ができた」こと。


さらには、「自分は端っこであるということが実感できた」ということなんですね。


人間は自己愛があるから自分中心にものを考えるのは当然といえば当然。


けど、その自己愛からくる自分中心観が、「人と分かり合えない」だとか「思い通りに物事が進まない」って無力感を生み出したりしてないでしょうかね?


一人の人間なんて、世界60億分の一なのですから端っこの端っこに座しているものなんだと思いますよ。


最近、チベットやネパールあたりでこんなことを考えてた20代後半の頃を思い出しては、「なかなか自分はいいことを考えていたなあ」と思ったりするのです。

December 21, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.12.20

そいや後厄の最後の最後でした

そいや、今回のぎっくり腰、後厄の最後の最後にやってきました。


「厄年だからといってあまり気にするのもどうかな」という考えもあるでしょうが、自分は単なる迷信だけじゃないような気がするのです。


周囲を見渡しても体の変調をきたしたり、今までのやり方では仕事が通用しなくなったり、家族の問題が顕在化したりってやはりフツーの時期よりあるような気がするんですね。


心理学の世界に「中年の危機」なんて言葉もあるので、この時期ってのは人知を超えた(?)何かしらがあるのでしょう。


「『自分本来に立ち戻れ』と外圧がかかる時期」


自分は厄年をこうとらえたらしっくりくるような気がしてます。


男の厄年の場合、ほとんどの人はこれまで20年近くの時間を働いている訳です。


で、その過程でさまざまな人格を駆使して社会の荒波(?)を自分なりのやり方で乗り切ってきたわけです。


けど、その時に乗り切った人格はあくまでの自分の一部(問題解決のためにつかった人格の一つ)であって、本来の自分自身ではないわけです。


けど、人はいつからか自分の一部を、本来の自分であるかのようにごちゃごちゃにしてしまうわけです。で、時に自分の一部が自分自身みたいな顔をして跋扈しはじめたりするわけです。


確かに、こうしたやり方が効果的な時代ってのはあるわけです。


本来の自分自身ではなく、自分の一部で勝負した方が社会的に見て高い成果をあげられるなんてことはごくフツーにあるわけです。


でも、その間「本来の自分自身」は表舞台に出ることなく、どこかにとどまっているわけで・・・


この「本来の自分自身」が自分自身に対して「俺(?)の存在を忘れていやしねえか?」と体調不調や仕事や家族の問題といったさまざまな出来事って形で自己主張をはじめる


厄年って、そんな気がしてならないんですよね。


「本来の自分自身」などとかくと自己啓発系のユートピアちゃんみたいな感じがして嫌なのですが。。。


けどたぶん、人それぞれの中に社会的にうまくやってきたからこそ抑圧された自分、ってのはどこかにいるんだと思います。


人間は抑圧することで多大なエネルギーをつかっているようですから、気がつけば解放してやりたいものですね。


厄年はそんなことを考えるいい頃合いなのだと思います。

December 20, 2012 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2012.12.18

確かに、兆候はいくつもあった

「今思うと兆候はあったんだよね」


そいや、毎回口にしているなあ。


けど、兆候を「きざし」、「前兆」として自分のこととして認知ができない。


だから、「危険注意」って信号が発令されない。


で、ごくフツーに動き、知らずの間に身体に負荷がかかり、いきなり言葉では表現できない痛みに襲われる。


確かに、今回もきざしはあった。


寝ても疲れが抜けない感があったし、ちょっと前からふくらはぎに何かつまっている感もあった。


背中から首にかけて痛い感じもあったし、直前に見た映画(『恋のロンドン狂想曲』)はめちゃよかったけど、ずっとアクビがでててだるかったし。


身体はケナゲにいろんなシグナルを送っているけど、それに気がつかずにお気楽極楽に生きている。で、気がつかないからどかーんとしたシグナルを送られる。


まあ、そんなことが起きたわけです。


ということで、3年ぶりにぎっくり腰になりました。


人生が終わるほどの痛み、と表現した人がいましたが当たらずとも遠からずですね。


ようやくと座ることができ、思考回路が回るようになってブログを書けるようになりました。


思考回路を止めてしまうほどの痛み、ってすごいですよね。


みなさんもくれぐれもご自愛のほどを。


明日から仕事に復活しようと思います。しばらくはコルセット巻くようだな。。。

December 18, 2012 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2012.12.13

人間は得意でないことに手を出し自滅していく

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石田三成、って徳川家康と天下を二分した戦をした割には評価が低い感じがするんですよね。


お金や武器調達には強いけど、戦はからきし・・・


で、戦が強い大谷吉継あたりから「才あるけど、勇気はない」くらいの評価をされる。


けど、回り見渡すと三成みたいな人って組織によくいるんですよね。


で、その手の人が組織で力を伸ばして行くと「あいつは頭はいいし金勘定にはつよいが、戦(実践)はからきしダメだ」的な話がよくでてくる。


ルサンチマンといえばそれまで。


でも、たまにこの手の噂、陰口に過剰に反応する人がいて「戦(実践)で成果を挙げる」ということで周囲からの承認を得ようとしてしまったりするのです。


で、そこに固執して自滅していく・・・。


この映画の三成もそんな感じですね。人間が自滅して行く映画、としてみると秀逸な映画だと思いました。


怖いものの怖さを知るのが勇気だとしたら、得意でもないことに向こう見ずに突っ込むのは蛮勇ってやつなんでしょう。


たぶん、人間は得意な分野を徹底してやればいいんです。


けど、人間には不足しているものを欲しがる気持ちがあるし、何かに秀でた人は「やればできる」って全能感があったりもする。


更に、人は外部からの評価を気にしがちですから「外部から見られたイメージ」としての自分に固着してしまったりもする。


そんなこんなで、得意な分野から手を広げていってしまうのでしょう。


こと、ここにおいては人のことはよくわかるが、自分のことはよくわからないものだと思います。


だからドラッカー博士が、ことあるごとに「自らの強みを基盤とする」と言い続けたのでしょうね。

December 13, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.12.11

みなさん、お疲れさまでした!(半分私信です)

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バトミントンにバレーボールにバスケット。


がっちし飲んで踊って(?)は、翌朝からフットサルに卓球に再びバレーボール。


で、飯食って、とどめのボーリング&バッティングセンター。


・ ・・ということでよく動いた半年ぶりの週末@千葉県勝浦でした。


中学の頃に格闘技マニアになってからというもの、自分の中で球技はどこか遠い存在になっちゃいました。


ここ最近、いままでやっていなかったことの借りを返すかのように(?)ドトーのように球技をやる機会がふえていますが、球技も楽しいですね。


体育館のロッカーでくしゃくしゃになった柔道着が置いてあったのを見てちこっとだけ身体がうずきました。


やはり、子供のころから身体に染み付いた感覚は嘘をつかないもので・・・柔道場の青畳のにおいがやら関節技を受けた時の身体の痛みが急に懐かしくなりました。


うん、次は格闘技イベントだな。柔道からはじまって、相撲して、ボクシングして、ムエタイして、極めつけはカバティ。


・・・声かけても誰もきそうにねえな(笑)


とまれ、旅行を企画立案していただいた幹事のみなさん。昼間から酒を飲んでいる中、車の運転をしていただいたみなさん。運動や食事、余興や宿泊場所の準備をしていただいたみなさん。


同じ時間を共有できたすべてのみなみなさんに感謝です。


自分だけはメールではなく、この場をお借りして御礼を(笑)今日のブログは半分私信です。

December 11, 2012 | | Comments (10) | TrackBack (0)

2012.12.10

成長と変化と

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人間の成長ってのは自覚できるもの。人間の変化ってのは自覚できないもの。


「自分は成長した」って認知を人間はできると思うのです。たとえそれが客観的な視点かどうかは別にしてですね。


かくいう自分も「おっ、俺は成長したな」と自覚した瞬間はいままでに何回もあった。世界を旅していた時は、「おっ、ちっとは成長したな」って実感は確かに湧いた。


けど、「自分は変化をした」って認知を人間は自分自身ではできないと思うんです。


ちょうど、鏡を通してでしか自分自身の顔や背中を見れない感覚でしょうかね。


穂高に3日間のセミナーにいってきました。


内容は書けば書くほど、表現すればするほど実態とかけ離れて行く感じがするので言語化できませんが、禅であり、セラピーであり、内観であり、ボディワークでありといった感じでしょうかね。


何年も前から顔や名前、商売はしっているけど年に1〜2回こういう場でお会いする機会しかない人(ほとんどが経営者ですね)がいるんです。


で、たまにあうと「この人は変わったな」って人がいるんですね。


葛藤からリリースされた感じだとか、心の中にある親とのわだかまりから開放された感じだとか、「ねばならない」って思い込みがはずれた感じだとか、「自分を苦しめないといけない」って歪んだ認知に気がついた感だとか・・・


こういうのは、彼を知っている他の人にはその変化はよくわかる。


けど本人はよくわからない。


人間の変化ってのは、劇的に、ドラマチックに訪れるものではなくて、本人が自覚できないほどゆっくりと、静かに進むのでしょう。


現代人は自分も含めて待つのが苦手ですから、多くの時間がかかる「変化」を無意識のうちに避けるのではないでしょうかね?


自分ver.2をつくるためには、この「多くの時間がかかる」を受け入れる覚悟が必要なのでしょう。

December 10, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.12.04

20年前に勤めていた会社の同期会

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1993年の春、風の強い日に新宿は目白で社会人のスタートを切りました。


同期は男性7人、女性5人。


2週間ちょっとの研修があって、自分は石川県に、あと一人が福岡県に飛んでいきました。Jリーグが開幕する前夜の頃ですね。


・ ・・あれから20年近く。


そのまま会社に残っているのはどうやら1人のようで、それぞれがそれぞれの人生を送ることになりました。


昨日はそんなメンバーの同期会でした。


まあ、当たり前のことなのですが、昔話はしんどいこと、嫌だったこと、失敗したことの方が盛り上がりますね。


自分は新人研修中に寝ていて営業部長に張り手を食らわされたことを思い出しました。今思えば、昭和の色香(?)が残る、熱い営業部長だったなあ。。。


日本に数百万社ある会社組織で、たまたま同じ時代に席を置いたって偶然。


それだけとってもなにか根底に流れているものが同じようなものなのでしょう。「ああ、自分は社会人になるとき、こんなこと考えたんだな」とちょっとだけ思いました。


こうした原点を時に振り返るのは、いまやっていることの意味づけを考える上でもいいことですね。


ずーっと焼酎だったので、今日は完璧な寝起きです!


ではまた、4年後くらいに(笑)!

December 4, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)

2012.12.03

横浜マラソンを走りました

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初めてハーフマラソンを走りました。


「いま、ここ、この瞬間に集中する」


初ハーフで偉そうなことはいえないけど、たぶんマラソンってのは禅に通じるものがあるのですね。


禅と違うのは「いま、ここ、この瞬間に嫌でも集中せざるをえない」ってことかしら。


自分らは五感が発する声を真剣に聞かなくなってますから、たまに無理矢理苦しい思いをさせてでも「しんどい」とか「苦しい」とかいう感覚の声に耳を傾けるのはいいことなのかな、と。


でも、10キロならともかく、ハーフはあと3ヶ月はいいや(笑)


今回、ジムのメンバーと参加したのですがみな足切りにあわず完走を果たしました。めでたい!


で、そのまま横浜方面の店舗までいってレッスンを受けてから打ち上げでした。


ってか、どんだけ体力があるんだか・・・。


昨日は9時間寝たので、おそろしいほど疲れが抜けました。今週もきばっていきましょう!

December 3, 2012 | | Comments (2) | TrackBack (0)

2012.12.02

忙しい12月だからこそ、DoingとBeingとのバランスを

12月はなんだかんだいって忙しくなりますね。


今日は横浜マラソンに出て中華街で打ち上げして、週明けは20年前に勤めていた会社の同期会があって、穂高に2泊の研修にいって、勝浦に遊びにいって・・・


賞与があって、お世話になっている大学の先生との会食があって、2ヶ月に一度開催されるグループコンサルティングに参加して、お取引先との忘年会があって・・・


大阪に行って、自宅で忘年会があって、ジムの仮装祭りがあって、知り合いのコンサートに行って、プライベートの忘年会があって・・・


昨日からから公開している尾崎豊のフィルム映画は必見だし、近々公開の『グッモーエビアン』『シェフ』『ボス』『レミゼラブル』も劇場で見たい。


白隠禅師の展覧会も行きたいし、買ったままでそのままになっている本をかたっぱしから片付けたい。チケットはまだないけど、埼玉アリーナで開催されるとあるコンサートにもいきたい。


決算が終わったので書類が山積みになってる机の回りも片付けたいし、飲み食いが続くので行ける時は運動にいっておきたい。


・ ・・と、「なすこと(Doing)」がどうしても増えてしまいますね。


自分のような多動的気質(?)な人間は、予定が「なすこと(Doin)」で満たされることにちょっとだけ喜びを感じるんです。生きている実感(?)のようなものが生まれるわけです。


でも、「なすこと(Doing)」が続くと交感神経がバリバリに働いてしまいます。


その結果、暴飲暴食したり、ただでさえ物忘れが激しくなっているのに注意力散漫になったり、悪酔いしたり、直感が働き難くなったり、左脳を働かせる耐力が枯渇したり、地面に足をつけて生活している感が薄くなったりするわけです。


どうしても、「なすこと(Doing)」優勢になる12月こそ、対極にある「あること、存在すること(Being)」に意識を向けたいですね。


ぼけーっとしたり、深呼吸をしたり、自然に触れたり、爆睡したりして副交感神経のスイッチを入れてバランスのよい生活を送りたいな、と。


自分の存在証明ってのを「なすこと(Doing)」でしかできないって思い込んでいるふしがどこかにあるから「あること、存在すること(Being)」に身をゆだねるのは苦手なんですけどね。


でも、ここ数年でだいぶこの辺のスイッチが入ってきたかな。


ということで、今年は「この日は絶対に休む!」という日にちから埋めていきました。


さてさて、今年もあと1ヶ月。きばっていきましょう!

December 2, 2012 | | Comments (0) | TrackBack (0)