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2012.12.21

自分は中心か、それとも端っこか

「この旅が終わったら兵役に向かう」というイスラエル人。


「ワインの収穫でお金をためては、旅にでてくる。そんな生活をして15年」というイタリア人。


「37歳で会社を辞めて、漫画家になろうと決意した。45歳までは自分の好きなことをしよう」といってた日本人カップル。


「ミャンマーにある瑪瑙の採掘現場にいっては良質な石をみつけて、売り歩きながら旅をする」といってたベルギー人(だったかな?)。


日本ではめったにお目にかかれない人々


旅に出た頃、こういう人に会うチャンスがいっぱいありました。


「会社を辞めて旅に出る」


日本だと一種の決断のような意識を伴っていたんだけど、そんなのは世界のスタンダード(普遍的な考え方)ではないんだな、となんとなく感じました。


あれから15年くらい経ちました。


「日本社会独特の仕組みの中で仕事をしながらも、グローバリゼーションが叫ばれている」


ダブルバインド(二律背反)な時代感の中で多くの人は仕事をしています。


「じゃあ一体どうしたらいいの?」と自問自答をしても、ダブルバインドな命題が前提なのですから答えなんか簡単にでやしません。


かくして、所属する会社が英語を公用語にしたら、悶々としながらも英語の勉強をしないといけない時代を我々はいきているわけです。


「グローバリゼーションってのは自分が端っこの存在だと意識すること」


とりあえず、自分はそう思ってます。


「自分のような考え方、自分のような意識、自分のような価値観は世界の中心ではなく、端っこである可能性が強い」


を体感覚として意識することですね。


「旅を出て何がよかったか?」


って質問を時々されるのですが、「新聞の国際面の読み方が変わった」のと「老後の自慢話ができた」こと。


さらには、「自分は端っこであるということが実感できた」ということなんですね。


人間は自己愛があるから自分中心にものを考えるのは当然といえば当然。


けど、その自己愛からくる自分中心観が、「人と分かり合えない」だとか「思い通りに物事が進まない」って無力感を生み出したりしてないでしょうかね?


一人の人間なんて、世界60億分の一なのですから端っこの端っこに座しているものなんだと思いますよ。


最近、チベットやネパールあたりでこんなことを考えてた20代後半の頃を思い出しては、「なかなか自分はいいことを考えていたなあ」と思ったりするのです。

December 21, 2012 |

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